異次元

数歩先にいつもと違う世界が広がっている事がある。

東京在住時、暇があれば都内を回っていた。

ネットでおすすめのラーメン屋や辛い物屋、
出物の楽器を扱っている楽器店、
中野ブロードウェイや乙女ロードの「聖地」と呼ばれる場所など。

それだけなら単純な余暇の過ごし方だが、
それ以外によく行っていたスポットとして、
サブカルや都市伝説などの記事で取り挙げられているような、
いわゆるディープなスポットなどに赴いたりしていた。

例を挙げれば、今はなきU駅13番ホームの男子トイレや、
都営地下鉄を所定の順序で乗り換えて盛り塩を崩していくという呪いの方法、
某武将の首塚や処刑場跡地の散策など。
ひとえに根暗で暇なライフワークであった。

史跡になっているものもあれば、
生きた人間が織りなす恐怖もあったり、
もちろんガセネタも多々あったが、
そうしたスポットへ赴く人々の大半が、
「非日常」という名のスリルを求めているのだと思う。
私もその中の一人で、単なるオカルト・サブカル好きの根暗なぼっちだった。

友人宅へ泊まりに行った時のこと。

友人宅はスカイツリーの近くにあった。
数日イベント事で家を空けるそうで、
飼い猫を預けたかったが誰も捕まらなかったとのことで、
ちょうど暇な時期だったのと、帰宅後のお土産と酒を餌に留守番を引き受けたのだった。

とはいえ全く地理感もなければ、
スカイツリー観光なんか出来るような性分でもないので、
数日どうやって過ごそうかとネットをいじっていると、
割と近くに心霊スポットじみた公園と橋があった。
夕食がてら、借りた自転車で行ってみたが大した収穫はなかった。

半ば後悔しかけていたところ、
とあるサブカル系のサイトに、某川沿いの公園が都内有数のハッテン場だという情報を得た。

私は至ってノンケなので、男性との出会いや行為を求めてはいないが、
「本当にそんな場所があるのか」という単純な好奇心と、
来るもののほとんどがそうした男色を求めて訪れるという非日常が、
どれほどスリリングなものかを確認したくて赴いてみた。

時刻は夜の22時を少し過ぎた頃。

幹線道路沿いを自転車で走ること15分ほど。
都内を走る大きな川と、それに架かる大きな橋が見えてきた。
情報によると、岸沿いにビオトープや遊歩道があり、
どちらも「公園」と呼ばれているそうだ。
片側は普通の遊歩道だが、もう片方の公園が件のスポットになっているとのことで、
そちら側の遊歩道の外へ自転車を停め、遊歩道へ足を踏み入れた。

昼間は近隣住民のウォーキング場になっていたり、
ちらちらホームレスのような人は通るけれど、
すぐ近くにはマンションや民家もあって、
ところどころ街灯も点いているのでそこまでの不安感はなかった。

軽く拍子抜けしながら、
持参したチューハイを飲みながら、手巻きタバコを巻いて経過を見守ることにした。
ちょうど街灯の真下にあった石造りのベンチに腰掛けて、
1時間くらい経とうとした頃だったか、
視線の先の植え込みがガサッと鳴った。

野犬や自然動物の類が出るような郊外でもない。
一瞬身構えたが、辺りを見回しても誰の気配もない。
風か何かだろうと思って、改めて巻いていたタバコに視線を戻したところ、
同じ方向からまたガサッと音がした。

音のした方を見ると、人が立っていた。

植え込みから出てきたのか、肩や腿に葉を付けている。
こちらとの距離にして約10mほど。
遠目で見てもかなり身長が高い。
目算で180cm以上はあった。
髪型はスキンヘッドに見えた。
顔立ちはよく見えなかったが、以前に関わったドイツ系のバンドマンとよく似て見えたので、
おそらくヨーロッパ系の男性だったと思う。

さすがに肝を冷やしたが、
人がいてもおかしくない場所だと思い、改めてよくその男性を観察した。
夜で遠目なので分かりづらかったが、クリーム色のツナギを着ているように見えた。
ヨーロッパ系は珍しいが外国人労働者だろうか?と思っていたら、彼と目が合った。

どこか目の焦点が合っていないように見えた。
でも確かにこちらを見ていた。

そしてゆっくりとこちらへ近付いてくる。
一歩、また一歩と、文字通り牛歩のごとくゆっくりと。
近付くにつれて彼の容貌がよく見えてくる。
肩口に付いていた葉が落ちた。
さすがに身構えるが、下手に動けない。
野生で草食動物が肉食動物に至近距離で相対した時、硬直するというのはこういう心境なのだろうか。
巻きかけたタバコを巻き機ごと手持ちの袋に入れる。
こちらも視線を反らせないでいると、彼の体が少し先の街灯の下に現れた。

全裸だった。

靴すら履いていない。
一糸まとわぬ姿で立っている。
うっすら見える表情は、やはり目の焦点が合っておらず、
こちらを見ているのかどうかも分からない。
クスリか何かでトンででもいたのか、
どちらにしろまともな人ではない。

多少の格闘には自信があったが、
さすがに階級が違いすぎて争う気すら起こらなかった。
何より一つも話が通じる気がしない。
距離もあと5mくらいに迫っている。

これ以上近づかれたら走って逃げよう、

追いつかれたら?

その時はやれるだけやるしかない

そう思っていたら、
突然興味を削がれたように踵を返して反対方向へ去っていった。
こちらへ近付いてきた時と同じく、牛歩の速さでゆっくりと。
そして出てきた時と同じく、植え込みの中に消えていった。

心底肝が冷えた。
心霊的な何かに触れた時とはまた違う、生きた人間から齎される恐怖の方が幾分も恐ろしい。
情けない話、いくら自己責任とはいえ、
想定外過ぎる出来事で命の危機を迎えた事に萎えてしまい、
早々に座っていた場所を後にした。

自転車を停めた公園の入り口に向かう途中、
一組の中年カップルに出くわした。

片方はホームレスなのか分からないが、
酒が入っているようでずっと笑っていた。
対して連れ合いの女性はかなりの長身で、
ドラァグクイーンのような格好をして、嵩の高い帽子を被っていた。
それだけでも、先程のちょっとした恐怖を思い出して、
一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

何事もなく中年カップルとすれ違ったと思ったその時、
男性の方がこちらに呼びかけてきた。

「おぉ〜い兄ちゃん、ここいらででっけぇガイジン見なかったかぁ?」

外人?
さっきの彼の事だろうか?

それより何より、
こちらは一秒もこの公園の敷地内にいたくもないが、
普通に話は通じるみたいなので、
先程彼が消えていった植え込みを指差して、
「あっちの方に行ったみたいですよ」と答えた。

すると男性は、
「そうか〜、ありがとな〜」
と機嫌よく答えたので、こちらも軽く会釈をして立ち去ろうと踵を返した

すると、
後ろからこう聞こえた。

「いや〜、
悪い奴じゃねぇんだけどさ〜、
許してやってくれな〜

アハハハハハハハハ!!!!!」

ビックリして振り返ると、
中年カップルは向こうへ歩いて行った。
男性は相変わらず上機嫌で何かを話しながら、
女性は男性の歩調に合わせるよう、ゆっくり歩いている。

ダメだ、
多分今はここで誰と会っても怪異にしか思えない。
そう思って生きた心地もしないまま、
何とか停車した場所まで辿り着いた。
普通の道路に出た瞬間、なぜだか
「帰ってきた」と自然に思えた。

しばらくはついぞ味わった非日常に震えていたが、
一服して少し経ったら何とやら、元通りの思考が還ってきた。
と同時に、先程見聞した異界の恐怖も幾分薄らいでしまった。

大分落ち着いて、
少し自転車で夜風を浴びて友人宅へ戻ろうと、
先程の公園を見下ろせる橋の方に登ってみた。
一旦橋を渡って向かいの区を少し回り、別方向から帰ろうと思い、
道路沿いに出て橋を渡り始めた。
川を眺めつつ、ふと橋の下、先程外国人の彼が消えていった植え込み辺りに視線が向けたら、
ビオトープの中に東屋のような、屋根が付いた建物が立っている。

そこに、さっきすれ違った中年カップルの女性が座っていた。

そして、その股ぐら辺りに、
同じく中年カップルの男性と思しき男性だろうか、
誰かの頭部が見えた。

「?!」と、声に出来ず驚いていたら、
女性がこちらに顔を傾けた。

多分、目が合った。

そして笑っていた、と思う。

即座に先程までの恐怖が再燃して、
橋の向こう側まで渡らず、すぐさま友人宅方面へ引き返した。
訳もなく、ただ恐ろしかった。

数年後、都内の某イベントでドラァグクイーンの方々のイベントでお仕事をさせて頂いた際、
打ち上げでその話をしたところ、
大御所のドラァグクイーンのお姉さまから
「ノンケなのにそんな場所に行くからよ〜」
と言われて大いに笑われた。

が、その後、
真剣な顔でこう言われた。

「好奇心もいいけれど、あなた大分危なかったと思うわよ。
多分中年のカップルは女装のウリ(売春)と客だと思うけど、
その外人ってのが怖いわね…
あの場所、昔ゲイの人が冷やかしでハッテンしに行ってリンチされたこともあるらしいから。
まあ、そんなリスクも考えずに行く側にも問題はあると思うけど」

また、こうも言われた。

「東京って、地方にはない便利さだとか、華やかさは沢山あると思うけど、
その分、頭のネジが何本も無くなっちゃったおかしな人も星の数ほどいるのよ。
そして彼らに我々の常識は何一つ通用しない。
知的好奇心を満たすことも大事だけど、命あっての事と理解して生きて欲しいわ。」

尤も、あなたは賢そうだから大丈夫と思うけどね
と笑ってくれて、その話題はお開きになったのだが、
全くその通りだと思わされた。

何があって、どこでどう変わったのかは分からないが、
きっと彼らにも何かしらの転機があって、
普通の生き方では一生涯交わることもないであろう異界の住人になったのだろう。
彼らの生き方全てを否定する訳ではないし、
彼らだって我々と同じように食事もすれば、スーパーやコンビニで買物もするだろう。
普段は普通の職場で何一つ不自然なく、「一般人」として生きていっている方も多々いるはずだ。

ただ、我々はふとしたタイミングで、
普段暮らしている日常から外される事がある。
私のように意図的に外そうとする者もいれば、
たまたまの事故のように遭遇してしまう人もいる。

言い換えれば、隣人トラブルや警察沙汰なんかもそうだろう。
普通に生きていれば、何も起こさなければ遭遇することなんて有り得ない。
だが、意図せずとも異常からこちらに歩み寄ってこられたら、
大抵の人々は恐れるしか無い

正気と狂気はいつだって紙一重だ。

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