傘はささない

傘をささない癖がついて暫く経つ。雨に濡れる自分が好きだから傘をささない。5年前の私へ。あなたは、どちらかというと痛々しい方へ成長します。

濡れ鼠は窮しても猫を噛まずに腹を見せる。
諦念の仕草が年々上手くなっていくのだから。ワイングラスを回したり、ビリヤードのバックハンドと同じようなもの。首にぶら下がっているフェイクダイヤが眩しい、とっとと怪盗に奪われればいいのに。

爆発する日を心待ちにしているのだから、黙っているし、皿も洗う。私は洗濯物を干し、洗濯物を畳み、洗濯物をしまう。お母さんは解放されて怪人になったんだ。じゃあ私は?私は、日常が檻になるまで、ここで淡々と、黙っている。
寂しいとも、やめてほしいとも、一言も言わずにここで待っている。

君の寝起きは本当に不快だ。胃袋の底を蚊に刺されたくらい不快だ。
私は時間のことを言っているんじゃなくて、不快のことを言っていて、君の不快に付き合っていられるほど暇じゃないと言ったんだ。
戻りたいな、幸せだった頃に、戻りたいな、そう例えば、小金井公園のバーベキューで焼きそばを作っていた頃、あの頃、無敵だった私、ソースのかおる煙の間から覗く私の瞳にあなたが食い入ってくれていた黄金の時代、授業で手を挙げればあなたが見惚れてくれた、私の一番綺麗だったとき。

美味しいとは決して言えないけれど、舐めると喉が多少マシになるから、孤独と龍角散は似ている。舐めすぎると味蕾が麻痺するから、尚似てる。

もう、カレーを食べてもキムチ鍋を食べても、味がわからなくなってしまったんだから、あなたは遠く遠くここよりもっと寒い場所へ行ってしまったんだから、そして今でも私のことを覚えているかどうか、わからなくなってしまったんだから、私もここから出て行かないと。忘れないと。笑顔でいないと。

【キラキラ★笑顔の作り方】
①コンビニに行く。
②チェルシーを買う。
③ヨーグルト味を舐める。
④牧場の朝を思い出す。
⑤アイルランド民謡の陽気なリズムを思い出す。
⑥手を動かす。
⑦足を動かす。
⑧踊る。
⑨歌う。
⑩疲れて、眠る。

眠らないと。ゆっくり、お経を読むように。曼荼羅模様に目を回して、気絶するみたいに眠れば、一昨日夢に出てきた港町で、寂れた定食屋のおばさんが、海鮮ラーメンを持ってきてくれる。それを私は食べないで、お土産として河豚の標本を買って、河豚の棘で手を血まみれにする。

                          しあわせ。
              しあわせ。
     しあわせ。
                       しあわせ。
しあわせ。
        しあわせ。
                              しあわせ。


ああ!
どうしよう!
しあわせだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!




だからね。要するにね。思い出せればいいの。思い出せれば生きていけるの。思い出しさえすればしあわせに生きていけるの。というか思い出こそがしあわせなの。
だからね。雨に濡れても大丈夫。爆発する日も楽しみにできる。寂しいとも、やめてほしいとも言わずに、ここで静かに待ってられる。

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