【全年齢版】召喚カフェ①

 女クリーチャーが人間に擬態しながら現代日本で生きていく話。


 魔族軍は一瞬で瓦解した。

 勇者一行が奇襲をして、魔王様を倒してしまった。
 魔王様は何かと頼るになる魔族だし、全魔族への広域で強力なバフは誰にも真似できなかった。
 それを奇襲とパワープレイで勇者は解決したのだ。

 それから幹部だのなんだのが次々に討ち滅ぼされた。

 私も抗った一人であるが、死闘の末、首を落とされた。
 首が落ちると言う感覚は不思議だ。
 身体の感覚が一瞬でなくなり、手を動かそう、足を動かそうと言う動作が空虚なものになる。
 ゆっくりと世界は回転し、そして泥にこの顔が塗れるのが分かる。
 声は出せない。
 魔力を以て勇者に言葉を掛けようとするも、頭部に残った魔力は僅かばかりだ。
 勇者が背を向け、歩いて行くのを見ていくしかなかった。
 世界が暗くなっていく。
 あぁ、これがお仕舞なのだと。

 そうして意識が遠のく。
 ただただ暗い所を歩いている意識がある。
 ここはどこだ? 私は何処を歩いているのだろうか?

 そして目の前に扉があるのに気付く。
 全く暗闇で、何も見えないのに、扉があるのが分かる。
 私はそのノブを握り、そして扉を開ける。

「やぁ、やっと来たね」
 一人の人間の少女がガラス板を手に持ち、こちらを見てニヤリとしている。
「そのマナ……魔王様ですか?」
 彼女から感じるマナの波動は間違いなく魔王様のものだった。
「お、気付いてくれて嬉しいね」

 少女をよく見る。小柄で愛らしく、人間を欺くにはちょうどいいのだろう。
「随分と可愛らしい身なりをしてますね」
「※※※※も可愛いと思うけど」
 そう言われて、脇に張り付けてある姿見を見て、自分の容姿も人間の子供のようであることを悟った。

 魔王様の座るクッションのようなものは、綿が入っているには形が整っている風で、その前に小さなテーブルがある。
 部屋は小さく、木材でも石でもないような素材で作られている。
 魔王様はクッションに身を任せて、そして小さなガラス板を撫で続けていた。

「この世界は魔素が少なくてね。魔力が発揮できないんだ。
 人間の姿になるにしても力は弱く、実際何も出来ないよ」
 そうであれば真の姿を現せばいいではないだろうか?
 魔王様は説明してくれる。
「この世界には、魔族も魔物もいない。そのような姿で闊歩すればとんでもないことになる。
 第一、我々の姿を考えてみろ。前の世界のような姿になれる訳がないだろう?
 一度なってみたが、これは傑作だぞ。
 まぁそのお陰で食えている部分もあるが」
 そう言って、魔王様は立ち上がった。

「今日からお前は鼎芹那だ。
 鼎は古代の釜を意味する。薬剤調合の天才のお前としては十分だろう。
 芹を名前に使う場合は、多くの場合芹摘姫の伝説から来ている。
 那は古語で、何処か何故かと言う意味だ。お前の探究心を表すだろう。
 良い名前であろう? 昨晩、必死に考えたのだからな」
 魔王様は胸を張っていた。
 私はどうしたものかと思う。

 魔王様はにんまりとしながら先のガラス板をこちらに向けてくる。
 機械的な目が四つほどこちらを見ている。
「光るよ?」
 ガラス板の目の一つが眩く光り、そしてカシャリと言う作り物の音がする。
「よし、これで身分証を作って貰おう」
 そう言って、相変わらずのガラス板を触れ続けている。
「それは何ですか? マジックアイテムですか?」
 魔王様は笑いながら答える。
「まぁ、そんなところだよ。この世界の人間は、技術で魔法を手に入れたようだ。魔素の希薄な世界だからな」

 マジックアイテムの操作が終わると、「いいとこに行こう」と言う。
「いいとこ? ですか?」
「そうだ。これから当面はこの世界に居るからな。
 あ、そうそう、私のこちらの世界の名前は新城真生だ。この部屋が新しい城と言う訳だな。
 今日から様付けはなしだ。呼び捨てでも何でも好きなように呼ぶといい」
 そう言って、私の手を引いた。

 外に出れば、我々の世界とは全く違う風景が広がっている。
 石のようで石でないもので覆われた地面や建物の壁。車輪付きの破城槌ほどの車が、馬が駆けるよりも早く駆け抜けていく。
 私は目を見張る。しかし街ゆく人は誰一人、その驚異に疑問を持たず、ただただ不機嫌そうに、或いは上機嫌な顔をして歩いていた。

「魔王様……この世界は?」
「慣れるしかないよ! 芹那ちゃん!
 あと、それと……私は真生! 真生ちゃんって呼んでね!」
 魔王様は威厳も何もない、ただ一人の少女のような顔をして話し笑う。
「まお……ぅさ……ん。慣れろとは?」
「生き抜くためにこの世界で自分を再構成してみたのだけど、元の世界に戻る方法が分からなくてねぇ。
 いやぁ、咄嗟のことだから困ったよ」
 咄嗟とは!? 己の意識を異世界に転生する術式なんて、幾ら何でも我らの魔法体系にもない。
「お、驚いてるねぇ」
 魔王様は上機嫌だった。
「いやぁ、私って天才だからさ、ヤバイって思った瞬間に必死に組み立てたんだよね。
 実証も何も出来ないけど、死んじゃうよりいいと思ってねぇ」

 我々はダンジョンの入り口へと辿り着いた。
 祠のように石で段が築かれている。
 ダンジョンはそれほど複雑ではないような気がしたが、幾つか分岐している。
 最初の分岐では、片側から外界の空気が吹き込んでいる。
「ここは? この地下世界に何があるのですか!?」
「いや……別に何もないけど?」
 魔王様はあっけらかんとしている。
「ダンジョンですよ!? 意味なく入る場所じゃないですよね!?」
 私が詰め寄ると、「あ……うん……そうだね。ちょっとした転送装置があるね」と苦笑いした。

 地下の一つの大きな空間、私は警戒しながら進もうとするが、魔王様は手を引っ張ってくる。
「別に魔物も人間の戦士もいないよ」
「そんなに神聖なところなのですか? そのようには見えませんが?」
 壁も床も平らに、或いは綺麗な球面に作られていて、不思議な術式の灯りが灯されているが、隅々を明るくするほどの力はなく、何処となく薄暗く、陰湿な雰囲気がする。

「だーかーら! この世界に魔物はいない! 山にでも行けば獣ぐらいいるだろうがな」
 空間の奥に貧弱で小さな門のような装置、そして何らかの操作盤がある。
 魔王様は慣れた様子でそれを操作する。
 紙切れを吸い込ませ、そして小さな板が出てくる。

「これをタッチして入るよ」
 真生様は自分の板を私に見せると、小さなゲートの一つにそれを触れさせる。
 「ピ!」と言う鳥の声にしては無機質な音がする。
「芹那ちゃんも!」
 魔王様はゲートの向こうで手を振る。
 魔王様がそういうのならば……

「魔王様? この儀式はなんですか?」
「うーん、転送装置を使うためのトークンだよ」
 そう笑うと、奥の幾つかある階段の一つを、何の迷いもなしに降りていく。

 地下の一番奥。否、その奥にも漆黒の闇に包まれた世界がある。
「魔王様、灯りが必要ですね?」
 私が尋ねると「いらないよ」と笑った。
「まおぅさ……ん、何を待っておられるのですか?」
 地下世界の一段下がった所には、鉄の棒が横たわっている。
 この空間には多数の人間がいるようだが、そちら側に降りていく者はいない。
 魔王様のガラス板と同じようなものを触れている人間が多い。
 魔王様は私の呼び方に違和感があるようだ。
「その呼び方嫌だなぁ。さぁ、真生ちゃんって呼んで?」
「無理です! 無理ですよ!」
「こんな姿なんだし、その呼び方の方が不自然だよ!」
「魔王様を呼び捨てにするだなんて!」
「仮の名前だから大丈夫だよ。
 そうそう、この国も昔は呪術に使われると困るから、仮の名前と本当の名前があったんだよ。
 真生は仮の名前だから大丈夫だよ。
 ノーカン! ノーカンだから!」
 魔王様はその少女の姿でケタケタと笑っている。
「ノーカンとはなんですか?」

 その質問をしていると、風が穴の奥の方から吹いてくる。
 それもかなりの強風だ。
 空間に短い曲が流れる。
 どこに楽団がいるのだろう? 聞いた事のない楽器だけれど。
 人間の言葉で何だかんだと説明が入り、そして轟音と共に、鉄の箱が突っ込んで来る。
「魔王様!」
「真生ちゃん!!!」

 心臓の脈拍が早い。
 こんなに恐怖するだなんて。
 我々は眩い光のその鉄の箱に乗り込む。
 扉は自動で開き、自動で閉じる。
 この魔法、どれほどの魔力が必要だろうか?
 大勢の人間が乗っていて、これがゴウゴウと音を立てながら高速で走っている。
「そう、驚かなくても」
 魔王様は笑いながら説明してくれる。
 人間の世界では多くの場合、電気という力を使うらしい。それは言わば雷の力だそうだ。
 例のガラス板もその電気の力で動いている。
 鉄の箱は電車と言って、地下を走る電車のことを地下鉄と言う。
 その地下鉄の灯りも、その地下鉄の扉の上で光っている目まぐるしく表示を変える板も、全て電気の力だという。
「こんな繊細な術式……」
 私は唾を飲んだ。

「まおぅさ……ん、私達は何処へ連れて行かれるのでしょう?」
 そう言うと、魔王様はむっとして「真生ちゃん!」とだけ言う。
 そして黙ってガラス板を触っている。
「その……答えてください……」
「真生ちゃんって言うまで答えないよ!」
 魔王様は少女のように頬を膨らませた。

 電車は暫く走ると止まり、そして扉を開ける。
 人は乗り降りして、そして扉を閉めると張り始める。

「真生……ちゃ……ん? そ……その我々はどこへ……?」
「いいところ!」
 魔王様は満足そうだった。

 "いいところ"とは、部屋を出て四半"刻"弱で辿り着いた。("刻"=人間では性格に発音できない言葉なので代用、概ね1.18時間を意味する)
 そしてまた地下迷宮だ。
 入った時よりもずっと入り組んでいる。
 人の波がぞろぞろと続いていく。
 魔王様は私の手をしっかりと握って引っ張って行く。
「離れないでよ?」
 魔王様は何処かしら楽しそうだった。

 到着した街は、大屋根のある通りと、壁のような建物で出来ている。
 その通りを人混みを掻き分け進んでいくと、一つの建物に至る。
 正直、建物と建物は密接していて、一つの建物に見えるが、その中の一角というだけだ。
 白い壁で割と新しめの印象を受ける。
 魔王様は壁のパネルを操作すると暫く待つっている。
「この国では待つ事が多いのですね」
「不便に思うかい?」
「どうでしょう?」
 私にはこの世界の仕組みが未だによく理解できてなかった。

 扉が開き小部屋に入る。
 小部屋と言うには窮屈な空間だ。
 魔王様はまたパネルを操作する。
 小箱が動いているのは分かるが何処へ連れて行かれるのか?

 小箱は建物内の違う場所に出る。
「ほらこっち」
 魔王様は私を引っ張って行く。
 小綺麗な建物は何処かの屋敷にも見えるし、それにしては安っぽくも見える。
 小さな商店が並んでいるようなところで、概ね可愛げのある装飾のある店ばかりだった。
「あっ! 真生ちゃん!」
 フリフリの服を着た女が声を掛ける。
「オーナーは?」
「もう来るって言ってたのになぁ」

「アカリちゃん! この子が芹那だよ。私の元部下~」
 アカリと呼ばれたその女は「へぇ」と覗き込むと「私アカリ! よろしくね!」と手を差し伸べた。
「鼎芹那です……」
 私は初めて自分の名前を自分で言った。

 それから部屋の奥にいる、タマキと言う女とか、ユイと言う女に挨拶する。
 アカリ以外、どいつもこいつも子供っぽい奴ばっかりだな。

 店は飲食店であるのは明白だが、小綺麗で出されている料理も上等に見えた。
 エールを飲んでいる男、何やらどす黒い茶を啜っている男、高く積み上げられたパンケーキに、あのガラス板を向ける女などがいた。

「真生……ちゃん? ここの人って……」
 アカリは別として、タマキやユイには他の人間にはないタイプのマナが流れているのが分かる。
「そうだよ。同類と言えば同類かな? ちょっと違うけど」
 二人の給仕は客に媚びるような仕草をしながらお喋りを楽しんでいるようだった。
「私も?」
 私もあの格好をしろというのか!?
「そうだよ?」
 魔王様はあっけらかんとしてる。
「そうだ! 私、可愛いんだよ?」
 と笑い、奥へと引っ込む。

 アカリは話かけてきた。
「まぁ、人生色々あるからさ。
 私もさ、ある世界で大賢者やってたんだよね。いやぁ、今思い出すと顔が熱くなるね」
 私は訝しみつつ話を聞く。
「舞菜香ちゃん……ってこの店のオーナーの事ね? 彼女が色々やってくれるから今があるんだよ。
 この街って、色々あって、異世界の人を引き寄せやすいんだよね。
 まぁ、そんなに頻度は高くないけどさ、でも真生ちゃんみたいに引き寄せたいって時には完璧な立地だったりするんだよね。
 いやぁ、私もさ、禁忌の魔法なんかを一発逆転で使おうとしてこのザマだよ。
 前の世界がどうなったのか気になるけど、出て行くことが出来ないから、しょーがないから仕事してるって感じなんだよね」
 自分でも分かる、自分は険しい顔をしている。
「あぁん。そんな顔しないでよ。
 その身体に慣れてないんでしょう?
 コレばっかりは、この世界に異様に魔素がないのが原因だからね。
 私の持ち前の魔力使っても、こんな小娘になるんだから、まぁそんなにしょげないでよ」
 よく喋る女だ。

 辟易してるとアカリが何かに気付く。
「あ、オーナー! おつかれーっす!
 って、紗々もいるじゃん」

 そのマナを感じたときに私は一瞬で気付いた。
 これはあの憎き勇者のマナと同じ波動だ!

 私が掴みかかろうとした瞬間、アカリに足を引っかけられ、派手に顛倒した。

「おぉ、元気がいいのぉ」
 目の前にいたのは、マナの性質が明確に異常な一人の人間だ。
 我々と同じ少女の容姿をしている。
 この世界の人間のマナを見たけれど、それとも異なっていて、私の知る世界のソレではなかった。
「紗々、こやつと因縁があるようじゃな?」
「オーナー……その……前の世界で……」
「そうじゃろうな。まぁ少し奥で待っておれ」

 オーナーと呼ばれたその人間は、私に手を貸しながら、アカリの足払いを褒めた。
「真生から聞いておるぞ。元側近じゃったようじゃな。
 儂はお主を歓迎するぞ。
 じゃぁ、前の世界の話は、前の世界で終わりにせぬかな?」

 奥から魔王様が出てきた。
 アカリと同じフリフリの――男に媚びたような衣装を着て。
「あー」
 魔王様は勇者とすれ違い、気まずいような顔をしながら顔を出した。
「オーナー、そういうのはもう少し落ち着いてからにしません?」
 魔王様はオーナーに苦言を呈した。
「今日も明日も同じじゃろ?」
「もぅ!」

 魔王様は私に向き直って優しく語りかける。
 魔王様が言うには、魔王様はこの度の戦いで死んでしまった魔族や人を一人でも救おうと思っているそうだ。
 そして、この世界で召喚魔法の研究を続け、初めて成功したのが勇者だった。それは偶然で、否、召喚魔法自体が現時点では行き当たりばったりで、正確性も確実性もないという。
 前の世界の勇者は魔王様を手に掛け、それから粗方の魔族を殺すと、聖都へ凱旋した。
 しかし、戻ってからの人間の国は醜い権力闘争に明け暮れた。
 勇者一行もその最中で謀殺されたという。

「それでもあの人を許しません」
「許さなくてもいいけど、私は許したんだって言うのは気にしておいてね」
 そう言って、魔王様は私の頭をぽんぽんと叩いた。

 それから魔王様は店の説明をする。
「このお店は、所謂コンセプトカフェって奴だね。
 昼間は女の子。夜は怪物の"着ぐるみ"が給仕してくれるんだよ?」
 と言うと、彼女はニヤリとした。



えっちな完全版(有料&R18)はこちら
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全年齢版とR18版の違い
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