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教育 其の一

神奈川時代の話。

20歳の頃、音楽の修行のため九州の片田舎から横浜に渡った。

さしてアテがあった訳でもないが、
地元時代のバンド仲間や先輩方が割と多く神奈川に進学や就職していたことや、
最初から東京に住まう事に何となく懸念があったので、
とりあえず横浜である程度生活の流れを掴んで、
やっていけそうなら後に東京へ引っ越そうとか考えて、状況先を横浜に決めた。

引越し先は地元でインターネットを使って探した。
相鉄線の星川と和田町の間にあった峰岡という町で、
丘がちな長い坂を登りきった所にあった木造2階建て、風呂なしのアパートだった。
単純に家賃が安かったからという理由で決めた部屋だった。

近くには球場と国立大学があったが、静かな土地だった。
坂を下れば八王子街道という幹線道路があり、
銭湯や買い物などの用事の大半は星川と和田町の小さい商店街で済ませていた。

行き来に長い坂を上り下りせなばな土地だったりと不便さもあったが、
家賃が安く済むというだけで帰郷するまで暮らしていた。
幸い、八王子街道沿いに安いスーパーと、ご夫婦で経営されていたメガ盛りの弁当屋があり、自炊しながら安く住めていた。

アパート横に家を構えていた大家さんが大変良い人だった。
深夜タクシーの運転手をしていた大家さんは、
当時20代でOLをしていた娘さんと二人暮らしで、
よく横浜駅のロータリー付近で客待ちをしていた。
私が横浜駅でアコギの練習がてら路上ライブをした際、
終電を逃して始発まで粘っているのを見つけた時なんかはアパートまで送っていってくれた。

時たま「娘が作りすぎたから食べてよ」なんて言っておかずの差し入れなんかもあった。
娘さんから直接差し入れしてもらいたかったという下世話な下心はあったが、
それ以上に、そんな心遣いが心の底からありがたかった。


近くの国立大学には地元時代の同級生だったヒロユキ(仮名)が通っていた。
ヒロユキは中学時代の同級生で、中学の頃からドラムを叩いていた。
中学生からしっかりバンドをしている人口なんて少ないもんだが、
私は当時から先輩方に混ぜてもらってライブをしていたり、
同い年のメンバーともバンド活動をしていたからか、
なぜかヒロユキからは「師匠」と呼ばれ、常に敬語で話されていた。

ヒロユキは頭がよく、高校は地元の進学校に進んだ。
そこでブラスバンド部とロックバンドに入りそれなり忙しくしていたが、
暇があるとお互い家を行き来し、新たに仕入れたバンド関係の情報をやり取りしたり、
こちらのライブがある時には誘ったりして、
高校は分かれたがそれなり仲良くやっていた。
私が聴かせたのを皮切りにメタルやグラインドコアを好んで聴いたり、
誰かとコピーバンドをするわけでもないのにそういったコアなジャンルの曲をカバーしていた変な奴だったが、
ヤンキーでもなければ不良でもない、ちょっと変わった普通の高校生だった。

ヒロユキの父上は教員だったそうで、
何回か会った事があるが、厳しそうではあるが良い人そうだった。
ヒロユキ曰く「とにかく鬼」だそうで、
常にヒロユキとお母さんは何かしらの事で怒られていたらしい。
モンスターとかではなかったようだが、内に厳しく、外に優しいような方だったのじゃないかと思うが、
ヒロユキの家に遊びに行った時、たまたま父上がいる時なんかは、
「すみません…今日は父がいて…」
なんて言われて、遊べなかったりしたことも少なからずあった。
反抗期とか親子喧嘩とは縁遠そうな、そんな印象を受けた。

高校三年生の頃、ヒロユキに進路を訊くと、
大学の教育学部に行けと親から言われている、と聞いた。
地元の国立大学の教育学部でも受けるのかと思ったら、

ヒロユキ「親父から隣県の山間部にある教育大学に行けと言われているんすよ…
あんな僻地に行けとか、もう刑務所と一緒ですよ…」

と言って嘆いていた。
それでも逆らえないんだろうな、不憫だな、とか思っていたが、
推薦入試を終えてしばらくしたある日、家に遊びに来たヒロユキに推薦の結果はどうなった訊くと、
やけに興奮して「落ちました!」と聞いて、ひどく驚いた。
100%ではないにしてもかなりの確率で受かるであろう推薦入試を落とすとか、
コイツどんなヘマをやらかしたのかと思って訊くと、
どうやらわざと落ちてきたらしい。

ヒロユキ「面接があったんで前乗りしてホテルに泊まってたんですけど、
やっぱどうしてもあの大学だけは行きたくなくて…
でもあの親父に相談しても無理じゃないですか?
だからわざと落ちてやろうと思って、面接の志望動機を言う時に、『近かったから』って答えたんですよ(笑)
面接官もポカーンってしてたんで、その後も流れで訳分からん受け答えして、結果は不合格でした(笑)」

以前から変なやつだとは思っていたが、まさかの答えに唖然とした。
そんなに嫌だったのかよ…と。
多分、これがヒロユキなりの初めての反抗だったのだろう。
当然、父上からはひどく怒られ、代わりに地元でも有名な超スパルタの予備校へ通うことが決まっており、
志望校のランクもグッと上げられる予定なのだそうだ。

その後、ヒロユキは予備校で鬼のような勉強地獄を耐え抜き、
その翌春に受かっていた横浜の国立大学へ一浪の末入学した。
ちょうど成人式の時に帰省しており、
数カ月後には横浜に上京する旨を伝えて、再会を約束し別れた。

数ヶ月後、私は横浜に渡った。
ヒロユキのアパートは大学の近くにあり、当時の我が家から程近い所にあった。
夜行列車で夜頃九州を出、翌日の午前中に横浜駅に着いた後、
物件の下見以来の相鉄線に乗り、和田町で降りるとヒロユキが待っていた。
「ホントに来たんすねぇ」と言って笑うヒロユキの顔を見て、半ば横浜まで出てきた実感も薄かったが、
その時はこれからの新生活に希望と期待しかなかった。

それからヒロユキは駅周辺を案内してくれた。
八王子街道に出て、新居に向かう途中も
「ここの弁当、安くてボリュームもあっていいっすよ!」とか、
「風呂ないんだったらそこに銭湯ありますよ!
和田町駅の奥の方にも確か銭湯あったと思うんで、大学の先輩に訊いといてみますね!」など、いろいろと世話を焼いてくれた。
アパートに着くと、
「おぉ!俺んちとすっごい近いじゃないですか?
今度酒持って遊びに来ますね!」
と言って、その後星川駅近くにあったショッピングセンターで生活用品を買い足して、
宅配便で届いた私物の整理を手伝ってくれたりした。

一通り片付いたので、お礼を兼ねて横浜駅まで出ていって安い居酒屋で乾杯し、あれこれと話した。
気付けば終電を逃してしまい、タクシーで帰るのももったいないので歩くかと思っていたら、
偶然駅のロータリーで大家さんから声を掛けられて、
そのまま大家さんのタクシーで送ってもらった。

大家さん「なーんか見たことあるようなのが歩いてると思ったら、やっぱり歌屋くんだったね(笑)
大方、終電逃しちゃったんでしょ?」

私「はい、すみません…あっちで電車乗る事とかほとんど無くて…」

大家さん「若いからそのうちすぐ慣れるよ!
またああやって見つけたら、よっぽどお客さんいる時以外は送ってあげるから。
まあ、店子専用のサービスか何かだとくれたらいいんで(笑)
そっちの彼は、歌屋くんのお友達?」

ヒロユキ「はい!中学の同級生で、この人の弟子です!(笑)」

コイツ何言い出すんだと思ったが、大家さんは大いに笑っている。

大家さん「弟子かぁ!もしか歌屋くんってすごいミュージシャンになんのかな?
こりゃ今のうちからヨイショして、有名になったらお抱え運転手とかで雇ってもらわねぇとなぁ!(笑)」

ヒロユキ「いやホント地元ではすごい人なんすよ。
マジでメジャーとか夢じゃないレベルの人なんで!」

大家さん「おぉ〜!そりゃすごいんだろうなぁ〜
駅で歌ってたら聴きに行かなきゃね!
そういや、君は国大生なの?」

ヒロユキ「はい!いろいろあって一浪っすけど」

大家さん「揃いも揃って優秀なんだなぁ〜
まだ若いし、これから楽しみだなぁ!」

半分、耳が痛かった。

それからバイトも始まって、
東京方面でライブもちょこちょこ決まりだし、少しずつではあるが忙しくなってきた。
ヒロユキも実習や試験があったり、家庭教師のバイトがあったりして忙しそうだったが、
暇が合う時には飲みに行ったり、楽器店やスタジオ練習などでそれなり付き合いがあった。
以前、
(呪物|歌屋 #note https://note.com/fallin7458/n/n6e85deabc4a1)
でYから教えてもらったデス系の音楽ばかりを流すバーを紹介した時には、こちらが引くくらい歓喜していた。
大学でヒロユキが所属していたバンドサークルの面々とも引き合わせてくれて、
地元でも音楽仲間が出来るきっかけを作ってくれた。上京した先にヒロユキがいてくれて良かったと思うことが少なからずあった。

上京して8ヶ月ほど、冬になった。

横浜での暮らしにも慣れて、自宅周辺の地理もある程度把握したが、
お互い忙しくてヒロユキともしばらく会っておらず、
自宅近くのスーパーやコンビニなどでも会わなかった。
まああちらは学生なんだし、そのうち会うだろうと思っていた。
ある日、八王子街道沿いにあったスーパーへ食材の買い出しに行ったら、
ヒロユキづてで知り合った国大生のバンドマンで、2歳年下のリョウタ(仮名)に会った。

リョウタ「あ、歌屋さん、お久しぶりです!」

私「おおリョウタくん!バンド頑張ってる?」

リョウタ「おかげさまで(笑)今度定演なんで頑張って練習してます」

私「国大の定演か〜
何かB'zのコピバンばっかいそう(笑)」

リョウタ「それ偏見です(笑)
あ、そう言えば、最近ヒロユキさんと会いましたか?」

私「ヒロユキ?もう4ヶ月位は会ってないよ。
サークルとか来てないの?」

リョウタ「はい…同級生でヒロユキさんと同じ学科のやつがいて、
学校には来てるみたいなんですけど、サークルには全然来なくなっちゃって…
うちのバンド、ずっとヒロユキさんに叩いてもらってたんで、新しく初心者のドラム入れて今やってるんですけど、
やっぱりどうしてもしっくり来なくて…」

私「ん〜バイトが忙しかったりしてんのかな?」

リョウタ「それも同じカテキョのバイトしてるのが友達でいるんで、それとなく訊いてみたんですけど、
どうやらバイトも辞めたみたいなんですよね…」

私「マジでか…アイツがバンド疎かにするとか今までなかったんだけどな。
何か実習とか、資格の勉強してるとかはないの?」

リョウタ「ヒロユキさんと同級の先輩たちに訊いてみましたけど、今はそういうのやってないそうです。
ただ、少し前に彼女が出来たらしくて、それからサークルにも出てこなくなったっぽくって」

音楽界隈あるあるだ。
それまで一生懸命ライブ活動に励んでいた若者が、
彼氏or彼女が出来た途端にライブハウスやバンド活動から足が遠のくという現象があるのだが、
まさかあの奥手で、年齢=彼女いない歴の生きた権化のようなヒロユキにそんな事があろうとは。
ちょうど私はその頃、地元に残してきて遠距離恋愛していた彼女と別れたばかりで、
ついでにちょっとヤバい女性客とのトラブルもあったりしていたので、
何とも言えないリフレインを感じていた。

私「ん〜俺もしばらくヒロユキに連絡取ってなかったから、
近い内に連絡して飲みにでも行ってみるよ」

リョウタ「お願いします!俺もしばらく会ってないから心配だし、先輩とか当たって調べてみます。
何か分かったら連絡するんで、歌屋さんも何か分かったら連絡下さい!」

そうしてリョウタと連絡先を交換し、ヒロユキに

「リョウタがサークル来なくて心配してたぞ。
彼女に惚気けるのもいいけど、ちゃんと音楽もしなさい」

とメールを打ち、夜勤に出かけた。

夜勤明け、アパートに帰ると、家の前で大家さんが車を洗っていた。

私「おはようございます。仕事上がりですか?」

大家さん「おお、歌屋くんおはよう。そっちも仕事終わり?」

私「はい。お互い深夜だとしんどいですよね」

大家さん「いやいや、若いのが何言っちゃってんの?
君らくらいならオールで遊んでも全然仕事行けちゃうでしょ?
俺なんてそんな事したら確実に事故るよ?
年取るって嫌だねぇ〜」

私「いやいや…大家さんいなくなっちゃったら、誰が終電逃した僕をここまで送ってくれるんすか(笑)
冗談だけど、安全運転でお願いしますよ?」

大家さん「心配しなくてもまた送ってあげるから(笑)

あ、そう言えば…」

と言って、大家さんは言い淀んだが、こう訊いてきた。

大家さん「歌屋くんが上京してきた時に、一緒にいたあのお友達…え〜と名前は何だったっけな?」

私「ヒロユキですか?」

大家さん「そうそう!そのヒロユキくんだけどさ、
昨日の晩、俺乗せたんだよ。横浜駅で」

私「本当ですか?」

大家さん「うん。ビッとしたスーツなんか着ちゃってたけど間違いないよ。
カワイイ女の子連れててさ〜
歌屋くんのお友達だよね?って訊いたら『はい』って言ってたし。
でも、それから世間話とかふってみたんだけど、彼全く喋んないんだよね…
俺、何か悪いことでも言っちゃったかな?って黙ってたんだけど、彼は普段は無口なのかな?」

私「いえ…そんなはずはないんですけど…
なんかすみません」

大家さん「いやいや!別に怒ってる訳じゃないんだよ。
ただ、あんなカワイイ彼女が隣にいて、何が不満なのかってくらいブスッとしててさ、
もしかして彼女と喧嘩でもしちゃったのかな?
でも、一緒の場所で降りてっちゃったし…」

私「あの…どこら辺で下ろしたんですか?」

大家さん「ん?えーと確か山手辺りだったかな?
すっげぇキレイなマンションの前辺り。
場所はよく覚えてないけど、もう一回行けば思い出すと思うけど…どうしたの?」

まさか自分もしばらく音信不通だったので、
なんて言えないので、どう返そうかと考えていると、

「お父さん!また長話してんの!?歌屋くんも夜勤明けで疲れてるだろうに何付き合わせてんのよ!?」

と、大家さんの娘のユキエさんが声を張った。

大家さん「おっと!そうだった!ごめんね疲れてる時に。
またお友達見かけたら教えるから!」

そう言われて、私は部屋に戻った。
何となく近々、ヒロユキに会ってみようと思った。

数日後、バイトも音楽の用事も無い日の夕方、
夜勤明けのぼんやりした頭を覚ますべく、窓を開けてタバコを吹かしていた。
ケータイを見ると、やはりヒロユキからの返信はない。
電話をかけてみたが、発信音が数回続き、留守電に変わった。
やはり一度ヒロユキの家に行って直接会おうと決め、
一旦銭湯に行ってから向かおうかと思ったが、
冬場の寒さで億劫だったから、そのままヒロユキ宅へ向かおうと思った時、
ケータイが鳴ったので画面をみるとリョウタからだった。

リョウタ「もしもし、リョウタですけど。
歌屋さん起きてました?寝てたらごめんなさい」

私「おつかれー。起きてたから大丈夫だよ。
どうしたの?」

リョウタ「ヒロユキさんのことなんですけど…
ちょっと相談したいことがありまして…今お時間いいですか?」

私「あ、ちょうど俺も話したいことあったんだよ。
俺今夜休みだから、もし時間あるなら近場で会って話さない?」

リョウタ「俺も大丈夫です!じゃあ商店街の近くの〇〇(居酒屋)でどうですか?」

私「了解。そしたら風呂入って行くから1時間後で」

そうして、外出の準備を進めた。

和田町商店街近くの居酒屋にリョウタはきっちり1時間後に現れた。
そこは国大生も多数バイトに入っている個人の居酒屋で、
定食を出していて、なおかつガッツリとしたボリュームの食事を提供するリーズナブルな店だった。

少し早く店に入った時、ヒロユキ経由で知り合ったバンドサークルのユキヤ(仮名)がバイトで入っていて、
リョウタが来るまで手が空いたら話したりしていた。

リョウタ「すみません!お待たせしましたか?」

私「いや、ちょうどさっき来たとこだよ。
とりあえず座りなよ」

リョウタ「それじゃ失礼します。それでヒロユキさんの事なんですけど…何か分かりました?」

私「いや、俺もメールとか電話したんだけど全く何も返事来なくて。
ただ、うちの大家さんがタクシーの運転手でさ、
こないだ横浜駅でヒロユキ乗せたって話訊いてさ」

リョウタ「それ、いつ頃ですか?」

俺「確か…昨日の夜勤上がりに訊いたから、一昨日の夜かな。確か彼女と一緒にいて、山手辺りで降りたらしいよ」

リョウタ「山手…ですか」

俺「何かビシッとしたスーツとか着てたんだってさ。
一瞬バイトの絡みで着てんのかなって思ったんだけど、
アイツのとこ、そういうの厳しいのかな?」

リョウタ「いえ、友達は私服で行ってました。
さすがにラフ過ぎる格好はダメっぽいですけど。
中にはちゃんとスーツ着て行ってる人もいるそうですが…分かんないですね」

私「だよな〜それに本当にバイト帰りかどうかも分かんないしな」

リョウタ「それになんですけど、ヒロユキさん、11月の終わりにはバイト辞めてたらしいんですよ」

私「え?」

リョウタ「友達が言うには、11月いっぱいで急に辞めてったらしいです。
カテキョの事務所には『学校が忙しくなるから』って言って辞めたそうなんですけど、引き継ぎもまともに出来なくて、
後の対応が大変だって事務所の人がぼやいてたそうです」

私「なんだろう…いきなり就職した訳でもないんだろうし」

リョウタ「それで、俺も先輩とかに訊いて調べてみたんですけど、ここ1週間くらいは学校にも来てないそうです」

私「…何か、本格的によろしくない感じかな?」

リョウタ「俺も、他の先輩とかなら分かるんですけど、
真面目なヒロユキさんだから余計心配で…
何か変なことに巻き込まれてなきゃいいんですけど…」

確かにヒロユキも私と同じ田舎の出身だが、
元から穏やか性質で、喧嘩すらしたことのないような奴だったので、
自分からトラブルに巻き込まれていくような愚かなことはしないように思えた。

リョウタ「それと、これはカテキョの友達から訊いたんですけど…
ヒロユキさんが連れてたって彼女、多分カテキョの教え子じゃないか?って話なんです」

私「どういう事!?」

リョウタ「俺も他の先輩たちに訊いてみたんですけど、
ヒロユキさんが校内で彼女と一緒にいるの見たことある人いないんですよ。
ただ、先輩たちが学校で会った時に飲み会とかに誘ったら
『彼女と出かけるから』って断られたらしいんです。

で、別の先輩が天王町駅辺りでヒロユキさんと彼女らしき女の子が一緒にいるのを見たらしくて、
なんかずっと女の子の方がギャンギャン喚いてて、
ヒロユキさんはずっと無表情で聞いてた…って。
何かすごい病んでるっぽい子だったみたいで。
もしかしたら人違いかもって言ってたけど、どうなんだか…」

私「で、その教え子どうこうってのは?」

リョウタ「あ、それも憶測らしいんですけど、
ヒロユキさん、しばらく山手の方にカテキョ行ってたらしいんです。
始めは週2日くらいだったそうなんですが、それが週4日とかに増えてったらしくて。
相手は女の子らしい、って言ってました。
さっき歌屋さんの大家さんが山手まで乗せた、っていう話を聞いて、もしか…と思って」

やっぱり一度ヒロユキに会ったほうが良さそうだと思った。
仮に中退しようがどうしようが本人の問題だが、
中学からの友達が変な事に巻き込まれているのなら何とかしてやりたい、
こうして心配してくれている後輩がいるのなら尚更だ。

私「実は今日、リョウタくんから連絡来るまで、
俺一人でヒロユキの家に行ってみようと思ってたんだよ。
今の話聞いたら尚更だよな。
とりあえず今から行こうと思うけど、リョウタくん時間ある?」

リョウタ「俺も行きます!
実は俺も一回行ったんですけど、何の返事もなくて。
ダメ元ですけど、一緒に行ってもらおうと思ってましたんで」

それで一緒に行くことになり、
会計を済ませようとバイトのユキヤを呼んだ。

ユキヤ「あら?もう帰るんですか?今日は早いっすね」

私「うん、ヒロユキの家に行こうと思って。
アイツ最近サークルにも学校にも来てないって言うじゃん?
どうしてるか様子みてやろうと思って」

ユキヤ「ヒロユキさんですか?
確かに学校では見てないけど、こないだ山下公園で見ましたよ」

私「それいつ!?」

ユキヤ「先週の土曜ですね。俺、彼女と遊びに行ってて、
昼頃山下公園で彼女と喋ってたんですけど、
スーツ着たヒロユキさんとカワイイ女の子が一緒に座ってて。
声かけたんですけど、シカトされちゃって。
感じ悪ぃって思ってたんですけど、彼女から『邪魔しちゃダメだよ』って言われて、
めっちゃ女の子がヒロユキさんにベタベタしてたんで、
それもそうだと思ってそこから離れたんですよね」

ますます分からなくなってきた。
大家さんは何だかブスくれていたと言うし、
リョウタの知り合いは揉めていたと言っていたというが、
ユキヤはすごくラブラブだったと言うし、
もう何が本当なのか分からない状態だが、
余計にヒロユキに会わねばならないと思った。
会って話して、彼が惚気けてアホになっているならそれでも良し、
もしマズイことに巻き込まれているなら止めに入ればいい。
そう思って、私はリョウタと店を出て、ヒロユキの家に向かった。

其の二に続く

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