見出し画像

私、嗜みはじめました(あきやさん講演会 感想①)

こんにちは!
溶けそうに蒸し暑い日々が続き、毎朝立ち上がる気力が失われつつあるSuiです🫠

そんな無気力な自分を奮い立たせ、週末に幻冬舎大学に現地参加してきたので、あきやさん講演会の感想をしたためたいと思います✏️📖

トップ画は、講演会前日に気合いを入れて好きな色のお花を飾ったものだよ💙💚

いやぁ、初めてのあきやさんに、初めてのリアルガールズのみなさん。
北参道のビル地下のあの空間は、なかなか一言では表すことができない不思議な空間でした。

着るものや持っているもの、みなさんそれぞれ個性が爆発しているけれど、あきやさんを中心とする「自問自答ファッション」という1点でしっかりと繋がっている、奇妙な一体感・・・!

「みんなちがって、みんないい」
「発散と収束」

これまでの人生のどこかで触れたような言葉が、強烈な体感と共に押し寄せてきます。

さて、ここからは、印象に残った言葉たちと共に、振り返りたいと思います!

と、言ったものの…

あきやさんの一言を起点に連想ゲームのように自分語りを始めたら、とても長くなってしまったので、今日は一つのワードにフォーカスして、それ以外の感想は、また別記事でUPしていきたいと思います。

では参ります。
まず最初に感想を書きたいのは、この言葉。

「通帳のキズは、ファッショニスタの嗜み」

あきやさんがこの言葉を発された瞬間、サラサラサラ~と会場の皆さんがペンを走らせる音がこの日一番大きかったと思うのは、私だけかな・・・

この言葉、今の自分の状況に通ずるところがあり、とても刺さりました。刺さりすぎて、会場で質問者として発言機会を頂いた際、「今日はこの言葉を抱きしめて帰ります」とあきやさんにも直接お伝えしてしまいました。

自問自答するようになってからというもの、被服費が爆上がり中の自分。ガールズ歴はまだ1年弱だけど、既にとんでもない金額を使い始めており。。。

これまであまりファッションに頓着していなかった分、より一層ギャップが浮き彫りになっている節もあり、少し自分語りも含めて書いてみようと思いますので、お付き合い頂けると嬉しいです。

ハイブランドとの心の距離感

最初にまず、懺悔します。

私は、ブランド品を持っている人を見ると、少しばかりの嫌悪感というか、

「若いのにあのバッグをどうやって手に入れたのだろう(きっと正規ルート/自分で稼いだお金で買ったのではないだろう)」
「私とは住む世界が違う人」
「主張するロゴが好きなら、内面<外見を重視していて、自分とは考え方が合わなそう」

といった、今考えると本当に自分勝手なネガティブ印象を持ってしまっていました。

会社の同期でも、割と華やかな友人たちは、入社後数年たたないくらいから、ボーナスで買ったの!と言いながら、miu miu や PRADA、ロエベなどのバッグを持つようになり。

学生時代から知っているから、それらの友人と疎遠になることはなかったけど、彼女たちが持っているウン十万円するロゴばーん!のハイブランドバッグを見るたび、
口では「すごいね」と言いながら、
「あ、そっち系なんだ」と少しだけ心の距離が離れていく自分がいました。

ハイブランドに対する抵抗感があった理由を振り返って考えて見ると、当時の私は「費用対効果」をモットーにしていたからなのかな、と思い当たります。

ブランドの歴史やデザイン/技術力、アフターサポート体制などについての知識が全くないまま、その辺で1〜3万円払えば入手できるものと同じような革のバッグが数十万円もする、ということ自体、ただ単純に理解できなかったのだと思います。

自分が手に入れられないと妬む気持ちもあったかな?と考えたのですが、
私自身、費用対効果がモットーと言いつつも、決して「安いこと=良いこと」でもなく、私なりに「高機能に対しては高額を支払う準備がある」という感じで、
例えばアウトドラブランドで高機能の登山グッズを購入したり、ヨーロッパ制の機械式腕時計に数十万円はたいたり・・・そうした行動はしていたので、金銭的な妬みではない感じがします。

一方で、「一見してそれとわかるブランド物を持てる」⇒「ブランド品が自分自身にふさわしいと思える」「周りに知らしめて恥ずかしくない」ことの表れなので、周囲の目線を気にせずにそうしたアイテムを持てる、という思い切りの良さ自体への、羨ましいという想いはあったかもしれません。

やはりどこかで、ハイブランドは縁遠く、私には相応しくない、私なんかが持つべきではない、という気持ちがあったんだろうなぁ。

「何、その気持ち?」「自分が身に着けたいものなら、自由に身に付ければいいじゃない!」と今だったら自信を持って思えるので、この自信は、自問自答ファッションから私が最初にもらった贈り物かもしれません。ありがたや。

この感覚、ちょうど読了した辻村深月さんの「傲慢と善良」ともシンクロしていて、更に胸に迫って問いかけられた気がします。

これまで自分が選んできた道は、本当に自分が選んだと言えるのか?
世間に、社会に選ばされたものではなかったか?

自分自身で選び取ったと信じてきたものが、実はそうではなかったのかもしれない、という恐怖を描き出している小説で、自問自答の沼にハマっている私としては、ホラー小説に近いものがありました(ちなみに、婚活をテーマにした恋愛小説です!全くホラー要素はありませんのでご安心を。おススメです)


直近のファッション遍歴

前置きが長くなりましたが、なので私は、ファッションにおいても、最小金額でよりコスパ高い効果を生み出す、ことに注力していたのです。

ハイブランド品が視界に入っていなかったのは前述の通りですが、最近はそれに輪をかけて、これまでは違和感なく手にできていたLUMINE、丸井あたりに出店しているようなミドルブランドすら視界から除外する傾向にありました。

特に出産してからその傾向に拍車がかかり、膨らみ続けるが一向に引き締まることのないサイズ変化の大きいカラダと、いつ何時汚されるか分からない育児攻撃(ヨダレ、泥、ミートソースetc..)に耐えうる服を、プチプラでばかり手に取っていました。

コスパを最大限に高める為、パーソナルカラー診断/骨格診断などのイメコンを駆使し、GU / UNIQLOなどのプチプラでオフィスファッションを組み立てることに注力していました。

「これ、UNIQLOなの」
「しまむらで、1680円だったんだ〜」

自分では、制約のある生活の中でもなんとかオシャレは失わないようにと努めていたつもりだけど、実際のところは、相手からの「え、見えない〜」という言葉のカツアゲばかりしていたんだと思います。
こうして文字化してみると、本当にカッコ悪いですね。


自己評価への気づき

そんな私に、転機が訪れます。
職場のお姉さん(Aさん)が、「かわいいイヤカフがあるのだけど、昼休み一緒に見に行かない?」と声をかけてくれたのです。

Aさんは、職場の同僚なのですが、趣味でアート作品(油絵)を創作されるなど、日頃からそのセンスやお人柄を素敵だなぁと憧れていた方。
たまにランチをご一緒する、という極めて会社員としてありがちなお付き合いの関係だったので、誰かと一緒にお買い物に行く、という体験をAさんと共にできることが純粋に嬉しく、喜んで同行しました。

見に行ったのは、Hirotakaのイヤーカフ。
ショーケースにはキラキラ輝くアクセサリーが並んでおり、試着させて頂いたものもとっても気に入ったのですが、値札を見ると、そこにはかわいくないお値段が・・・

値札を見て、真っ先に私の頭の中に浮かんだ考えは、

これだけあったら、家族で美味しいものが食べられる。
こんな金額を、嗜好品(なくても生活に支障がないもの)に費やせない。

試着姿、Aさんもとても似合っていると言って下さいましたが、買うことを決断するには勇気がなく、結局購入しませんでした。イヤカフ自体はとても気に入っていたので、この時購入に至らなかった理由はただ一つ、価格です。

Aさんには、「イヤカフつけたことなくて、自分の耳にフィットするか自信がなくて」とかなんとか理由をつけてお話した記憶があるのですが、

正直に言うと、私には、イヤカフという生活必需品でないものに、数万円を出す頭がなかったのです。

その後、職場でAさんの耳に輝くイヤカフを見るたびに、考えました。

同じ職場で同じような仕事をして同じようにお給料をもらう生活をしている(恐らく、世間一般で言う金銭的な生活レベルはさほど違わない)Aさんが、イヤカフを購入し素敵に着けこなされている。
かたや、そのモノ自体はとても素敵だとときめきも感じたのに、値段だけを理由にイヤカフを購入しなかった自分。

客観的な目線で眺めてみると、
私は、経済面を買わない理由にしたけれど、
これって実は経済面ではなくて、私の心の持ちようなのでは?

自分には、これだけの値段のモノを身に付ける価値がない。
身に付けるべきではない。
心のどこかでそう思い込んでいた気がします。

自分で、自分のことを、それに値する価値があると評価できていなかった。
だから自分に「買っていいよ」って、言ってあげられなかった

その後、半年ほど経ってSALE時期になり、Aさんがまたお買い物に誘ってくれました。前回は購入に至らなかったけど、また今回もいいのあるかもだから見にいこーって、気軽な感じで(ホントいい人)。

ショーケースのメンツは、半年もするとまた洗い替わっていて、Aさんと一緒に気になるものを続々と試着しました。
気になったのは、ブラックオニキスのついたクールなイヤカフ。
ダイヤのキラキラもステキだったけど、すべてを引き締めてくれる黒石のカッコ良さに惹かれた。

「いいなぁ・・・・でも」

ここで、いつもの私が顔を出します。

「やっぱり、ちょっと高いかな」

値段を理由に、ショーケースにイヤカフを戻しかけた私に、Aさんがつぶやきました。

「Suiちゃん、仕事も育児も頑張ってるのに。毎日大変な思いして働いてるんだから、自分へのご褒美でこのくらいのもの、買っていいと思う」

なんか、その言葉に救われた気がしたんですよね。
たぶん、世の中でいうところの、良い母親でいなきゃいけない(華美ではなく質素に。自分が着飾ることよりも、家族の幸せを第一に。みたいな)イメージに、無意識のうちに束縛されていたのだと思います。

誰からも、直接そんなこと言われたこともないのにね。怖!

そんな自分の思い込みとか、自分への締め付けとか、
それらがAさんの言葉で開放されたような感覚があって。

「そうですよね。自分に買ってあげてもいいですよね。
めっちゃ素敵ですもん、このイヤカフ!」ということで、えいやっ!とカードを切りました。

それ以来、毎日のようにイヤカフを着けてるのですが、
貴石を身に付けることの高揚感とか、
「そのイヤカフ素敵」と褒めてもらった時の純粋な嬉しさとか、
耳だけでなくその他の部分にもこだわりたくなるファッションの連鎖とか、
不思議なことに、人生がより楽しくなってきた
のですよね。

イヤカフ一つでそんな大袈裟な・・・・と思われるかもしれませんが、
何よりも「自分にはその価値がある」と自分で認めてあげられたことが
大きかった
のだと思います。

それまでは、素敵なお店に入っても、値札をひっくり返しただけでシャッターを下ろしてしまう私でしたが、自分の行動範囲を広げてみて初めて見えてくる景色ってあるんだな、と実感しました。

私のファッションの世界が広がった転機でした。

散財系ガールズへの共感(しかない!)

そんな経緯で、「帰省時に、実家近くのUNIQLOで爆買い」という購買パターンから抜け出し、職場・生活の拠点であり日本中の欲望が渦巻く東京でお買い物をするようになりました。

前の記事に書きましたが、ENFOLDであきやさん制服と同じシャツを購入したのも、この頃です。

シャツに4万円近くを出すなんて、少し前の自分では考えられなかった(だって、UNIQLOならシャツ10枚買えちゃう)けど、

イヤカフ事件で身に付けた
「生活が揺るがない範囲で、自分の欲しいものを買ってあげてよい」
「心から好きなものを買う」
「毎日のように使い、日割りで考える」
といった学びを活かして、色々なお店に入り、色々な価格帯のお洋服を見て、ファッションを楽しみ始めました。

時を同じくして自問自答ファッションに出会い、
その考え方に心から共感すると共に、
あぁ、私も、深く深く穴を掘りたい!
この先にはきっと快楽の世界が待っている!!と
興奮している毎日です。

「価格の高いものから見てみましょう」というアドバイスに従ってみると、
あるんですね、世の中には素敵なものがたくさん・・・・
今まで自らシャットダウンして触れようとしなかっただけで、
まさしく「世界は欲しいものにあふれてる」!

まずはセオリー通り、靴の100足試着を経て、
PRADAのローファーをお迎えしました(23年11月)。

文字通りの自己評価靴。
ローファーをお迎えしてから、自己評価は爆上がりしました。
この靴を履いているんだから、今日のプレゼンも上手くいくはず。
この靴がどこか素敵なところへ連れて行ってくれる。
本当に毎日、そんな気持ちにさせてもらってます。

次に、自己紹介バッグとしてGUCCIのGGマーモント(23年12月)。
子供とのお出かけには両手が空くことがマストで、
それまでずっと、UNIQLOの千円サコッシュを使ってました。
UNIQLOさんには申し訳ないですが、それ自体に惚れ込んだものではなく、「汚れても良いもの」という諦念から選んだもの。
非常に便利だったけど、着用していて気分があがるものではありません。

そんな折、ぽたまるさんのこちらのnoteを拝見していたく感動し、
私も「育児を制約と捉えずに、心から欲しいバッグを持とう」と思えました

美しいバッグに心奪われつつ、子どもが小さい今、なにもブランドバッグなんて買わなくても…と内心こっそり呟いた私に、店員さんはあえて「今」このバッグを持つことを勧めてくださった。一日でも長く、家族の思い出をバッグに刻み付けてほしいから、と。

ぽたまるさんnote

子供のやんちゃや公園遊びでたとえバッグに傷がついてしまったとしても、
「子供と一緒に過ごした自分の証が残る」くらいドーンと構えてもいいじゃない、自分に買ってあげようよ、そう思えたのでお迎えしました。

といった感じで、1年前の自分であれば一瞬で目を背けてしまうであろう価格帯の品々を、自問自答ファッションをきっかけにお迎えし始めた私。

手に入れたアイテムはしっかりと活躍しており、
QOLを向上させてくれていることは間違いない。
ただ、金額だけに目を向けると、どうしても支出額が昨年の比ではありません。

全く後悔はしていないのですが、昨年とのあまりの違いに、
ふとした瞬間に、このままでいいのかな? という不安が首をもたげ、

その度に、「自分自身が納得しているし、何よりも人生が輝き始めたのだから、これでいいんだよ!」と、自分に向かって語り掛けています。

なので、冒頭の講演会での一言に戻って、
昨年比での自分のこの変化を「散財」や「甘やかし」ではなく、「嗜み」という粋な言葉で表してくれたあきやさんに感謝し、
惚れ直したのでありました。

これからも、自問自答のお供に、
この言葉を大切に抱きしめていきます。

それでは皆さんご一緒に、せーのッ、
「通帳のキズは、ファッショニスタの嗜み」!

長文お付き合い下さり、ありがとうございました。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?