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煌めけ!ファム・ファタール☆プリキュア

「足のお加減はいかがですか?」

ドクターが訊ねた。

「今ならロコモアのCMにも出られそう、ってところね。フフフ……」

クランケは伊藤潤二の富江に似せて笑った。数いるファム・ファタールの中でも、富江は彼女の好みだ。けれど、彼女が誰かのファム・ファタールになれる日など、来るのだろうか?

「何をして過ごしているんですかね」
「お香を炊いているわ。祖父が送ってくれた、『日光の香りのお香』よ。ねえ、『日光の香り』っておひさまの香りってこと?それとも東照宮の匂い?前者だと思って火をつけたら、後者だったんだけれど」
「痛み止めは必要ですか?」
「要らないわ。それよりレターパックが欲しいわね。大学の図書館で『図解 黒魔術』を1カ月延滞しているから、郵送返却したいのよ……」
「飛躍を防ぐ御クスリ、出しておきますね」
「結構ね。ドクター、それって人生の飛躍も防いでしまう、みたいな副作用はないの?」
「それは貴女が、市長から総理大臣になるみたいな飛躍ですか?」
「いいえ、バタートーストに七味をふりかけていたら日曜日が終わってしまった、みたいな飛躍よ」

ドクターは無言でパソコンに「御クスリ」と打ち込んだ。ドクターが防ぎたい飛躍は、まさしく今クランケが例示したようなもので、それを副作用の対象だと思っている彼女には、説明しても無駄だと判断したのだ。

「まさか、ドクター。私が鼻血を止めるのに一週間かかったことを知っているの?私には飛躍が必要なのよ、無益な飛躍が」
「君は少し、興奮しすぎていますね。それに日曜日は、プリキュアを見て過ごすものだ」

クランケはトボトボともと来た道を帰った。
できればドクターのように生きたかった、という嫉妬心をゴンゴン火にくべて、彼女の脇はじんわり汗で濡れ、唐突にガリガリくんのコンポタージュ味が食べたくなった。

あれ、口の中で溶かしながら食うと、とうもろこしのビシソワーズになるから、高級レストランに行った気になるんだ。

彼女の昔の恋人が付き合う前にこんなことを言っていた。
ガリガリくんのコンポタージュ味をビシソワーズに変えられるところが好きだと思って付き合ったけれど、サイゼリヤでエスカルゴを五皿平らげたのを見て、別れてしまった。

家に着いてテレビをつけると、ドクターの計らいが効いたのか、プリキュアだった。クランケは病院からもらった三色団子を貪りながら、無言でテレビを見つめていたが、この子たちはこんなに可愛くて強いのに、「運命の女」ではないのかしら、と急に思い立ち、早速プリキュア委員会に電話をかけた。
しかし、応対したのはジャパネットタカタだった。

「奥さん!Microsoftの電動歯ブラシ、今なら最安値ですよ!」

クランケは、「すみません、胃腸が悪くて」と言って荒々しく電話を切った。

仕方ないので、私が変身しよう。
と、クランケは深呼吸して両手を広げた。

変身!煌めけ、ファム・ファタール☆プリキュア!

見よう見真似だったのに、意外とうまくいった。
左目の下にホクロが生まれ、髪型はギュスターヴ・モッサの『彼女』そっくりに変わり、服装はビアズリーのサロメ、「ダンサーの褒美」の時に描かれていたものに酷似していた。

ときめく誘惑、残虐な拒絶!キュア・コケットリー!

決め台詞も、バッチリだ。

クランケは喜びのあまりドクターがいる国立龍角散病院に電話をかけた。ドクターが出ることを祈ったが、残念ながら電話口の相手を指定することはキュア・コケットリーにもできず、受付の看護師が電話をとった。

「やっぱり日曜日はプリキュアで過ごすべきね。ドクターは正しかったわ、私の負けよ、でも圧倒的な勝利が私にはあるのよ、って伝えておいて頂戴」
「わかりました。でも御クスリは処方したものを最後まで飲み切ってくださいね、あれ抗生剤なので」
「御クスリは一粒も飲んでいないから大丈夫よ。でも、勿体無いわね。アクセサリーにしても大丈夫かしら?」
「いいえ、貴女は飲みましたよ。三色団子を食べたでしょう」

クランケの頭に血がのぼった。こんな屈辱は初めてだ。

「あ、そうだ、ドクターからも貴女に伝言がありますよ。『御クスリ飲めたね(いちご味)』だそうです」

クランケは電話線を犬歯で噛み切り、生理現象としての涙を流しながら宙を見つめた。考えなくては、今、私の中の愛が腸重積を起こしているから、高圧浣腸をしてあげないと……

そしてクランケは飛び立った。電話の相手を指定することはできなくても、空は飛べた(そりゃあ、なんてったって、プリキュアだもの)。

昔の恋人のところへ行こう。
そして今のこの姿で、「あたしのかわいい坊や、貴方のお腹に30匹のカタツムリがいるのよ」と囁こう。
私はファム・ファタール☆プリキュアのキュア・コケットリーだ。何も怖くない。
ドクターも、御クスリも、三色団子も。

キュア・コケットリーは、使命感を持って東京の空を滑った。

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