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005便 客室からのエピソード 心のほっこり行き

今回は客室乗務員として働いていた頃のエピソード編です。
色々な思い出がありますが、今回は私が乗務していた中で、一番ほっこりしたエピソードについてお伝えしたいと思います。

成田発フランス行きの機内でのことでした。ビジネスクラスを担当していた私は、あるお客様にお食事をサービスしました。
そのお客様は70代くらいの老紳士で、笑顔が素敵な優しい方でした。

食事をお持ちしましたが、その方はなかなか食事に手をつけようとしません。


冷める前に食べて欲しいな


あんまりお腹空いてないのかな

などと考えながら様子を伺っていました。

彼は分厚い手帳を開いていて、あるページで手が止まっています。ずーっとそのページを見ているのです。

何か読んでいるのか。それとも考えているのか・・・

時々もごもごと何か呟いている・・・

そして表情はすっごく楽しそう


え、もしかしてマンガ?


こち亀?

いやまさかね・・・

と、くだらない妄想をしつつ


その間も、食事が進んでいく他のお客様へのサービスで

私はパタパタと忙しくしていました。


でもやっぱり気になって気になって(その時は、お客様が気になるというより、食事が冷めたり乾燥したりするのが気になってました)

「もしお持ちしたタイミングが悪いようでしたら、こちらは後で、ご希望の時に温め直してお持ちしましょうか?」と聞いてしまったのです。


すると彼はハッとした表情をされ

「ああ、すみません。お気になさらず。今ね、妻に、ご飯を食べるよって言っていたところなんです。」とおっしゃり、分厚い手帳を見せてくれました。


そこにはとても優しそうなお顔の、品の良い御婦人が写っていました。手にはユリの花束を持ち、クリーム色のカーディガンを着て、嬉しそうに笑っている、素敵な写真でした。

「奥様ですか。素敵なお写真ですね」と私が言うと


「そうでしょう?昨年亡くなったんだけどね」と。

一瞬バツの悪そうな顔をしてしまった私を見て、彼はこんな話をしてくれました。

「そんな顔をしないで。いいんです。私はね、今とても幸せだから。妻が亡くなってからのこの一年、生前の妻と旅した所を一人で回ってるんです。この妻の写真と一緒にね。最初は寂しくて。でも、今はどこへ行ってもとても楽しい。思い出の中の妻と会えるからね。今も、この窓から見える空を一緒に眺めていたんですよ。妻は空が好きだったから。こうしていると、今でも妻は隣にいて、一緒に旅をしているような気持ちになる。それにね、少し不思議なことがあるんです。飛行機に乗ると、私の隣の席はだいたい空いてるんですよ。天国から、妻が私の隣の席を予約しているのかな?なんてね。」

彼はそう言って、子供のような顔で微笑みました。
本当に、その方の隣の席はたまたま空席だったのです。別にお客さんが少なくて、ガラガラの便だったというわけでもないのに。

私は、普段あまり、というか、全くメソメソしないタイプなんですが、この時はなぜかえらく感動してしまい、半泣きで、


「絶対そうですよ!そうに違いありません。きっと奥様がご予約されたんです!こちらに座って頂きましょう。テーブル出しますから。今奥様に暖かいお茶も持ってきます!」

と、老紳士が引くぐらい(というか多分引いてた)の勢いで、奥様に隣のお席を用意しました。

その後も、彼と私は、フランスに着くまでの間にいろいろな話をしました。花と一緒に写る奥様の写真を何枚も見せてもらいながら。そして最後に彼が私にこのような言葉をかけてくれたのです。

「あなたは変わった人だね。妻の話を楽しそうに聞いてくれて嬉しかった。だから特別なことを教えてあげる。あなたが将来結婚するときは、このことを覚えておいて。この人がいなくては困る、と言う気持ちにさせてくれる相手ではなく、この人がいなくなっても、この人との思い出があれば、一生生きていけると思える程愛した人を選びなさい。そうすれば、あなたの残りの人生は、一生幸せでいられるよ。あなたなら、そんな人をきっと見つけられる。そんな気がするんだ」

私はこの言葉を、深く胸に刻み込みました。よくできた話のように聞こえるかもしれませんが、本当にこんな素敵なことを言ってくれた方がいて、そしてそんな方と、数時間を共有できた事は、私の人生の宝物になっています。


それから数年後、私は結婚しました。あのフライトのことが頭にあった私は、夫と結婚することに何の迷いもありませんでした。


そして今・・・

夫の事はとても好きですが、喧嘩をしている時などは、世界一憎らしいと思ってしまうこともあります。(笑)

まだまだ、夫婦として成長していかなくてはならない点がたくさんある日々。でも。


いつかあの時のお客様に会って


「教えていただいた通りの人と出会うことができました。」と胸を張って言えるようになりたいと思います。


夫の靴下が、洗濯カゴに入っていなかったり、

楽しみにしていた冷蔵庫のチーズケーキを夫に食べられてしまったり、


腹の立つことは沢山あるけれど
(書いてみると、なんて些細!!笑)

この日々の思い出が、いつか私や夫が一人になった瞬間に、お互いを生かす力になる

と想像すると

細かいことをうるさく言わず、少しでも長い時間、笑っていたいなぁと思うのです。
もちろん、配偶者だけでなく、親や子供、友達にも同じことが言えますよね。


まあ、数日経つとすっかり忘れて、「ちょっとー!何やってんのー!」って、怒鳴ってるんでしょうけどね。
時々思い出さなきゃな。

さて、今日のところはこの辺りで着陸!いかがでしたか?
皆さんの心が少しでもほっこりした場所に着いていることを祈っています。

ではまた次のフライトで。

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