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監視 其の一

神奈川時代の話。

当時、九州の片田舎から音楽の修行の為に上京して、
コンビニの深夜バイトをしながら弾き語りやバンドでライブ活動をしていた。

始めの頃はなかなか横浜でライブ出来る場所が見つからず、
東京のライブハウスで知り合いのイベントに出させて貰ったり、
都内、もしくは横浜駅のロータリー前で路上ライブをしていた。
ある程度やっていると名前と顔を覚えてもらい、
主に弾き語りでだが、都内や横浜市内のライブハウスに出演させて貰えるようになった。
そこで対バンした千葉、埼玉方面のミュージシャンからも呼んで貰えるようになり、
単身県外へ遠征するようになっていった。


弾き語り系のライブには、店側が演者を集めチケットを販売させるブッキングライブの他に、
チケットノルマは課さないが、演者も入場料を支払い、通常よりも短い持ち時間で数曲ライブする形式のオープンマイクライブがある。
主に演者同士の交流を目的として組まれるブッキングなのだが、
県外から参加する演者の入り口ともなったり、
その土地のミュージシャンとの恰好の情報交換や交流の場となることもあり、
話をもらえた時には積極的に参加するようにしていた。

もちろん演奏をしないお客さんも観覧者として入場できるものも多く、
ミュージシャン以外にもお客さんとも交流できるので、
初見で気に入ってもらえたら、次回ライブで来る時に自分のお客さんとして来場してもらえる可能性も高くなる。
路上でもいろんな方に会って、いろんなドラマがあった。

遠征で関東のとある地方都市に行った時のこと。

そのライブは小さいライブカフェでのオープンマイクで、
3曲ほど演らせてもらって、地元のミュージシャンと歓談をしていた。
しばらくしたら、一人の女性が近付いてきて、私と同じテーブルについて話しかけてきた。

年の頃は当時の私と同い年で、服装もユ◯クロなどで揃えたような、割とこざっぱりとした恰好をしていた。
化粧っ気もそこまでなく、ケバくもないがあっさりし過ぎていて、
どこか垢抜けない中学生のような印象を受けた。

名をエリカと名乗った彼女は、
演奏やライブ活動はしていないが自分も歌いたくてしばしばライブハウスやカフェに足を運んでいると言った。
どこかレッスンに通わないのかと訊いたら、
人見知りなのでなかなかいい先生が見つからない、と言った。

エリカ「さっきライブ見てたけど、今まで見た中で一番上手でした!
ここでお話出来ないと絶対後悔すると思ったから、思い切って声を掛けてみたんだけど…お友達になってくれますか?」

そう言われて悪い気はしなかった。
というよりむしろ嬉しかったので、断る理由もなく、連絡先を交換した。
それから終電まであれこれ話をしたのだが、
九州から横浜に上京した経緯や、九州での音楽の経歴、バイト先の先輩たちとの話はにこやかに聞いてくれたものの、
あちらに遠距離の彼女がいるという話題にだけは
「ふ〜ん」という感じでさっと聞き流された。
その時は大して気にもせず、終電で横浜まで帰った。

遠征から戻った翌日、起きるとエリカからメールが来ていた。

エリカ「昨日はライブお疲れさまでした!
また今度いつこっちに来るのかな?
またすっごい演奏聴きたいよー」

下世話な話だが、これで新たに一人お客さんが出来たと思って、内心ホクホクしていた。
こちらも昨日のお礼メールを送り、ライブは当分分からないけど、
予定が空いたら路上ライブでも行きたいと思っている旨を返信した。
すると5分も待たず返信が来て、

エリカ「ホント!?いつ来るの?絶対行くし、何なら朝まで路上付き合うよ!」

と返ってきたので、
(相当気に入られたのかな)とか思っていたのだが、

[いつ行けるか分からないけど、ある程度休みが取れたら行こうとは思うよ。でもバンドもあるからなかなか時間取れるかが…]

と返すと、

エリカ「私バンド嫌い。弾き語りの方がいい。早く弾き語り聴きたいよー!」

と返ってきたので、
(少々痛い子なのかな…)と思いつつも、
せっかく出来かけた他県でのお客さんを逃したくなく、
[近々バイトの連休が出来たら行けるかな?]
と返すと、
「楽しみにしてるね〜!」と返信が来たので、一旦はそれで終わった。

それから数日間、エリカとはちょこちょこしたメールのやりとりが続いていたのだが、
内容は「早く会って歌を聴きたい」というものと、
私のちょっとしたプライベートに関わるようなものだった。
[好きな食べ物は?]とか、[どんな学生時代だったか?]とか。
その時は普通のやり取りのように思えてそれなりに返していたのだが、
どういう流れかは忘れたが、エリカから
「次の休みっていつ?」と訊かれたので、[なんで?]と訊くと、

エリカ「連休出来たらこっちに来てくれるって言ってたけど、
やっぱりどうしても待てないから、
次に歌屋がお休みの日に横浜まで聴きに行くよ!
だから路上でもカラオケでもどこでもいいから歌ってくれないかな?」

という答えが返ってきたので、いささか面食らった。
始めの頃は[ありがたいお客さん]といったイメージが、
[ちょっとヤバい感じのメンヘラ]に昇格した。
しかし、見方を変えたら、わざわざ県を跨いで歌を聴きに来てくれるヘビーユーザーとも取れた。
今思えばアホな話だと思うが、当時の自分はさした下心もなく、
シフト表を見てバカ正直に[明日]と答えた。
エリカからは「絶対に行くね!楽しみ〜」と返事が返ってきた。
少々怖くもあったが、今日の明日で本当に来ることもないだろうと思って、
その日はやり取りを終えて夜勤に向かった。

その日の夜勤を終え、家に帰るとエリカからメールが来た。

エリカ「歌屋今日だね〜!
確か夜勤って言ってたから、今から少し寝るよね?
こっちから横浜まで1時間位かかるから、夕方位からこっち出るね。
横浜駅着いたら連絡するから、その後の段取り教えてね!
じゃあ、おやすみ〜」

本気で来るのかよ…と思いつつも、
やはりどこかで純粋に嬉しかったので、返信せずにそのまま眠りに就いた。
当時は目覚ましを掛けていなくても夕方17時少し過ぎ頃には目が覚めていたので、
仮にエリカが本当に来ても、それくらいならちょうどいい時間かと思って、そのまま意識を落とした。

夕方頃に目を覚ました。
徐々に覚醒していく中でエリカとのやり取りを思い出して、ケータイを開いてみると数件のメールが入っていた。
どれもエリカからのメールで、こんな内容だった。

14:00頃「夕方頃出る予定だったけど、何だかワクワクして落ち着かないからこれから出るね!」

15:30頃「まだ寝てるかな?もうそろそろ着くから!楽しみ〜」

16:20頃「もう横浜駅で待ってるよ〜!何時くらいに起きるのかな?もうすぐ聴けると思うと楽しみすぎて待てないよ〜!」

17:00頃「ねぇ、もう17時だよ?まだ起きないのー?
ずっと待ってるからねー!」

本当に来た…
それでも充分に驚いたが、いかに電車で行き来が出来る距離とは言え、
仕事とかでもなければそう易易と来られるものでもない。
純粋に自分の歌を目的に訪ねてくれる気持ちはありがたいが、
それ以上の執念じみた気持ちを感じて、少し怖くなった。

だが来て貰った以上はこちらも出向かねばなるまい。
メールで

[ごめん!今起きた!これからお風呂とか入って準備しなきゃだから、19時頃横浜駅に着く感じだけど…大丈夫?]

そう送ると、1分程で

エリカ「やっと起きたー!大丈夫だよ、待ってるから!」

と返ってきたので、急いで身支度を整え、ギグバッグに入れたギターを持って、
自宅から坂を下った先にある街道沿いの銭湯で入浴した後に、相鉄線で横浜駅に向かった。

道中、待ち合わせしやすいようにと相鉄線の改札付近で待っていて貰うようメールで打ち合わせた。
改札を抜けると、前回の印象を元にエリカを探したが、どこにも見当たらない。
どこにいるかとメールを送ろうとしていたところ、
「歌屋〜!!」と大きい声で駆け寄ってくる女性がいたので振り向くとエリカだった。
が、前回会った時の印象と全くかけ離れていた。

前に会った時はファストファッションで固めていた服装が、
雑誌モデルでも来ていそうなコーディネートを着こなしており、
ほとんど化粧っ気がなくどこかのっぺりとした顔も、ケバくない程度にバッチリメイクしている。
「女は化粧で化ける」と聞くが、本当に別人だった。

エリカ「ようやく会えたね〜!やっとまた聴けるんだ、楽しみ!」

そんなエリカを見て、何だかドキドキしたのと同時に、
当時地元に残してきた遠距離の彼女の事を考えていた。
少し考え込んでいるとエリカから「どうしたの?」と言われてハッとし、
[別に浮気してる訳でもないし。何考えてんだ自分]
と言い聞かせて、エリカと連れ立って駅の外に出た。

駅を出て、近場のカラオケを当たってみたが、
どこも満室で空きがなく、駅近くにあった楽器店のスタジオも埋まっていた。
エリカは到底待てないようなので、電車を乗り継いで山下公園まで出た。
ここにもストリートミュージシャンが出ていたのと、
まだ横浜駅のロータリー前で歌うには早い時間帯だったのでこちらへ来たのだが、
カップルが多くいるデートスポットでもあったので気が進まなかった。
エリカはそんなのお構いなしといった感じであれこれ話しかけてくるので、
それなりに返事を返していたのだが、途中でこんな話題になった。

エリカ「ねぇ〜歌屋はプロになりたいんだよね?
東京に出てったりとか、オーディション受けたりとかしないの?」

私「ん〜もうちょっと修行しなきゃっていうのと、
こっち(横浜)住んでみて思ったけど、まだ音楽しながら一人で東京で暮らしていける自信が無いから…かな」

エリカ「もったいないよ!!絶対ここより東京の方がいいって!
こんなカラオケだって空いてないような田舎じゃいろいろ不便じゃん?
もっといろいろ動いていった方がいいよ!」

分かる話ではあったが、上京して数ヶ月、
横浜という街を好きになり始めていた私としては、どうにも自分の街を否定されているようで気分が良くなかった。

私「確かに東京とかに比べたら不便なとこもいっぱいあるけど、
職場の人たちも大家さんとかも優しい人が多いし。
どっちかって言ったら、音楽どうのより、人当たりって意味で折れずにやっていけるかが不安なんだよね…
俺、ここより遥かに田舎の出身だからさ、
音楽で折れて、人間関係でも折れたらソッコー落ちそうだから(苦笑)」

そう言うと、エリカは一歩近付いてきて、

エリカ「そんなんあっても私はいつでもライブ観に行ったりサポートするから大丈夫!歌屋なら絶対成功するよ!
私のパパ、地元で小さいけど工場経営してて、地元の議員さんとかにも知り合いいっぱいいるんだよ!
楽器とかでも他でもいろいろサポートしてあげるから!」

何だか変な話になってきた。
普通にお客さんとしてだけで充分だと伝えると、
エリカは微妙な顔をしていたが、また調子を取り戻して
「それよりも早く歌聴かせてよ!もうそこら辺のベンチでいいんじゃない?待ちくたびれたよ〜」
と言うので、近場のベンチで軽く歌うことにした。
エリカは始終楽しそうに聴いていたが、隣に女性を据えて歌っていたからか、
通り掛かるカップルがちょくちょくこっちを見ていて、少し気まずかった。

2時間ほど歌って、時刻も20時を回る頃になったので、
我々は山下公園を後にした。
横浜駅に向かう電車の車中でエリカが
「お礼にご飯ごちそうするよ!お酒でもいいよ!」と言うので、
エリカの終電が間に合う時間くらいまで駅の近くで軽く飲むことにした。
安いチェーンの居酒屋に入ったのだが、エリカは
「こんなとこ初めて来たから新鮮〜!」と言っていた。
普段どんなとこで飲んでるの?と訊くと、余程用事がない限り、家からは出ないという。
友達付き合いもほぼ全くと言っていいほどないらしい。
人見知りと言っていたが、時々感じる押しの強さを考えると、
なかなか人付き合いも難しいのかな?とも感じた。

それから22時近くまで飲み、
エリカが終電に間に合うよう帰ってもらって、その日は終わった。

其の二に続く

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