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第一章第十六話 コシローの人格

「アニー。助かったよ、ありがとう。
あとは安全な所に隠れているんだ。いいね?」

アニーは眼をつぶって理解を示した。

リュウガはイストリアからここまで、
一時の安らぎを得ていたが、
深い息をついた後、
飛び下りたと同時に、
警戒態勢をすぐに取った。

じっと木陰から動かずに、
周囲の気配を探った。
誰もいない事を確信すると、闇の中に
溶け込み、森へ通じる門からは入らずに、
簡易的に作られた柵を飛び越えて森の中に
身を入れて、その場でかがんだ。

集中力を高めながら自らの気配は断ち、
2番目に詳しい森の中に探りを入れた。

森を棲み処としていた動物たちの声は
消えていて、以前の森とは雰囲気がまるで
違っていた。

リュウガは原因は王である父か、
弟のどちらかであろうと思ったが、
今の世になり、父が外に出る訳が無いと
思い、実弟の仕業である事は分かったが、
一体何をしたのかが分からなかった。

警戒態勢のまま進めば、出会うことは
無いだろうと考えて、彼は音を完全に
殺して走り出した。

レガがいるなら、穢れの無い浅い湖に
囲まれた神木の大木にいるはずだと、
直感的に読めていた。

あの場所なら誰よりも詳しいと、
幼い頃から自分の面倒をみてきたレガなら、
己が最初にどう行動するのかを、
彼はよく知っていた。

リュウガは向かい風に向かって
駆けていたが、まるで風が便りを
送ってきたかのように、邪悪に満ちた
気配を感じてすぐに木陰に身を隠した。

確かに悪意を放っていたが、
リュウガはその殺意に違和感を覚えていた。

その威圧感は実弟のコシローとは
比較にならない程、
全く別物であったからであった。

殺気を感じて思わず隠れたが、
それは誘いの為だと思ったからであったが、じっくり気配を探ると相手が
何者かすぐに察する事ができた。

あの忌まわしい悪臭で、
相手は敵だと告げていた。

しかし、強さ的にはそれほどのものでは
無かったが、リュウガは警戒を緩めず、
更に気配を殺していった。

今やここの主となった悪魔よりも
恐ろしい実弟の方に
見つからないようにするため、
息を殺して警戒していた。

彼しか知らない緑が生い茂る獣道を
進んで行き、神木の大木の周りには
穢れの無い湖があったので、
彼は神木の木の手前辺りからは、
昔のように木を伝って
神の木の頂上まで辿り着いた。

あれからそれほど時は経っていなかったが、
どこよりも高い木の上から見える景色は、
以前とはまるで違う世界のように、
暗雲が立ち込める戦いの兆しのような
雰囲気へと変っていた。

草木は秋の季節のように枯れ始めていたが、
動物の姿はどこにも無かった。

リュウガは、奴が喰い尽くしたのかと
思っていた頃、巨大な獣が二足歩行で
木々をなぎ倒しながら、
進んで来ているのが目に入った。

遥かに低い位置であったので、
気づかれることは無いとしても、
どうなるのか結果は見えていた。

その獣を観察していると、
明らかに地獄から生まれたような
黒い翼を持った者が近づいていき、
何かを話しているように見えた。

巨人が大きな身を縮める様子から見て、
翼を持つ悪魔の方が強いのは明らかだった。

暫くして黒翼の魔族が去っていくと、
大きな魔物は何か苛立つ事を
言われたかのように暴れていた。

天使に悪魔、第三勢力、そして我ら
人間の対極する立場はいずれにも
属さないのだろうかと思ってしまう程、
人間は劣勢に立たされていた。

小さな希望は神の力を宿した能力しか
無いと、冷たい風が彼の熱い魂を
凍えさせていった。

この森のどこかにいるはずだと確信を
得ていた若き暗殺者は、腹心の男なら
必ずここに来ると思っていたが、
悪魔どもも横行し、魔の者たちよりも
出会いたくない実弟の事を考えると、
どこかで気配を殺して待っているのかと
思い始めていた。

それならば探しに行かねばと思うと同時に、木の下まで一切音も立てずに降り立った。
自分自身でも驚くほど、身体能力の上昇は
計り知れないほどまでになっていた。

男は拳をギュッと握り締めて、
これなら行けると思った。
まずはあの巨大な獣を始末する為、
足音のする方へと何の迷いも無く
風のように駆けて行った。


「ああ、なんだお前は?」
巨大な魔物は突然どこからか現れた
黒い黒衣を身につけ、フードを深く被った
人間を見下ろしながら問いかけた。

しかし、全く反応しない事に苛立ちを
覚えた魔物は、握りこぶしを以て
上から打ち付けた。

大地が微震するほどの一撃であったが、
巨大な手は地面に当たっていなかった。

拳を上げて確かめようとした時、
手をあげた時に何かが落ちた。

拾い上げようとして手を伸ばすと、
ぼたぼたと黒い血が滴り落ちていた。

一瞬の出来事だった為か、落ちていたのは
自分の小指の指先であった事が分かると、
それを見た後に、激痛が走り、
自分の指が何をされたかも
気づかない刹那の間を置いた後に、
気づいて、大きな雄叫びを上げた。

人間であろう者はそこで初めて口を開いた。

「これを着てると本当によく集まって
来るから助かるよ」

巨大な魔物は何の事を言っているのか
全く解らなかったが、自分の知る世界では
感じた事の無いほどの│畏れ《おそ》を、
意識が体感するよりも早く、
体から穢れた血が一瞬にして
抜き取られたように、身体は凍りつき、
硬直していた。

魂の穢れた者は、自分よりも遥かに
小さい人間に再び問いかけた。

「お前は一体何なんだ?」

人間の男は、不気味な微笑みを浮かべて
言葉を返した。

「お前からは俺と同じ臭いがする。
同種ではあるが、味方では無い
独特の臭いがする。
それにこの赤黒いの血が
お前の正体を明かしている。
この世界にも悪魔の血を宿した者がいると
知るがいい‥‥‥俺の縄張りに入ってきた事を
死ぬまで後悔させてやる」

そう言いながら切り落とした魔物の指先を、
顏を上げて巨人を見つめながら噛み千切りると
鮮血と共に飲み込んだ。
そして黒薔薇のようにドス黒い赤い目になると、
そのまま足元の方へ向かってきた。

巨人は踏み潰そうとして地面を踏みつけ捲った。
畏れる者は正常ではいられなくなるのは、
下位の魔族の証拠でもあった。

コシローは兄の黒衣を宝物庫で見つけた時、
ヤツの独特な香りは利用できると思い、
それを手にしていた。

案の定、兄だと思い込んで、行き遅れた近衛兵や
その家族が気づいた時には手遅れであった。

元々、打たれ強さが異常であったコシローの力は、
兄のリュウガに引けを取らない強さにまで
到達していた。

そしてコシローは地下の最下層にある避難所に
逃げ込んだ父王たちに、堅固な壁に向かって
怒りの意思を力で示した。

黒鋼で出来た分厚い扉は、誰にも破壊不可能で
あった。しかし、誰もが怯えていた。
これまでの恨みは激しい憎悪に変わり、
憎悪はそのまま激しい怒りへと変化していった。

扉が震えるごとに、誰もが恐怖していた。
重い何かの鈍器でこじ開けようとしていると
最初は思っていたが、それにしては余りにも
衝撃の数が多かった。

コシローの怒りはすぐにその身にエネルギーとして
変換され、痛めた拳を即座に治していた。
念願の恨みをようやく晴らせる喜びに、その身は
急激に強さを増していた。

そして終に扉の中央が拳によって隙間が生まれた。
男はもはや人間では無い目をしていた。
剣を打つ時に、赤く燃える鋼のようなその目は、
もはや見続ける事が出来ない程、怒りの眼をしていた。

怒りの中に宿るように、まるで肉食獣が獲物を捕らえた
時に生まれる満足感が感じ取れた。

王であるオーサイは、リュウガの言葉を無視した事を
心から後悔していた。長年、腹心を務めたギデオンを
含めた近衛兵たちの事を、今更ながらに思い返していた。

全ては終わりの最期の時になって、ようやく事の重大さ
に気づいたが、安全だと思い込み、本分を全うしなければ
ならない時に、命惜しさに自分たちの存在意義を否定した
結果なのだと、オーサイは覚悟を決めた。

充分に開かれた、片側の扉に手をかけて、
コシローは力任せに引いて投げ飛ばした。

オーサイは覚悟を決めていたが、他の者たちは怯えていた。

「我が息子よ。これまでの恨みを我が命を以て償おうぞ」

目を閉じて膝を着いて、殺される瞬間を待っていた。

突然、背後の者たちが恐れから悲鳴を上げた。
彼は目を開けて、顏を上げると、突然、暗闇になり、
何が起きたのか解らなかった。

だが、悲鳴は鳴り響いていたが、徐々にその声は遠のくのを
感じながら、何も聞こえなくなった。

コシローは大きく口を開けて、父であるオーサイの首から上の
顏の部分を丸かじりにして、首から下の同体は少しの間を置いて
地面に倒れた。

男たちは抵抗を試みたが、これまで戦ってきた猛者とは
歴然の差があり、コシローから振るわれる手さえ見えずに
引き裂かれていった。

そして、再び、父である王を喰らい尽くすと、そのおぞましい
顏は母コイータに向けられた。
コイータは、一族に助けを求めたが、誰一人として助けよう
とはしなかった。

コシローは真っ赤な眼で、コイータに話しかけた。

「お前は本物のクズだ。コイツ以上に最悪な本当のクズだと
言う事だけは、俺とリュウガヤツとの共通点は貴様らが、
どうしようもない奴等だと言う事だけだ。奴は知っていたはずだ。
俺がお前たちを皆殺しにする事は分かっていた。
貴様らだけが知らなかっただけで、奴は今もどこかで戦っている
だろうが、俺は違う。二度と貴様らのような奴等が
出て来ないように、全てを喰らい尽くす。少しでも助かりたい
なら自決しろ。それくらいは許してやる」

コイータはコシローの足元にすがりついて、
助けを懇願したが、まるで分っていなかった。

コシローは懇願する母を見て、まだ理解していない事に対して、
巨大な殺意が生まれたかと思うと、頭を殴りつけて昏倒した
コイータは既に死んでいたが、余りにも身勝手な母に対する
怒りは収まらなかった。

殴りつけて、殴りつけて、肉は裂け、骨は砕かれ、
最早、人の原形すらなくなるまで潰すと、ようやく怒りは
静まった。

残りの自分の一族たちは瞬殺され、その肉を食らって
ようやく落ち着きを取り戻していた。

ただの血とミンチにされた肉になった母には、食欲さえも
失せて、人間は全て殺して、兄が残して行ったマントを
身につけると、その場から立ち去って行った。

「どこにいった!? 姿を見せろ!」
そう叫ぶ巨人は体の所々から血を流していた。

コシローは巨大な魔物に体を密接させながら、
食らいついていたが、余りにも巨大な為、
らちが明かないと感じ始めていた。

リュウガの匂いを辿ってきたレガは、その光景を目にして
息を潜めて、見つめていた。
恐怖心を押し殺して、僅かな気配さえも断ち切らないと
見つかる恐れがあった。

彼からよく言われていた事を思い出しながら、
心の中で何度も念じるようにして、静寂の世界の中にいた。

「いいか、レガ。お前は私の副将であり、父親代わりだと
思っている。
お前がいたからこそ、これまで生きてこれた。
だが、世界は大きく変わるだろう。
これまで以上にお前の力が必要になる。
だから、言っておくが、自分より強いと感じる敵を
目にしたり、感じたりした時は、すぐに逃げれば必ず見つかる。
心に平穏をもたらしてから行動するんだ。
お前も含めて、私について来てくれた者たちは、今後、能力に
目覚めたり、更なる強さを身につけていく事になるはずだ。
皆の世話を任せる事が出来るのはお前だけだ。
俺は最前線で戦うが、絶対に死なないとミーシャと約束した。
だから俺は、どこに行ったとしても必ず戻る。
私が居ない時はお前に全権を任せるが、ギデオンにも配慮して
やってくれ。将兵クラスで言えば、お前と同じかそれ以上の
身分を捨ててまで、近衛兵たちと共に来てくれた。
お前なら分かっていると思うが、これから恐ろしい戦いが始まる。
これまで以上に頼りにさせてもらう」

レガは彼に託された事を思ううちに、考えてはいけない事を
考え始めていた。王がどうなったのかをふと思ってしまった。
ほんの一瞬であったが、無用な事に意識が飛んだ時、視線を
感じた。

そして瞬時にもう死んでいる化け物が、地獄へと消えていく
様を横目に、コシローと向かい合った。

「久しぶりだな、レガ」
コシローから殺気は感じなかったが、警戒態勢を取ったまま
返事をした。

「私如き者の名を御存じとは驚きました」

「お前だけじゃない。あの兄妹の事も知ってるぞ。
奴のお気に入りだからな」

レガはコシローの考えを探りつつ話していた。

「先ほどの見事な戦いぶりは拝見させて頂きました。
リュウガ様と互角なほどの強さだと見たてました」

「まあ、俺も奴もまだまだ強くなるのは、これからだろう」

「一つお尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「丁度、俺も用件があったから、先に話を聞こうか」

「痛み入ります。コシロー様は悪魔狩りをされておられる
のでしょうか?」

「いや、ここは俺の領土となった。さっきの化け物は
入ってきたから喰い殺そうとしたが、不味くて致命傷を
喰らって終わりとした」

「なるほど。そうでございましたか。
では、コシロー様のご用件とは何でしょうか?」

言葉とは裏腹にレガの緊張感は絶頂を迎えていたが、
感情を押し殺して話をしていた。

「ああ。もう一匹の格上の悪魔がこのあたりを
徘徊しているのは気づいてるだろう?」

「あの黒い翼の者の事ですね」

「そうだ。奴の始末を頼みたい。俺は特別な別件を
抱えているから、アイツの始末を頼みたい」

レガはコシローの言葉から瞬時に頭の中で
何が起きているのかを考えていた。

(確かにあの黒い翼の魔物は空を飛べるが、
翼を痛めつければ済む話だ。
それに特別な別件とは、更に強い魔物か天使の類が
この地にいるという意味なのか?
そもそもコシロー様が特別視しているのは、
王と妃のはずだ。
それ以外でとなると、まさか、リュウガ様が
この地に来ているというのか?
コシロー様はリュウガ様のマントを着ていて臭いの
判別は難しいが、少なくとも黒衣からの匂いは、
確かにリュウガ様のものだ。
このような、なりの大きな魔物を相手に
するはずがない。
実際、本人の言う通り致命傷を負わせて終わらせた
ようだ。
仮に王や妃が存命中であるならば、
確かにコシロー様にとっては特別な要件となる。
あの最下層の守りは堅い。
簡単に打ち破る事など出来ないはずだ。
リュウガ様が仮にこの地に居られたとしても、
コシロー様には探す事は不可能だろう。
やはり、王たちを始末するつもりのようだ。
ここは引き受けて、あの悪魔を倒した後に、
再び姿を消して、この地を離れるとしよう)

レガはあらゆる面で優れた武人だった。
元々、思慮深い男であったが、神の遺伝子が
作用してからは、一瞬の間に脳も活性化され、
答えまで導き出す事は更に容易となっていた。

しかし、今、殺したばかりであるのに対して、
冷静過ぎる所が引っ掛かっていた。

「分かりました。お任せください」

「お前なら簡単に倒せるだろう。では任せたぞ」

「はい。それでは行ってきます」

そう言うと見事なまでの瞬発力で、コシローの目
さえも欺くように姿を消した。










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