変身②
目覚めたらケモ耳少女になっていた男性の話。
※当記事、及び関連する私の著作物を転載した場合、1記事につき500万円を著作者であるFakeZarathustraに支払うと同意したものとします。
※本作品に於ける描写は、現実的な観点での法的な問題、衛生的な問題をフィクションとして描いており、実際にこれを真似る行為に私は推奨も許可も与えません。当然、その事態に対して責任も負いません。
※フィクションと現実の区別の出来ない人は、本作品に影響を受ける立場であっても、本作品の影響を考慮する立場に於いても、一切の閲覧を禁止します。
※挿絵はDALL·Eを用いています。
俺は――私はと言うべきだろうか。
私は、沢山の書類にサインすることになった。
内容を読んで納得できるものもあれば、納得できないものもある。
だけれど、どちらにせよ、サインしなければ病院から出られないし、そうなれば結局遠からず強制執行で、全財産を失うことになる。
一端部屋に戻り、スーツケースに詰めるだけの想い出と財産を詰めて、あとはリサイクル業者に二束三文で引き取られることになる。
わずかばかりの貯金と、一時金、そして諸々を処分したお金が全財産だった。
差し当たりの衣服は、国が後見人として指定した人が買ってきてくれた。
女児服のセンスは分からないが、まぁまぁ普通だと思う。
諸々のサインに関する説明や、家財の処分や諸々の処理も、この後見人がやってくれた。
悪い人ではないと思うし、格段差別的な何かがあった訳ではない。
とは言え、仕事自体は淡々としている。
尤も、その仕事も私がグループホームに入るまでだけど。
グループホームは交通の便がいいところにある――と言うか、繁華街の真ん中だ。
住宅街の真ん中では建設反対が起き、田舎の方に作れば自立した生活が困難だと言う判断だ――運転免許証の類いは剥奪、もとい返納させられたから。
ただ、公共交通機関に乗れば、人々が嫌な顔をすると言うことで、タクシー移動だ。
尤も、そのタクシー運転手が常にいい人であるとは限らないけれど。
車に乗ってからの会話は殆どなかった。
今更「大変でしたね」とか「いい人がいるといいですね」なんて慰めを貰ったところで、特別嬉しくもない。
とは言え、無言というのも少しばかり気が重たい。
ただただ、俺はスマホを見ながら、その重苦しい時間を過ごした。
グループホームに着いて、それから代表と後見人の挨拶が住んだら、後見人は乗ってきたタクシーで帰っていった。
スーツケースとバッグが一つ。これが私の全てだ。
焦ることはない。頭の中にあるものは、全て私の持ち物だ。
それこそが私の財産だ。
グループホームは、現在三人の"発症者"で運営されていて、現在は特に手伝いをしてくれる健常者がいるわけではない。
私はこれを聞いて、少しだけ安心した。
何故安心したのか? 自分とは立場の違う人間に哀れまれるのが苦しいからだろうか? それとも支配されるのが怖いからだろうか?
私はそのことを上手く説明できない。
グループホーム自体は、国が買い上げた土地に、定型的なプレハブ施設を建てて、そこに定員まで住まうと言う方式で、基本的な運営費は国が精算して支払われる。
何らかの事業に関しては補助金が出るが、多くの場合は内職など細々とした仕事だ。
尤も、贅沢をしようと思わなければ、それに加えて個人に振り込まれる年金がある。正確には"研究協力交付金"と言うものだ。
グループホームの運営費自体も、元を辿れば製薬会社などから多分に出ている。
何にしても、生活の基盤はなんとか保てている。
ここで不遇を強いれば、大切な研究対象が海外へ逃げてしまうと言う恐れからだ。
現に発症者の最初の五人程度は、アメリカ、中国に渡航、或いは"不明"となっている。
発症者の渡航を制限する法律が作られたが、小娘一人など大使館に押し込めて、それから外交特権で出国ということも出来るわけで、抜本的な対策ではないのだ。
三人はそれぞれ、発症から十五年で狐耳でもちっとしてるサヤカと、十二年で猫耳でスリムなアイカと、六年目で狸耳でむちっとしてるセリナだ。
三人とも笑顔で挨拶してくれる。
勿論、三人とも元男だから、名前はその時に"急に"決めさせられたのだ。
私は元々、男でも女でも使えそうな名前なので、そのまま"レイ"と名乗ることにした。
部屋を案内される。
建物は民宿みたいな構造と言えばいいだろうか。
玄関で靴を脱いで、共用スペースと居住スペースのある一階と、居住スペースのみの二階、三階、そして屋上に洗濯と物干しのスペースがある。
部屋は七人分だ。
部屋が満員に近づくと、新たなグループホームが建設されて、そこへの移転を求められる――と言う仕組みだけれど、私を含めて四人だけなので、その日はずっと先だろう。
決して静かな場所ではないが、表通りからは隔たっているので、案外気になることはない。
自室はフローリングの床に、ベッドとデスクとタンス、ラグと小さなローテーブル、あとクローゼットがある。
それなりに整った学生寮と言う雰囲気だろうか。
エアコンと小さな冷蔵庫もあるが、テレビは置いていない。
昨年、NHKが発症者に対する免除制度を廃止したからだそうだ。
まぁ、近年見るものもないからそれでもいいだろう。
お風呂は無理すれば四人同時に入れるらしい。
実際は少しずらして入るそうだけど、光熱費の節約は"努力義務"ではあるので、いつでも好きな時間に好きなだけ入れると言うわけにはいかない。
三人とも朗らかだけど、同時に過去について触れない不文律があるようだった。
私のことを根掘り葉掘り尋ねると言う事はないし、彼女だって元々"何者であったのか"を言うこともなかった。
街は大きな商店街の一角だけど、昔ながらと言うよりも、若者の街に近い。
そこに下町風のお店が混じっていて、まぁまぁ楽しい街ではある。
尤も、この姿でその街をエンジョイできるかというとそうでもない。
「そういえばレイちゃん……ちゃんでいいよね? お酒飲む?」
サヤカが少女のような口調で訊ねる。
「あ、はい」
セリナは「歓迎に何処かお店に行きたいところだけど、OKな店がないんだなぁ」とぼやいた。
それからスーパー二軒と、八百屋さんをはしごする。
アレは何処が安い、コレは何処何処で買おう。
そんな風に、街に慣れきっているようだった。
とは言え、出入り出来るお店は限られているという。
市の担当者が仲介して、生活に必要なお店の許可を一つずつ取っていったらしい。
スーパーと八百屋さん以外は、コンビニが四軒、ドラッグストアが二軒、ディスカウントストアが一軒、定期検診(というか、データ取り)の為のクリニック。あとは一部例外的な施設だけだ。
広い街なのに、思った以上に行けるところが少ないのだ。
でも、往来を普通に歩けるだけマシらしい。
尤も、それでも面倒くさいのに陰口を叩かれるぐらいはするらしいけど。
その為にわざわざ大きな帽子を被って耳を隠す必要があるのだ。
立ち入り可能なお店とて、別に"歓迎"と言う訳でもない。
役所からやんや言われて仕方なく従っている側面はある。
好意的に接してくれるのは、まぁまぁレアケースだ。
無関心だけでも御の字と言うぐらいか。
お酒は酒屋さんが運んでくれる――というか、普通のお店でお酒を買えば、身元確認だので面倒くさいし、そのときは帽子を外す必要もある。
結局のところ、生きにくさは"一人でいるよりはマシ"と言っていいだろう。
誰かが「マシを選ぶぐらいなら選ばない方がいい」と言う話をしていたのを思い出す。
確かに最善以外を選択しなければ、いつか最良の結果になるかもしれない。
だけれど、最善の選択が巡るまで待っていられないのが現実だ。
それまで黙ってていても食べていけるだけの貯蓄があるなら幾らでもそうした方がいいが、現実社会は常に動いている。
人生は、今、マシな方法を選ばなければ、長く持たないなんてことだらけだ。
仮に"発症者"が今後増えていき、ある程度社会運動が出来る時代が来るかもしれない。
社会の風潮が変わり、我々のような人間にも人権について考える人が出てくるかもしれない。
そして、その時、我々が最善の選択肢を取れる時代が来たとしても、それはずっとずっと先だ。
我々は死なないが、死なないということと、生きると言うことには大きな隔たりがある。
仮に我々が国だの製薬会社だののいいなりになる事が、幾らか将来の可能性を閉ざすとしても、それを受け入れないと、いつまで続くか分からない、死んだように生きる時代を続けなければならないのだ。
まぁマシだ。
人生の価値を相対的評価なんてしたくないのに、マシと言う言葉で誤魔化さなければならないのは、気分のいいものではない。
ただ、そうやって諦めていくのは、別に今までだって同じ事だ。
そんな状況でも、三人は強いてニコニコしている。
幸せだから笑顔になるのではなく、笑顔だから幸せなのだというのは、多分正しいだろう。
でも、そこに至るほど私は達観できていないところはある。
三人は別に「もっと笑え」とか「嬉しくないの?」と言うようなことは言わない。
家に帰れば夕飯の支度。
三人でテキパキ動いている。
私はそこに混ざりながら、手伝えることを少しずつやっていく。
話題はニュースのこととか、ネットで話題になったようなこと、近所で見たあれこれだ。
ご近所付き合いは"ほどほど"あるようで、何処何処のお爺ちゃんが入院したらしいとか、何処何処のお店の後に何々のお店が出来たとか、ちょこちょこした話題が上がっていた。
晩ご飯はすき焼きだ。
"倹しい生活"とは言え、「これぐらいのものは食べられるから安心して」と笑う。
むしろ、四人になったから余計に余裕が出てきたとも言える。
運営補助金は頭数で増えるので、まとめて買えば買うだけお得と言うわけだ。
明るい笑顔と、笑い声。
独り立ちしてから今まで、一度もなかった光景のように思えた。
缶ビールを手に「かんぱーい!」と歓迎される。
「ありきたりだけど、これからはここを自分の家だと思ってね」
サヤカが笑う。
十歳程度の少女が揃いも揃ってビールを飲んでいる。
缶ビールの大きさが、なんだかアンバランスで面白い。
私も両手で缶を持って可愛く飲んでいる。
身体が小さいだけあって350ml缶でも結構酔う。
まるで下戸になった気分だけど、同時に毒物は速やかに分解されるので、ほわほわした気分のままご飯を終え、その場でだらだらとしているだけで、アルコールが抜けてくる。
この時間がなんだか幸せに思えてくる。
ちょっとしたことで笑い合い、そしてあとでゲームで遊ぼうと誘われた。
それで後片付けをみんなでさっさと終わらせると、お風呂に入ることにする。
シャンプーの類いも共用だ。
まぁ、元男でお洒落にも興味のなかった男だ、どんなものでも気にならない。
サヤカに誘われて二人で入る。
そういえば、この身体の裸を意識したことがないな。
病院でも("発症者向け"の特別な殺菌の兼ね合いがあって)三日に一回のペースで風呂があった。だから、実際二回は素っ裸になっている。
でも、シャワールームに鏡はなかったし、格段鏡らしいものはトイレぐらいにしかなかった。
そういうわけで、初めて自分の裸体を見ることになった。
小さな胸とかしっとりした肌とか、全体的に"さらっと"している。
上手く形容できないけど、そういうものだ。
そして、元々の自分が仮にこんな姿に遭遇したら、すぐさま目を背けないと、あらぬ疑いを掛けられるだろうことは分かる。
それは当然、目の前のサヤカも同じだ。
サヤカは「恥ずかしい?」と笑う。
私は「は、はい」と答えると、「慣れていかないとね。この身体も、喋り方も」と囁いてきた。
強いて自分を見ろとは言わないけれど、目をそらす私をしっかりと見据えて、「大丈夫よ。ずっと、この身体なんだから」と優しく諭した。
それから髪を洗い、背中を流す。
なんのことはない動作だ。
何が特別ということもない。
でも、否応もなしに自分の裸体を見ざるを得ない。
やはり恥ずかしい。
素早く洗い、そして湯船に浸かる。
浴槽は広くて、確かに無理すれば四人入れそうな感じではあった。
尤も、シャワーは二つしかないので順番に入るしかないのだけど。
サヤカも身体を洗い終わると、扉を開けて「入っていいよー」と声を掛けた。
サヤカと二人で肩を並べる。
「大きいお風呂はいいねぇ」
サヤカは笑った。
「でもまぁ、もう他のお風呂屋さんにはいけないけど」
差別のこともあるし、ケモ耳の毛が嫌だとか、いろんな理由がある。
「人間だって幾らでも抜け毛があるっていうのに」
サヤカが"可愛い"不満顔だった。
あとの二人も入ってきて、浴室内はわちゃわちゃする。
そして、二人も身体が洗い終わると、湯船に入ってくる。
私は気を遣って出ようとするけど、「まぁまぁ、一緒に入ろうよ」と言われて、そのまま四人一緒に入った。
少しばかり窮屈だけど、入れないことはなかった。
というか、サヤカとアイカに挟まれて、なんだかのぼせそうになっちゃったけど……
そして、ゲームの時間だ。
ゲームはいろいろある。
ビデオゲームが古いのから新しいの、ボドゲもあるし、麻雀もある。
「どれやる?」
セリナがニコニコしている――とは言え、共用スペースの座卓には麻雀のマットが広げられているのだけど。
「じゃ、じゃぁ、麻雀」
そう言うと、三人が喜ぶ。
「やっとサンマじゃなくなる!」
「よ、弱いですよ!」
私が宣言すると「大丈夫大丈夫」と笑いながら麻雀が始まった。
麻雀と言えば、学生時代に付き合いで打ったぐらいか。
一応、ネット麻雀は少ししているけれど、別に強くないし、強くなりたい訳でもなかった。
東南西北白をじゃらじゃらと混ぜて席決め。
それからじゃらじゃらと麻雀牌がぶつかり、ちゃっちゃと積み上げられていく。
ダイスを二回振って親を決めて、そしてもう一回振って割れ目を決める。
私の目の前から牌が取られていく。
「割れ目なしだから安心して」
あぁ、そんなローカルルールあるな。
「アリアリで二万五千点の三万点返し。ローカル役はないけど、純正九蓮とスッタン、国士無双十三面待ち、發なし緑一色、大四喜、四槓子はダブル役満、一本場三百点、ダブロン、トリロンはあり、九種九牌以外の途中流局なし。これでいいかな?」
なんだか無茶苦茶やりこんでいるようだった。
話によると、モノ好きなじーさんがたまに遊びに来るので、一応四人で打つこともあるらしい。
とは言え、そのじーさんが例の入院したおじいさんと言う訳である。
麻雀は思ったより熱中してしまった。
本当にどうでもいいことを語り合いながら打ち続ける。
ネットで見られるテレビドラマや、アニメなんかの話を中心にして、リアルでの話よりも、他の媒体の話が多い。
それはひとえに、我々があまり表に出てもいいことがないからに他ならない。
別に外であった嫌なことを報告することはない。
でも「こういうことがあるから一人では出歩かない方がいい」とか、そういう忠告はある。
わざとぶつかってくる男とか、しつこく写真を撮って笑いものにする女とか。
少なくともこの街は、他の地域にくらべれば"まだ寛容な方"なのだ。それでも、要注意人物が少なからずいるし、実際警察の出番になることもある。
ここが出来て十五年。最初はサヤカさん一人暮らしだったから、様々な事件もある。
しつこく嫌がらせをして、接近禁止命令を受けた人もいるそうだ。
だからこそ、この家に引きこもらざるを得ないのだ。
「悲しいけど仕方ないよね」
仕方ないと言うしかない。
泣いて喚いたところで、誰も助けてくれないし、自分でどうにかするには力がないのだから。
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