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Halloween World 其の参

 吸血鬼領とキョンシー領は隣り合わせだ。故に、墓場の管理はそれぞれの領主が手分けして行う。そう、私たち三人で取り決めた。

 船員たちがバタバタと船上で駆け回るのを横目に、私は船長室で地図と調査資料を睨んでいた。
(茉莉の忙しさは、明らかに悪霊とアイツのせいだが……この具合だと、あちらも忙しいはずなんだよな……)
 悪霊が自然発生することは、まずない。こちらの世界の住民は皆、自由気ままに生活している。未練を残して死ぬヤツは、ほぼ皆無と言っていいほど少ないのだ。この大陸がまだ圧政に苦しんでいた頃は、王への恨みを抱えていた者も多かったが、もうそんなヤツは私たち三人で鎮めた。みんな、墓の下で眠っているだろう。
 この世界に出る悪霊は、たちの悪い人間の霊がこちらに迷い込んできたものだ。
 そのせいで、茉莉や陽真理にいろいろな皺寄せが来ている。
「その皺寄せが、今はあまりに多いんだよな……」
 自領から届いた緊急の報告書には、最近になって急に悪霊が活発になっている、という旨が書かれている。墓場のない領地にまで話が行くというのは、かなりの異常事態だ。
「船長ー! 少しは手伝ってくださいよぉー!」
「お前らでやれる範囲だろー? 頑張りなー」
「えぇ〜!」
 そろそろ墓場の横を通る頃だ。近くを航行しているから、すぐ見えるはず。
「船長ー! 墓場横につきますよー!」
「分かったー」
 もう一度見てみなければ、詳しいことは分からない。
 甲板に出ると、ちょうど墓場のすぐ横を通っていた。
「やっぱ、気味の悪い場所ですね……」
「そりゃあね。墓場はそういうところだ」
 スパイグラスを手に、墓場を覗く。
「……多いな」
「多いって、何がです?」
「あれ、見えないんだっけ?」
「ご領主や狩人みてぇな目は、持っていやせんです」
 悪霊を視認できるのは、三人の領主と討伐の免許を持つ者――俗に狩人と呼ばれる者――そして波長が合う者だけだ。ちなみにこの船には、免許持ちが数人いる。
 悪霊が墓場を彷徨くだけなら、大して問題はないのだ。それらが住民に取り憑くのが、問題なのである。
 今の墓場には、悪霊と思しきものが彷徨いている。しかもかなりの数が。
(茉莉の仕事があれだけ忙しくなっているのなら、陽真理のとこも相当だろう。狩人も、足りていないかもしれない)
 悪霊狩りはそれなりにコツがいる。私たち三人は例外だが、通常の狩人も苦戦する相手だ。ここ船の船員は私が鍛えているのから、大抵の相手ならば簡単に倒せる。悪霊となれば話が別だが、そのあたりの法を無視すれば簡単だろう。
「もう少し近づきます?」
「いや、これ以上はお前らにも影響が出る。様子見はできたから、あとはまっすぐキョンシー領へ行こう」
「分かりやした」
 出るぞー! と、大きな声とその返事が船内に響く。
 スパイグラスをしまい、室内に戻ろうとしたその時だ。
 ――……た、すけて……
 ――いかない、で……
 振り向くも、そこには誰もいない。当然だ。私のすぐ後ろは、海なのだから。
「……誰、だ……?」
 墓場には、相も変わらず悪霊が彷徨く。
 少し経つと、船はキョンシー領に向けて動き出した。墓場もどんどん遠ざかっていく。

 後に私は、自分がこの声の意味を深く考えなかったことを酷く後悔することになるのだった。


 船でキョンシー領の館に行くのは、少々遠回りになる。墓場の様子を見るには仕方なかったものの、陸から行く方が早い。
 船から降り、港にある馬屋で馬を借りた。
「どこまでだい?」
「領主館まで。館近くの馬屋に返すよ」
 さすがに徒歩では時間がかかる。
 馬を走らせ、約一時間。馬を返してから館の敷地に行くと、茉莉の屋敷と違って警備はそれなりにいる。
「あれ。抜け道、まだ塞いでなかったんだ」
 私がいつも入る抜け道は、陽真理の配慮で今でも塞がれていないらしい。だが、警備上では問題視するべきだと思う。
 あの子の楽天的な考え方には、これまで何度も助けられてきたが、その分の危うさも感じる。
 植え込みの隙間を潜り、その目の前にある窓が執務室である。いつもはそこにいるが、今日は別だ。
「会議室まで行くの、面倒だなぁ……」
 いつも通り窓から入り、がらんとした執務室から会議室へと向かう。
 階段を上がってすぐのところにある扉が会議室だ。いつも通り、聞き耳を立てる。
「……霊の被害がーー」
「しかし、それではーー」
 やはり悪霊について話をしている。被害もあるらしい。
(このまま行った方がいいかな……あ、)
 巡回していたのか、見覚えのある兵が小走りにやってきた。
「何をやっているんですか、マナ殿!」
「こんばんは〜。また会ったね」
「呑気にまた……」
 彼も茉莉のところのアラン君と似て、かなりの苦労人らしい。
 すると、会議室から気になる言葉が聞こえた。
「吸血鬼領での悪霊狩りは、大陸内でもトップクラスです。あちらのサポートをこちらでする、という形でもいいのでは?」
「それでは、あちらの負担が大きくなる。我らも前線に出るべきだ」
「だが戦力が足りない今、確実にやれる手段を――」
「……」
 ここの役人どもは、何を考えているのだろう。領地のため、民のための最善の行動を決めるため、この会議はあるはずだ。
 なのに、コイツらはそれを理解していない。
 感情に流されて行動するのは、三下のやることだ。分かっている。だけど、あの子への侮辱は許せない。
 ノブに手をかけ扉を開けるのと、中で誰かが立ち上がるのは同時だった。
「お前たちはーー」
「皆さんお久しぶり〜……と、ありゃ。邪魔しちゃった?」
「ま、マナ……?」
 音を出して立ち上がっていたのは、キョンシー領領主・陽真理。彼女もまた、私や茉莉と共に革命を起こした同志である。
 あの子も私と似たような理由で立ち上がったのだろうが、領主という立場では言い方も厳しくできないだろう。
「来て早々悪い話なんだけど……茉莉ね、つい数時間前に過労で倒れた」
「なっ、?!」
 一瞬で会議の場はどよめく。私は彼らの考えているであろう策を、根底から否定することにした。
「あっちでも、連日仕事がドンドン溜まっていっててね。とてもじゃないが、他の領地も背負うことなどできない。こっちの領地と違って、あっちはかなり切羽詰まっているよ。本人がいつも出向いて討伐しているし」
 一度でも口を開けば、それは止まらない。
「いくら君らの戦力が少ないとはいえ、戦闘特化の領地に丸投げするとか、そんな甘い考えなんて持たない方がいい」
 陽真理の表情は、心配に歪んでいる。この子も大変な立場にいるのだ。自分は役に立たないと分かっているから、任せるしかない。それでもできることをやりたい。
 そうやって頑張っている彼女の気持ちを、この役人どもは知らないのだろうか。
「他領に甘えるな。かの領主は、もう限界に近いのだから」
 やっと自覚した。久々に私は、怒っている。上に立つ者の気持ちを、少しも理解しようとしない愚か者どもに。
 私が言い終えると、陽真理以外の役人は顔を真っ青にして俯いた。そこで陽真理は、区切りをつけるように大きく手を叩く。
「今夜の会議はこれで終わりです。次回までに、対処法をまとめてくるように。それらを精査し、早急に対策を練ります」
「「御意」」
 その言葉で締め括られ、お開きとなった。全員が出て行くと、会議室は私と陽真理だけになる。
「マナ……茉莉が倒れたというのは、」
「残念ながら事実だよ。ま、正確に言えば、私が休ませた、が正しいけど」
「は……?」
 予想通りの困惑顔に、呆れを含んだ笑みが溢れた。
「あの子、何日もワインとか輸血用の血で誤魔化して、体調悪化させてばっかりだった。だから、私の血を飲ませて寝させた」
「つまり、過労で倒れる前に休ませたってこと?」
「そうだよ……で、さっきの話、本気だったの?」
「そんなわけないわよ。こっちの問題は、こっちで何とかする。それが統治者の仕事よ。茉莉に全てを押し付けて、放置したままでいいはずないでしょう?」
「なら、アイツらの世迷言か」
「そうよ。でも……なかなか止められないの」
 陽真理も、茉莉と同じくらい真面目で仕事バカだ。本気で統治のことを考えると、そのことに集中して他のことに目が向かない。
 私はため息をついて、彼女の横に座った。
「君の長所を、最大限に利用すればいいのに」
「利用しようとして、この結果なのよ」
「違う違う。腹黒のほうだよ」
「……はぁ?」
 急に陽真理は小さく微笑み、黒い雰囲気が漂う。
 これ以上彼女の尻尾を踏まないよう、私はさっさと話を変えた。
「考えたことがある。茉莉が過労で倒れそうになっていて、墓場の悪霊が活発になってきていて……これは、何かある」
 自分で話していて何だが、確固たる証拠を見せられるわけじゃない。共に墓場に行けば分かる話だけど。
「何か、とは? その根拠も話して」
「ただの勘」
「……マナ?」
「と、いうのは半分冗談で」
 あはは、と冗談を笑い飛ばし、墓場の異常を伝えた。
「なるほど……悪霊が彷徨くほど活発化しているなら、こんな部屋で口論している場合じゃないわね」
「そうだよ。だから、久々に三人でやらかそうじゃないか、って誘いにきた」
 三人で対処ができれば、それだけ各個人の仕事量は減る。
 陽真理は予想通り、ニッと笑った。
「いいわね。その誘い、乗るわ」
「だと思った」

 あとは茉莉を流れに乗せるだけ。墓場の一件を片付けるには、あまり時間はかからないだろう。
 そう、悠長に構えていた時もあったのだった。


 〜〜続く〜〜

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