変態失格

 射精の多い生涯を送ってきました。

 自分は性欲が溢れて堪らないのです。幼少期(まだ物心のついてない5歳頃ですが、このことだけは鮮明に覚えています)床屋に置いてある雑誌に、おっ広げた女性の裸体が掲載されていました。自分はそれまで、性欲というものを認識せずにいましたが、その時初めて女性の裸体を、異性という本能で見ることになりました。体の内側のずっと奥から、謎の強烈なエネルギーが、自分を突き動かし、それが何故だと思う余地も無く、女性の裸体に夢中にならざるをえませんでした。

 人が山を見て登るように、空を見上げて宇宙の原理を考えるように、理由・根拠など不遜で、追求すること自体が真理であるように、それから自分は無限に湧く泉のような性欲に、振り回されることになりました。

 15年が経ち20歳、自分は自慰行為が日課になり、毎日飽きずに、精を出していました。お天道様がさんさんと照る日中に起床し、パンパンに張ったパンツから一物を引っ張り出し、スマホを片手に、お気に入り登録しているサイトを巡回し、射精をするのが定番です。しかし、この頃になると射精するのも難儀なもので、いいネタがあり過ぎるあまり、どのネタで果てるか思案に暮れるのでした。

 お気に入りの動画の数は増える一方、新着のネタを毎日チェックしないと不安になります。その由来は、もっといいネタが更新されているかも知れない、といった期待まじり、見逃して損をしたくないという危機感でした。自分にとって射精は、1日の貴重な癒しであり、尊いものだからです。その裏腹には、社会に馴染めずストレスが積み重なった、臆病でちっぽけな自分がいました。理不尽な理性で押さえつけた社会を知るほどに、人間を解き放ち、本能の思うままに気持ちよがれる自慰行為に依存し、最高の射精を求めたのです。

 本来気休め程度のことを、何より真剣にこだわり、時間を割きました。具体的な時間でいうと、13時頃に起床してから、18時までの5時間を、たった1回の射精に費やしました。何ならこんなことはザラです。ああでもないこうでもないと自問自答し、葛藤しているうちに、あっという間に時間が経つのです。こんな時間の浪費を、馬鹿らしいと思う人がいて当然だと思います。自分自身、何をしているんだろう、これだけの時間があれば何か意味のあることが出来たんじゃないか、などと自己嫌悪に陥ることは暫しありました。それでも、ふとした時には包み込むように、股間に手が備えられているのです。意識の下地にスケベが刷り込んでるなどつゆ知らず、反射的に自慰に向かうと、自分は自分ではなくなるのです。それは、暴走した機関車が誰の手にも負えなくなるように、もはや、自分が変態することは止めようがないのです。制御不能の一物に支配された、スケベモンスターが誕生したのです。

 21歳の冬、童貞卒業の見通しが立たない自分は、とうとう風俗店の利用を決意したのです。電話番号を押しては消してを繰り返し、ええいままよと奮い立ち、電話をかけると、流れるように話が進み、意外にもあっさりと予約にこぎつけました。浮き足立つままに風俗店へ行くと、手際よく案内され、肩の力を抜く間もなく、溜まった精子を抜いてくれる風俗嬢が現れました。

 風俗嬢が艶めく見えるように服を脱いでくれて数分、自分はとてつもない違和感に気が付きました。女体を露わにした、実物の異性の裸体を目の前にして、なんと自分は、落ち着いていたのです。この衝撃の事実は、平常心であるがゆえに、見落とすところでした。由々しき事態を物静かに悟ったのです。

 何で興奮しないんだ!?、平静を保つ自分の心に打ち付けるように、何度も何度も問い、ぶつけました。これはどうしようもない不可抗力であり、仕方のないこと、それは頭の片隅にあるのに、絶望は受け入れ難いものなのです。身に起きた事象に、為す術ないことを時間の経過とともに痛感してゆき、ようやく打ち付けた言葉が自分に追いついき、ついてないことに、諦めがつきました。

 性行為はおろか、実物の女性の裸体を間近でみるだけで、自分は興奮しすぎて死ぬのではないかと考えていました。それほどまでに、筋金入りの変態だと自覚しており、スケベを狂愛していたからです。しかし、こと現実においては、拍子抜けするほどに、一通りの情報を認識する、ただそれだけで終わりました。
 
 やっとの思いで利用した風俗では、童貞卒業はできず、自己嫌悪にさいなまれました。自分の一物が勃つ場は、自室で横になり、小さな画面に映る、淫行する男女を見ている時だけなのです。長年真性の変態であると思い込んできましたが、その変わり種なアイデンティティでさえ、余計に惨めな思いをさせました。もはや、変態としてたつ瀬も一物もありませんでした。

 神に問う。勃起障害は罰なりや?

 変態、失格。もはや、自分は、完全に、変態で無くなりました。


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