World is Myself Side Story 〜花音&来栖〜3
第3幕
人を安心させてくれるような笑顔を向けてくれる人物。彼と接して僕はそんな感想を持った。
彼に何を研究するかで悩んでいることを伝えると真剣な表情になった。そして、腕を組み顎の下に指を重ねて目を細めた。
「来栖の悩みは難しいね。何に対してやる気を出せるか、心の火種は人それぞれに違う。特に来栖の場合は、納得できるラインが高いようだ。それは、自身に対する厳しさから来るのだろうが、いつ解決できるか分からないな」
「そうですね」と自分でも分かっているため、即座に返答する。
「本音を言えば、私自身が来栖に火種を与えることが出来れば良かったのだが、それが出来ないことには申し訳なく感じる。それだけ君のレベルが高いということだろう。しかし、私自身の実力が足りていないという点においては反省すべきだな」
そこを反省するのはこの人くらいだろう。
「いやいや」と手を左右に振って否定した。
大塔先輩は、笑みを浮かべると言葉を続けた。
「そんな来栖に火種を与えてくれるのは、想像力を掻き立てるような突拍子のない発想の持ち主か、君と親和性が高い生涯のパートナーのような存在かもしれないな。私にも覚えがある」
なるほど、と納得する。
そんな人物に出会えるといいなと心から思う。
「話を聞いてくださってありがとうございます」
「うむ、私にとっても有意義な時間だった。来栖と話をしていると、心が高揚するな。君と同じ研究室でよかった」
こちらが恥ずかしくなるようなことをサラリと口にするのは、この人の特徴だ。嬉しくない訳が無い。
「僕もです」
返答すると、「ありがとう」と返事をもらい、その場での会話はお開きとなった。大塔先輩と会話した回数は、他の研究室メンバーより少ないが、どれも大切にしたくなる会話が多いように感じる。
あれから、1ヶ月、いまだに僕は答えを見つけることが出来ていない。
****
橘教授との会話を終えて、僕は帰路に着くことにした。
大学の駐輪場へ向かい、自分の自転車を見つけて跨る。
手持ちの情報連携用の端末を自転車に接続した。端末から発信される現在地情報や行き先情報から周辺の街頭が自動で点灯したり、渡るタイミングで信号が変わったりする。
加えて、僕の眼鏡にはその行き先を可視化する機能があり、鈴丸の家への矢印が表示された。
道路上に黄色いポップな丸角の矢印が、宙に浮いている。僕は矢印が示す方向へと自転車を漕ぎ始めると、アナウンスが耳に鳴り響いた。
「次の信号を右だよ♪」
知っとるわ、と思わず突っ込みを入れたくなるアナウンスの声の主は花音だ。僕の名誉のために、言わせてもらうと自分で設定したものじゃない。
先日、会った時に強制的に設定させられた。
曰く、仕事の一環で音声を取ったことがあるらしい。いや、それはこの際どうでもいい。
普段会った時とは違うアイドルとしての花音の声を可愛いと思ってしまう自分にムズムズするのだ。
どうしてかは分からないけど、普段会っている花音の声との違いを意識してしまっているのかもしれない。
可愛らしい声のアイドルとしての花音。
年相応に感情豊かな声で七色に彩られた普段の花音。
どちらの花音にも、輝いている部分があって、それぞれにいいんだ。
そんなことを考えながら、花音の音声に従って目的地へ向かう。ゆっくり漕いでも15分ほどで着くので、のんびりと景色でも眺めることにした。
田んぼが左右に並ぶ田舎道は、僕にとって飽きることはない景色だ。風に揺れる稲穂は強い生命力を感じて、見ていると力を貰える。
田舎暮らしが僕には合っているのかもしれない。あまり田舎田舎と連呼すると、町の人には怒られるかもしれないけど、、。
次第に田んぼ道が終わり、住宅が立ち並んできた。この辺りからコンビニなどのお店がちらほら増え始める。
そのうちの1軒のコンビニに立ち寄った。
昔ながらのお店で店名は、当初朝7時から夜11時が営業時間だったからとつけられたらしい。
コンビニは以前までは人が運営していたと聞いているけど、今では無人で24時間営業なんて当たり前。
会計も品物を持った状態でお店を出れば勝手に行われるから楽だ。商品の補充まで機械が自動で行っている姿をよく見かける。
店の中でお菓子のコーナーへ向かい、みんなで食べるためのつまみやお菓子、飲み物を買い物袋に入れて店を出た。出る際に頭上からシャリーンと音がしたので無事に会計出来たのだろう。
自転車にまたがり再度、鈴丸の家に向かおうとしたところに、
「来栖兄、お疲れ様ー!」
先ほどまで耳にしていた聞き覚えのある声に話かけられた。振り返ると想像どおりに自転車に乗った花音がそこにいた。
「こんばんは、珍しい場所にいるな。帰り道じゃないだろ、ここ」
僕たちの家とは、方向がまるで違う。
「うん、最近この辺りでバイトを始めたの」
なるほど、と納得した。
彼女も高校生なら、バイトくらいするか。
あまり深く考えずに会話を終わらせることにした。
彼女も帰るところだろう。
「そうか、バイトお疲れ様。気を付けて帰れよ」
そのまま、正面を向いて走りだそうとしたところ、
「ちょっと、ちょっとー」
背後から静止する声が聞こえた。
「どうした?」
「どうしたじゃないよ、折角会えたのにもう行っちゃうの?ご飯連れて行ってくれるって前にいってたでしょ」
「それはそうだけど、僕にも用事があるから」
「えー」
花音がむくれた顔をした。この前の焼きまわしのようなやり取りだ。
「これから研究室の人たちと宅飲みする予定なんだよ。花音が来ても楽しくないと思うぞ。お酒飲めないし」
ぐぬぬと暫く考えた顔をした後、
「いく・・・」
「え」
「わたしも行く!」
「本気?」
「本気!」
花音の顔を見ると譲らなそうだと悟り、諦めて自転車から通信用端末を取り出して鈴丸と彩奈さんにメッセージを送信する。
『1人、未成年が増えてもいいですか?』
鈴丸:『大』
彩奈さん:『丈』
鈴丸・彩奈さん:『VV』
2人で息を合わせて返答をしてきた。
仲いいなこの2人、あえて闇深そうなメッセージ送ってツッコミ待ちにしたのに、、。
まさかもう酔ってないよな・・・。
その返答を確認して、振り返った。
「いいってさ、楽しくなくてもあとで文句いうなよ」
僕の返答にあからさまに喜ぶ花音。
全く、後悔しても知らないからな、、。
30分後
「3番、花音歌います!!」
「うおお、花音ちゃーーん」
それはもう、大いに盛り上がる鈴丸宅。
防音設備が素晴らしい仕事をしてくれるお陰で近所迷惑など起きずに騒ぎまくる。
酒が入ってヒートアップしている2人に、ジュースでもテンション高めな花音、まだ酒に酔えていない僕。
さて、楽しめていないのは誰でしょう。
僕はビールとつまみを口に入れながら、盛り上がる鈴丸と彩奈さんを見た。
特に鈴丸は、以前からファンだったらしく大興奮だった。
連れてきて良かったとも思うが、こんな状況を望んでいたわけではないので複雑だ。鈴丸が自慢の肉体を活かしたオタ芸を披露し始めた。やたら、動きが機敏でかっこいい。
後輩の普段見ることのできない姿に若干戸惑っていると、ひとしきり笑った彩奈さんがこちらに寄ってきた。
「勝手に楽しんじゃって、ごめんね」
スーツ姿からボーダートップスの黒のデニム姿になった彩奈さんが右手をたてて謝ってきた。
「いいですよ、連れてきたのは僕ですし、あいつも楽しそうですし」
鈴丸と騒ぐ花音に目を向けた。
手に持ったマイクを慣れた手つきで弄びながら、カラオケ用の狭い壇上で上手にダンスを踊って見せる花音と曲のテンポに合わせて両手のサンリウムを円形や弧を描くように振り回し、合いの手をうつ鈴丸。
2人の動きが合わさることで1つの芸術のようになっている。音響や周囲のライトスタンドが曲に合わせて壇上を照らしているのも一役買っている。
個人で何を所有してんだと突っ込みたくはなるが。
そんな僕を見ながら、彩奈さんが僕の肩を手のひらで叩いた。
「花音ちゃんがこの町にいることは知ってたけど、来栖くんと知り合いだったのは驚いたよ」
「そうですか?」
「うん、アイドルとか芸能人とか興味なさそう」
「それはそうですね、正直興味ないです。あいつとは、僕が中学の頃からの付き合いだから最近話すようになっただけです」
「ふーーーーん」
「な、なんですか?」
「いや、その割には親密に見えるなーと思って」
じっとこちらを見つめて来るので恥ずかしくなって目を逸らした。
「それだけですよ、飽きたらそのうちどっか行きますよ」
「そんな猫じゃないんだから」
「こらー!来栖兄、わたしの歌聞いてないでしょ!」
横槍を入れるように花音の声が響いた。
気付くと、マイクを左手に持ち、右手でこちらを人差し指で指していた。
「聞いてた、聞いてた」
「絶対、嘘だ!嘘ついてる人は2回同じことを口にするんだよ」
マイク持って叫ぶから耳が痛い。
「分かった分かった。お前も何か飲むか?」
「じゃあ、オレンジジュース」
いうが早いか、マイクを置いてこちらへ駆け寄ってきた。
「ちょっと休憩して、鈴丸もこっちで飲もう」
「うっす」と返事をしながら、汗を拭う姿はさながらいい汗かいたスポーツマンのようだが、実際はオタ芸によるものなので複雑な気分だ。
「じゃあ、改めて私、納品完了お疲れ様、乾杯!」
彩奈さんの掛け声でみんなで乾杯をした。
男2人はビール、彩奈さんは梅酒ロック、花音はオレンジジュースだ。
僕はビールを一気に飲み干して、継ぎ足した。
「ちなみに納品ってなんのことですか?」
何も知らない花音が彩奈さんに質問した。
「わたし、仮想空間で使う化粧品とかを会社を起業してるの。そのサンプル商品を作るのもわたしの仕事で今日、それが終わったからその打ち上げってこと」
「えぇ、凄いです。尊敬します」
「ありがとう、わたしの場合、趣味が高じて仕事になっただけだから運が良かっただけよ。貴方こそ、アイドルとして人前に立って活動してたじゃない。立派だと思うわ」
「初めて言われました。ありがとうございます」
花音が少し涙ぐんだ。
「だから、わたしが凄いわけじゃないの。わたしたち凄いってことで!乾杯」
彩奈さんと花音のコップがかちりと、ガラスが控えめに触れる音が鳴り、2人は笑った。
「そういえば、来栖くんと花音ちゃんは、どうやって知り合ったの?」
花音に彩奈さんが質問した。
花音は、それはですねと両手を合わせて祈るようにして、照れるようにでもどこか嬉しそうに説明を始めた。
「わたしが小学生2年生のときに出会ったんです!家が隣同士の幼馴染ですね。私にとって、お兄ちゃんのような人でした」
ウキウキとした表情で話す花音を見ながら、彩奈さんがニヤニヤしている。
「自分に浮いた話がないからって、人の男女の関係に首突っ込まないで、、ぐは」
彩奈さんから顔面に手刀をうけて僕は後ろに倒れた。
「失礼ね、私はあえて恋人を作ってないだけよ。ただし、人の恋バナは大好物だけどね」
キリッと、目を鋭くして凛とした表情を浮かべた彩奈さんの瞳は、恋バナというエサを求めてキラキラというよりギラギラしている。
「ね、中学生の頃の来栖くんとはどんな感じだったの?」
「そうですね、難しいことを一杯話してくれましたよ。当時憧れの存在だったので、なんとか話について行こうとして必死でした。結局、全然分からなかったんですけど」
当時の僕は、ちょうどメタバースやマルチバース、6Gやマルチネットワーク技術など、様々な分野に興味を持って勉強ばかりしている時期だった。
覚えたことは直ぐに話したがり、人の話は聞かない辺りは今思えばただの話したがりのクソガキだった。
でも、花音だけはいつも話を真面目に聞いてメモまで取って理解しようと努めてくれた。
「へー、2人仲良かったのね。いい幼馴染だわ」
うんうん、と花音も満足そうに頷いている。
「そういえば、昔は歌が苦手だったよな。2人で海に行って歌ったりしたときも、音程はずれて2人で笑ってたよな」
僕が笑いながら話すと、花音の顔がむ、とふくれた。
「一杯練習したんですー!余計なことは思い出さなくていいの」
ふん、とそっぽを向いた。
どうやら、禁句だったらしい。
そのタイミングを待っていたのか、鈴丸が口を挟んだ。
「そうだ、先輩久々にスパーお願いします」
彼のいうスパーとは、スパーリングのことで勿論ゲームの話だ。
「今日今からかよ、お前酒入ってるだろ」
「余裕です、自分酔わないんで」
正しさを主張するように顔を近づけてくると、確かに顔は赤くないが、
「女性陣は、どうすんだよ。放置できるかよ」
「あ、お構いなく。適当に観戦するなり、話しするなりしとくから」
さらりと、彩奈さんが許可を出した。
この人の判断速度は、尋常じゃない。
色々と慣れすぎである。
僕が花音を見ると、
「スパーって何?何するの?」
と、ウキウキワクワクといった表情を浮かべている。
「全く、、」と、味方のいないこの場で僕が取るべき選択肢は1つだった。
「しようがないな、、、」
こうして、格闘ゲーム『フルアトラクティブ』のスパーリングに付き合うことになった。
鈴丸の突発的な要望はよくあることだが、花音の視線を気にしてしまう僕がこのとき既にいた。
これが彼女のことを異性として意識していたのだと理解するのはもう少し先の話になる。
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