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第一章 第二話 リュウガの目覚め

レガは一心不乱に疾走していたが、
突如として激しい痛みにより
冷え切った獣道に片膝をついた。

立ち上がろうとしたが、その痛みは
増していくばかりで、これまでに感じた事の無い
心身ともに徐々に痛みが増していき、
痛みに耐えかねて片手をついた。

後ろにいるであろう配下たちを見ようとしたが、
ほとんど動けなくなり、
ついには冷たい地面に倒れて、
うつ伏せ状態となったが、
顏を横向きにして全ての感覚を聴覚に集中したが、
足音一つ聞こえないままレガは意識が遠退くのを
感じながら、そのまま動かなくなった。

時を同じくして館に招かれた客人たちや、
王族の者たち世界を守ると誓いを立てた者たちも
倒れていた。

一切物音一つ消えた静まり返った中、
リュウガは頭ははっきりしていなかったが、
目覚めていた。

病床にそのまま仰向けになり、
暫く休むと起き上がったが、
頭の強い痛みに思わず舌打ちを鳴らして
床から降りると、アツキやサツキ、
近衛兵隊長のギデオンまでもが病室内に
いたが、記憶が曖昧で
何が起きたのか分からずにいた。

床に手を当てて全神経を掌に集中させると、
幾人かの弱い鼓動を確かに感じ取った。
室内にいる人数と同じ数であった為、
枕だけ置いて、仰向けに並べた。

彼は漆黒の革で作られた装備を身につけ、
机の上に置かれていた自らの装備を
身につけていった。

マントと黒刀を病床の上に置いて、
ため息のような深い息を吐いて一息つくと、
室内の状況から事態を把握し始めた。

入口に二人の近衛兵、
そしてアツキとサツキの位置から
ギデオンとは敵対していないどころか、
完全に間合いに二人ともが入れていた事、
武器の類に手をかけた様子も見当たらず、
明らかに自分に何かが起きて、
ギデオンの真意は読み取れなかったが、
自分の事を擁護していた様子から、
消えかけていた記憶が蘇ってきた。

乾杯した後、そう、確かにアレは毒入りだった。
それも強烈な毒であったのだろうと男は考えた。

(そうだ。演舞をするよう父は俺とギデオンに命じた。
だが、確実に俺を殺すためからか、
強すぎる毒を酒に入れたため、
その効果はすぐに現れた‥‥‥だめだ。そこから先は
見えない。つまりは此処に運ばれる前に俺は倒れたのか)

そこまで思い出せば、
リュウガは義に厚いギデオンの行動も理解できた。

しかし、どうしても理解できない事が1つだけあった。
何故、誰もが倒れている中、自分だけが意識があるのか?
という疑問だけはあらゆる角度から見ても、不自然過ぎる
ものであった。

だがこれは全て繋がっていて、自分だけが
起きたのではないだろうと結論づけた。

何かが起きたのは間違いは無い。
そしてレガも来てないということは、
ギデオンたちのように意識を失っている
可能性は非常に高いものだと言えた。

リュウガは頭の中で同時に幾つもの出来事から、
一番自然だと思われるものに結び付けようとしていた。

彼は15歳くらいの頃から、父母による奸計で、
いつ殺されてもおかしくない状況の世界で生きて来た。
そこから多くの教訓を得るごとに、
彼は常人なら思いつかないような、
有り得ない事でも見破れる心眼を得ていた。

日常が崩れた時には必ず裏で何かが起きている。
そう考える事によって、父母の悪巧みを事前に
回避する策を使って回避してきた。

アツキやサツキはリュウガ専属の従者で
あったため、彼らが狙われないよう
上手く父母の罠を逆手に取る事により、
利用されたふりをして上手く騙してきた。

リュウガはほんの2、3分で答えを出した。
今日、異例な事があったとすれば、
悪魔たちの猛攻だけが引っ掛かっていた。
レガならすぐに自分の元に報せようと
したはずだが‥‥‥と思ったが、自分が意識を
失ってここまで運ばれた直後にギデオンたちに
も何かが起きて意識が飛んだのだとすると、
レガは館までの道中で気を失ったのだろうと
考えた。

リュウガは有り得ない事など、
この世に存在しないと思っていた。
それは悲しくも父母に命を狙われる事から、
例え領土内や館にいる時でも油断できない
事を現実的に知った時に、認めざるを得ない
ものとなった。

それは一度だけであったが、
館の最も深い場所にある
誰も寄り付かない最後の砦の避難所で事は起きた。

リュウガは人知れず孤独な時間を過ごす時に
だけ、アツキとサツキだけは知っていたが、
避難所で鍛練を続けていた。

18歳の頃、本来なら日常の事であったが、
その日だけは違った。いつものように
鍛練に励んでいた時、
重厚な金属の軋む音が聞こえてきた。

その音が批難扉のモノだとは気づいたが、
一人で開け閉め出来る程、軽いものでは無い
ものであったので、複数名だという事だけは
分かった。

そして、何かを落とした音は耳に届いてきた。
何かを階段上から突き落としたような音だけが
聞こえた後、扉は閉められた。

暫くの間に、リュウガは考えてみたが、
全く分からずにいた。
そこで聴覚を集中する事にした。
人ならば動けば音はするが、
聞き取れない優しい音が耳を鳴らした。

誰かが立ち上がる音がしたかと思うと、
気配を消さずに何者かが近づいて
来る微かな足音が聞こえてきた。
聴覚に残るその音から相手が何者だか
分かった。素足で歩いて気配を殺さずに来る
者等、実弟のコシロー以外に誰もいなかった。

リュウガはコシローとこれまで幾度となく
戦わされてきた。

父王オーサイの余興として度々戦ううちに、
森で出会っても戦うようになっていた。

オーサイはいつも一言だけ放って戦わせていた。
「何をしても構わん。武器だけは使うな」

下りて来たのは、ヤバい時の眼をしたコシロー
が、笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「お前か? 俺の鹿を盗みやがったのは」

「おい、よく見ろ。獣どころか血の跡さえも
無いだろう? それにどうやってここに来たのか
覚えてるのか?」

「どうでもいい。肉さえ喰えれば後の事はッ!?」

「頭を強く殴られたみたいだな。血が出てるぞ?」

「クソッ! お前がやったんだろ? 
ぶっ殺して喰ってやる!」

「お前が言うと一味違うな。
やれるもんならやってみやがれ。
今日は手加減無しだ」

コシローは猛獣が飛び掛かるように、
一閃の跳躍から両手と口を開けて襲ってきた。

リュウガは即座に黒刀を手に取ると、
そのまま一直線に下から上に向けて振るった。

黒い鞘はそのままコシローの眉間に当たったが、
無関係とばかりに突っ込んできた。

リュウガは口を狙って刃を横に払ったが、
鋭い牙のような歯で噛みついて黒い鋼を受け止めた。

「このバケモノが!」リュウガは本気の拳を放った。

振り上げられた長い爪の掌に素早く連撃を浴びせつつ、
二発目は振り抜くように体重を乗せてぶち込んだ。
そこから駆け抜けるように中段後ろ廻し蹴りを腹部に
思いっきり斬るように入れると、痛みからか口を開いて
鋼を落とした。

最初に放った左手を横目を使って一瞥して、
指が折れているのを目にする同時に体を押されていた。

ゾクッとする感覚から即座に危険を察知し、
密着している体と体に摩擦を起こすように、
回転右肘を見えていないどこかに入った感覚だけを
頼りにして、そのまま回転を止めずに半回転からの
左肘を下から上へと打ち上げた。

そして飛ぶのは危険と感じて、両手で突き放すように
掌底を当てると同時に、滑るように間合いを取った。

「クソッ!! 痛えッ! クソッタレが!!」

驚いた事にいずれも確実に入っていたのに、一歩も
下がっていなかった。全てを避けずに全てを受けて
前に出てきていた。

黒刀を拾い上げると両手で力任せに押し曲げて、
後ろの方に投げ捨てた。

「悪いが死んでもらうぞ。お前相手に手加減したら
こっちが│殺《や》られちまう」

「最初っから本気でこいや!
お前は殺さずに喰ってやる。腕も足も鼻も耳も、
死なないように味わってやる」

獣が│涎《よだれ》を垂れ流すように、コシローも
全く同じように歯ぎしりしながら涎を垂らしていた。

「才能は恐ろしい程のものだと認めてやる。
鍛練していれば俺よりも強くなれただろうに、
それだけに惜しいな」

「俺に効くとでも思ってんのか?」

「俺たちが暗殺拳の使い手だと知ってるだろう?
さっきは確かに本気でやった。これからやるのは
殺しの技だ。認められた者だけしか知らない秘技だ」

リュウガは殺すのは簡単だが、殺せば厄介な問題に
発展する事も分かっていた。殺しの技の中でも
コイツなら耐えきれる一撃で終わらせば問題には
ならないだろう。

しかし回復力なのか、耐久力が桁外れなのかは不明
だが、並みの者なら本当に喰われるだろうな。
しかもコイツは森での猛獣を相手に、大自然の中で
本当の自己流で強くなっている。
昔から人間離れした所はあったが、
ここまで凄まじいとはと、正直驚くべき事だ。
やはり眠っている才能は恐ろしいものがある。
リュウガはコシローに対して、評価を改めていた。

いつか役立つ時が来るであろうとリュウガは思い、
可能ならば敢えて殺すまいと思った。

「弟よ。いつでもかかって来い」

コシローは隙の全く無い構えを初めて見て、
戸惑っていた。

「来ないのであれば俺からいくぞ」

リュウガは殺しの足を使って接近した瞬間に、
やや左胸の心臓に押し込むような縦拳を入れた。

その拳はゆっくりなように見えるほどのもので
あったが、コシローは危険だと身体が反応を示したが、
頭と身体に時差のようなものが生まれていて、
気づいたら壁に叩きつけられていた。

胸に目を向けると、ハッキリと拳の痕が残っていて、
浅い呼吸しか出来なくなっていた。

「焦らずにゆっくり呼吸をしろ。お前は素質はあったが、
森の猛獣と同じように、それでは狩られるだけだ。
今までは手を抜いてやっていただけで、お前を殺す事など
容易い事だと言うことを忘れるな」

上から声だけが聞こえてきて、上を見ようとすれば
激痛が全身に走って苦しさが倍増した。

「しばらくの間、そこで休んでいろ。二度と俺の前に
現れるな。森で大人しく愚かな父母たちと共に死んでいけ」

実弟であるコシローも父母を嫌ってはいたが、
世継ぎは長子がするという事が慣習である中、
リュウガにその意思は無く、
時が来れば彼は館から去るつもりでいた。
それを考えれば丁度良い機会だと思えた。

古の誓いを重んじていた彼は、父母らのように
もう過去の事だとして、実に頼りない人間になっていた。

鍛練をする事は、一族の者であれば誰もがしている
事であった。彼らは元々は暗殺集団であり、殺しが
│生業《なりわい》だった。

今ではその稼業は捨て、流威とロバートの約定から
千年の年月が流れたが、いつ何が起こるか分からない
としても、一生を鍛練に捧げて、その技を使う事無く、
人生の幕を閉じた一族の敬意を示せる長たちばかりで
あったが、曾祖父であるオーサイの祖父の代になって
からそれは変わっていった。

刃黒流術衆が難破船としてエルドール王国の領土に
打ち上げられた時には、神々と魔王の戦いは終わり
を告げていた。

それを知る事が出来たのは、天の門と、異空間に存在
する、地獄のバベルの塔と呼ばれる魔の穴の中央に
位置する最初の星であるこの世界と、二つの世界が
繋がった時にだけ発症する❝神の遺伝子❞と呼ばれる
ものが、神の子である人間やエルフ、その他の種族
たちである全ての生物は神の創造物である事から、
❝神の遺伝子❞を宿していた。

エルドール王国のあるホワイトホルン大陸では
神々と魔王による戦いの地から遠かった事もあり、
それを知らないまま、❝神の遺伝子❞の存在も
知らずして発症したため、その偉大過ぎる力は、
当然のように争いを生むものとなった。

戦いは激化し、大勢の死傷者を出しながらも、
これまでは小国で、大国に従属するしか選択肢の
無かった国々でも大いなる力を得た小国は、その
特殊能力を使って、大国に噛みつくように、
これまでの恨みを晴らしていた。

しかし、突如としてその力は弱くなっていき、
終には特殊能力を失った。

そしてその頃に漂流してきたのが、流威率いる
刃黒流術衆たちであった。
その為、当然、警戒心は強く、船も修復できない
程までになっていて、身動きが取れない状態のまま、
食料は尽きて、僅かな水だけを頼りに
三日目を迎えていた。

その次の日、先頭の騎兵が白旗を手にして、
五百騎ほどの騎兵隊が近づいてきた。

「ここはホワイトホルン大陸のエルドール王国
領内である。そちらの目的を尋ねに参った。
王か大将がいるのであれば話を伺いたい」

流威は前に出て行き返答に応じた。

「我々に王はいない。遥か東にある列島諸国から
逃げてきた一族で、長は私だ。食料と水が尽き
船も動かす事は出来ない状態だ。お互いの助けに
なるはずだと思われる。そちらの王と話をさせて欲しい」

流威には充分な勝算があった。
天魔の世界が離れた以上、特殊能力は失われる。

それに対して、特殊能力を失ったのは流威たちも
同様であったが、誰もが日々鍛練をして、
己の壁を幾つも越えてきた一騎当千の者たちであった。

それは特殊能力者たちから見れば、見紛うほどのもの
でしかなく、受け入れられる可能性は非常に高い
ものだと流威は考えていた。

流威の供は5名までとされ、王との会談は許され、
残りの者たちには水と食料を提供する事となり、
王であるロバートに、特殊能力を失った経緯を
教えた上で、自分たちの力を示して見せた。

それを見た者たちは、特殊能力となんら変わらない
程の強さを目にして、五百名のうち、子供以外は
頼りになる事を伝えると、ロバートは神木の森にある
避難所として昔使われていた館と、森を領土として提供した。

エルドール王国を脅かす者が出た場合、命を賭して
助けると誓いを立て、流威は真宝命と呼ばれる
刃黒流術衆だけしか創る事の出来ない、精製に精製を重ねて
創り上げる至宝の宝である精密な細工を施した金の刀を
ロバート王に献上した。

対となる銀の刀は流威の誇りとして、今でも
館の王と王妃の玉座の後ろの壁に大切に掛けられている。

しかし、この真宝命はロバート王以降、9世代までは
送られていたが、その後、この真宝命が送られる事は
無かった。

時代が変われば人も変わる。
人も変われば関係も変わる。

仮に神話が偽りのものだとすれば‥‥‥
柔軟かつ理に適う答えを出せる神話の
俺たちの知らない真実があるとすれば、
と考えたと同時に、書物庫に向かっていた。



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