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子育て記事まとめ

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子どもからたくさんのことを学びながら、親として子どもと一緒に成長していきたいです。
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記事一覧

父と、いとこのはじめくん

今から30数年前、子供の不登校が社会問題になり始めた時代(当時はまだそうした子供たちの受け皿になる高校がなかった)に、ある精神科のお医者さんが力を尽くしてつくった高校がある。そのお医者さんは、私の父のいとこだった。 小児まひで足が不自由に生まれた父は、学年では一つ下のいとこの「はじめくん」と一緒に登校するために、一年遅れで小学校に入学した。はじめくんはとても優秀で「いつか医者になって、とんちゃん(父の呼び名)の足を治してやるからな」と言っていたそうだ。はじめくんはその言葉通

ある朝、次男から届いたLINE

「---- -・・・- -・ ・- ・・-・・ ・- ・-・--」 その次に、「ヒント モールス信号」 と書かれていた。 次男は中学2年生。絶賛、不登校中。彼は夜型生活なので仕事で忙しい時はすれ違いが多い。朝方、寝る前に私にLINEで要件を伝えてくることがよくある。あまり変化のない毎日を送っているようでも、彼なりにいろいろ考えているのだ。何かに興味を持って動いていることが嬉しくて、寝ぼけながらも必死にモールス信号を解読した。 要件は、「コ メ タ イ ト イ テ」 だっ

冬休み帳、お焚き上げ 続編

小学6年生の三男が、冬休み帳をどんど焼きでお焚き上げした。 始業式前日の夕方、仕事から帰ると三男は書き初めを書いていた。書き初めのお題は「強い信念」。まさにぴったりの言葉に、思わず吹き出してしまった。「強い信念をもって、お焚き上げしました!」って言ったら先生も言い返せないかもねー。なーんて、人ごとだから勝手なことを言って楽しむヒドイ母である。 冬休み帳はなくなったけれど、日記と書き初めとハミガキカレンダーの色ぬりなどなど、細かいもの全てからは逃れることができなかった。結局

冬休み帳、お焚き上げ

お正月が終わると、正月飾りや前の年のお札などを持ち寄ってお焚き上げする行事、どんど焼きがある。子どもたちが地域を回ってそれらを集め、大人たちがやぐらを組む。小学5年生の児童が点火役を担い、火がつくと勢いよくやぐらが燃えていく。舞い上がる炎、竹がはぜる音、舞い落ちる燃えかす...年末年始を挟んで久々に顔を合わす人々が交わす会話もいつもの通り。平和だなぁ、と思う。残念なのはコロナの影響で、どんど焼きの炭で焼くお餅は持ち帰って食べることになっていたこと。コロナ前は、めいめいに持参し

次男と三男、元旦2人旅

以前住んでいた街は公共交通機関が身近にあったので、長男は電車好きだったこともあり、小学生の頃から電車に乗って一人旅をさせていた。弟2人はまだ幼い頃に移住してきたので、電車は生活圏内になく、身近な公共交通機関は村内循環バスしかない環境で大きくなった。 昨年の夏休みに中学2年の次男が、いとこのところまで一人で行きたいと言い出した。高速バスと電車を乗り継げば、3時間くらいで行けるけれど、彼にとっては初めてのチャレンジだった。弟も一緒に連れてってよ、と言ってみたけれど、弟を連れて行

大晦日に思う

気づけば今日は大晦日。1年がこんな早さで過ぎ去っていくと、残された人生もほんの一瞬で終わってしまいそうな気がし始めて何年か経つ。やりたいことはたくさんあっても、できることは限られていて、自分の人生にもいつか終わりが来ることを意識して暮らしていると、何を優先すべきなのかが見えてくる。 子育ても折り返し地点を過ぎ、季節の節目ごとに、あと何回こうして子どもたちと同じ時を過ごせるのだろう、と思う。 子供の成長に伴って生活のサイクルは少しずつ変化し、子どもと過ごす時間が短くなっていく

クリスマスって何の日?

幼い頃に叔父からもらった絵本「さむがりやのサンタ」が大好きだった。子供たちが幼かった頃には、ボロボロになるまで何度も何度も読み聞かせた大切な一冊だ。遠い北の国に住むサンタさんが、クリスマスイヴの朝起きてから、身支度をして出かける準備をし、世界中の子供たちにプレゼントを届け、帰ってきて自らもクリスマスを楽しみ、寝床に就くまでの2日間が描かれている。時には愚痴もこぼす人間味のあるサンタさんが、私のイメージするクリスマスの土台にある。 高校生の時、好きだった哲学の授業で先生が言っ

子どもの気持ちより守りたい校則って?

不登校真っ只中にいる中1の次男が、入学してから初めて朝スクールバスに乗って学校へ行った。 彼は学校へ行ってない間に髪を金髪に染めていた。もう1ヶ月くらい経っているので、金髪であることに違和感はなくなっているけれど、送り出したあとで、学校行けば相当目立つかも…と少々の不安が頭をよぎる。それでもやっと自分で動き出した次男に、まずは「よく来たね」と言ってもらえるだろうとたかをくくっていた。それが甘い考えだったことを、学校からの電話で思い知らされる。 学年主任からの電話は、初っ端

3 boys

姉が2人、妹が1人という4姉妹で育った私が、3人兄弟の母になった。3人目の妊娠中に赤ちゃんの性別を聞いたとき、「男の子3人のお母さんかぁ・・・」と、何か運命的なものを感じて、嬉しくなったことを覚えている。 男の子は毎日一緒に暮らしていても不可解なことばかりだけれど、愛おしいこの3兄弟の存在が私の人生を支え、日々の暮らしにたくさんの潤いを与えてくれる。 幼いころからどこへ行くにも何をするにも、いつも一緒だった。幼い頃は寝相まで同じ姿ということがよくあって、撮りためた寝相写真

水を得た魚

子供たちは水辺が大好き。 幼かった頃は海の近くに住んでいたので、海辺でよく遊んだ。 今は山の中に住んでいるので、家の裏の川が彼らの遊び場になっている。毎日暑くてぐったりしていても、「川行く?」の一言でシャキン、と動き始める。川の水は真夏と言えど、けっこう冷たい。 この冷たい川の水に、彼らは5月頃から入り始める。5月の川の水は氷水みたいに冷たい。泳ぐつもりでなくても、水の近くに行くとついつい入りたくなるらしい。 子どもたちが幼いころから生活に余裕がなかったので、遊びに行く場所

月を見あげる

秋の月は、どうしてこんなにも美しいのだろう。毎年この時期、満月を眺めながら思う。 月のきれいな秋に生まれた次男には、月にちなんだ名前をつけた。 私は小学生の頃から、夜空を見あげるのか大好きだった。大人になって、多忙な毎日の暮らしの中、夜空を見あげることが少なくなってしまったけれど、秋の満月だけは子供たちと一緒に、ゆっくりと見あげる時間を作るようにしている。 時代が移り変わっても、眺める場所が変わっても、月は変わらずそこにある。 月と共に暮らしを営んできた先人たちは、どんな

夕暮れ時のお散歩

子どもたちが幼かった頃は、海の近くに住んでいて、夕方になると海辺までお散歩するのが日課だった。 長男はやっと乗れるようになった小さな自転車に乗り、次男は三輪車、背中には三男をおんぶして。 潮風にあたりながら、子どもたちと歩いた海沿いの道。何でもないような日常のひとコマを、時々ふと思い出すことがある。貧しいながらも、幸せな日々がそこにあった。 子どもたちの心にも、温かな思い出として残っていてくれたらなぁ、と思う。

愛おしいもの

息子たちは3人とも、幼い頃から絵を描くことが好きだった。落書き帳なんて買ってあげられなかったけど、何かの裏紙に描かれた愛おしいお絵かきの数々。 図書館で借りた本で、子どもの描いた絵をアレンジして残すアイデアを知った。 小さな手にえんぴつやクレヨンを握りしめて描いた線を、私は刺繍糸でたどる。どんなことを考えながら描いたのかなぁ、と想像しながら。 こんなかわいいお絵かきは、保育園の頃のもの。時間さえあれば刺繍でたどりたい絵がまだまだたくさん、押し入れに眠っている。幼かった子