5月10日 まあまあ長い

 ここ最近、家のパソコンの調子が悪くて、うまくネットに接続できないことが多かった。朝8時30分、早く目覚めたのでパソコンを開き、音楽を聴きながらゆっくりしていると、突然両耳に流れていた音楽が止まった。
「またこれだ、最近よく切れるんだよな」
ここ数日で電波が突然途絶えたり、突然復活する現象が頻繁に起きていた。
普段はすぐ繋がるのだが、今日はなかなか復活しなかった。仕方がないのでパソコンの電源を消した。ため息をついて、周りを眺めてみる。閉め切られた緑のカーテンの隙間から輝く光の柱が伸びていた。私はカーテンを半分だけ開けた。明るくなった部屋の壁から時計の針が浮かび上がった。午前10時22分。午後の講義には余裕で間に合う。起きてのんびりシャワーを浴びて、サンドイッチとコーヒーを作っていると、いつの間にかそこまで時間がないことに気が付く。急いでサンドイッチを胃の中に流し込み、コーヒーはタンブラーに注いで机の上に置いた。大急ぎで歯磨きと着替えを済ませ、ソファーにあったカバンを取って外へ出た。外はまだ5月にもかかわらず、夏のような天気だった。空の隅々まで青に覆われていて、地上では少し冷たい風が緑の群れを揺らしている。降り注ぐ太陽の祝福の中、一編の詩も遺すことなく早足で駅に向かった。今日はあまり遅れたくなかった。グループワークの授業は遅れるとやや気まずい思いをする。やっとの思いで駅に着いたとき、ケータイを家に忘れたことに気付いた。最近は通帳やスイカとか生活で色んなものをケータイに任せっぱなしにしてるくせに、それをすぐに忘れてしまう。本は持ってきていたので大学ぐらいの用事ならそこまで困らないだろう、と思っていた。教室に着いたのは既に10分遅れの午後1時10分だった。グループは既に決まっていて、私はいつものように先生にどこのグループに入ればよいか聞いた。指定されたのは一番前の席の、知らない女の子3人のグループだった。
(こんなことになるんだったら、もっと早く来るんだった。)
私は初対面の女の人と話すのがとても苦手なのだ。おまけにカバンの中には小説とティッシュしか入っていない。先生にケータイと教科書を持っていないことをを説明する時、向かいに座っている茶髪の女の子に笑われてしまった。教科書は隣の女の子に見せてもらうことになった。隣の女の子は長い黒髪で、顔は髪に隠れてしまってよく見えない。彼女はこっちに一瞥もすることなく、めんどくさそうにゆっくり教科書を真ん中に置いた。 一応小声でお礼を言ったが、何も返事はなかった。しばらくすると彼女は居眠りを始めた。仕方がないので自分で教科書のページをめくると、向かいの女の子はまたこっちを見て笑っている。一刻も早くこの時間が終わってほしかったので、窓の外を見て別のことを考えた。外はまだ晴れていて、空と突然目を合わせたような気分になって少しワクワクした。今日はこれから河川敷まで歩こう。川を見ながらお弁当を食べることにした。そういったことを考えているうちにいつの間にか授業は終わっていた。今は午後2時30分、今日は夕方5時からバイトの予定だったがまだまだ余裕だろうと思っていた。大学のキャンパスを出て駅に向かっていく大学生たちを横目に、彼らとは反対方向に歩き出した。長い間同じキャンパスに通っているので、このあたりの地理なら周辺の住民と同程度には理解している。自宅まで2時間半かけて歩いて帰ったこともある。河川敷は大体3駅ほど先にあるのだが、行ったことがなくても大体どのあたりにあるか想像できてしまうのだ。しばらく歩いていると、道に迷ってしまった。こういう時にケータイがないのは本当に不便で、この日ほどグーグルマップの有難みを知ったときはない。住宅街の何気ない風景はどれも新鮮で、どこか遠い国に旅行しているようだった。所々に書いてあった地図を頼りに、なんとか川までたどり着いた。大きな橋を渡ってすぐそばの河川敷に腰を下ろし、さっきコンビニで買ったお弁当を食べた。日がやや落ち始めていて、辺りにはクリーム色の光が満ちている。そういえば今日は夕方5時からバイトの予定だった。すぐに今の時間を確認しようとするも、ケータイがない。周りを見回しても時計らしきものは見当たらない。本当は川を眺めてのんびり考え事をしたかったけど、仕方がないので駅まで向かうことにした。駅に着くと、4時55分だった。ここからバイト先まで30分以上かかる。急いで連絡しようと思ったが、今の自分の持ち物を思い出してすぐに諦めた。家に帰ったのは5時30分ごろで、ケータイにはバイト先から何回も着信が来ていた。電話で謝った後、着替えてバイトに向かった。店に着くと金髪のバイトの女の子が暇そうにしていた。
「何してたの?もう来ないのかと思ったよ」
と嬉しそうにこっちを横目で見ていうので
「さっき迷子になって、ケータイも家に忘れちゃってさ」
と説明すると、彼女はいつもの大きくて甲高い声で笑いだした。
基本的にさんざんな一日だったが、これを聞けただけでも今日はいい日だったと思う。


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