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かわいそうな年末年始

12月31日、朝起きると、一週間延滞していたサンタクロースからのプレゼントが枕元にあった。
袋を開けると中身はFreddie MercuryがThe Great PretenderのMVで着ている白いスーツで、私は歓喜に咽びながらスーツを身につけ、その足で近所の八王子神社へ行った。
除夜の鐘が置いてあったので、蹴っ飛ばす。
神主に怒られた。
「今鳴らすな。昼間に鳴らしても意味ないんだ」
私は怒られたついでに、来年の運気まで呪われた。

「来年のどこかで、この世の全ての受動態がお前に降りかかる。その時は、ゴッホの星月夜みたいな眩暈を起こすだろうから、楽しみに待つんだな」

私は呪いに怖気付いたのではなく、来週の水曜までにフランス語で『キツツキ』という題名で詩を書かなくてはいけない課題を思い出し、神社から走り去った。

キツツキ……昔父から見せられた捕食動画。
きつつき……他所の雛鳥の頭蓋骨を執拗につついて割っていた。
啄木鳥……彼女にとって一番美味しいのは脳味噌らしい。
キツツキ……人間もまあ、一番美味しく出来上がっているのは、脳味噌だろう。

これでよし。あとはこれをフランス語にすれば良い。Je veux ton amor.

午後は自分のベッドに苔を植えた。これは毎年やっているので問題ない。
あと、巨大な糸電話を作って片方を東京ドームめがけて投擲した。お前の言う通り、糸電話って、数分後にはめっちゃごみだね。ああ、言ったのお前じゃなかったか。

その夜見た紅白歌合戦は、衛星の手違いで2079年のものが放送されてしまっていた。見たこともないグループしか出ていなかったので、すぐに消した。

大晦日の夜はしゃぶしゃぶを食べると決まっているので、沸騰した鍋を囲んで生肉を湯にさらす。そうして食べる。これを順々に繰り返す。するとラスト一枚の肉を潜らせた後に、鍋の湯気から任意の人間が立ち昇ってくる。
今年は八王子神社の神主だった。私以外の家族三人はがっかりして食卓から去ったが、私は腰を抜かして立ち上がれなくなっていた。
「呪いを忘れるな。この世の全ての受動態が、お前に降りかかるんだ」
神主はそう言って消えた。

その夜部屋に行くと、糸電話の片方がベッドに転がっていた。私はそれを抱きしめながら眠った。苔の緑色の匂いで、初夢のない深い眠りと一緒に朝へ向かった。

起きると、糸電話の紐は切れていた。「切られていた」。
苔は私の寝返りで「むしられていた」。
空気に「触られ」、空に「睨まれ」、言葉に「見捨てられていた」。
私はFreddieのスーツを着たままで、いや、「着られていた」。
あ!
それだけ叫んで外に転がり出て、倒れる。キツツキがやってきて、私は「食われた」。脳味噌を執拗に「つつかれた」。視覚野を突かれたとき、夏祭りの花火のような盛大な光が世界に飛び散り、一瞬で暗転し、もう一度、今度は墨汁のシミをつけるようにぼんやり光が回転し、暗闇は渦を巻いた。脳味噌をつつかれるのは、案外気持ちよかった。

来年のどこかで来るはずの呪いの日が、まさか1月1日とは。こりゃ魂消たね。
しかしどうしてかな。煩悩を馬鹿にした罰か。でもなぜ?作法は忘れなかったはず。腰からお辞儀して二礼二拍、柄杓は口に咥えて頷くこと三回、柄杓から溢れた水は全部綺麗に飲み込むこと。誦じることができるくらい、覚え込んだ作法なのに。誦じることができるくらい、覚え込んだのが良くなかったのかな。
作法で人を苦しめたんだから、今度は作法で「苦しめられる」番ということね。なるほどね。

というわけで、年末年始はもうすぐ終わる。私は朝から満天の星空を駆け巡っている。どうせこんな格好だし、歌でも口ずさむ。
I'm wearing my heart like a crown…
Pretending that you're, pretending that you're still around…

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