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【東北大学の静かな学費値上げ】e-ラーニング教材の個人負担について考える

東北大で起こったこと

 1月30日に突然、東北大学の新2年生に対して「新たに導入するオンライン教材は個人負担で購入してもらうことになりますので、1万1千円を用意してください」という旨の連絡がなされた。

 英語Ⅲというのは2年生が前期に全学教育科目として受講する授業であり、全学生の必修科目である。私はかねてより大学問題に関心があり、直観的に「これは放置してはいけない問題だ」と思い、何人かの後輩とともにこの問題を考える有志の会を立ち上げ、署名運動の開始にこぎつけた。

 東北大の高額英語教材の強制個人負担撤回を目的とした署名フォーム(学内限定)https://forms.gle/yp1z34cTLe74FnP36

 署名運動はできる限り多くの学生の支持を得るため、ポイントを絞ったシンプルなものとした。しかし、シンプルな要求を掲げると。教材費の多寡の問題に回収されてしまうということも懸念される。この記事の目的は、大学で起こっている諸問題や学問の機会均等などのより広い文脈と結びつけて署名運動を補強するとともに、学外を含めたより広い支持を得ることである。

そもそも「学費」が問題である

 今回の個人負担は実質的な「学費値上げ」である。選択科目の教科書ならともかく、私たちは全学教育科目の必修授業に関する費用については、間違いなくすでに学費として大学に納入しているはずである。
 さて、学費が値上げされることが問題だ!と語るためには、これを読んでいただく方に「そもそも高等教育は無償であるべき」という前提を共有して頂かないといけない。「大学の無償化」などと日本で言うと、理想主義者のように受け止められるが、次の画像を見れば荒唐無稽な主張でないとお分かりいただけるだろう。

国際人権規約
SDGs

 国際人権規約に基づき、実際に欧米では1960年代から70年代にかけて高等教育の無償化が進んだ。アメリカでは1965年の高等教育法で給与・貸与の奨学金制度が整備され、授業料が低廉又は無償の州立大学、コミュニティカレッジ(公立短期大学)が拡大。ドイツ、フランスは1960年代後半、オーストラリアは1974年に大学の授業料が廃止された。イギリスでも「授業料」という名目は残ったものの、国が各大学を介して給付奨学金を給付した。
 一方の日本は国際人権規約を留保し、学費は1970年代から2000年代前半まで一貫して上昇し続けた。そこでは学費の「値下げ」の議論はあっても、それ以上にラディカルな主張はなかなか認知されてこなかったのだ。日本で「学費無償化」という言葉を聞く機会がほとんどないのにはこのような背景があると言えるだろう。

 ではいったい高い学費の何が問題なのか。学費は「教育の機会均等」を損なうものである。教育基本法第3条を見てみよう。

第3条 (教育の機会均等) すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

 要するに、経済的理由から教育を受ける機会が制限されることは、人種、信条、性別などによる制限と同等の問題なのである。日本では中等教育まではこの教育の機会均等は達成されてはいるが、高等教育に入ったとたんに多額の学費を要求される。この学費は親に支払ってもらうか、あるいは奨学金という多額の借金によって賄うほかないが、当然ながら自分の両親の収入によっては様々な制限が加わることになる。そして、この状態は「教育の機会均等が損なわれている」と見るほかないだろう。

教材導入の問題点について

 そもそもの学費じたいが問題であることに納得していただければ、当然今回のような「実質的学費値上げ」が問題であることは論を待たないであろう。

 ただ、今回の問題に関してはさらにいくつか指摘しておかなければならないことがある。

  • 教材導入に際して、アンケートなどで学生に事前に意見を募らず一方的に教材の導入を決定した。

  • 告知が後期の終わり間際と遅すぎる。人によっては急な出費は額面以上の負担となりうる。

  • 特定の企業に対しての利益誘導となりうる。

  • 成績の評価を大学の外部に委託してしまっている。

  • オンライン教材なので半年間しか使うことができず、割高である。

 特に、このような大学による一方的な決定が常態化すれば、教材費だけにとどまらない様々な問題が出てくるだろう。これを投稿する2月15日の朝に英語委員会から回答がなされた。この回答はTOEFLとの癒着についての質問に対するものだったが、この回答で納得できるかはぜひ皆さんで判断してほしい。
学生の声 :: 英語Ⅲの高額教材の強制購入について (tohoku.ac.jp)

学生の皆さんに1万円を超える出費をお願いするのはたいへん心苦しく思っています。英語委員会としても学生さんの負担を少しでも軽減できるよう各方面と話し合いを進めており、分割払いも可能(ただし、その都度振込手数料が発生します)とすることや、もう少し価格を抑えられないか等、交渉中です。さらに、授業料免除対象となった学生さんへの一部補助も検討しています。

 この記述を見れば分かるように、このままSNSで「お気持ち表明」をしているだけでは、大学も「心苦しい」から「少し価格を抑える」だけだろう。署名という数の力で、「困る」から「個人負担を撤回する」という力関係に逆転させていかなければならない。

昨今の大学の問題

 ここ5年ほどで、国立大学で様々な問題が起こっていることは、広く告発されてきた。奇しくも2月9日にはちくま新書から田中圭太朗『ルポ大学崩壊』という本が出た。また、岩波ブックレットの『「私物化」される国公立大学』も国公立大学に絞ったものではあるが、そこで示される具体例は衝撃的なものばかりである。


 大学を取り巻く問題の根深さは、これらの優れた本に譲るとして、学費に関して特に注意しなければならないのは昨年国会を通過した「国際卓越研究大学制度」である。この制度に関しては「大学ファンド」が問題化されていた(「国際卓越研究大学」に教職員1700人反対署名)が、この制度に認定された大学では「学費の自由化」が可能になることはもっと大きな問題として取り上げられるべきだろう。そして、今の大学でこれが学費値下げの方向に向かないことは、近年の事例をみれば明らかである。この制度に東北大学は最初期から、認定を目指すことを明らかにしている。今回の署名活動を機に、学費値上げについても学内でアンテナを張る人が増えることを願っている。1万1千円というお金は、払えない額ではない。しかし、今回学生が声をあげることができれば、後々のさまざまな負担を軽減していくきっかけになるはずである。

最後に

 まず何よりも私たちが要求するのは春から導入されるe-ラーニング教材の個人負担撤回と、大学による真摯な説明である。署名は学内に限定したが、学外の方もSNSなどでこの署名について拡散していただけると心強い。最近の大学はなによりメディアでの批判とSNSでの炎上を回避しようとする。学内の署名(1000筆が目標である)と、メディアによる報道があれば、教材の無料化に大きく近づくはずだ。

この問題に関わってくださる方はDiscordサーバーに参加していただけると幸いです。

この問題については継続的にツイッターアカウントで発信していきます。
https://twitter.com/kyouzaihi_tnp


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