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花粉と歴史ロマン その8 花粉がつなぐ研究者たち

英国を代表する花粉分析の教科書

1 英国の研究者との出会い


左:Godwinのソフトカバーの教科書:詳細なデータ集でもあるが、欧州の植物相の歴史を、網羅する詳細な文章とグラフは、手作業の編集努力を考えると、英国の植生史の金字塔と言えるでしょう(Dr.Peterより、帰国時にプレゼントされたもの)。
中央:Dr.Peter先生とWebb氏の簡潔で丁寧な英文で書かれた良書です。留学生仲間にとって、共通のバイブルになっていました。
右:同じく、Dr.Peter先生他2名による鮮明な走査型電子顕微鏡写真を中心にした教科書(£4.95!!!)です。初めて見た時は、隔世の観がありました(大袈裟かな)。

1)Dr.Peter先生とWebb氏の教科書から、感銘を受けました(先生と会う前に)。その序文から説明しましょう。( )は、私の意訳です。
This book seeks to do a number of things.
(この本は、多くのことを行おうとしています。)
〜中略〜
We have considered the errors inherent in palynological techniques and data and have reviewed the methods currently available to reduce these errors to a minimum.
(花粉分析の技術とデータに内在するエラーを考慮し、これらのエラーを最小限に抑えるために現在利用可能な方法を考察しました。)

たくさんのことを行おうとしている」の書き出しは、大学の学部生を対象に「学ぶべきたくさんのこと」があるよ。と聴こえるのです。

内在するエラー」他の学問分野にもあろうかと、思いますが、花粉分析には固有のエラーが存在することを、実直に示し、しかも、そのエラーを無くすのではなく、最小限にする方法に触れています。おそらく、著者自身の識別に関する誤りを指していると思えるのです。そこで、これから学ぶ人たちに対して、検索方法や形態に関する記載を簡潔にまとめ、さらに精妙な写真を添えてエラーが最小になるように編集していることが、伝わってくるのでした。

2)Dr.Peter先生はポケット植物図鑑の導入部分に、ここでも彼の人柄を感じましたので、紹介しましょう。

£6.99

The sheer beauty of wild flowers needs no emphasis, yet their enjoyment can be greatly enhanced when spiced with more understanding of their construction and relations to one another.

以下、意訳(誤訳?)します。
( 野生の花の清楚な美しさを強調する必要はありません、ただし、その構造と互いの関係をより深く理解することでスパイスを効かせた時、その楽しみが大幅に向上します)。

 sheerは知らない単語でした。pureと似た意味を持つことを知りませんでした。
ロックバンドのQueenのアルバムに「Sheer Heart Attack」がありましたので、
この訳を調べると、「心臓を一撃」だそうです。
 クイーンの「心臓を一撃」は、何やら自分の殻をやぶるための、強い告白のような感じでしょうか? sheerの使い方、面白いですね。

 また、花の構造や仕組みを知ることがスパイスを効かせる。この表現自体がスパイシーですね。甘いばかりが美味しいと感じる子供時代、その先にあるスパイシーな世界があることを教えているようです。さらに、次の部分も、見逃せません。

One valuable feature of plants is their immobility - but this also makes them vulnerable for they are easily destroyed by careless misuse.
( 植物の貴重な特徴の 1 つは動かないことですが、不注意な誤用によって簡単に破壊されてしまうという脆弱性もあります )。

いかがでしょうか?植物は動かない。誰もが知る事実の中に、人間に脅かされやすい植物の脆弱性を諭しているのです。植物には特有の強さもあれば、「か弱さ」も秘められているのです。
私が初めて、彼の研究室を訪ねた時、ドアの内側には日本語で、シクラメンの原種探しを戒めるポスターが貼られていました(日本人が来るとわかっていたのにね、少しスパイシー)。

2 日本の教科書(私にとって)と副読本

左:『花粉分析」中村 純著、右:「花粉は語る」塚田松雄著

 中村先生の「花粉分析」は、1967 年発行です。53歳で執筆されましたし、
 塚田松雄先生の「花粉は語る」は、1974年発行です。44歳の時です。
お二人は、師弟関係にあり、中村先生の「まえがき」には謝辞に塚田先生と山中三男先生のお名前があり、塚田先生の本のあとがきには、先生の科学的思想を育まれれた学者として中村先生のお名前があります。

 今、このnoteをご覧いただいている若い人には、人のつながりにロマンがあることを感じて欲しい。中村先生と塚田先生の年の差は16歳です。
親子でもない、兄弟でもない、この微妙な年の差を通して、学べる関係ができる。しかも、互いに尊敬しあっているのです。それは、花粉を通して、p.18にはマツの花粉をめぐるお二人のやり取りがあり、p.73には北海道へ泥炭という宝探しの採集旅行の様子から、解ります。
 私が過ごした大学の寮の近くに、漱石門下の寺田寅彦の生家がありました。小さな家で、親しみを感じたものです。漱石を師と仰いでいたかどうか知りませんが、漱石を中心にした師弟関係にも憧れました。自分には「師」を必要としないと言い切る強い友もいました。
 が、しかし、数年であっても、中村先生から受けた私の経験が、その後の人生に深く関わることを伝えたいのです(こういったクダリは授業の脱線と言って、若い頃は歓迎されましたが、最近では流行りませんね)。

 さて、中村先生の本は、古今書院のグローバル・シリーズの1巻で、700円でした。古生態学の講義の教科書として活用しました。塚田先生の本は、お馴染みの岩波新書です。専門書ではなく、教科書を超える面白さがありました。
副読本として、大いに役立ちました。

これらとは別に、何回も何回も何回も顕微鏡の花粉と見比べたのが、島倉先生の花粉の写真集です。

嶋倉巳三郎著「日本植物の花粉形態」1973、右の変色部分が私です。

3 花は似てても花粉は違う

 島倉先生に直接お会いすることはありませんでしたが、今でもこの本を通して先生のお人柄を感じます。表紙の花粉は、カボチャです。観察しやすい花粉を表紙に取り上げたことに、やさしさを感じます。繰り返しながら、花粉の世界のまとまりが学べました。

 正誤表が挟まれていました。通常の誤記の中に、Spinulateの発音に関して、スパイニュート(誤)、スピニュレート(正)また、Gummateの発音にも、グンメート(誤)、ゲンメート(正)など、正確な記述に徹する姿勢に頭が下がります。

「日本花粉学会」創設の基盤となった、花粉研究会の機関誌である「花粉」1973年第4号、第5号には、島倉先生の論説「花粉の形質と植物の分類」(1)、(2)があります。
 花粉の形態は属としてのまとまりを持つ反面、同一属内における多様性を問題にされおり、1.オオケタデの本籍は何か?2.サンショウとイヌザンショウ、3.いずこに行くかキヌガサソウ、 4.お茶をのむ前に一言、5.ベースアップのFamily(科)たち、など、表題を見ただけでも興味が惹かれます。

特に、続編の(2)では、6.「いずれをアヤメとひきぞわずろう」とあり、源三位頼政の故事をなぞられるなど、教養人の品位が示されています。昔の学者の持つ精神的豊かさ、憧れますね!

アヤメでしょうか?花の中央部分に網目が見えます。

(1)の最後に示されていた、ハス科とジュンサイ科に関する、ハス属(Nelumbo)を問題を紹介しましょう!

左から、スイレン・ハス・オニバスの花

 スイレンとハスは、花が似てますね(昔、花の咲いていない桜の木がわかりませんでした。花は分類の重要な部分です)。
島倉先生は、Erdtman(1952,1954)の花粉観察をふまえて、ハス属の花粉が、スイレン科の他の属と異なることから、スイレン科をハス属を含むNelumbonaceaeと、他のCabombaceaeに分けるErdtman説に同意しています。
現在は、別の科に分類されていますが、分子による系統分類が発達する前の、分類体系の見直しには、ロマンを感じます。

オニバスの花粉(花粉粒には1本の溝が取り巻いています。
ハンバーガーに例えるとわかりやすいかな。
コウホネ属の花粉(棘が多いのですが、溝が1本取り巻いています)
これも、ハンバーガー型です。

さらに、ロマンです。Erdtman(1952)は、中村先生(1943)の論文を引用されていました。中村先生のスケッチを転写します。

1:コウホネ属、4:ヒツジグサ属
ともにハンバーガー型なのですが、
左:大賀ハスの花粉(撮影:叶内さん)、右:堆積物中に産出したハス属花粉
表面はシワ模様ですが、3本の溝があります。

大賀ハスと堆積物中のハス属との関連など、花粉の形態に関する今後の研究に期待します。

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