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……のためのぶよぶよとした前奏曲

全身麻酔の夢から覚めると、喉が痛かった。
膝よりも喉が、断然痛い。痰が絡まってしゃがれ声になっている。

目覚めたのはおそらく午後一時半くらいで、恐ろしく眩しい窓だったので、夏が来たと思った。鼻には呼吸器が差し込まれ、手の甲には点滴の針、背中には硬膜外麻酔の釣り糸が入りっぱなし、下半身には尿道カテーテル。
管人間である。

右膝の前十字靭帯を全層断裂した。
靭帯は骨と違って、切れたら切れっぱなし。だからくっつけるには手術しかない。手術自体は3時間程度ですぐに終わったようで、麻酔の余韻で視界に薄靄がかかっている。

当然夜になれば、悪夢を見る。
1時間ごとに目が覚めるけれど、それがこま切れ肉となって、最もグロテスクな屠殺となる。

包帯を取ると、手術の傷跡が開いて、骨が剥き出しになっている。とか。
病室の前から足音が迫ってきて、見知らぬ男がベッドのカーテンをさっと開け、包丁で惨殺してくる。とか。
管という管が体の内部にめり込んできて、血管に侵入して、云々。とか。

しかし最も恐ろしかったのは、自分の境界面がぶよぶよしてくる、という夢だった。

動かしていないとだめだよ、足首でもなんでも、動かせるところは動かして。
主治医の先生に言われ、動かさないと怪我していないところまで動かなくなるよ、と付け加えられる。

動かない。
そうするとだんだん、ひとの体は、ぶよぶよする。
締まりがなくなってとろとろ、でもなく、氷のようにかたくなってかちかち、でもなく、どちらかというと死体に近づいていくような形で、どこまでが私かわからなくなる形で、ぶよぶよ。

輪郭のあるものは、ぶよぶよしていない。自我があるものも。
それを保つためには動いていないといけないのだけれど、今の私は「動けない」ので、黙って足首をぐるぐる回すしかないのだろうか。
麻酔で麻痺した足は、本当に、ぶよぶよとしている。


豚肉のこま切れの夢から覚めると、外は雨で、朝になったことが分かりにくい。

管を抜いてもらう。尿道カテーテルを抜かれる時の、突かれるような痛みに耐えると、麻酔の釣り糸以外の全ての管が抜けた。

車椅子にも乗せてもらう。私は院内をぐるぐると移動した。しかしそれは足首を回しているのと、あまり変わらなかったかもしれない。

午後になると痛みは落ち着いた。
あなたはすぐに治る。痛みも少ない。なぜなら若いから。
同じく右膝を負傷した女性に、談話室で、ぴしゃりと言われた。
私は、若いらしかった。

退院したらどうしたいの?何になりたいの?
若い私だから、そういうことはたくさん聞かれる。泥のぬかるみに足を取られていても、笑顔で目的地を聞く人はたくさんいた。

よく分かりませんが、ぶよぶよにはなりたくないです。

痛みのない夢は、やがて囁きに変わる。
「あなたは、動いてさえいれば、ぶよぶよにならないと思っているんですか?」
喋っているのは、誰だったのだろう。麻酔の釣り糸か、夕方窓に降り立った鳩か、だらだらと飲み続けて減らないKIRINの生茶か。

めちゃくちゃに、なってみたかった。
抱えているもの、周りにあるもの、遠くに転がっているもの、全てが点になっていて、それを線で繋げたら、どこまでも走っていけると思った。
そういう、論理の飛躍を結びつけてリボンにして走っていく、怖いもの知らずになりたかったのに。

「リハビリは、痛みを伴う場合が多いです。なぜならリハビリとは、必要な痛みのことですから」


ひそひそ声の夢から覚めると、どこかの部屋のナースコールの音が聞こえた。病院はとても早起きで、誰よりも早起きだ。

動いてさえいれば、ぶよぶよにならない、と思っていたのだけれど。
なんなら、動いてさえいれば、めちゃくちゃになれる、と思っていたのだけれど。

筋肉に負荷をかけるのは気持ちよかった。息が上がって、喉が苦しくなることも。
厨房の隅も心地が良かった。定められたアルゴリズムは安眠と似ていたから。

それは逃避の安息が頬を撫でているだけで、自分で輪郭をなぞっているわけでは、決して、なかったのですよ。

ということ、だろうか。私の内部にある痛みや疲労は、私が描いたものではないのだろうか。

「いいえ。少し違います。本来向き合うべき痛みから全速力で逃げることより、我慢できる痛みを用意して向き合った気になることの方が、よっぽどぶよぶよに近いんです」

下半身をCTに入れると、スピーカーからそう言われて、ようやく腑に落ちた。

「あなたはよく頑張っていました。だから思い出してください。あなたの身体で動かないのは、右足だけです


夢のない眠りがようやく訪れるその夜、瞼を閉じる前に、ゆっくりと息を吸った。

あなたはすぐに治る。痛みも少ない。なぜなら若いから。
私は若い。
若いのに、今私の世界は萎んで萎んで、小さな病室の一角になっている。
小さくなった世界を飴玉にして、舌先で転がしながら、美味しいなと思う。
この美味しさは、ぶよぶよから遠かった。

右足以外全て動くこと。若いということ。
それなら例えば、どこが動く?

まなざしを身につけよう。
瞳は動くのだ。いつでも。
だから。
一点のぶよぶよもない、全身に神経の行き届いた、輪郭のあるまなざしを。
私は心に決めて、眠った。


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