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第一章 第二十話 ヴァンベルグの悪魔

アツキは城門前で腕を組んで待っていた。

「申し訳ありません!
すでに来ておられるとは‥‥‥」

「謝る必要は無い。俺はあの人に鍛えられたから
時間前に来るのは癖みたいなもんだ」

「確かにリュウガ様を待たせる訳にはいきません
からね。何となくですが、分かります」

「ところでお前はどっちだ?」

「あ! 初めまして! バイオレット・ハーツと
申します! アツキさんと同行できるなんて
夢みたいです!」

頬を赤らめながらアツキを見つめていた。

「ん‥‥‥そういうことか! またやられた」

がっくりと下を向きながら笑っていた。

「どうかされましたか?」

「いや、あの人が言うには俺はモテるから
少しは女ッ気を出してる子はお前に気がある
だから、少しは優しくしてやれって
よく言われてんだ」

「アツキさん、ご自身で気づかないのですか?」

「何のことだ?」

バイオレットはアツキを見つめながら観察でも
しているかのように、可愛い仕草でせめてみたが
まるで効果が無かった。

不満そうにしているバイオレットにアツキは
問いかけた。

「何が言いたいんだ? 教えてくれ」

「アツキさんは凄い人気があるのに、あ!
そう言えばサツキさんもすごいモテますしね。
二人とも人気があるのに、異性に興味とか
ないんですか?」

「そんなことは無いよ。興味はあっても
どうしたらいいのか分からないだけだ。
そんな事より、もう一人は遅いな」

「まだ指定された時間までありますから、
オシャレでもしてるんだと思いますよ」

アツキは不思議そうに問いかけた。

「オシャレ? まるで見世物でも見に行く
みたいだな」

「だ・か・ら、アツキさんがいるからですよ」

そう話していたらカミーユが来た。

「アツキさんお待たせしました」

「いえ、まだ来てないのがいて、
こちらこそすいません」

「すいません! あ! カミーユ王子まで!
本当にごめんなさい!
私はヒール・アンジェラと申します!」

「こちらこそよろしく頼むよ」

カミーユがアツキを見ながら、

「あと一人ですね」

アツキは俯きながら呟いた。

「まだ来れないかもしれません」

その言葉でカミーユは察した。
あと一人はサツキなんだと。

「カミーユ王子は大丈夫ですが、
二人とも油断は禁物だからな。
自分の身は自分で守るんだ。
リュウガ様だけは単身でリュシアン王子に
加勢に行くが、悪魔に魂を売った兵士が
いるかもしれないから気をつけろ。
リュウガ様の話だと、二人ともデキるから
心配は必要ないと言っていたが、
本当に大丈夫なのか?」

二人は顏を見合わせて、
「頑張ります!!」と言ったが、
アツキ的には益々心配になった。

「それでは行きましょうか」

「兄さん! 私も行くわ」

アツキはサツキの方を見ながら
目を落として心配そうにしていた。

「無理しなくても大丈夫だ。今回の任務は
俺たちだけで済ませるから休んでろ」

「レガ様みたいな人になりたいの。
だから私は行くわ」

そう言われて言い返す事は見つからなかった。

「分かった。それでは行きましょうか。
少し時間遅れしてますので急ぎましょう。
王子の愛馬はユニコーンなので、
すぐに到着なされるでしょうから、
余裕を持ってお願いします。
我々のも良馬ではありますが、
王子の愛馬とは比較にならないので」

「分かりました。アツキさんたちのペースに
合わせていきますね」

「よろしくお願いします。それでは参りましょう」

皆が出発したのを気配で感じ取っていたリュウガは、
ベッドの中で体に抱きついているミーシャの頭を
撫でながら、自分も癒されていた。

「大丈夫。ミーシャが寝て起きる頃までには
戻れると思う」

「こうしてる時が一番幸せ」そう言って抱き枕でも
抱くように、か弱い力で抱きしめてきた。

「明日、天気が良ければ市場にでも行くか?」

「もういいの?」

「ん? ああ、レガのことか‥‥‥俺たちは‥な」

「なら天気が良かったら行こうね。御父さまには
市場を再開していいって、私から伝えておくね」

「ああ、そうしてくれ」

静かな時が流れていくと、ゆるやかな寝息をたて
始めた。リュウガは彼女の手からすり抜けると、
普段は身につける装備をせずに、黒衣も付けず、
愛刀もそのままにして、馬小屋まで下りると、
アニーは寝息を立てていた。

少し撫でていると、目を覚ましたが、そのまま
休むように呟きながら撫でると、気持ち良さそうに
していた。

久しぶりに走る事にしたリュウガは、自分自身でも
楽しみになっていた。緑の香りを風が運んできて、
深呼吸をつくと、正に風になっていた。

その速さは自分でも驚くほどのもので、
まだ本気では無かった事から、リミットを外して
加速して加速して加速して疾走した!
風が後からついて来るように、時差を置いて、
彼が通り過ぎた後に、緑が揺れていた。

(もっと!もっと!もっと!もっと!もっとだ!)
リュウガは強く思うほど、彼の身体は期待に
応えてくれたが、その気持ちは己の心の痛みから
きていた。

彼は前方に騎兵隊を捉えた。アツキたちである事は、
すでに分かっていたが、(限界までいきやがれ!)
と気持ちを込めると、
彼らの間を追い風が抜けて消滅した。

サツキも来ていた事を確認できるほど、高速の中に
あっても、眼力も活性化していた。

「どうどう! 今の見たか!?」

「ええ。凄い‥‥‥本当に凄いわ‥‥」

「何が起きたんです!?」

アツキとサツキだけが、信じられない顏で
見合わせていた。

「リュウガ様です」

「?」二人の女性は何も分からない表情を
見せていた。

「あの人なら必ずレガ様の仇を討ってくれるわ!」

心に閉じ込めていた諦めかけていた希望に、
火が灯るのを感じるように、希望が湧いて来た。
サツキの瞳は輝いていて、笑みを生んでいた。

「急ぎましょう!」

アツキがそういうとサツキは続いて行き、
何が起きたのか分からない三人はその後に
不思議そうにしながら続いた。

中でもカミーユの愛馬であるユニコーンは
リュウガの脚力を見て、ライバル心に燃えていた。
突然、主のペースでは無く、
己の全力で駆け出し始めた。

一騎駆けしていくカミーユであったが、
その先にはリュウガがいる事から、
心配はないと思いながら追いかけて行った。

時間前に到着したリュウガは周囲を警戒したが、
問題なさそうだと思わせた。
明らかに自分を見ている輩がいるのを感じとって
いたが気づいてないフリをした。
気配を殺しているのか、気づかせようと
しているのかが分からない程の強さである事は、
戦い慣れた身体で感じ取れていた。

視線は一本しか無かった事から、
緩急をつけて、体を風に吹かれる柳のように
揺らす事により、目を慣らさせてから
姿を一瞬で消した。あたりに目を配ったが、
どこにも居らず、上空を見上げていると、
背後から声が聞こえた。

「何者だ?」

「私は敵では無い」

「そんな事はどうでもいい。
普段なら二度目は無いが、事情があってな。
だが三度目は無い。何者か今すぐに答えろ」

背後にいながら絶対的な圧力を感じた男は
言われた事に対して答えた。

「レオニード・ラヴロー。
リュシアン王子の側近だ」

「リュシアンはどこだ?」

「まだ着いていない。先行して様子を
見ていただけだ」

「それなら問題はない」

男は起き上がると、リュウガに目を向けて
問いかけた。

「初対面の相手の言葉を信じるのか?」

「殺気を放たず、死の恐れも抱いて
いないからな。嘘を言っていれば分かる」

淡々と、普通では無い事を話すのを見て、
ラヴローは年齢とは比例しないほどの経験を
してきた者だと分かった。

「私の事はリュシアンから聞いているはずだ」

40歳くらいの男は苦笑いしながら言った。

「はは、聞いていた話の通りのお方だ。
たった一人でも援護に来る勇気を持ち、
誰よりも信頼できて、
自分以外の誰をも見捨てない人だと。
頼りになるお方だと聞かされてはいたが、
一人では対した戦力にはならないと
思っていたが、間違いだったようだ。
まずは最初の要点だけを話しておこう」

南部の暗殺者はラヴローから受け渡しの
合図から始まり、現在の状況を聞かされ、
鋭い目つきで、どこまでやっていいのか
尋ねた。

問題となるのはヴァンベルグの正規兵に
ついての事だった。

「私も王子も犠牲は覚悟の上でいる。
例えそれが想像以上であっても悪の根源
を倒そうとすれば、悪魔に魅入られた兵士たち
を盾と矛として使うはずだ。
手加減すればあっちの思う壺になるだろう」

彼は話を聞きながら核心については
まだ話していない理由を突きつけた。

「それで王の傍に常にいるのが、悪魔だと
言う事は分かった。先ほども聞いたが、
どこまで覚悟している?」

この問いかけにはラヴローは躊躇ためらいを
見せた。リュウガが言っているのは覚悟の中に、
王も含まれているかという質問だと気づいたからで
あった。

「詳しくは王子から直接聞いてくれ。
もうお着きになられる頃だろう。
一応伝えておくが、ナターシャ姫は
白いフードの一部が黒くなっている」

「分かった。
うちのもそろそろ着く頃だろう」

「本当はどれ程の腕利きか確かめる
つもりでいたが、その必要はなさそうで
安心したが、兵士の中に悪魔がいるかも
知れない。
我々は兵士に魅入った者を判別する事が
出来ずに参っている」

「悪の根源を殺して、魅入られた兵士たちは
悪魔祓いすればいい話だろ」

ラヴローは怪訝な顔つきを見せた。

「悪魔祓い? そんな事まで出来るのか?」

「‥‥最近の話だが、能力者の開花法を教えて
くれた者がいた‥‥。
俺には出来ないが、特殊能力者の中にはいる。
だが、自らの心で悪魔を受け入れた場合は無理だ。
心の承認無しでの憑依なら、悪魔の強さ次第でも
違いはあるが、悪魔を追い払う事は可能だ。
着いたようだな。俺が隙を見てナターシャ姫をさらう」

「分かった。その方が良いだろう。
ナターシャ姫にも危険が及びそうになってきて、
危険でしかないから隠密に動いてきた。
供の兵士たちにもナターシャ姫だとは
知られていない。
知っているのは私とリュシアン様だけだ」

「分かった」

そう答えると、既に姿を消していた。
その一瞬の出来事に、ラヴローは心の底から
恐ろしいと感じた。

指定の場所近くにリュウガの姿を捉えて、
アツキが馬で駆けてきた。

「丁度だな」

そう告げられアツキは探ったが、どこにも
見当たらなかった。

「どこですか?」

「眼で追うな。白い雪国で白い服を着ていれば
見失うと覚えておけ。時には夜目よりも気配で
探った方が確かな時もあることを」

「確かにその通りです。あそこにいますね。
もう段取りはつけたのですか?」

リュウガは分かる範囲の事を全て話して、
自分の予測も加えて、非常に危険を伴う
隠密故の行動になるので一人で行く事を伝えた。

「分かりました。お帰りをお待ちしています」

「今回の作戦に参加してくれて感謝している。
お前もサツキもこれが終わったら、ゆっくり
休んでいい。女とでも遊べば気は晴れるだろう」

「自分もサツキもその気はありません。
サツキはレガ様のようになりたいと来る時に
言っていました。あの人に報いるには強くなる
のが一番だと気づきました」

「そうか‥‥‥レガも喜んでいるだろう。
だが、この戦いは長引く。多少は楽しみを
持っていた方が強くなれる事を忘れるな」

相手の人数は予想より多く10名ほどいた。

「お久しぶりですね。貴方の名は昔以上に
轟いています」

「北の勇者にそう言って頂けて光栄です。
早速ですが、こちらがグリドニア神国の
隠し通路の地図になります」

リュシアンと事前に決めておいた実行する
合図の言葉を彼は口にした。

そう言うと空の筒をアツキから受け取り、
それを手渡そうとリュウガはリュシアンに
近寄った。

正に一瞬でナターシャは消えた。魔法でも
使ったのかと敵は思うほどまでに、見事に
さらっていた時には空中にいた。
リュウガはフードを捲り上げて、女か
どうか確認した後に、下方にいるアツキに
対して空拳を打ち込んだ。

彼は事前に自分が馬を返したら追従
するように皆に伝えていた。
アツキは合図の当て身を感じた瞬間に、
すぐに馬を回して駆け出した。
それに続いて皆が馬を回し始めると、

「何をしている! 奴等を捕らえろ!」

リュシアンの声は本気であった。
芝居だとバレれば終わりであったからで
あったが、心の中では妹の事を頼むと
思っていた。

暗殺者は空中では蹴るものがない事から、
到着した時に石を幾つか拾っていた。

その石を足場にしてアツキの元まで行くと、
女を受け渡した後、後方から来たカミーユの
馬に乗せ換えた。

カミーユは前方を走るアツキに対して、
頷いて見せると、ユニコーンの本領発揮とも
言える駿足を見せて一気に駆けて行った。

リュウガは既に追っ手の兵士たちを倒して
いるのを目視で確認したアツキたちは
引き上げ始めた。

「姫を預けるとは相当な難敵だと思った方が
良さそうですね」

ラヴローと同じく、リュシアンも苦笑いを
こぼして言った。

「貴方の強さはもう私よりも遥か上です。
その強さなら間違いなく勝てるでしょう」

「それはまだ能力者になるための方法を
知らないからでしょう。その側近を倒した後で
お教えしましょう。
ですが、その前に悪魔の臭いが漂ってますね。
それも一人じゃない。御二人以外の全員です」

その言葉に反応して、騎士たちはすぐさま剣で
斬りかかったが、リュウガの手にある石礫は、
周囲にいる兵士たちの喉を的確に貫いていった。

四名の兵士全員が一度に大鹿から崩れるように
地面へと落ちた。

それを見た追っ手の兵士たちは剣を手にして
戻ってきて、リュウガに斬りつけたが、
それよりも速く、拳打で体に風穴を空けて、
当分の間、動けないようにしていった。

「悪魔独特の悪臭が漂ってます。
正確には臭いでは無く、気配が人では無いと
告げています。
手遅れになる前に来れたのは、良いとしても、
兵士たちに関しては大勢が悪魔に憑依されてる
ようですね」

「全員殺したのですか?」

「急所で無い限り、雑魚とは言え、
殺す事はできません。
今は意識が飛んでいる状態に過ぎません。
暫くは動けないようにしましたので、
その悪魔の元へ急ぎましょう」

彼の言うように確かに体はビクビクッと
痙攣けいれんしたかのように動いていた。

それを見たリュウガはある疑問が生まれた。

「非常に重要な試したい事があるので、
一人殺してもいいですか?」

二人は頷く以外に無かった。

リュウガはコシローとの対峙から、ミーシャと
一緒にベッドに転がり、天使や悪魔、
第三勢力等の事を、毎夜、読み続けていた。

問題となるのは、それぞれの階層の主である
者たちには、第三勢力の者たちが封印されて
いる事であった。

今度の敵は既に大勢の兵士たちを悪魔へと変えて
いる。王の側近になった経緯は分からないと
言っていたが、昔ならいざ知らず、今の世では
人間も相応の強さを手に入れた。

仮にそうだとしたら、その側近は悪魔の中でも
格上だと言う事になる。
もしも、ケルベロスのような下位の中でも
特別な地位の悪魔であれば、第三勢力が封印
されている可能性は充分にあった。

問題は奴等の力を凌駕したとしても、
倒せない事が問題であった。

あの時よりも遥かに力を増したが、
倒せないのであれば、高位の封印師がいなければ
どうにも出来ない事であった。

高位の天使や悪魔でさえ倒せない相手を
どうすればいいのかという、答えの無い
問題に、リュウガは普段は見せない不安な
表情を見せていた。

そこでリュウガは大事な事を思い出した。

(あの第三勢力のアサナシオス・アサーナは
確かにグリドニア神国の方面に向かって行った。
仮にそうだとすれば、グリドニア神国の脅威は
暫くは無いはずだ。逆にあの娘が去れば、
人間だけで充分に制圧できる。何かおかしな
動きが裏で動いている気がする。どちらにせよ、
その側近とやらを倒せば問題が解決するとは
思えないが、倒した後にまた考えるとしよう)

「大丈夫ですか? 何かお悩みのようですが」

「今はその側近を倒すのが先でしょう。
私の予測が外れているかどうかは、その者を
倒さねばどのみち分からないようですので」

「言われた通り衣類をお持ちしました」

リュウガはヴァンベルグの兵士が着込む白い
毛皮を着て、先の見えない猛吹雪の氷の世界へと、
リュシアンの後を大鹿に乗って進んで行った。







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