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なぜ私がドイツ生活記をブログに載せるのか

noteを始めたばかりの私だが、実は以前からずっと自分のブログでドイツ生活に関する記事を綴っている。幸いなことに、ドイツ好きな人はもちろんのこと海外生活に興味がある人や欧米文化などに関心があることが読んでくださり、ブログアクセスはうなぎ登り。興味深いコメントもたくさん沢山頂き、どれも楽しく読ませてもらっている。

が、しかし。人気が出るということはアンチ出現のはじまりでもある。私なら自分と考えが合わないなと思ったら読まないんだが…ストレスと闘いながらそうしたネガティブなコメントをくださる方のことを分析してみると、「欧米アレルギーだからか…?」と言う仮説が導き出された。詳細は控えるが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いじゃないけど正にそんな感じ。どうやら私が「日本は欧米より劣っている。ヨーロッパを知ってる私が色々とみんなに教えてあげるわよ」と思われているようだ。

ブログは、もともとドイツ生活と日本の文化の違いが面白く、皆にその違いを教えたくて綴り始めたのがきっかけである。幼稚園はこんなに違うよ、とかドイツの学校には移民がいてびっくりだ!とかスーパーでは計り売りで野菜や果物を買うのだ、とか。何もかもが私にとって新鮮すぎて伝えたくて仕方ない気持ちに溢れていた。が次第に長く住んでいると、この物理的な違いは一体どこから出てくるのか、といったことを知りたい気持ちが芽生え、今度は心理的な違いを分析し、伝えたい気持ちが出てき始めたのだ。この時点で私の考え方はかなりドイツ寄りになっているので、実際ややドイツ贔屓だったところもあったかもしれない。ただいつもできる限り努力して時間を掛けて自分の思考を整理し、言葉を選んで書いてきたつもりである。

「ヨーロッパ」というと、日本人にとって憧れる人は多いかも知れないし、一方で事実コンプレックスを持つ人は多いと思う。実際に私もそうだった。が、実際パリに旅行に行った際、「え?パリって全然華やかじゃないじゃん!古臭い!不便!てか日本ってなんて進んでいるんだろう!」と驚いたのだ。そしてドイツに住み始めた時も同じく「ドイツってなんでもすごく古臭いし住みにくい、冬は暗くなるのが早いし、食べ物も美味しくない!冬の空はいつもグレーだしもう嫌だ!何もかもがスムーズにいかないし!」と早く日本に帰りたい気持ちで溢れていた。

が、次第に滞在が長くなると、自分の中に変化が現れ始める。なぜ電車がこんなにボロいのか、トイレにお金がかかるのか、外食がなぜこんなに高いのか、商業的娯楽がこんなに少ないのか、家庭の優先度が非常に高いのか、小学校が幼稚園の延長みたいな感じで緩いのか…など。まず、施設のボロさや学校教育&イベントの簡素さ、公共トイレの有料などの件に関して。それは単に「賃金は労働の対価」であり「お金がないならそれはできない。ない袖は振れぬ」なのである。日本のように「サービス」と称して労働者が賃金以上のことをすることはなく、客もシビアにその現実を受け止めるしかない。だからヨーロッパ人は非常にお金に対しても時間に対してもシビアなのだと思う。

よって、トラブルも日常茶飯事でもある。サービスのクオリティが低い場合も多く、その度に業者と交渉しないといけない。基本的に彼らは「言わない=不満がない」という考え方なので、日本の「察してよ」は通じない。学校に対しても、夜中に騒ぐ住人に対しても、工事業者などに対しても、とにかくいろんな場所で交渉した。意外にも話せばわかる人は非常に多く、そうして自分たちの考えを出すことで徐々にいい関係もできるようになり、段々と生活にも溶け込めるようになってきた。お隣さんが「卵切れれて〜。ごめんね〜。1個もらえる?後で返すよ。」なんてこともザラで、ちょっとしたものの貸し借りなども気楽にやる。声を掛け合い、良好な関係を作りながらちょっとづつ、お互いに人の力を借り合いながら生きるのだ。(ただこれらは人によることを彼らはよく知っているので、隣人がどんな人かと言うのを日本以上に気にする。)


そして受験が加熱しないところも日本とは違う点だ。ドイツでは小学校4年生を終了した後、中高一貫校に進学するのだが、大学進学向きの「ギムナジウム」に進学するには、小学校3年生4年生の成績が良くなければならない。ならばドイツでもさぞがし塾が流行り、競争が加熱…しないのがドイツのいい点だと思う。

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ドイツ人は詰め込み教育を好まない。(昔はとにかく山ほどの宿題をこなす詰め込み教育だったらしいのだが)今では本を沢山読んだり、自分で好きな文章を書いてみたり、自然の中で沢山触れ合ったりと豊かで教養のある生活が好まれる。(そしてそうした家庭の子のほうが成績がいい場合が多い)また勉強が嫌いな子を無理してギムナジウムに行かせても無駄!と割り切る人も多く、よって小学生が塾に行くことはほとんどない。(せいぜい苦手分野を家庭教師にお願いする程度。)高校までこうして公立に多くの人が通うので教育費もさほどかからない。これが我が子をギムナジウムに!と、どの親も鼻息荒く、金に糸目はつけず学習塾に行かせるようになれば、ドイツも日本の都会のような競争社会になってしまうだろう。

またゲーセンなどの子供を誘惑する商業施設も極端に少ないのも特徴だ。教養のあるドイツ人はお金を払ってゲームをさせる場所にはできるだけ行かせたがらず、大体商業施設のゲームコーナーに群がっているのは移民の子達ばかりだったりする。よってパチンコもなければゲーセンもほとんどない。こうした「あえて誘惑に乗らない」ヨーロッパ人のいい意味での頑固さも私は好きになった。(でも子供が10代以降になるとPCやニンテンドースイッチなどのゲーム機を持ってる家庭も多く、ゲームのやりすぎに親御さんは頭が痛いのですよね。どれも日本製で。。。なんかすみません。。。汗)

そう、流行もさほどないのも、これまたヨーロッパの特徴である。特にドイツは食べ物にも服装にも流行に疎く、年がら年中自分が気に入ったものを食べ自分が気に入った格好をする。ドイツにはデパ地下みたいなものもないし、消費者の目を奪う華やかなものも少ない。なので多くの人が金銭だけで買えない豊かさに目を向けて生きている。庭いじりをしたりだとか、ケーキを焼いて人と集まったりだとか。おかげで私も刺激も少ないが心が無駄に踊らされて消費することもなくなり、自分が欲しいものだけを買うようになった。

と言うわけでドイツ生活を通じて私はよくも悪くも変わってしまった。あまり街中に行って散財しようとも思わなくなったし、それより家の中を快適にすることに楽しみを見出した。おかしいと思えばなるべく意見を伝えるようにし、子供の受験も偏差値よりも自分のやりたいこと学びたいことを考えなさいとできる限り伝えている。そんな今の自分を結構気に入っている。だからどうしてもドイツライフのいい部分だけが読者に伝わってしまうのかも知れない。

しかし繰り返すが、実際のドイツ生活は思い起こすと、「泥臭く、人間臭く、変わりばえの少ない平穏な日々」だ。そしてそれがヨーロッパ生活だ。

が、日本ではそれを知らない人がほとんどだろう。これはテレビの報道が大いに問題だと思う。旅番組やバラエティなどでは、ヨーロッパの観光地やグルメ、教育面(主に北欧)など綺麗な上澄みだけを切り取って素敵だと過剰に思わせたり、一方で日本がすごいぞ番組では、いかにヨーロッパが犯罪が多く危険なのかを報道し、日本の素晴らしさを説く。ヨーロッパに憧れを抱く人は綺麗な上澄み部分にのみ反応し、一方で欧米アレルギーを持つ人は上澄み部分に嫌悪感を抱きつつも、デモや犯罪報道に「なんて野蛮で過激な奴らだ。なんで日本人はこんな奴らに憧れるのか。」と思うのではないだろうか。(私の勝手な推測です)そうした泥臭く、しかしヨーロッパの人たちが大切にしている大事な部分がすっぽり抜け落ちて報道されている気がする。

だからこそ私としては、テレビの報道では決して視聴率の取れないような、リアルなドイツ生活を伝えてきたつもりだった。実際にこうした知識がちょっとあるだけで、憧れのヨーロッパ旅行が失望で終わることもないし、現地の人とのコミュニケーションもスムーズでグッと楽しいものになったりするはずだ。住む場合は尚更だろう。だから伝える意義はあると感じている。そしてもう1点。そんな泥臭いヨーロッパの生活を、なんでもスムーズでトラブルの少ないモダンな国、日本に知ってほしかった。日本は便利すぎるが故に上手くいかない時のダメージも大きく、またどことなく見えない閉塞感や人と合わせなければいけない空気的なものもあって、こんなぶつかり合い、ストレートで言い合う国もあるんだ〜、そうだよね、人って違ってもいいしぶつかっていいんだ、ということを知って心が軽くなってほしかったというのもある。(まあ今はコロナでヨーロッパも閉塞感ありますが。)

と言うことで、ブログから移行することも考えて…しばらくはnoteとブログ、並行して書いてみようと思います。なんとなくこうした私の蘊蓄めいたものを受け止めてくれる土壌がnoteの方があるのかなと思い…。興味のある方は、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。




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