万夫無当唯一無二の戦武神・呂布奉先軍記物語 第二章 第2話 地公将軍 張宝
張遼が前傾姿勢になった瞬間、
後ろにいた郝萌は
槍を天に投げるが如く、掲げた手を
前方に振り抜いた。
一斉に大地が揺れるほどの振動と共に、
張遼を先頭とした三千騎の奇襲部隊は
散り散りとなった黄巾賊たちを次々と
槍で突き刺しながら、成廉と
郝萌を先頭にして張遼の横を
過ぎ去ると、二人が槍を掲げると、
1500の騎兵隊はそれぞれ別れてゆき、波才の
副将と思われる管亥と張遼を
二重の騎兵隊で取り囲んだ。
「邪魔は入らん。私を見事倒してみせよ。
さすれば逃がしてやろう」
張遼は恐れる管亥にそう告げたが、
一瞬のうちに自分以外の仲間が死体となって
転がっているのが、どこを見ても目に入り、
張遼の声はあまり耳には届いていなかった。
文遠は小さなため息を吐いて、サッと弓を
構えたかと思うと瞬時に矢を放った。
矢は馬の頭部に突き刺さり、そのまま馬と
一緒に前のめりに管亥も倒れ込んだ。
張遼は馬上から降りて、愛馬の首元を軽く
撫でるように触ると、白馬はそのまま成廉
の方へゆっくりと向かった。
「これで分かっただろう。殺せるものなら
既に殺していたことが」
慌てながら辺りを見回しながら声を出した。
「何故だ? 何故殺さん?」
「我らが将は、無用な殺しはせぬお方だ。
お前も小物とは言え将であろう?
最後の意地を見せてみろ」
「‥‥‥あんたさえ殺せば逃がしてくれる
んだな。約束は守ってくれよ」
張遼はその自信に満ちた言葉に寒気がした。
「コイツはとっておきだったが、今以上に
ヤバい時は無いだろうから使ってやる」
管亥は訳の分からない事を口走りながら
首にかけていた紐を引き千切って、小さな
袋から何かを取り出すと、そのまま口にして
飲み込んだ。
「いいな! 約束したぞ‥‥‥!?
グワァァアァッッアアァハァハァ‥‥ハハッ
ハハハハハハハッッ!!」
痛みのせいなのか? のたうち回りながら
自分の体を何度も搔きむしりながら、爪が
剥がれ落ちても、雄叫びを上げながら苦しみ
抜いていた。
もはや人間の姿はしておらず、巨大な狼の
ような姿になっていて、張遼が矢で射止めた
自分の馬の肉にかぶりつき、生肉を喰らい
鮮血を飲み、大人しく喰い漁っていた。
先ほどまでと打って変わって、静けさが逆に
張遼の心を凍らせた。冷たい汗が彼の頬を
伝っていきながらも、目を離さずに攻撃態勢
を維持していたが、管亥がうずくまったまま
少しだけ視線を向けてきた。
その赤い眼球は人間のものでは無かった。
張遼は背筋が凍りつくほどの恐怖を感じた。
「郝萌、成廉、
すぐに兵を連れて呂布様に報せろ。
それまでは私が相手をする‥‥‥頼んだぞ。
出来るだけ急いでくれよ」
「分かった。成廉、呂布様までの先導を
頼む。俺は殿につく」
「任せろ。皆、我に続けッ! 振り返らず
前だけを見て全力疾走で走らせろ」
成廉が騎兵隊を連れて行っても、管亥は
襲う様子も見せずに、ただじっと張遼を
見つめながら新鮮な馬肉を味わっていた。
「邪魔者どもは居なくなったのか?」
囁くような小さな、そして響かない声で
問いかけてきた。
「私だけだ。そう約束しただろう」
「貴様、珍しいヤツだな。仲間の信頼も
厚いようだったし、正直な人間だ」
「‥‥‥何が言いたいんだ?」
「クククッ‥‥‥どんな味がするのか
楽しみだ!!」
言葉の終わりと同時に、一足の跳躍で
張遼の槍の間合いを越えてきた。
張遼はそれと同時に槍を捨て、自ら
後ろに向けて跳ねると共に、剣を抜いて
襲い来る獣に向けて、横一閃に刃を
振るった。
管亥はすぐに横に跳ねて、その剣を
躱して、縦横無尽に
跳躍を繰り返し、時には深く間合いに
入ってきては、すぐさま間合いから
離れていき、目で追うだけで精一杯
だった。
管亥が覚悟を決めたように、
張遼もまた覚悟を決めた。信頼たる
8人の友以外は誰も知らない秘術を
使うと決めた。
跳躍を繰り返すうちに自然と動きの流れ
が読めてきた。張遼はそれに合わせて、
管亥が張遼の間合いに入った時に、自ら
も野獣に迫って、先ほどと同様に横一閃
に剣を振るった。
その剣は管亥に浅い切り込みを入れたが、
深手の傷では無かった。
張遼は更に自ら接近し、管亥はその異様
な動きに困惑し、逃げる形になっていった。
張遼はただ追ってきているだけでは無い事
は分かっていたが、劣勢なのは明らかなのに
対して、手強い相手だけに油断は命取りに
なりかねない事が、管亥の動きに迷いが
生じてきた。(これは何かの布石か?)
という思いが体を鈍くさせた。
その刹那の時を張遼は見逃さず、
剣を縦に投げつけた。
太陽の光が投げた鋼に反射して、一瞬目が
眩んだが、その一瞬のうちに張遼は捨てた
槍を拾っていた。
間合いは確かに縮んではいた。槍の間合い
ではあったが、管亥は避けきる自信があった。
そこに僅かな油断が生じた。
張遼は管亥とは違い、時を見逃さなかった。
「秘技・焔聖龍槍突き!」張遼の乱れ槍突きは
突くごとに火炎の龍を生み出し、その火龍は
意思を持つかの如く、管亥が枝や木に逃げても
追い詰めていった。
徐々に包囲網のように狼人間の周りを取り囲ん
で逃げ場を失っていた。
足や手や体に巻き付き、消そうとしたが
消える気配は全く無い事から、相手の命が
尽きるまで燃え盛る炎だと直感的に理解し、
死を覚悟したかのように木の上から落ちて来た。
相手が死ぬまで消えない炎であった為、張遼は
一切近づこうともしない事から、管亥は1人で
納得した。
(歴戦の強者はやはり違う‥‥‥相手が何者で
あっても油断は市内‥‥‥もっとは・や‥く)
そして炎が小さくなって消えるまで、
間合いの外からじっと見つめていた。
大地の震動から呂布が近づいてきている事を
察した張遼は、地面に両膝をついて謝罪の型
を取った。
「コイツは何なんだ?」
張遼は跪いたまま答えた。
「管亥でございます」
「どう見ても人間には見えんが、
一体何があった?」
「確かな事は分かりませんが、ただ何かの
秘薬を口にしたのを見ました。張宝か張角
が与えたのかもしれません」
呂布は焼け焦げた獣を見て、これまでの鍛練
のたまものもあり、理解するのに時間はかか
らなかった。
分からなかったのは、何故、命まで預けて
いる自分にまで術を使える事を黙っていたか
が、どうしても解らなかった。
その問いを張遼に投げかけると、張遼は自分
の意見としてとクギを刺して言い始めた。
「貴方様は強すぎるのです。私は武だけでは
呂布様の足元にも及びません。術が使えない
状態では、おそらく私は負けていました。
あの術師殿は、呂布様が術を身につける事を
知っています」
「俺が術を使えるというのか?」
呂布は信じ難い表情で口を挟んだ。
「はい。武を得意とする者の中にも、術を
使える者もいます。しかし、あくまでも
武人である事を忘れてはならないのです。
我々のような武人が術を使えたとしても、
術師の術よりは弱いからです。
あの術師殿はそれが分かっているので、
まだ呂布様が術を覚えるのは早いと思って
おられるのでしょう」
呂布はそう言われ、口を閉ざした。
「いずれは教えを受ける事になるでしょう。
我々のような術では無く、真の術師の教えは
私には想像もつかない程のものとなるでしょう。
まずは武を極めさせてから、術はあくまでも
武技を補うためのものとして、覚えさせる
のが目的だと思われます」
実に納得のいく答えであった。
正体は明かしてないが、誰よりも信頼でき、
そして誰よりも頼りになる人物であったからだ。
「コイツは一体どうしたらこうなるんだ?」
黒こげになった大きな獣に目を向けて言った。
「分かりません。人間であった事だけは確か
です。名は管亥と申す者で、波才の副将だった
と思われます」
そう言われて呂布は術師に言われた事を
思い出した。
「将軍、どうかなさいましたか?」
「あの術師と別れる時に言われた事を思い
出しただけだ。自分の想像以上に強くなって
いるはずだと言われた。張遼が波才の名を出
すまで忘れていたが、確かにその通りだった。
奴と槍を交えた時、俺は軽く振ったが、奴の
体ごと吹き飛ばしていた」
「あれほどの鍛練に耐えられるのは将軍以外
にはいないでしょう。それに‥‥‥」
呂布は怪訝な表情をして問いかけた。
「それにとは何だ?」
「将軍はご存じないのでしょうが、術師殿を
師と呼ぶあの双子は‥‥‥ハッキリとは断定
できませんが、この大陸一の暗殺者たちです」
呂布は少しだけイラっとした。
これまで自分を助けてくれていた者たちに
対して、悪態をつかれた気分になった。
「何か問題でもあるのか?」
「いえ、逆です。乱世が激動の時代に
入りました。術師殿もあの双子たちも、
私たちも貴方様が乱世に終焉を導くお方だと
確信しております」
「あの方ならこの状況が分かると思うか?」
「絶対とは言い切れませんが、おそらくは」
「ふむ。もう立ちあがれ、いつ何時、何が
起こるかわからん場所では、決して油断は
するな」
「はい。ありがとうござい‥‥‥ます」
張遼は立ち上がろうとしたが、
立ち上がれなかった。
「どうした? 大丈夫か?」
「はい。全ての力を使ってしまったので、
お見苦しい姿を見せて申し訳ございません」
呂布は張遼を愛馬まで運んで乗せた。
「誰か手綱を引いてやれ。あと周囲に
警戒網を張って、一人では絶対に動くな。
俺たちは術に対して余りにも無防備だ。
何が起きても対応できるよう警戒を怠るな」
呂布は赤兎馬に跨ると、声を発した。
「我らはこれより零陵城へ向かう。張宝が
7万の軍勢を率いて向かったが、術師殿も
向かわれた。我ら等必要ないかもしれんが、
一応、いつも通り進軍する。では参るぞ」
呂布は危険を承知で零陵城へ
向かう事にした。
あの双子は他に密命を受けているかも
しれないと思ったからだった。
どちらかと合流することを第一とする
のであれば、山越えをするよりも、
見渡しの良い地形である道を選んだ。
————————————————————
「兄さん!」
「ここは俺に任せて、お前は師の元へゆけ」
「でも!!」
「俺は必ず戻る。お前の術は師がいない時
は危険すぎる。分かっているはずだ」
妹を守るように、立ちはだかって呀月は
紗月に言った。
「俺も全力を出す。危険だからもう行け」
「必ず戻ってきてね。もう二度と独り
ぼっちにしないで」
紗月は異空間を作って、入って行った。
声は出さずとも闘いは始まっていた。
紗月を一人で逃がしたのには訳があった。
敵の素早さでは異空間に一緒に入って来る
には十分な速さを持っていた。
更に言えば、紗月が闘いに加われば、
エネルギーを使い果たす可能性があった。
そうなれば例え勝てても戻れない。
敵地で孤立化すればいずれ殺される。
それなら師に援軍を求めるのが
最善であった。
呀月の能力は持久戦に持ち込める
タイプの術師であった。
彼自身の慎重な性格も反映され、
攻防どちらにも適応できるように
していた。彼は師が向かった零陵城
には張宝率いる7万の軍勢がいる事
も計算し、師の回復も計算に入れて
数日くらいの持久戦に持ち込もうと
していた。
対する紗月は多くのエネルギーを消費
する能力が多かった。それは攻防どちら
にも言えた。兄を慕う気持ちと女性なら
ではの癒し、そして優しさが反面に出た
形でエネルギー消費を多く消費する術や
自分自身も危険になる術が多くを占めて
いた。
そういった事情があり、兄妹でのコンビ
ネーションも力を発揮する力に作用する
ことが分かり、二人は1組としての戦い
に優れていた。
異空間も時としては攻撃の術として
使っていた。紗月が異空間を作り、
隙をついて呀月が異空間に敵を落とし
たり、体の一部でも入れば、入った
部分は消え去るため、当然闘いに
支障をきたす事に繋がるようにして、
2人はいつも一緒に戦いに身を投じて
いた。
———————————————————
零陵城に到着した術師は、忽然と姿を
消した張宝たちの居所を探っていた。
つまりは張角や張宝が自分の素性を
知っているという事にも繋がっていた。
いつバレたのかを考え、そこから逆に
敵の居所を掴もうとしていた。
黄巾賊の本拠地は冀州の南皮にあった。
張角は北で睨みを効かせていた為、
これまで動いていたのは跳梁と張宝で
あった。張梁が死に、張宝が前線司令官
に任命され、軍を動かしていた。
確かに零陵城に向かっていた7万の軍勢と
共に、突然、何の痕跡も無く消えた。
益州の│牂牁《そうか》までは距離が
あり過ぎるため、呀月の危機を感知する
術は無かった。
そもそも、あの二人が一緒に戦って
負けるとなると相手は絞られる程までに
強敵とも言えた。
しかし、突然、紗月のエネルギーが現れた
事にはすぐに気づいて、直ぐに異空間から
紗月の元へ行ったが、彼女は意識が薄れて
いるほど衰弱していた。
彼女は零陵城にまだ敵がいる可能性も
考慮して城から離れた位置に現れた。
呀月の能力に見合った闘い方を伝授した
のは師である自分であった為、長期戦に
持ち込んだ事はすぐに察する事はできた。
術師は彼女を休ませようと零陵城に
向かおうとした時、強い波動を感じた。
気質から呂布のものだと分かったが、
全ての流れが変わっている事に注目し、
呂布の軍勢は零陵城に向かっていると
分かると、紗月を抱きかかえて零陵城に
移動して、ゆっくり水を飲ませて術師が
作った秘薬を与えた。そして休める場所に
横にして休ませた。
彼女の意識が戻るには、まだ時間を要する
と見た術師は部屋にあった木彫りの人形を
手にすると、入口に置いて大男にして門番
とし、呂布の元まで移動した。
呂布は瞬間的に現れたので攻撃態勢を取った
が、すぐに術師だと分かり、事情を話した。
術師は張角が秘薬と称して与えている秘薬
の事を聞き、酷く動揺した様子を見せた。
「そこまで落ちたか‥‥‥張角よ」と
小言のように洩らしながら思案していた。
まずは呀月の救出を第一とし、衰弱した張遼
を始めとする三千騎を零陵城に入れて、呂布
を連れて行く事にした。しかし、呀月の救出
を第一にすると約束させ、無謀な行動はせぬ
よう重ねて伝えた。そして、呂布を連れて
呀月の気を感知すると、すぐに異空間を作り
呂布を連れて入って行った。
張角の問題も早急に解決せねばならない
状況にあり、術師は珍しく動揺していた。
呂布は目立つ故、敢えて動くなと命じた。
攻撃から軌道を読み、敵の居場所を突き止める
事とし、相手が何者か解らぬ以上、手出し
無用であると言い聞かせた。
敵の攻撃は全て自分に任せて、呀月を
見つけたら彼を抱えて、その場からこの地へ
と移動するのが目的であると重ねて言った。
呂布はまだ術師の恐ろしさを知らないだけに
不安もあったが、敵次第ではと考えると、
連れていけるのは呂布しかいなかった。
術師はため息のような息を吐くと異空間を
作り、呂布を供として入って行った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?