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「World Is Myself」第6話(第3章)

**第2幕**

 カフェのテラス席に座ってオレンジジュースを飲みながら、行き交う人をぼんやりと眺めて物思いに耽っていた。

 今日はライブなどのイベントが無いからか、人通りはまばらだ。
 1ヶ月前にここで行われたカノンさんのライブとその後のやり取りを思い出すと、心が温かくなるのを感じる。

 改めて、ワンダーランドに来たのは他でもない2人に会いに来たからだ。

「お待たせ、さちちゃん」

 声をかけられて、顔を上げた。
 そこにはツバ付き帽子を被り、黒レンズのサングラスをつけたカノンさんと来栖さんが立っていた。
 カノンさんの手には、杖を持っている。

「いえ、こちらこそ、忙しい中お呼び立てしてすみません」
「いいよいいよ、ちょうど今は暇な時期だから」

 カノンさんが椅子に座ると、ぷらぷらと手を振った。

「それで軽くはメッセージで聞いたけど、詳しい話を聞いてもいいかな」
「はい、実は・・・」

 わたしは、昨日のハル子との会話のことを2人に話した。

****

 ハル子の質問に対する回答に窮したわたしの口から、

「いまは分からない、、。でも、わたしも考えるから時間を頂戴」

 そんな言葉がこぼれ出た。

「うん、なんかごめん。うちの問題なのになんか、重たい話になっちゃったね」
「ううん、わたしから聞いたから、そういえばわたしにも聞きたいことがあったんだよね?」

 あ、とハル子が思い出したような表情をした。

「そうそう、聞きたかったことがね。さっちんって、お姉さんいる?」
「え、うん、いるけど」

 ハル子の意図が掴めずに普通に答える。

「さっちんと瓜二つだったりする?」
「いや、わたしを10倍くらい綺麗にして、小顔にした感じ」

 ハル子が吹き出した。

「何それ、別人じゃん。少なくとも瓜二つではないのか」
「どうしたの?」
「今日、ニライカナイっていうワールドに行ってきたの。そこで占いしてる人に今回のこと相談してきたっちゃけど、そこでさっちんに激似の人を見かけたんよ。まるでさっちんがそのまま年齢を重ねたような風貌をしてた。前にさっちんのアバターは、現実の姿を模したものだって聞いたことあったから、それで」

 なるほど、それでわたしの姉なのかを確認したのか。

「聞きたいことは分かったけど、お姉ちゃんじゃないね。間違っても、お姉ちゃんはわたしが歳を重ねたような姿じゃ無いから」

 そっかー、とハル子が悩むような表情をした後に、「まあ、いっか」と話を終わらせることにしたようだ。

「偶然似てるアバターだったってことにしておこう」

 ハル子がうんうん、と首を縦に振った。

「あ、ちなみにPN(プレイヤーネーム)は、みた?」
「うん、確か、Ai(あい)」
「あい」

 思わず、その名前を復唱した。
 アインスくんのクローンアバターのことがあったからだろうか。
 自分と同じ姿をしたアバターというのが気になってしまった。当然わたしがクローンアバターを作った事実はないし、身に覚えもない。

 結局、その話もそこで終わりとなり、ハル子とはそこで別れた。

 帰り道にわたしは、ハル子の話を思い出して考えを巡らせていた。
 ハル子は、現実の自分の足が動かないことを『痛み』と例えていた。つまり、彼女にとってはマイナス点、汚点なのだ。

 それを彼に知られたときに足を引っ張ることになるのが怖い。そんな彼女の考えを否定することなんて、今のわたしには出来ない。

 そもそも、男性は本当に気にするのだろうか。誰か意見を聞いてみたい。

 わたしは、モニターを表示させてカノンさんと来栖さんのチャットへメッセージを入力した。

****

「、、というわけなんです」

 わたしの話がひと通り終わり、静かに耳を傾けていたカノンさんと来栖さんが顔を上げた。

 来栖さんが話しはじめようとしたところで、カノンさんがそれを静止した。

「さちちゃん、これは年長者としてのアドバイスというか、指摘、かな。先に伝えておくべきだと思うから、前提として話しておくね」

カノンさんが一度、言葉を区切って、

「さちちゃんの意見は、余計なお世話、かもしれないよ。この手の話は経験上、自分で答えを持っていて同意を求めているだけのことが多い。こうして、私たちに相談していること自体がその子にとって望むものではない、かもしれない。それでも、話を進める?」
「はい、わたしはハル子と約束したんです」
「さちちゃんは、真面目だねぇ。来栖、お願い」

 そこで来栖さんに話を振った。

「分かった。さちちゃん、僕も花音と同意見だけど、それを踏まえたうえで伝えるなら。現実の身体がなんらかの問題を抱えている場合、気にならないというのは嘘になるだろう。ただしそれは、将来を見据えている場合だ。その子が現実で会うことを想定してるなら、そこまで考えてるんじゃないかな」
「確かにあの子はそこまで考えてると思います」
「うん、だとしたら後はその子の気持ち次第になる。ここで、その相手の子が関係しそうだけど、実はそうじゃない。何故なら人の気持ちは変わるから。その子自身の気持ちが拒んでいる場合は、一緒にいてもいつか気持ちが変わってしまうことを恐れて、楽しくないはずだ」
「・・・」

 思わず無言になってしまった。
 確かにわたしは、そこまで考えてはいなかった。

「君は真面目だし、真っ直ぐだ。でも、それだけじゃいけない。理屈だけじゃなくて、その子の気持ちに寄り添った答えじゃないと、僕の言っている意味は分かるかい?」
「はい」
「よかった、さてここまで話すとその子が言ってることをそのまま鵜呑みにするしかなくなってしまうから、僕たちの話をしておこうと思って足を運んだんだ」

 そこでカノンさんの肩に来栖さんが手をおいた。
 すると、カノンさんがサングラスを外した。
 その目は、焦点が定まっておらず、わたしと視線が合っていない。

「カノンは、現実では目が見えていない。仮想空間では、脳に直接視覚情報が送られるから問題なく見えるけどね。だから、ライブをするときは仮想空間で行っている。そんな彼女と僕は、彼女の目が見えなくなってから交際を始めた。先日は、婚約もしたしね。それは、どうしてだと思う」
「来栖さんがそのことを踏まえても、カノンさんと一緒にいたいと思ったからですか?」
「うん、半分正解。1番は、カノンの目が見えないこともカノンの魅力であり、カノンの一部だと思ってるから」

 あ、とわたしの口から声が漏れた。
 カノンさんと来栖さんの関係の深さを改めて、気付かされた。

「花音と一緒にいることで、今の僕がある。花音が僕の可能性を広げてくれる。僕らの関係性はそんな感じだ。どうして、僕が花音と一緒にいることを選んだか、伝わったかな」

「はい」と首を縦に振った。
「よかった」と来栖さんが笑顔を見せた。

「ねえ、」とそこでカノンさんが来栖さんに不満そうな顔をして声をかけた。

「私、今の話初めて聞いたんだけど」
「それは、直接本人に言うなんて恥ずいだろ」
「言おうよー、直接。そういうところだぞー、私を不安にさせるの」
「そのくらい許してくれ」

 ポカポカと来栖さんを叩くカノンさんの姿に心がほっこりした。

「少しは参考になったかな?」
「はい、あとはわたしなりに考えをまとめてみます」
「そうか、頑張りな」
「はい!」

 わたしは、笑顔を見せて肯定した。

「よし、それじゃあ、私も仮想空間に入ってくるから一緒に遊ぼう、さちちゃん」
「え、でも、来栖さんは?」
「僕のことは気にしなくていいよ。これから、仕事に戻るつもりだから。花音をよろしくね」

 来栖さんが手を振り、仮想空間へ入るために2人で去ろうとしたところで、「さちちゃん」と呼ばれた。
 わたしがカノンさんに近寄ると、カノンさんが耳元に顔を近づけた。

「ありがとね、来栖の話を聞けて嬉しかった。多分来栖も、話す機会が出来てよかったと思ってるよ。大人は、中々本心を言うのが下手くそになるから、いい機会だったと思うの」

 それだけ告げると、わたしから離れた。

「10分後にまたこの場所でね」

 2人は笑顔で、この場を後にした。
 氷が溶けて多く水を含んで薄まったオレンジジュースをかき混ぜながら、わたしは来栖さんの話を思い出していた。

「魅力の一部、、か」

 来栖さんが、カノンさんに対して抱いている思いは2人の関係性からくるものが大きかったけど、何よりその考え方がとても参考になった。

 きっと、ハル子が感じているマイナス点も彼女の魅力の筈だ。あとは、

「どうやってそれを伝えるか」

 オレンジジュースを飲むと、水を多く含んで少し薄くて甘さが控えめな優しい味がした。

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