召喚をされて期待したのだけど。勇者でも、聖女ではありませんでした。ただの巻き込まれって……【創作大賞2024 漫画原作部門】

【あらすじ】
 町田ミカ(15)はいきなり現れた光に飲み込まれて、気付けば異世界、どこかの廊下にいた。はじめは自分が勇者? それとも聖女? だと思ったが。いきなり現れた王子に広間へと連れて行かれ、そこで本物の聖女、楓と出会う。ミカはどうやら、巻き込まれのようだ。がっかりしたミカだったか、なんと楓さんは異世界の言葉がわからないようだ。

 だが、ミカが触れると異世界の言葉がわかるように!
 あーっ良かった、これでお役御免。関係なさそうだから、離れようとするミカだが。2人にガシッと掴まれて「行かないで」と言われたミカの運命は?

 モフモフも出てきて、一気に楽しくなる⁉︎


第一話
 準備は早朝より王の間で始まった。

 カーテンが引かれた暗い王の間を、煌びやかなシャンデリアの灯火が照らしている。上級貴族たちは壁際に集まり、ことの成り行きを固唾を飲み見守っていた。

 その奥の王座にはこの国の王がどっしりと構え、傍には王子がいた。

 ここはとある国の王城の王の間。
 この王の前で作業するローブを着た魔術師は胸に手を当て頭をさげ、

「国王陛下、王子殿下、魔法陣の準備が整いました」

 二人の目の前にはデカデカと魔術師達によって描かれた、幾何学模様の魔法陣があった。静かに見守っていた、陛下は立ち上がり声を上げる。


「魔術師達よ、これより召喚の儀を始めよ!」


 陛下の合図で魔術師達が円を描くように魔法陣の周りに立ち、各々杖をかざして魔法陣に魔力を注ぐ。
 その中、白いローブを着た魔術師は召喚魔法の詠唱を始めた。

「【この国を救いし聖なる巫女、遥か次元より召喚いたせ】」

 魔術師の詠唱が終わると、魔力を注がれた魔法陣は眩い光を放つ。その光はが徐々に収まると、魔法陣の中に人影が見えた。その人影を見つけた魔術師達は、術の成功に喜びの声を上げた。


「「おおー!!」」


 その声に静かに見守っていた、貴族たちもこぞって声を上げるのだった。

「聖女召喚は成功した!」
「この国は救われる」

「我々の為に異国より、聖女様が来てくださった!」

 王の間に歓喜の声はしばらく響いた。


 わたし、町田ミカ(十五歳)は短い赤茶毛の髪に、透き通るような青い瞳を細めて困っていた。右を向いても左を見ても、はたまた上を見ても知らない場所だった。

 さっきまで部屋のベッドに寝転び、新作のファンタジー小説の本を読んでいた。その本が面白くて、ボソッと「異世界かぁ、どんなところだろう?」なーんて、呟いた途端、部屋を眩しい光が埋め尽す。

「はぁ? おわっ? な、な、なに……?」

 その眩しい光はわたしを飲み込み、見知らぬひんやりした、真っ白な誰もいない廊下に寝転んでいた。

「……ほぇ? ここどこ?」

 わたしの部屋は?
 読んでいた、ファンタジー小説は?

 なにもなく、真っ白な廊下しかない。

 はっ、もしかして、ここは異世界だったりして……。
 この状況、さっき読んでいた小説の展開に似ている。

  ――え、ええ⁉︎ わたしって、ファンタジー小説のように召喚した? ……でも、誰もいない廊下なんですけどぉ〜。

 ほんとうに召喚だったら、傍に黒いローブの魔法使いが『我々の召喚が成功した!』とか『勇者様、魔王を倒してくれ』とか『聖女様、この国を救ってくれ』とか。イケメンでダンディーな国王様とか、王子がいるんじゃないの?

 見回しても、人っこ一人いない。

 ……はっ、ま、まさか! 幾度となる魔物との戦いで、魔力不足の中での召喚。その儀式の途中で魔法使い達の魔力が切れてしまい、人々が集まる広間ではなく、廊下に召喚されたのでは?

 もしや、そうだとすると。
 この国はわたしに助けを求めている。今まさに勇者か聖女の、わたしを必死に探しているに違いない。

 だったら、廊下から動かない方がいいよね。

「外でも見て、待ってよーっと!」

 体を起こして、近くのはめ殺しの窓から背伸びをして外を眺めた。ウヒョォ――見たことがない世界、ほんとうに異世界に来ちゃったんだ。いや〜わたしが勇者か聖女のチート持ち? いきなり凄い魔法を使って、山一つ吹っ飛ばせちゃったりしちゃったりして、そしてこう言うのよ。

 ――わたし、何かしちゃいました? とか。かっこいい。

 それに異世界といえば亜人種族に妖精、精霊、ダンジョンに魔物、お決まりのスライムに魔王だ。なにせ、わたしは選ばれし勇者か聖女だもの。窓にかじりつき、グフフと妄想フル回転だった。

 だから、わたしに近付く男の殺気を放つ、存在に気付くわけがない。というよりも、平和な国から召喚されたのだ、元から男の殺気になんて気付くわけない。

「そこのチンチクリンな女! どこから、城へ入って来た!」

 刺す様な声に振り向くと、すぐ近くにファンタジー小説などのイラストで見覚えがある。金髪、碧眼――金色の刺繍が入った軍服を身つけた、いかにも王子の様な男がいた。

「……だ、誰?」
「貴様こそ誰だ?」

 誰って、あ、この人が勇者か聖女のわたしを迎えに来た人? しかし、男の表情は厳しい。

「さっさと答えろ、女はどこから来たんだ?」

「えっと、日本から来ました」
「日本、だと? 聞いた事がない所だな?」

 男は眉をひそめ、腰の剣にカチャリと手を掛けた。

「フン、ますます怪しい女だ」

 怪しい女? あれ、あれれ? わたしと男の間には冷たい空気が漂っていない。読んでいた小説と違うし、思っていたのと全然違う。わたしって、こいつに殺されかけてない?

 そんなの嫌だ! 恐怖におののき逃げようとしたけど、男の動きがいち早くみぞおちにキツイ、一発を食らった。

「……グハッ」

 こいつ容赦ない。だって、女の子のお腹を本気で殴ったよ。わたしは勇者か聖女のはずなに、なんでこんな扱い?

 ダ、ダメだ。
 意識が遠のく……ここで気を失ってはキケンなのに、わたしは気を失い男の腕の中に落ちた。


 +


 わたしは近場の高校に受かり、入学の前に施設の室長に呼ばれた。いつも優しいお母さんのような彼女は、厳しい瞳をしていた。

「高校合格おめでとう。……それとミカさん。これからあなたは高校生になるのだから、バイトなりして、一人立ちの準備を始めなさい」

「え、バイト? 一人立ちの準備?」
「厳しいようでけど、みんな通った道だからがんばりなさい」

 みんなが通った道? そうか……親がいないわたしは、高校生活が終われば就職して一人暮らし。わたしの頭が良ければ奨学金で大学に行けるけど、出来がよくないわたしは就職だ、室長の言葉に頷くしかなかった。

 ここを出ていくのは寂しいけど平気だ。
 わたしは一人でも生きていける。
 生まれた時から……わたしは一人だから。

 少し前に室長と話したときの夢を見た……みんな、わたしがいなくなって心配してくれてるかな? それとも、たんなる家出をしたと思われたかな?

「……」

 ボソボソ、近くで声が聞こえる……誰かが、近くで会話をしているようだ。わたしを見つけたとか? 捕まえたとか? 話している。段々と意識がはっきり、浮上してきたと同時にお腹に激痛が走った。

(くっ……いててっ、お腹が物凄く痛い)

 そうだ、わたしはこの声の主にお腹を殴られたんだ。また殴られるのは嫌だから、わたしは目を開けずにこの男の会話に耳を傾けた。

「……そうです。東側の大理石の廊下にて、変わった服装の女を見つけました」

『そうか……やはりいたか。直ちに、こちらへその異世界人を連れて来なさい』
 
(異世界人? 連れて来なさい?)

 そう聞こえた。このわたし殴った男は声の主の所に、連れて行くきなんだ。

「はい、わかりました父上」

 父上? 声の主と男は親子。――まさかわたし、この人達に殺される? ここから逃げようと、体を起こそうとしてお腹に激痛が走る。

「くうっ……いててっ、、女の子の大切なお腹を殴るなんてぇ〜」

「……ようやく、気が付いたのか」
「はいはい、気付きましたよ〜はぁ?」

 男の声が近くから聞こえるし、やけにわたしの目線が高い? 目を開ければ、男に荷物の様に担がれていた。

「いやぁー! 下ろして……くっ、お腹痛い、お腹痛いよー。この暴力男! 殺される! 誰か助けて!」

「暴力男だと! 見た目が、不審者の貴様には言われたくない!」

 わたしの見た目が不審者に見えたから、この人は殴ったの? 格好? この赤茶けに青い目のどこが変なの? って変か⁉︎ いやいや違う違う。

「わたしは不審者じゃない! 勝手に連れてきて、離せ! 降ろせ!」

 逃げようともがいたけど、たくましい男の腕はビクともしないし、平然としている。

『……どうした 騒がしいが何かあったのか?』
「いいえ、何もありません。では、そちらに連れて帰ります」

 男は何事もなかったかのように、壁に掛かる丸い鏡に話しをかけていた。話を終わらせて、壁に手をかざすと鏡ごと消えていた。

「あ、鏡が消えた! 何々、手品なの? マジシャン⁉︎」

「手品? マジシャン? なんだそれは……これは魔法だ!」

「魔法? やっぱり異世界ってすごい! ねぇ、もう一回見せて見たい、見せろ!」

「うるさい! ギャーギャー耳元でわめくな! いまからお前を父上がいる広間に連れて行く」

「広間! そこに連れて行って何をするきだ!」
「そこに、いけばわかる」

 そこに連れて行って国王陛下とかが、小説の様にわたしを勇者、聖女として迎えて「あなたに頼みがある」とか?「聖女様、魔王を倒してくださいと」か言われるの?

 ――でも、なんか違う。

 出会った直ぐに女の子お腹を殴るとか、わたしに対する扱いが酷くないか?

「おい! 聞いているのか? 女、俺の質問に答えろ」
「……ヘイ、なんですか?」
「今、お前が着ている服はなんだ?」

 わたしの着ている服? ここは異世界だから知らないのか……。

「これはパーカーと、ジャージですよ」

 正直に言うと、前にいた先輩のお下がりのよれよれパーカーにジャージだ。

「パーカー? ジャージだと?」

 やっぱり知らないよね。男は何を思ったのか、おもむろにジャージを引っ張った。

「何だこれは、生地が伸びたぞ? ……これは中々面白い生地だな」

「……はぁ、そうですね?」

 その後も男は伸びる生地が気に入ったのか、歩きながらずーっと触って引っ張ってる。……そこ、わたしのお尻だよと、文句を言う気にもならなかった。男はいいだけジャージを引っ張って、大きな観音開きの扉の前で止まり、扉の前に立つ鎧を着た人に話しかけた。

「開けてくれ」
「かしこまりました」

 扉を開けてもらいわたしを下ろさず、そのまま中に入った。


(うおっ、広くてキラキラしてる)

 初めて見る光り輝くシャンデリアに壁画に、天井画。美術館の様な空間に驚く。じっくり見ていたいけど、男には慣れた空間なのだろう。男はわたしを肩に乗せたまま、どんどん奥に進んでいった。

 広場の中央に行くにつれて、派手な格好をした人がいた、そのひとたちはわたしを物珍しそうにじろじろ見てくる。その中にいた男性が、わたしを連れた男に近付くと頭を下げた。

「王子、見つけられましたか」
「ああ、見つけて来た」

 やっぱり、この人は王子なんだ。
 ……どおりで、偉そうで、良さそうな服を着てるわけだ。王子は広間の真ん中まで歩くと、足を止めわたしを下ろしたけど、お腹に激痛が走り呻くことしかできなかった。

 恥ずかしいけど、芋虫? くの字に曲がったまま動けない。

「なんだ貴様、動けないのか?」
「あ、当たり前でしょう! いてて」

「仕方方がないな【ヒール】を掛けてやる」

 王子は大きな掌をわたしのお腹に当てて、ヒールと唱えた途端に温かく感じて、痛みがひいた。

「そらっ、動けるようになっただろう?」
「本当だ? 動ける」

「だったらそこに居る。お前と同じ所から来たはずの、女性に話しかけてくれ」

 王子が指をさした先にはセーラー服を着て、ポニーテールの、黒髪の綺麗な女性が魔法陣の上で震えていた。

 自分の服と彼女のを見比べ。

(あー察し……こっちが本物の勇者か聖女だ)

 なんだ、わたしってこれまた小説でよくある、ただの巻き込まれだな……彼女とわたしじゃ見た目からして違うよ。さっきまで勇者とか聖女だと思い込んでいた、わたしって恥ずかしい。

 よかった、誰も聞いていなくて……

「で、どうなんだ?」
「うん、わたしと同じ世界から来た子だね」

「そうか。この女性はお前と違って、こちらの言葉が通じない」

(はぁ、話が通じない? 普通は逆じゃない?)

 聖女として広間に召喚されたのに、言葉が通じないなんておかしいな。わたしは普通に王子と話してるけど……彼女と話す時には日本語に戻るのかな? そこのところは……よくあるお約束かな? あれだ、ご都合主義だ。

「頼む。お前が俺の通訳をしてくれ」

 王子に頼まれて、わたしは女の子に近付き声をかげた。

「ねえ、あなた大丈夫?」

 言葉がちゃんと通じたのか、彼女はわたしを見た。

「わたしの言葉が通じてる?」

 女の子はコクコクと頷き、徐々に驚きの表情を浮かべて、その場からわたしに飛びつくと、ガタガタと体を震わした。

「あー怖かったね。いきなり知らない場所で、知らない人たちに囲まれて、言葉も通じなくて……」

「……うん、怖かった」

 良かった言葉が彼女と通じた。もし、言葉が通じなかったら、わたしはさらに見た目で、彼女を怖がらせたのだろう。抱きついてきて震える彼女の背中を、子供をあやす様にトントンと軽く叩いた。

 その途端にボロボロ涙をこぼす彼女にハンカチを探したけど、普段から持ち歩かないわたしのポケットに入っているはずがなかった。

「ごめん、あなたの涙を拭いてあげたいけど、ハンカチ持ってないから、このパーカーの袖でいい? 洗濯はちゃんとしてあるからね」

 彼女の涙を袖で拭ってあげたけど、彼女の涙は止まらなかった。こんなに怯える彼女を見て憤りを感じた。勝手に呼ぶだけ呼んで、言葉が通じないからと震える彼女をこんなに冷たい床へ放置って……酷すぎる。

 わたしは怒りの声を上げた。

「聖女として、彼女に国を助けてもらいたいのでしょう? なのに言葉が通じないからって、震える彼女をここに放置するなんて酷い。出来るなら、わたし達を元の場所に帰して!」

 その言葉に、杖を持った魔法使いらしき人が前に出て来る。

 そして。

「君達を帰すことはできない……もう、異界との道を開くことができない」

「そ、そんなっ……」

 異世界に呼ぶだけ呼んで、帰り道がない? ほんと異世界の人って自分勝手だ? この場にいる人達が固唾を飲むなか、場の空気を壊すように王子が痺れを切らして催促をしてきた。

「言葉が通じたのだろう? もう、話を始めてもいいか?」

 こいつ……

「あのさ、わたしの話聞いてた? それに彼女の涙がとまってないんだよ。こんなに怯えてもいるのに……紳士らしく落ち着くまで待ちなさよ!」

 大きなためため息をつくと、王子は近くの者に合図を出して、魔法使い達は離れて行った。周りを囲む人々もわたし達から視線が外れる。その様子にわたしも彼女も、ほっと胸を撫でおろした。

 ここはわたし達には知らない場所、怖いのは一緒だ。
 少しでも、それを和らげたくて明るく声をかけた。

「わたしはミカ、あなたの名前を聞いてもいい?」
「私は、か、楓と言います」

「楓さんか……お互い、大変なのに巻き込まれたね。召喚の時怖くなかった?」

 わたしは両手を広げて、こんなに大きな魔法陣に飲み込まれたね。と話すと。コクリと楓さんも頷く。向き合って話をしていくうちに、楓さんも落ち着いてきたのか笑顔を見せてくれるようになった。

 ――これで、大丈夫かなぁ?

 まぁ彼女はこの国の救世主で聖女だから、周りは優しくしてくれるだろう。あの自分だけ王子には振り回されそうだけど、

「楓さん、聖女は大変だろうけど頑張ってね」
「ミカさんは、一緒にいてくれないの?」

「うおっ、楓さん⁉︎」

 泣きそうな表情の楓さんに迫られて、わたしは受け止めれず、その場に倒れた。

「いてて、楓さん⁉︎」
「嫌、嫌よ。こんな場所に置いてかないで! 言葉も通じないんだよ」

 そうだね。
 出来ればそうしてあげたい。

 しかし、召喚のおまけと巻き込まれは邪魔者だと、城を追い出される話が多い。したがって、そうなる確率がぁ……あ、王子。

「聖女様も落ち着いたようだ、話を始めるぞ」

 ほんとこの人は……わたしたちを腕を組み見下ろす王子と、戻ってきた周りの人々の瞳。はぁ、もう待ってくれないかな。

「いいんじゃないっすかね」

 楓さんに抱きつかれながら見上げた。
 王子は待っていましたと言わんばかりに、意気揚々と話出す。

「私の名はジキル・トラギストこの国の第二王子だ。貴方達二人に、いまからする俺の話を聞いてほしい」

 名乗った男はわたし達に頭を下げた。
 話がまだ通じていない楓さんは首を傾げてる。

 それを見た王子は早く通訳しろと言う。

「王子の話が終わってから通訳やるから、話しちゃってよ」

「そうか? わかった。大昔この国で魔王が現れ、多くの魔物達が暴れ国が崩壊した」

 魔王に魔物!

「その時だ異世界から来た聖女と名乗る女性と、我が国の勇者が立ち上がり魔王と激戦を繰り返した。そして激戦の果てにようやく、聖女が魔法陣での封印に成功した」

 聖女と勇者!

「しかしながら残された書物の記録によると、魔法陣の力は三百年に一度、その封印をする力が弱くなる。そうなる前に、再度魔法陣を修復し封印しなくてはならない」

 魔方陣に魔王を封印!

「一度機能しなくなってしまえば、魔法陣から瘴気が溢れ出し再び魔王が現れる。魔物達まで暴れ出しこの国は滅びる。いまから丁度一年後が前の封印から三百年目になる」

「その封印は異世界から召喚した、聖女でしか出来ないんだ」

 さぁ楓さんに通訳しろと、目で合図してくる。
 わたしは分かりやすく説明した。

「あのね。魔王が復活するから、楓さんに力を貸してくれだって、あ、あの人はこの国の第二王子のジキル・トラジロウだって」

「違う、ジキル・トラギストだ。それにお前、俺の話を簡単に訳しすぎだ!」

「えーっ。省略すればそうなるよね」

 こいつに任せたのが間違いだったと、トラ王子は遠い目をした。

「なによ、通訳したのに」
「わかった……それで、彼女はなんて言ってんだ」

「嫌だって」

 聞いた通りにそう告げた。
 今まで静かだった、会場がざわめく。

「召喚した少女は聖女ではないのか?」
「私達に滅べというのか?」

「赤い髪の女は嘘を言っている!」

 自分勝手過ぎて驚いた。そっちが勝手に呼んで魔王封印をやって貰えると、思っていたことに。でも、小説だとここでやります。とか言うんだけど、楓さんますます怯えちゃった。

「そこを何とかしてくれないか? こちらは魔王が復活をするんだ」

 王子は焦って早口で話しかけても、楓さんには通じてなくて、彼女を余計に怯えさせてる。

「何とかしてくれ……だって」
「そんな事を言われても困ります」
「嫌だって言ってるよ、困るって」

「俺達だって困ってる。おい、どうにかならんかぁ‼︎」

 ガシッと肩を王子に掴まれた。
 力が入っていたい、王子デカい体で興奮しないで!

「……トラ王子、痛い」
「すまない……しかしだな。お前ちゃんと説明をして、彼女を説得をしてくれ」

「説得? わたしがするの?」
「そうだ、俺では言葉が通じない!」

(はぁ〜通訳って面倒だな)

 こうポンとさぁ、彼女の肩を触って「言葉よ通じて‼︎」とかで、通じるように何ならないかな?

「お前は何をやっているんだ?」

「だって、私達よりも体の大きな王子が、肩を掴んだり、段々近寄ってきて怖い!」

「それは、仕方がないだろう!」

「あのさ、もう少し彼女の事を考えてあげてよ」
「ほんと、そうよね」

 ――あれ?

「あなたもそう思う?」
「ええ、魔王だがなんだか知らないけど……急に異世界なんて困るわ」

「だよね。わたしの国になんて小説かゲームの中でしか、魔王はいないもんね」

「それは本当か?」
「ええ、そうよ」

 やっぱり、どうしてだかわからないけど、彼女と王子は言葉が通じている。

「しかし、貴方にしか頼めないのだ」
「嫌なものは嫌よ」

「……ふわぁぁっ」

「おい、ミカ。お前はしっかり通訳をしろ!」

 あれれ? 王子は気付かないの?

「いま、二人で会話してるよ」

「何だと!」
「ほんと!」

 あーっ良かった。これでお役御免。
 ここからは二人で話をしてもらって、わたしは離れて傍観者になろうか? それとも迷惑料を貰って外に出て旅をするかな?

「じゃぁー、そういう事で後は二人で話して」

 関係なさそうだからと、離れようとするとガシッと掴まれた。

「……あの、どうして、お二人はわたしの手を掴むの?」

「私の側にいて」
「俺の側にいろ!」

 あーん、マジですか!

「魔王の封印が解けてしまうんだ、俺達は聖女の楓さんに力を貸してもらいたい」

「そんな力、わたしにないわ」

 二人は見合って『頼む」「嫌」「頼む」……を言い合っている、それを二人に手を掴まれて見ているだけのわたし。言い争う二人を止めように、会場にパーンと手を打つ音が響いた。

「ここは聖女と親睦を深めるために、皆で食事を取ろう」

 いつの間に現れたのか、王冠を被ったトラ王子よりも良い服のおじさん。トラ王子にどことなく似た、イケメンでダンディおじ様だ。

「お腹も出ていない!」
「お前はいきなり、なにを言い出した?」

「別に」

 隣のトラ王子と見比べて、女性なら気になると反対側の楓さんに聞く。ゴニョ、ゴニョ「楓さんはトラ王子と、王様どっちがタイプ?」

「えっ、私は……ミカさんかな」

 王と王子ではなくわたし⁉︎ 聞いた趣旨が通じてない? あ、いつの間にか楓さんと手を繋いでた手が恋人繋ぎになってる……まさかわたしが余りにも、胸平過ぎて、気付いていない?

「わたし、女だよ」
「わかってる。ミカさんが私を守り、凛々しく声を上げた時に……キャッ」

 頬を赤くする楓さん。
 うーん。嫌われるより、好かれる方が断然いっか。

「改めてよろしくね。楓さん」
「よろしくね、ミカさん」


 食堂は離れにあるらしく移動するらしい。わたし達の案内はトラ王子。城の中をトラ王子の後について行ってる。やはり城の中は軽い迷路だ。トラ王子を見失うと、確実に迷子になれる。

 しばらく進むと、バラが見渡せる中庭が見えてきた。
 現代でバラを間近に見たことがないわたしは、薔薇ってこんな風に咲くんだ、香りもいいと、見事なバラを眺めていた。

 ガサッ。ガサガサッ。

 おお? 今、庭園の奥の茂みで何か動かなかった?


 ♢


 その動く者に好奇心が湧き、王子たちをよそ目に、獲物を狩る猫の様に茂みに近付いた。ここ城の庭園の奥、動いた茂みの右から黄金色の耳とたてがみ、その横は白いふわもこな耳、その横は耳じゃない立派な角だ。

「ホォ、耳は分かるけど角ってなに?」

 驚きで声がでた。
 その声に反応して

「角? それは私のことかな? お嬢さん」

「おい! ルア」
「やだ、後で隊長に怒られちゃうじゃない」

 と、茂みから立ち上がったのは、トラ王子よりも身長が高く大柄な、三人のライオンと猫の獣人と竜の人。その角の人はわたしを見て。

「おや失礼。君は……男の子かな?」

 一応、お嬢さんと呼んだが……わたしの胸平を見て、角の人は訂正したが、隣の猫の人が「やだぁ」と笑い。

「フフ。ルア、違うわよ。この子は女の子よ」
「そうだ、王達は召喚で聖女を呼んだんだ、男が来るはずないよや……多分」

 わたしが男が女か論争に、男じゃないと言い返そうとしたけど、三人はまたガサッと茂みに隠れた。それと同時にわたしの体が宙に浮く。なんと王子が後ろから脇に手を入れ、わたしを持ち上げた。

「ミカ、こんな所で何してんだ?」

「うわっ! トラ王子⁉︎ 綺麗だから、バラを摘んでいたの!」

「バラは後にしておけ! 父上達が食堂で待ってる、ほら行くぞ」

「あーい」

 茂みに隠れ切れていない、みんなに「またね」の意味を込めて手を振った。




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