ドッジボールをまた君と

第一章

「ゆうたー!大輔君が鍵を見つけたぞ!公園に集合!」

路地の向こうから、同じクラスのアキトが言った。 

「OK!すぐ行く!」

僕、市立西小に通う3年生、中屋ゆうたは、大声で応えた。

それにしても、また大輔君か。6年生はやっぱりすごい。もう何回鍵を見つけてるんだろう。

すぐに、公園に46人が集まった。僕の学校は田舎にあって、全校生徒はこれだけ。みんな友達だ。3年生は僕をいれて5人。

「そろったか?じゃあ、行こう」

そう言って、大輔君は、鍵穴に鍵を入れる。なんとこの鍵穴、鍵穴だけで、空中にぽっかり浮いているんだ。どういう仕組みなんだろうって、僕は毎回思う。すぐに、僕らはまぶしい光に包まれた。僕はこの光の中に入る時、いつも目をつぶってしまう。

次に目を開けたとき、僕がいるのは、自分の教室の、自分の席。

「よーし、みんなそろってるな。では1時間目を始めよう」

担任の太田先生が言った。

こうして今日も学校が始まる。

入学したときからこうだった。僕たちの小学校があるはずの場所には、朝、学校がない。校舎が丸ごと、消えてしまっているんだ。

僕ら46人の生徒たちは、毎朝、鍵を探す。鍵が隠れている場所はいつもなかなか厄介で、今日は公園のブランコの裏に、テープで貼りつけてあったらしい。

鍵が見つかれば、あとは簡単。鍵穴が、どこからともなくフワフワと現れるから、そこに鍵を入れるだけ。鍵の周りに集まった子供達は、光に包まれて、いつのまにか、突然現れた校舎の中の、自分の教室にいる。

ただし、鍵探しにはタイムリミットがあるから、要注意なんだ。それは午前8時。8時になると、チャイムが鳴って、校庭にドーンと、学校が現れる。そういう時、僕らは普通に、歩いて学校に行く。

どうして毎日、校舎が消えてしまうのか。

太田先生は、校長先生が「はからい」で、校舎を「いくうかん」って場所に隠しているとかって言ってた。

正直ぜんぜん分からない。というか、そんなこと本当はどうだって良くて、とにかく僕らは、一番に鍵を見つけたい。だって、鍵を見つけた子は、その日の昼休みリーダーになれるから。

「今日のみんなの時間は、サッカーな!」

これは6年生の大輔君。大輔君は、サッカーが強くて、みんなのリーダー格。

男子たちが、よっしゃー!とか、いえーい!と言って喜んでいる。

僕たちの学校の昼休みは50分。最初の25分は、みんなそれぞれ好きなように過ごす。でも、残りの25分は、「みんなの時間」といって、みんなで同じことをする決まり。その「同じこと」を決められるのが、昼休みリーダーだ。

午前8時までに誰も鍵を見つけられなければ、「みんなの時間」はお預け。それは嫌だから、僕らは寒い日も暑い日も、頑張って鍵を探す。

今日の「みんなの時間」はサッカーに決まった。46人でやるサッカーがサッカーと呼べるのかは分からないし、点なんて全く入らないまま試合が終わるけど、気づくと僕らは25分間ずっと笑い転げてる。

ちなみに、同じクラスで、勉強好きのあずさが昼休みリーダーになると、「自習の時間にします」なんて言い出すから、あずさに鍵を見つけられないようにするのも僕らの大事な仕事だ。

僕?僕はリーダーになったら、絶対ドッジボールがしたい。

7月3日。その日僕らは朝から大騒ぎだった。いつものように学校にワープしたら、先生たちがいなかったからだ。
太田先生も、他の学年の先生も、保健室の先生も、みんなで学校中を探しまわったけれど、どこにもいなかった。

「帰っちゃおうぜ」
と大輔君。

今僕たちは、1年生から6年生まで46人全員が体育館に集まって、子供会議の真っ最中だ。

「もし先生たちが来たらどうするの?学校が終わる時間までは、残ろうよ」
と、5年生の友香ちゃん。

「でも給食は?給食室の先生たちもいないし、お腹空いたよー!」
これはアキト。アキトは、食いしん坊で、いつも給食のことを考えている。

みんながああだこうだ言っていたその時。僕たちの後ろの方で、ガラガラと音を立てて、体育館のドアが開いた。

「みんな、ここにいたんだね。はじめまして。僕、としあき。」

みんながポカンとして、その男の子を見ている。少し懐かしいような、優しい笑顔。背は僕と同じくらいだけど、ちょっと大人っぽい。


その子と過ごした少し不思議な夏を、僕はきっとずっと忘れない。


第二章

突然現れた男の子。僕とアキトは、目で会話する。
「知ってる子?」
「ううん、知らない」

男の子は続けた。
「今日から転校してきたんだ。3年生だよ」

「転校生?こんな田舎に珍しいな。まあいいや、宜しくな、としあき」
大輔君がみんなを代表して、挨拶する。

「でも悪いけど、今はとしあきを歓迎してる場合じゃないんだ。見ての通り、先生がどこにもいないんだよ。俺たちも困ってて」

そう言う大輔君に、としあき君が答えた。

「先生たちは来ないよ。明日も、明後日も。ねえ、僕たち、理想の学校を作らない?」

先生が来ない?明日も、明後日も?何を言っているんだ、この子は。それにさっきからずっと思ってた。この子、どうやって学校に来たんだろう。

頭の中が?だらけの僕をよそに、話はどんどん進む。

「それいいな、おもしろそう。どうせ先生たちが来るまでやることもないし、俺たちで学校生活やろうぜ!」

大輔君の言葉に

「授業はどうするのよ!?」
とあずさ。あずさはだいたいいつも、男子を叱りつけている。

そして僕らの話し合いが始まった。

次のことが、僕らが決めたルール。

●授業
1〜2年生は、あずさが先生。
3〜5年生は大輔君が先生。
6年生はとしあき君(都会の塾で、もう6年生の範囲まで勉強してしまったらしい)が先生。
●授業は午前中だけ。午後は自由時間。
●宿題はなし!
●廊下は走っても良い!

こうして、僕たちの新しい学校生活が始まった。

7/3
みんなワクワクしている。あずさは張り切って授業をした。


7/4
あずさの授業が終わると、男子はすぐに外に飛び出す。みんなとドッジボールをした。としあき君が強かった。

(発見したこと→ ①11:30になると、なんと給食室に全員分の給食ができている。給食室には誰もいないのに、不思議だ。②学校が、朝、消えなくなった)


7/6
としあき君が考えた、雑巾レースを廊下でやった。面白くて、授業そっちのけでやっていたら、あずさに怒られた。


7/10
2週間目。
としあき君とアキトと、普段入れない屋上に忍び込んで、給食を食べた。めちゃくちゃおいしかった!


7/12
あずさの授業は、自習が多くなった。ラッキーだ。大輔君も、あまり授業をしてないみたい。


7/13
あずさが学校を休んだ。
1時間目からみんなでプールをした。としあき君が、水中にらめっこのチャンピオンになった。

(発見したこと→としあき君が、時々何かを熱心にメモしている)


7/16
3週間目に突入。あずさの元気がない。なんだかみんな、少し疲れている?


そしてその週の木曜日ー

朝一番に、あずさが言った。
「ゆうた、みんなを体育館に集めて」

47人全員が体育館に集まった。缶けり中だったアキトたちが、ぶうぶう文句を言っている。
するとあずさが突然泣き出した。

「勉強がしたい。先生の授業を受けたい。前の学校に戻りたいよ」

ドキッとした。

先生がいない。
授業がない。
宿題がない。
廊下は走り放題。

そんな、今の学校が好きだ。ずっとこんな日が続けばいいと思ってた。

でも、思い出してしまった。僕は、先生に跳び箱を教えてもらえる体育の時間も大好きだったってことに。

すると、1年生や2年生の子たちが、次々と泣き出した。私も、先生に会いたい。僕も、みんなと揃って給食が食べたい。

「自分たちでルール作って、自由に過ごす。それが楽しくないのかよ?」
大輔君が、少し弱々しく言った。


「た、楽しいよ・・・すごく。でも、47人全員が楽しくないと、理想の学校とは言えないよね・・・」

僕は言った。でも嘘だ。格好つけた。本当は僕だって、みんなと一斉に食べる給食の時間や、先生が恋しかった。


「確かに、先生達も、僕たちに会えなくて寂しがってるかなぁ」

僕の隣で、アキトが言ったのを聞いたら、なぜか少し泣きそうになった。

シンとした体育館に、よく通る声が響いた。

「みんな、校長室に行こう」

その声の主は、としあき君だった。

校長室には、何回も入ったことがある。僕たちの校長先生、高野先生は、ちょっと変わってる。子供みたいなところがあって、生徒と一緒に外で遊ぶし、いつでも校長室に遊びにおいで、なんて言う。僕らは、夏の暑い日の昼休みに、エアコンのある校長室で、校長先生にどんぐりごまの作り方を教わったりしていた。

今もひんやりと涼しい校長室には、もちろん校長先生はいない。机の上のネームプレートが目に入った。先生の名前、難しいなぁとぼんやり考えていたら


「君たちは前の学校に戻りたい。間違い無い?」
と、としあき君が言った。

僕は言った。

「朝学校に来て、今日は何する?って話すの、すごくワクワクした。たまにケンカもしたけど、勉強を教えあったり、全力で遊んだり、思い出もたくさんできた。でも、僕は戻りたい。大人になるには、先生の授業も、ルールを守ることも、きっと必要だと思うから」

前の学校に戻っても、僕たちはきっと良い学校を作っていける。そういう気持ちを込めた。

みんなもうなずいてくれた。

「OK。君たちの気持ち、わかったよ」

としあき君はそう言うと、校長室の机の引き出しを突然開けた。

・・・!?校長先生は優しいけど、さすがに机を勝手に開けるのはまずいんじゃ・・・

あぜんとする僕たちの前に、見慣れた鍵がキラリと現れた。

としあき君がニヤリと笑う。

「ゆうた君、鍵を開けて」

何がなんだかさっぱり分からない。

でも、鍵を手に取った瞬間、ぼくの目の前に鍵穴が現れた。この光景、知ってるぞ。


僕はおそるおそる、鍵を鍵穴に入れる。その途端、僕らの目の前に、茶色いドアが現れ、音もなく開いた。ドアの中は、虹色にまぶしく光っていて、ごうごうとすごい風が吹き、僕らは吸い込まれそうになった。思わずみんなで手を握る。


体がドアの方にどんどん引きずられる。低学年の子たちはもうほとんど吸い込まれそうになっていて、きゃーきゃー叫んでいる。さっと目を走らせると、としあき君が一人、校長室にたたずんでいた。

「としあき君!!早く!!」

そう言って必死に右手を伸ばした。でも、僕の左手を引っ張るアキトの手の力がすごい。アキトも僕も、もうドアの奥に吸い込まれそうだ。

「としあき君!!」

僕の体は完全に吸い込まれた。体がフワッとどこかへ落ちていく。

としあき君が、向こう側からドアを閉めるのが見えた。

「ありがとう、ドッジボール楽しかった。また会おう」

最後にそう言い残して。

気がつくと僕らは教室にいた。

「どういうこと?今のは夢?」
あずさが言った。さっきの風で髪がボサボサになっている。

その時ー

「みんな、おはよう!」
と言って太田先生が入ってきた。

そう。僕たちは、帰ってきた。

みたいだ。

その後は授業にならなかった。僕たちが太田先生を質問攻めにしたからだ。けれども先生は、何が何だか分からない様子だった。

黒板を見ると、日付は7月3日。僕らがあの不思議な学校に迷い込んだ日だ。

「先生、としあき君は!?転校生の!」
僕がたずねる。

「転校生?そんな話は聞いてないぞ。でも、としあきと言えば、校長先生と同じ名前だな」

「校長先生!?」

「おいおい、校長先生の下の名前知らないのか?高野稔晃(としあき)先生といえば、知らない人はいない有名人だぞ。日本を代表する発明家で、時空を操る機械を世界で初めて開発したんだ。その機械で、この学校も毎日異空間に隠されてるんだぞ」

僕は全然知らなかった。

「でも、なんでそんなに偉い発明家なのに、こんな田舎の学校の校長先生をしてるの?」

「校長先生はな、お前たちくらいの年の頃、学校に馴染めずに悩んでいたそうなんだ。その時、いつか子供たちが本当に来たいと思えるような学校を作ろうと決意したんだ。教師を目指しながら、研究も続けて、あの機械を発明・・・」

先生が話すのをぼんやりと聞きながら、僕は思い出していた。

としあき君と一緒にした、雑巾レースとドッジボール、そして、その時のとしあき君の笑顔を。

「いってきまーす!」

ランドセルを背負って、僕は家を飛び出す。

いつもの道を走って、今日も僕は、鍵を探す。

足元できらりと何かが光った。

僕はおそるおそる、手を伸ばす。





(今日の昼休みのドッジボールは、先生たちも誘おう)


そう誓う。

そうして今日もまた、僕は僕の学校に行く。

少しの面倒臭さと、大きな楽しみを抱えて。





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