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瞳を読む少年

私はある小学校の学童保育の支援員をしている。

自らも子育てをしてきた経験から

小学校という大切な子供さんの今を

少しでも支援できたらと思いこの仕事に就いた。


今年度も忙しくなるぞと覚悟して

その計り知れない子供たちのパワーに負けないように

わざと口角を上げて「にっ」と力を込めた。

私なりの決意表明!


そこへ転校生の子供さんがやってきた。

細く長いスラッとした脚。

長い前髪を何度も何度も横にかき分けながら

お父さんに手を引かれやってきた。

こちらには目を向けず、小さな溜息をついて

かなり緊張している様子。

結局その日は一度も声を聴くことなく

首を縦に振るか、横に振るかだけの応答で

彼と会話にならぬ会話をしてその日を終えた。

それから1週間ほどたったある日

私は他の子と遊ばず、いつも窓際で絵を描いている

彼の後ろから近づいて、そおーっとその絵を覗き込んだ


私は思わず息をのんだ。

なんと美しい目。鮮明に描かれたまばゆい瞳。

少年に声をかけることも忘れ、その瞳に見惚れていた。

それからどれだけの時間が経っただろう

少年が初めて口を開いた。


『僕はこうして目を描くのが好きなんだ!』

「へ~~。すごいじゃん。本当に目があるみたい!」

よく見ると、何枚も何枚も、同じように目だけが描かれていた。

絵心のない私には、到底たどり着けそうもない

繊細で柔らかいタッチ。その瞳のふっくらした凹凸。

光彩はまるで、太陽光が降り注ぐキラキラと波打つかのごとく

銀色の海を見ているような瞳がまっすぐにこちらを見ていた。

「どうして、目ばっかり書いているの?」

『おんなじ人の目でもそこに映る景色は少し違ってて…』

えっ、な、なに?どういうこと…?

『右の眼には今見えてる景色』

『左の眼にはその人の心の奥の奥の方にある景色があって…』

私は今誰と話している…小学生の男の子…だよね…

『瞳を描いてるとその人の気持ちが分かるから』

『これ、先生の目だよ』

「へっ」

思わず驚いて変な声が出てしまった。

これは私の瞳。

『先生いつも、みんなの顔を真っすぐに見てるから』

『目が大きくて描きやすかった…』

そして彼は、その美しい瞳をのぞき込む私の方を

屈託のない優しい眼差しで見上げてこう呟いた。

「愛らしくてかわいい瞳」

一瞬、彼のつぶらな眼に吸い込まれそうになりながら

倒れそうなほどの衝撃を必死でこらえた。

私は不自然にまた口角を上げて

「やったー!嬉しいわ。ありがとう!」

そういってすぐに別の子のところへ走ってった。

このままではこの胸の高鳴りを完全に読まれてしまう。

早く、早く離れなきゃ…

なんなんだ!この胸のドキドキは・・・。

どうした私。相手は小学生の生徒だぞ。

まずい。これからどうしよう…。

また瞳の奥の景色を、深層心理を読まれてしまうのか。

その日はずっと鳴りやまないその胸の中の鐘を

必死で鎮めるようにマントラを唱えて瞑想した。

どうか明日は平穏無事に過ごせますように。。。と…


To Be continued


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