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『居酒屋の失敗』第五章「学んだ事・営業時のエピソードなど」3.ノーゲスとシャンパンタワー


3.ノーゲスとシャンパンタワー

(1)ノーゲスとは?

  ここでは、営業中に味わった屈辱的な事態と飲食店の構図について書いてみたい。
 「ノーゲス」という言葉をご存じだろうか?簡単に言うと「ノー・ゲスト」の略であり、文字通りの「お客ナシ」、つまり営業中全くお客が来なかった事を指す(一時的にお客がいない場合も「ノーゲス状態」等の使い方もする)。そして、開業を目指している時は、そんな事はよほどの事が無い限り絶対に無いと思っていた。
 
 開業前に修行させてもらった店で一度あったのだが、その店は自分の店より更に不利な立地で、ノーゲスでなくともお客1組とかは何度かあったので、「こういう立地だとこういうものなんだろうな」と思う程度で自分には全く関係の無い話だと思っていた。

 ところが、結論で言うと3,4回はあったと思う。そしてあんなにツラいものだとは想像もしていなかったのであった。

(2)ノーゲスのツラさ

 まず、営業日の1日の流れをざっくり書くと、

・9時くらいから食材等を数ケ所仕入れに行き昼頃店へ
・昼食を摂ってから店内を掃除し、午後より仕込みを開始
・16時くらいまで仕込みをしてメニュー表を新しくしたり、テーブル調味料を整えたりして17時から営業開始
・22時にラストオーダーを取り、その対応をしつつ締め作業開始
・23時に閉店し、24時くらいに締め作業が終わり帰宅

概ねこのような感じで、労働時間にしておよそ15時間くらい。

 ところが、これがノーゲスとなると15時間の労働に対して対価が全く無いという事になる。例え1組、1人でも来客があればまだ労働が報われるし、お客さんが店を選んで来てくれた喜びもあるし、再来店など次につながるかもしれないし、何かしらお客から学ぶものもあるかも知れない。とにかく0と1では全く意味合いが違うのである。

 「営業中に労働してないから楽だろう」という声もあるかと思うが、それは従業員の場合である。身銭を切って営業している経営者としてみれば、肉体的よりも精神的なダメージが非常に大きい。ひたすらお客を待ち続けて結局来なかったというのは、経験した者にしか分からない想像を絶するツラさがある。まだイヤなお客の相手をしている方がましなくらいで、本当に一番のイヤな体験としてトラウマとなってしまった。次期開業の際は、出来るだけ安くするなどしてノーゲスだけは絶対に避けたいと思っている。

(3)営業中の偵察と繁盛店

 完全なるノーゲスまではいかなくても店内がノーゲス状態となるのは残念ながら頻繁にあったが、そういう時に気になるのは他の店の様子である。ヒマな状態の店でバイトとお客を待つのも結構気まずいのもあり、かなりの頻度で営業中に他店の様子を偵察に行った。そして、他もヒマだと「自分の店だけじゃないから仕方ない」とわずかな慰めになった。

 しかし、いつ視察に行っても強烈に見せつけられたのは、繁盛店の実力。他が空いていようが全く関係無しで常に繁盛している様は、ただただショッキングだったのと同時に、ヒマな他店を慰めにしている自分が情けなくなったものである。
 そして偵察を重ねるうちにある事に気が付いた。

(4)飲食店はシャンパンタワー

下までこぼれてくれれば有難いのだが…

 「シャンパンタワー」をご存じの方も多いと思うが、簡単に説明すると、シャンパングラスをピラミッド状に積み上げ、最頂部のグラスにシャンパンを注ぐと溢れ出たシャンパンが次々と下のグラスへ流れていくという演出である。そしてこれが飲食店の構図に非常に良く似ていると気づいたのである。

 シャンパンが「お客」でグラスが「飲食店」で上の方が「繁盛店」と仮定する。そして時期やら曜日やら天候やら様々な要因で外食に出ているお客(シャンパン)が少ない場合、満たされるのは上の方の繁盛店(グラス)のみとなる。
 しかし、週末だったり、イベントや花火大会があったり、忘年会シーズンとなるとお客の数が一気に増え、上の方のグラスは早々にキャパオーバーとなり、下の方のグラス(非繁盛店)にもお客が流れる事になり、文字通り「おこぼれ頂戴」となるのである。
 特に忘年会シーズンは予約がメインとなり、繁盛店は早い時期から予約で埋まる事になるため、下の方でも次々と予約が入り、かなりの恩恵にあずかることが出来る。

 以上、理屈としてはそういう事なのだが、上の方のグラスは誰かに頼んで上にしてもらう訳ではなく、自らの努力と実力でのし上がっていく訳で、うらやまむよりは、下にいるのは全て自分の無力さが原因だという事を自覚しておかなければならない。

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