見出し画像

考えるから色づく

最近好きだった人のこと。

バイクに乗る人だった。だから、自転車を漕ぐ帰り道は、点字ブロックの上は滑ると言っていたことを思い出す。特に雨の日は。
気を付けなきゃ、と思うその先には必ず黄色のウインドブレーカーが浮かぶ。
仕事終わりの暗い夜道には、そんな些細なことが心に来る。一度も心によぎることもなく終えようとしていても、そんなのはずるい。点字ブロックの話なんて、今後誰が上書きをしてくれると言うんだろう。

いつも無理に出会いを見つけて忘れてきたから、恋はわりと簡単に終わらせることができた。
だけど今回ばかりは無理だ。あの人でだめだったならもう、きっとつまらない出会いは、もっとつまらない結末を迎えるだけだ。
なんとなくわかっている。
私が何度も思い出すからいけないんだろう。どこにも存在しえなかった未来はもう過去にもなりきれず、そこからずっと離れられない。

目の前にいないときも、私のことを不安にさせない人だった。そう思っていた。
私が細かく気にしてしまうところを、大したことないよって笑ってくれた。過剰なくらいの言葉も何度かくれた。急にいなくなったりしないよ、とも言ってくれた。
だけど今、私の生活のどこにもいないし、最後の日はさよならさえも言ってくれなかった。

東京に行くんだ、と教えられたのは夜ご飯のための買い物をした帰り。さらっと言ってのけた言葉が、ずどんと胸に来た。
そうなの、と答えたきり、静かになってしまった。下手に本音を言うと泣きそうになるから、こういう時は黙ることしかできなかった。
そんな私に、何、寂しいの、と茶化した後、かわいいね、と言って笑っていた。
寂しいに決まっている。余裕なのがむかついた。

ふたりのごはんのための買い物途中。
ふたりのことなのに、ひとりだけ、終わりがあることを知っていたっていうこと。
私はそういうことを気にする性格なのに、彼は違うということ。

私の誘いを断ることはなかった。口実を付けて誘うと、じゃあ何日後ねって、絶対にそういう言い方をした。それなのに、ありがとうとかさよならは言ってくれなかった。
そのくせ、私を突き放さない。
どの辻褄も、私からすれば合っていなかった。

電話で好きだよと伝えた私への返事はありがとうに近いものだった。気持ちには応えられない、期待をさせるようなこともしたくない、と言った。

その日以来会話することはなくなった。
引越し前にお世話になるかも、なんて言っていたことも無かったかのように、そのまま黙って大阪を去った彼を私は少し責めた。
そうしたら珍しくムッとした様子で返信が来て、ああもうだめなんだな、と思った。
それが最後だった。

前に一度、ログインできなくなった私のパソコンを直そうとしてくれたことがあった。その時は直らなかったけれど、使わなきゃいけなかったから、もう一度1人でいろんな方法を試してみた。

やっとログインができた時、1番に伝えたくて、だけど返事はいらないからストーリーにだけ載せた。見てくれるだけでいいと思った。
翌朝見ると、そのストーリーには彼からのいいねが付いていた。そういうところだった。
険悪に終わったと思っていたのに、そういうところで、どうしてまた優しくするんだろう。

わかっている。与えてくれた優しさは、彼が恋人ではない私にでも、これくらいなら与えられると思えるだけの分量だったこと。
あの日はっきりと言われた。
友達として好きだし、今ももっと私を喜ばせる言葉や行動はあるけれど、それをすることが良いとは思えないと。
合理的で、効率的。
要するに、優しさを沢山持ち合わせた上で、全部はあげられないと言われたのだった。眩しかったのは釣り合ってなかったからなのかと、現実が残酷に見えた。

受け止めてくれる人だった。だからか、どこかでいつも見守ってくれているような感覚があった。その余韻が、会えなくなった今もまだある。
好きとか好きじゃないとか恋人とか友達とか、そんな議論が私たちを分断しただけで、それがなければずっと変わらずいられたはずだった。
その気持ちが少なからず彼にもあるから、彼から教えてと言ってきたSNSで、今も繋がっているのだろうか。
恋人にならないならそれでいいと、私はもう終わらせてしまおうって思ったのに、彼の方がそうしてくれなかったことに、本当は救われているのかもしれないことがどうしようもない。


私まだ、言いたいことがあったよ。
あの日楽しく飲んで話した記憶がずっと褪せない。食べこぼしをして、つい謝って、さっきからじゃない?と本当はとっくに気づかれていて、だけど気にしてないよって言ってくれたような些細な温かさがずっとずっと残っている。

溜め込まずに話して、と言ってくれた。
話せないならお酒でも一緒に飲めばいいんだし、って言ってくれた。
なのにそれっきりなんだ。そんな夜なんて来ないまんまだった。優しさに間違いはなかったのに、不用意に心を許して傷ついてしまったせいで。

2人で聞いた邦ロック。
ライブに行きたいなって一言に、真意なんてないんだろう。思ったことを口に出しただけ。いつもそうだった。
だけど私はその真意を探ってしまうような女だから、行きたいね、とか、行きなよ、とか、そんなつまらない返事しかできなかったよ。

あの時なんとなく聞いていた歌の歌詞を、最近になって知ったりする。こんなにも私の心とあの日々に沿う歌詞だったなんてと、1人で帰る夜道でやっと気づいたりして、何度も切なくなれてしまう。思い返すほどにまた色づいてしまう。
もう、彼のことをどうにかしたいと思うわけじゃない。ただ、何回も何回も思い出して、分からないことを考えてしまうだけ。

ちなみに最近聞いているバンドの歌詞はこう

時々食らってしまうんだ はるかに予想を超えすぎてた 愛の言葉なんて必要なかった

別にまだ終わった訳じゃない気がして
毎日遠ざかるあの頃を今も求めてる

別に僕らなんて言ったって ここには僕だけさ

FOMARE / REMEMBER

べつにただ、今も覚えてるってそれだけのこと。
いつか答え合わせができればいいなって、私は思ってるよ。君はどう


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?