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やってみるまでは、本当に分からない

私は今、エッセイを中心とした
私的な見解をメインにした歌や哲学的思想を
書いている。

書き始める前までは、正直、絵を描く方が
得意ではあったので、多くの知識があるだけに
不安も大きかった。

広島にいる頃、最初はカクヨムで書いていて、
一発目から長編アクションファンタジー小説に
手を出した。

いつも通りPCに向き合い、いざ書こうとしたが、
疑問が生まれた。私は小説自体読んだ事が無く、
雑誌社に努めていた時も、企画考案や分析が主な
仕事であった為、文章から遠い位置にいた。

そこで世間で売れている小説をAmazonでサンプル
をDLして色々読んでみたが、どれもパッとしない
ものばかりで、自分が思い描くようなものは一つと
して存在しなかった。

そこで次に、漫画から小説家されたものを読んで
見る事にした。あくまでも漫画家が書いた小説
では無いものしか無かった。
最初は「ハンター×ハンター」の小説を購入した。
本編とは全く絡んでいない内容であった。

最初から陳腐な内容で、富樫氏のように深い思考は
一切無かったが、漫画ではアクションも多いので、
最後まで読んでから何かしら得るものはあるだろうと
思いながら読んだが、アクション描写も少なく、
呆れるくらいのものでしかなかった。

次に手を出したのはジョジョの奇妙な冒険の第四部の
番外編の小説であったが、やはり荒木氏が書いたもの
では無かったので、躊躇ためらいながらも読み始めた。

最初がやはりいずれの小説でも大事だと知り、
読み始めると、こちらは荒木氏が書いた漫画を
思い出させるような表現が使われており、
私の興味を誘った。

小説に大切なキャラクターたちも、
本編の漫画を忠実に再現されては
いたが、アクションに関してはやはり
殆ど書かれておらず、ストーリーメインの
仕上がりとなっていた。

それなりに得るものはあったが、
私の求めているものでは無かった。

カウンセラーさんにも相談したが、
ノベルなら幾つか読んだ事があったが、
アクションがメインにされたものは
一つも読んだ事が無かったと言った。

そこでハリーポッターなら全て暗記する
くらい読んでいると豪語していた後輩に
電話して、アクション描写に関して聞いて
見る事にした。

私の問いに、彼は思い出しながら言った。
「アクションですよね。ドーンとかバーンとか
そんな感じですよ」
私は残念ながらも電話を切った。

普通のアクションが無い短編小説なら書く事は
出来た。ストーリーは自分の構想で書けるので、
難しいと感じる事は無かった。
キャラクターの個性を出し、布石を置いた
ストーリーを考えて、男女を絡めていくように
して、難し過ぎず、簡単過ぎない程度の話を
書き上げた。

漫画では絵とセリフで描写を表せるが、
小説では文字だけで、思い描く事になる。
つまりは読み手に出来るだけ、頭で思い描ける
ように詳細を事細かに書かなければ、
書き手の書いたものを、読み手のものには
出来ないのが難題だと気づいた。

そして改めて小説について考えてみた。
事細かに書くとどうしても文字数が
多くなるため、笑いに近いものに走っている
ような小説や恋愛系が圧倒的に多く、
私は迷走しながらも書き続けてみる事にした。

日々、正解の無い世界で、これでいいのか?
という思いの中でも、自分の構想を書き上げる
まではと思い、書き続けた。

お酒を飲みながら書くと、文章がどうしても
悪くなるので、書く時だけは飲まないように
して、何とか最初の節目まで書いてみた。

そして、それを最初から読んでみた。
最初は読み手の心を引かせるために
一番大事な点であった事もあり、
悪くは無い感じだったが、
やはりアクション描写に関しては
全く満足できないものでしか無かった。
それらを踏まえて私は、
長編アクションファンタジー小説を
書き続けた。

それらはあくまでも練習用で書いていた
ため、非公開ではあったが、まずは基礎
を固めるために、ある程度、自分自身でも
少しはマシになるまではと思い、
書き続けていた。

そして、再び、アクション小説っぽい
タイトルの本をAmazonでサンプルだけDLし、
読んでみたが、やはり濃厚なアクションは
描かれておらず、自分が描きたい漫画のセリフ
を重視して漫画を読み始めた。

やはり絵があるだけに、セリフと噛み合い
そのまま脳に直接入るため、小説だけでそれらを
伝える難しさを痛感した。

その頃、ゲーム・オブ・スローンズを見ていたので
ネットで調べて、著者の事を調べて、どんな人物か
を調べた後に、日本語翻訳されている小説版を
サンプルで落としてみた。
タイトルは「七王国の玉座〔改訂新版〕上」
というものであった。

本当にサンプルかと思うほどのページ数で、
最初は驚いたが、読む前から思っていたのは、
既に頭に海外ドラマの映像がある事が、問題になる
事は分かっていたが、そこは仕方がないので、
あくまでも世界で人気を博した海外ドラマの本編
と割り切って読み始めた。

改訂版だからか、まず地図の詳細が載せられていて、
これらの点に関しては、すでに自力で考えていた。

文章を読み始めると、これまでには一度も
感じなかったインスピレーションのような刺激を
受けて、アクション描写では無いのに
惹きつけられた。

そして待望のアクション描写が描かれていて、
決して長いものでは無かったが、巧みな言葉を
駆使して、ドラマでは無かった戦いの描写が、
私の頭の中に流れ込んできた。

プロローグで書き手のだいたいの力量は分かる。
又吉 直樹氏の「火花」もアクション小説では無いが、
サンプルを読んだ時、やはり最初に思いきり
惹きつけられた。

最初にくぎ付けになるくらいのもので無いと、
数千文字程度なら読む事は出来るが、
数万の文字で書かれている長編小説ともなると、
書き手も構想を裏で書いていかないと
忘れてしまうほど設定が細やかで、
多数出て来るキャラクターの魅力も
忘れてしまう。

実際、長編アクションファンタジー小説を
私は幾つか書いた時、設定や登場人物、国や敵等
を詳細に書いていた。公開はしないが、文字数は
本編よりも多くなっていた。

それほど緻密に書いていかないと、
読者を惹きつける事は難しい。

長編もので公開して書いたものもあったが、
幾つか書いたが、やはり頭に入りやすいせいか、
私の場合は、日本の戦国時代モノと
ファンタジー小説を幾つか書いたが、
どちらもアクション重視ものであった。

読んでくれた人はそれなりにはいたが、
やはり頭に入りやすいせいか戦国時代のほうが、
読んでくれた人は多かった。
舞台は戦国時代で登場人物等も実際にいた人物
も登場させていたが、完全オリジナル設定にして
大名等は変えなかったが、主人公を含める多数の
キャラクターたちは歴史とは違うように設定した。

カウンセラーさんともその話をしたが、
三国志や戦国時代のほうが入りやすいと言われ、
今、エッセイや音楽に力を注ぎながら文章を
学んでいるが、短編モノを1本だけ書いている。

まだ序章を書ききっていないので非公開として
いるが、書き終えたら公開するつもりでいる。

三国志の呂布奉先を主人公として、内容的には
オリジナル要素を強く出して、呂布が義に厚い
人物として設定させる事にした。

まだ四千文字程度で、メインアクションシーンも
出してはおらず、主人公の呂布も登場させていない。

1万文字以下で何とかまとめたいと思っている。

何とか人前に出せる程度になるまで、
時間を要したが、今は挑戦してみて良かったと
本当に思っている。

やはり何事も、やってみるまでは分からない。
実際に挑戦して初めて知る事は多い。

海外ドラマの古参であるクリミナルマインド
というドラマでは、精神分析の精鋭がアメリカ
全土から助けを求めてくる難解な事件を解決
していくというドラマであるが、
一度、チームの中で天才と呼ばれていて、
実際、頭の回転速度や物事をよく知る人物が、
誘拐される話があった。

この時、彼は非常に困惑した。
知るだけでは無意味だとも思ったように、
現実と知識だけの差を思い知らされた。

このように、体験も同様に、その立場になる
までは分からないのが当たり前なのだ。

誰でも知っているような事でも、
知らないなら尋ねればいいし、
尋ねずに自分で調べるだけでは、
分からない事もよくある事だ。

知識はあくまでも言葉のうわべに過ぎない。
言葉を知ってはいるが、その真の意味を知るには
体験して経験するしかない。

この体験と経験でも言葉の意味合いは似ているが、
実際は違う意味を持つ。
体験はあくまでも実際に行動した事を指す、
経験はその先にあり、行動により技術などを
身につける意味を持つ。

普通に生活する上や、普通に会話する時には
気にしなくてもいいものだが、
文章として書くとなると、そうはいかない。
ちゃんと伝えるためには、言葉の本当の意味を
知らなければ嘘を伝えてしまうからだ。

それは昔も今も変わる事は決して無い。

昆虫で有名なファーブルにもそういった話がある。
ある科学者が、昆虫を使ってある研究をしたいので
ファーブルにその昆虫の事を色々聞きたいと
連絡を受けた彼は、承諾した。

ファーブルは研究に使おうとしているくらいだから、
その科学者はある程度の知識があると思っていた。
しかし、科学者は初歩的な質問から始めた。
その時、ファーブルは飽きれるのでは無く、
逆に感心した。

科学者は当然、知識があるからこそ、その昆虫に
目を付けた。世間一般的な知識は知ってはいるが、
昆虫学者であったファーブルに対して、
初歩的な質問から始めるという意味を知っていた。

その時、ファーブルは「そうでなくてはならない」
と彼に言った。

私も知ってはいるが、言葉を使う時には必ず
調べてから使う。あくまでも書く時だけだ。

犬派だった私であったが、実際、犬と猫を飼った
時に、猫のイメージは冷たい感じだったが、
猫にも色々な性格がある事を知った。
黒猫で私を好いてくれた。よく私の部屋に入れて
欲しいとガリガリと爪でドアをかいていた。
一緒に寝たいと言っているような時もあった。

犬にも性格があるのだと知った。
人間とそれほど変わらないほど賢い愛犬だった。
黒毛のゴールデンレトリバーで、出来るだけ
私と一緒にいたがってくれた。
いつも散歩に連れていっていたが、
その子の目的は散歩では無かった。
散歩から帰った時の御褒美で、私はいつも
お腹や頭を撫でていた。
その子はそれが目的だったから、
時にはすぐに帰る事も多々あった。
ほんの3分程度で来た道を戻って家に入ろうと
したりしていた。

しかし、撫でるのは最低でも20分以上は
撫でないと満足してくれなかった。
満足してない時は横になったまま動かず、
満足してくれたら起き上がって階段を
上がって行っていた。

これまで知っていると思い込んでいただけだと、
思い知らされた事は何度もある。

実際に行動に移さなければ、あらゆる意味を
含めて、知る事はできないのである。

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