見出し画像

1/20 試合をする夢

 空気を吸う。
 面金の隙間からしか取り込むことのできない酸素は嗅ぎ馴染んだ汗と防具特有の臭いがする。
 自分は今、面を被っている。だけど、視界はやけにクリアだ。眼前がよく見え、2分半の激闘を繰り広げている。ばしん、と竹刀が面を叩く音に呼応して言語化し難い雄叫びが轟き、続いて長方形の線の周囲を取り囲む人々がわあっと声を上げる。
 どこか多方向でも同様のアルゴリズムで試合が行われている。そのたびに地面は揺れ、キュッキュと調子外れな音を鳴らす。しかし距離に問わず、どれも遠くから聞こえてくる。まるですりガラス一枚隔てられているみたいにくぐもり、みんなぼやけている。自分も試合中の人たちを真似して地面を素足で蹴ってみると、いつもより硬い床が足裏の骨に響いた。
 頭を上げると吹き抜けた天井の影が私を覆い込んで迫っているように見えて、少し気味が悪い。まだ周りは雑音を発している。目を戻すと目の前の闘いが終わっていた。次は自分の番だ。特に緊張はしない。わかっているからだろう、自分は負けると。それなのに音がしないのは、やはり多少なりとも自身の実力に僅かな期待を託していて、それによる動揺が思考を蝕んでいるから。いつもそんな感じで生きてる。きっとその生き方を具体化したのがこの夢なのだろう。
 長方形の中を3歩進み、蹲踞する。審判が放った大声は、ちゃんと試合開始の合図として聞き取れた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?