寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。【創作大賞2024 漫画原作部門】

第二話
 食事を終えると、みんなはお昼寝を始めた。
 静かな店内にみんなの寝息が聞こえてくる。わたしはミリアに呼ばれ倉庫の中で、ここで使用する食材を見せてもらっていた。

『これがウチの食料庫ね』
『はい』

 ミリア亭で使用される食材はすべて、国外の亜人の里で作られたもの。毎朝、鬼人の行商人がそれぞれの里から新鮮な野菜、お肉を仕入れて持って来る。届くのは毎日違う食材。ミリアは届いた食材を見てから、今日の日替わりのメニューを考えると教えてくれた。

 在庫のチェック中、倉庫の中で茶色の袋に入った白い粒を見つけた。

(初めてみる食材だわ。どうやって食べるのかしら?)

『ミリアさん、これはなんですか?』
『米だけど。……なんだ、リーヤはお米を見るのは初めてかい』

『お米? はい、初めてです』
『これは鬼人産のお米と言ってね、水で研ぎ、炊くと……ちょっと待ってて』

 と言い、ミリアは厨房に戻っていく。

 しばらくしてミリアが厨房から戻ると、その手に白く三角のものをお皿に乗せて戻ってきて、わたしに"リーヤ食べてみて"とお皿を渡された。

『リーヤ食べてみて、絶対に美味しいから』
『はい、いただきます』

 ミリアから勧められて、渡された白い三角のものを一口かじる。それはフワフワで柔らかく、咀嚼するとモチモチしていて、噛めば噛むほど甘い。

『お、美味しい』
『そうだろう。それが鬼人の主食、お米を炊いたご飯。今日の定食、かつ丼にも使っていたよ』

『あの揚げた分厚いお肉を卵でとじた、とろとろのアレですか?』

 あの料理はかつ丼って言うんだ、かつは香ばしく、出汁のいい香りがした。みんなが笑顔で丼をかきこむ姿を見てお腹が小さく鳴った。

『お、食べたそうな顔してるね。次に作るときにリーヤの分も作るよ』

『え、いいんですか? 嬉しい、楽しみです』

 "アイツらの他に食いしん坊がまた一人増えたね"と、ミリアは意地悪く笑った。





 時刻は四時前。みんながもぞもぞ起きだした。体を動かして、置いてあった武器を手に持つ。

『ミリヤ、リーヤ、今日も世話になった』
『ミリヤさん、リーヤさんごちそうさまでした』
『明日もよろしく! ミリヤ、リーヤもな!』
『ごちそうさま!』
『美味しかった!』

『明日も美味い肉を用意しておくからね!』
『気を付けていってらっしゃい』

 帰り間際にナサに折りたたんだ紙を手渡された。なにかと、開くとそこには住所らしきものが書いてあった。

『ナサ?』

『オレの知り合いの大工さん。その住所に行って相談すれば、アイツなら安くしてくれると思うよ。なんならオレの名前を出してもいい』

『ありがとう。すごく助かります』
『いいって、これからよろしくなリーヤ』

 大きな手でわたしの頭をポンポンと撫でてくれた。それを見ていたロカは"ずるい、ナサ"と騒ぐ背中を"はいはい"と、アサトは押して店を出て行った。

 みんなが帰っても、しばらく入り口を見てたら。ミリヤさんが側に来てニヤッと笑う。

『珍しいこともあるもんだね。あの中で一番、人嫌いのナサがね。リーヤのこと気に入っちゃったのかな?』

『え、違います、ナサは優しいだけですよ。ナサが、わたしになんて……そんなこと、ないですよ』

 それにわたしはまだ恋が怖い。すぐに浮かれて好きになってしまう。勘違いの恋をして利用されるのも、寂しいのはもう結構だ……結婚して二年経ち、半年以上経っても、初夜の夜を思い出すだけで悲しくなる。

(あんな惨めで、恥ずかしい思いは二度としたくないわ)

 ミリアはわたしの表情になにか感づいたのか、優しく頭を撫でてくれた。

『リーヤに何があったかは聞かないけど。笑ってたら幸せはやってくる。あんたは笑った顔が可愛いんだから笑ってな』

『ありがとうございます』

 さてと、後片付けをしようかと厨房に戻って行った。

 翌日。午前中が休みの時に住所を探して、そこで知り合ったのがナサの知り合いのワカ親子。奥さんが獣人で、五年前に北区で起きた、魔物襲来で大怪我をして亡くなった。今は息子のセアと北区に二人暮らしをしている。

 ワカは屋根修理の他にも、点検して水回りを強化してくれた。そして領収書を見ていまの持ち金では足らない……どうしようか悩んだとき、自分の長い髪が目に入る。

(そうだ、この長い白銀の髪を売ろう)

『お金なら、いつでもいいよ』
『いいえ、数日待っていてください』

 午前中休みの日に中央区に出向き、理髪店で白銀の髪を売った。長い髪は首の所までになり、首筋が寒く感じたけど。なぜか、心が軽くなったような不思議な感覚を感じている。

(これを渡して、足りない分は待って貰おう)

 お金を持ってカワの家を訪れた、彼はわたしを見るなり、驚き指をさした。

『お前、その綺麗な髪を……売っちまったのか』

 わたしは違うと首を振る。

『いいえ、お手入れするのが邪魔になっていたので、切ってしまいました……これ少しだけ足らないですが』

『……んあ、まいど』
『それで、足らない分は少し待ってください』
『ああ? あ、いつでもいいよ』

『……それと』

 お礼にならないけど"ミリア亭でわたしが作る気まぐれ定食を食べに来てください!"と、まだできたばかりのメニューなのに誘った。

『気まぐれ定食?』

『料理見習いのわたしが作る定食なんですけど……あの、失敗する方がまだ多いのでお代はコーヒー代だけです。よろしければ来てください』

 二百ニルのコーヒー代で食べられる定食だ。

『なになに失敗もするのか? ははっ、それは面白そうだ。明日、セアと行くよ。私は料理にかんして結構口うるさいから覚悟しろよ!』

 次の日。閉店間際に来てくれて"ほんと、まあまあだ!"と笑い"この腕前なら、しごきがいがあるな"とわたしの気まぐれの常連になってくれた。

 ミリアとナサ達は短い髪を見て『リーヤ、髪はどうした?』と驚いたいた。みんなにワカと同じ説明をした。みんなはそうかと納得していたけど、ナサには痛いくらい大きな手で頭を撫でられた。


 今日も閉店間近に、カランコロンとドアベルが鳴る。

「気まぐれ二つ」
「リーヤ、お腹すいた!」

「いらっしゃいませ、ワカさん、セト君。いま用意しますね」

 わたしの"気まぐれ定食"を食べに来てくれた。食後のコーヒーを運んだ後、ワカに感想を聞くのが日課になっている。

「ワカさん、どうでした?」

 今日のメニューはオムライスとカボチャのスープだ。彼はコーヒーを一口飲み渋い顔を浮かべた。これは注意点を言うときのワカの表情だ、何か失敗したんだとわたしは緊張した。

「リーヤ、チキンライスの味が薄い。みじん切りにした野菜の水分が抜けるまで炒めてないね。ちゃんと味見して、それでも味が薄かったら、塩胡椒、ケチャップかソースを大さじ一杯加えるか、コンソメを入れるといいよ。後、卵も焼き過ぎて硬いかな」

「はい、わかりました」

 ワカはお世辞を言わずに的確な指示をくれるので、料理の勉強にもなって助かっている。わたしはメモ帳を取り出して、ワカの言ったことをメモった。

「しっかり野菜を炒めなかったから、水分が飛んでなかったんだ……これから気を付けます」

「でも、前よりはいいよ」
「そう、前よりはいい」

 と、お父さんの口真似をするセア、彼の耳と尻尾が揺れた。モフモフなナサとアサトには出来ないから、ついついセアの頭を撫でてしまう。

「リーヤ、僕を撫でるなって、いつも言ってる」
「ごめん、つい可愛くって」

「僕、可愛いの? ふうーん。じゃー、いいよ」

 二人が帰るまで、セアはモフモフな頭を撫でさせてくれた。





 ワカ達が帰り店の札を"close"に変えて厨房で流し台でお皿を洗っていた。そこに封筒を持ったミリアさんがいつもと違う服装でやって来る、何処かに出かけるようだ。

「リーヤ、いまから南区の叔母の家に書類を届けに行ってくる。私が帰る前にアサト達が来たらすぐ戻るって言って」

「わかりました」
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けて、行ってらっしゃい」

 わたしはミリヤさんを見送ると、厨房で残りの洗い物を始めた。店の時計が鳴る時刻は午後二時。休憩中の札を出した店に、北区を夜な夜な危険な魔物から守ってくれる、亜人隊のみんなが来る。

 カランコロンとドアベルを鳴らして、店に入りボフッとナサはトラの姿に戻る。その後をリザードマンのロカさんと竜人のカヤとリヤが続いた。

 みんなは入り口に武器を置くと、各々好きな場所にと座り、決まって彼らはこう言うんだ。

「ミリアさん、私はミディアムステーキ」
「俺はレアステーキ、飯!」
「僕はよく焼けた肉!」
「僕もよく焼けた肉!」

 いつもの様にみんなが注文し始めた。わたしは洗い物を一旦で止めて、厨房からみんなに伝えた。

「ごめん。ミリアさんは今、用事で南区に行っていてお肉は待ってて欲しいの」

 カウンターから奥の流し台で洗い物をする、わたしの姿が見えたのだろう。

「慌てなくていいぞ」 

 と、ナサが声をかけてくれる。
 その声に。

「ええ、慌てないでください」
「そうだよ」
「うんうん」

 優しいみんなは洗い物が終わるまで、カウンター席で楽しそうに談話していた。

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