Night/Knight第27話 「マン・ハント」小説版

 ヘブリニッジ6区。そこにあるコロセウムを思わせる闘技場は、普段ならば閑散としているはずが、今日は珍しく満員の人だかりとなっていた。
 それもそのはず、この熱狂的とも言える盛り上がりの原因は、この日行われる行事にあった。
――マン・ハント。
 能動的、意図的、飲食的に人間を殺すことを禁じられている魔族たちが唯一合法的に人殺しができる祭である。
 闘技場の中心には、ヘブリニッジの外から連れてこられた人間たち――とはいっても、死刑宣告を受けた罪人なのだが――が並べ立てられ、処刑の時間が迫るのをその身をもって感じていた。
 それを知ってか知らずか、ド派手なストライプのジャケットにピンクのカッターシャツといった出で立ちで騒霊、サンタナ・A・スミスは意気揚々と用意された演説台へと上がる。
「さぁ!さぁ!始まった始まった!一年に一度の盛大な祭り!マン・ハント! 物理的に「血が湧き」「肉が躍る」そんなド派手なパーティの幕開けだぁっ! 司会はもちろん!このオレ!ヘブリニッジ切っての色男。サンタナがお贈りするぜぇ!」
 サンタナの煽りに応じて会場は盛り上がり、生贄たちは血の気が引いていく。その奇妙な温度差に何とも言えない興奮を抱きながらサンタナは続ける。
「さぁてさて!ここに並ぶ哀れな人間共はヘブリニッジの向うで大きな罪を犯した罪人だ!もれなく全員死刑判決くらってるわけだ。殺人・強盗はもちろん国家反逆罪に大量虐殺!手心を加える必要のないごろつき共だ!全く、ふてぇ輩も居たもんだ!ということで今日諸君には、このワルモノたちの罰を下す手伝いをしてもらおうと思ってる!」
 熱狂が増す。徐々に集まっている魔族たちの理性のタガが外れてきているのか、汚い罵声が飛び、ともすれば一声聞くだけで身がすくむような咆哮すらとどろく始末である。
「さぁて!ここからはルール説明だ!とはいってもここにいる血に飢えた野郎どもは知ってるだろうけどな!ルールは簡単!これから半日。あんたら罪人たちはこのヘブリニッジ中を逃げ回って生き残ったら勝ち!無罪放免! だ・け・どぉ?捕まったら最後!ってな具合だ。死ぬ気で逃げろよ~?あぁ、俺たちに襲われたときに反撃するのもありだ。まぁ、その反撃が通用するかは別だがな?そして、心優しい捕まえる側のみなさぁ~ん!わかってんなー?これから5分間はノータッチでおねがいしますよぉー?抜け駆けは無しだぜー?抜け駆けした奴は俺が直々にきっつぅいオシオキしてやるから覚悟しとけ!」
 サンタナが合図を出す。それと同時に闘技場の四方の門が開き、街への出口が開かれる。いよいよ始まるのだ。彼の一言で。死刑囚たちにとっては地獄の一日が。
「それじゃあ、よーいスタートォ!!!」

~同会場・同時刻~
 サンタナが盛大に会場を盛り上げ、多くの魔族が自分たちが解き放たれるのを今か今かと焦れて、吠えまくっている時。夜巳鎮は会場の二階ロビーの手すりにもたれて呆れかえっていた。
「・・・フン、相変わらず、趣味の悪い祭りだな。」
 同じ魔族として、血に飢えるのはわかる。だが、だからといってここまで盛り上がる必要があるのかと鎮は思う。鎮にとって殺しはあくまで「自己防衛」であり「他者防衛」であり「利潤防衛」の手段でしかない。趣味や戯れの殺しは自分としては理解のできない物であった。
「あら、鎮様。おいででしたの」
声のした方を見やる。ついっとスカートの端をつまみ、令をする。お嬢様然としたドレスに身を包んだ少女――マルリス・アヴィラがそこにいた。どことなく上機嫌な彼女に向かって鎮は淡白に答える。
「マルリスか。何の用だ」
「ご機嫌麗しゅう。いえ、珍しいと思ったので声をかけたまでですわ。鎮様がこの祭りに来るなんて」
 クスリと笑う少女と仏頂面を崩さない鎮。知らない者が見たら一触即発なムードが漂っているように見える。
「様子見に来ただけだ。参加するつもりは無い」
 吐き捨てるように言う鎮に対し、マルリスは「でしょうね」と言いまたクスリと笑う。
「なにせ、お優しい鎮様ですもの。罪人とはいえ無抵抗な人に手を上げるなんてことはしませんものね」
 鎮の眉根がピクリと上がる。表情は変らないものの、その心情にはなにか来るものがあったのだろう。
「それは、俺に対する嫌味か?マルリス。」
 「なんとでも」とさらりと鎮の威圧を受け流すマルリス。しかし、表情をすぐにどこか遠いところを見るようなものに変える。
「・・・それにしても先日までの事が嘘みたいですわね」
 彼女の言う「先日」それは、鬼と吸血鬼ヘブリニッジを仕切る二大種族派閥が衝突した一件の事である。互いの思いの違いと裏で暗躍し、自ら成り上がろうとする者たちの思惑の所為で多数の人員が負傷し、または死んでいた。
 鬼側と吸血鬼側。双方ともに誤解のために衝突したが、黒幕の失脚により双方は和解。この祭りがおこなわれる一週間前の出来事であった。
「鬼との騒動か。早期に終結したからな」
 それに、と付け加え、盛り上がる会場を見下ろしながら鎮は言葉を紡ぐ。
「ここはヘブリニッジだ。魔窟は一つや二つの騒動では揺らがん」
 どこか、確信めいた物言いをする鎮。それに対しマルリスは首肯する。
「確かに。まぁ、あと今回の一件で街に暮らす魔族の不満が募っていたのもありますし、ちょうどよかったのではありません? 」
その言葉に対し、深いしわを眉間に刻む。
「いいガス抜きになると?」
「ええ、不平不満のぶつける先があるのと無いのでは違いますわ」
 確かに、ストレスのぶつける先としてはちょうどいいだろうな。と鎮は思う。このヘブリニッジに暮らす魔族は多かれ少なかれストレスを抱えやすい。その理由の一つは、この街を囲む巨大な塀と、街を見下ろすように作られた巨大魔術砲台。『我々魔族は「飼われている」のだ。あの矮小な人間共に』塀を飛び越えることもできず、半径25Kmというただ決められた範囲の中でしか生活できない魔族にとって、この思いは意識的・無意識的かかわらず常に心のうちに巣食う澱となってたまっている。それを一時的に忘れるための狂宴。それこそが『マン・ハント』という祭りの趣旨の1つでもあった。
「全く、よくもまぁここまでそろえたものだよ。人間というものはどうしてこうも同胞をためらいもなく殺すかね」
 どこか哀れとも、飽きれとも取れる言葉をもらしつつ、けれど佇まいは凛とした歩き方で、もう一人が現れる。黒い軍服のようなデザインの服に身を包み、左の肩には朱に染めたローブを下げた女性―アルマ・フォン・タークである。
「アルマ様。いらしてたのですね」
「ああ、ここの警備を任されているからな」
 そっと微笑む彼女の姿はいつもと変わらぬ「フォン(騎士)」の称号のにあう凛々しさがある。
「配備はどうだ」
「十全だ。ま、そうそう攻撃があるとは思えんがな」
 荒事、それも戦争と言えるレベルの荒事に対して特化したような家風を持つ「ターク家」そこがこの祭りの警備についていた。血気に盛り過ぎた魔族たちの暴動の鎮圧であったり、または魔術師の攻撃に備える為である。
「現状、戦力を持っているのはウチの家だからな。これくらいはたやすいことだ。・・・ふむ、そろそろ始まるか」
 マイクを通しているとはいえ、それでもバカが付くほど大きな声で、闘技場の中心でサンタナがルール説明を叫び上げ、会場を必要以上に盛り上げている。その声は二階という離れた場所であってもうるさいと思えるほどに響き渡っていた。
「相変わらず、うるさいですわね。サンタナは。二階席なのにここまで響いてきますわ」
 ワザとらしい指で耳を塞ぐ動作をしながらマルリスは嫌味をごちる。呆れかえった鎮はフンと鼻で不愉快を表す。
「くだらん。茶番だな」
 もたれていた手すりから離れ、鎮は歩き出す。いよいよ始まるとなればここも騒がしくなる。そうなると居心地が悪くなるのは目に見えているため、鎮は早々の離脱を試みる。
「鎮様?どこに行かれるので?」
 意外という風にマルリスが呼び止める。が、それに振り返らずに鎮は言う。
「そうぞうしいのは嫌いだ。帰らせてもらう」
 残されたアルマとマルリスはお互いの顔を見合わせ「やれやれ」といった感じで彼の姿を見送る。
「よぉーい・・・すたぁーと!」とサンタナの号令が響き渡り、ついに『騒々しい祭り』の火ぶたが切って落とされた。


 サンタナが開始の号令をかけてから約4分過ぎ。哀れな生贄の罪人たちは各人員が思い思いの場所へと逃げていた。街中へ飛び出る人、闘技場のどこかへ隠れた人、死を覚悟して武器を探しに出た人間もいた。そして、ただ一人ただ茫然と闘技場のど真ん中で立ったままの人物が一人いた。
「Twinkle,twinkle,little star・・・」
 その人物はフード付きのローブを纏い、うつむいて歌を口ずさんでいた。
「ふぅーん。大体逃げたか?あと一分程度で開始だが・・・。おーい。お嬢ちゃん。逃げねぇのかい?逃げねぇと真っ先に食われちまうぞ? 」
 いぶかしむように声をかけるサンタナであったが、その人物は声に反応することなくずっと歌を口ずさむ。
「How I wonder what you are...」
「ったく、なぁに歌ってやがんだよ。っと開始時刻だな。よぉし!いくぜお前ら!カウントダウンだ!5、4、3、2・・・1」
「ゼロ」と言おうとした瞬間に今までぼんやり佇んでいた女を中心に魔力の渦が巻き起こる。辺りの空気が一気に舞い上がり、突風となり辺りに吹き散らす。
「拘束術式・・・解放!」
 女がそう言った瞬間、突風は弾け飛び辺りの風が吹き戻しのように戻ってくる。思わず、サンタナが目を庇いそうになった瞬間、視界の隅で女性が動くのを捉えた。
「一人目ぇ・・・いただきまぁす!!」
「ノイジー・オブ・セッション!!」
 サンタナは反射的に自らの魔力で作り出したギターをかき鳴らす。ギュイーンと耳障りな音が倍音となり、そして衝撃波となって女に直撃する。
「ぐぅっ!?耳が・・・いたいぃぃ!」
 耳を抑えのたうつ女。サンタナはその隙に飛びのき、距離を取る。
「くっそ、ビビらせんなよ・・・ってか、なんだぁ?テメェ。その腕、そんなに長かったか?」
 よくよく見ると女の腕は異様なほどに伸びていた。腕の関節という関節が外れたかのように、女は普通に立っているのにも関わらず、地面にべったりと付くほどに伸びている。そして、太さはまるで丸太をそのまま埋め込んだかのように太くたくましいものに変わっていた。
「壊さなきゃ・・・殺さなきゃ・・・アは・・・アハハハッ!」
 うわごとのようにつぶやく女。パサリと外れたフードから現れた女の顔はどこか焦点が合っておらず、狂気に染まっていた。
「おいおい、マジこいつはイッちまってる類か!?」
 大抵、「イッちまってる」と揶揄されることの多いサンタナではあったが、本人をして「イッちまってる」と言わしめるほどに、この女は異様な空気を放ちながら存在していた。じり、じりと無意識のうちにサンタナの足は後ろへと下がっていこうとしてしまう程に。ゆらり、と目の前の女が揺らめいた。「コイツはやべぇかもな」と思いかけたその時、サンタナの頭上から声がした。
「サンタナ!下がりなさい!行けっ!ブラッドエッジ!!そして、出でよ我が眷属(けんぞく)たち!」
 レイピアの形をした、血で形作られた剣。マルリスのブラッド・エッジが飛来。女へと襲い掛かる。そして、それと同時に魔力で作られた狼の群れが地面から湧き出るようにして現れ、これも同じく女へと向かって突進していく。
「ぬぅぅ・・・邪魔ぁッ!」
 女は腕を振り払い、ブラッド・エッジを弾き、そして食らいつく狼の群れを薙ぎ払おうとする。
「サンキューだぜ。お嬢さん。つか、なんなんだこいつぁ」
「私が知る訳ないでしょうに!」
 だろうな、と苦笑いをするサンタナ。ただ、その表情の裏では今までにない緊張感が体の隅々に響き渡っていた。
「増援は、アンタだけか?」
 言いようのない恐怖感をごまかすために、気休め程度の状況確認を試みる。目の前でマルリスの眷属と暴れている化け物みたいな女との諍いを眺めながら。
「アルマ様はこのホールに居る客の避難誘導に出てる。終わったらこっちに来る手筈」
「鎮の坊ちゃんは?」
 一番、こういった手合いに勝てそうな存在が出てこなかったために、思わず聞いてしまったサンタナだったが、いらぬ地雷を踏んでしまったようで。
「知らない!」と吐き捨てるような、どこか怒気のこもった返事が返ってきた。
「あっそうかい!んじゃ、俺らで相手って訳かい!」
 当てつけに当てつけで返しつつ、警戒を強める。どうやら、この目の前の相手をどうにかするためには本気でアルマと自分の二人でどうにかしなければならないらしいということを、サンタナは実感し、うんざりしていた。
「この狼・・・邪魔・・・邪魔・・・邪魔ぁぁぁっ!!」
 その場でブンブンと長い腕を振り回し、暴れていた女が、組み付かれた狼をそのままに突進してきた。
「こっちに来るぞ!?」
「散開!掴まれたら終いよ!」
 マルリスは左に、サンタナは右に飛びのき回避。二人が居た丁度その場所をラグビーのタックルのように女が駆け抜けてゆく。そして、そのまま闘技場の壁に激突。その衝撃にやられたのか組みついていた狼がいつの間にか霧散していた。
 ガラガラと瓦礫を崩しながら、女はサンタナとマルリスの方を向く。先ほどまでの焦点の合わない表情ではなく、今度は怒りに染まった文字通り「血走った」表情で二人を見据える。
「むぅぅ、イラつく・・・壊さなきゃ・・・壊すぅぅぅ!」
 雄たけびを上げながら、再び突進してくる女。その巨大な腕で抱きしめようとするように大きく広げ、二人に向かってくる。
「まともな思考してねぇなコイツ!」
 再びの突進をすんでのところで回避する二人。
「ならば、さっさと仕留めますわよ!行け!ブラッド・エッジ!」
「派手に行こうぜ!マジック・アンプリファイア!」
 サンタナのギターの衝撃波に乗り、ブラッド・エッジの速度が増す。女がブラッド・エッジの姿を視認した時には、回避できない位置にまで迫っていた。
「っ!?直撃!?あぁぁぁぁっ!?」
 ダダダダダ!と機関砲が着弾したような連続した重たい破裂音が響き、辺りに土煙が立ち上がる。女の姿は土煙に隠され、どうなったかは視認できない。
「やったか!?」
 確実的な手ごたえを感じたサンタナは思わず声に出して言っていた。しかし、それと反するように、醒めた声でマルリスは言う。
「知っていて?サンタナ。それ、フラグっていうらしいですわよ?」
 手ごたえに反して警戒を解かないマルリスに訝しみながら、サンタナは軽口を漏らす。
「フラッグ?旗でも掲げるかぁ?戦勝記念だっつって」
「ちがいますわ。フラグってのはなにかのきっかけになる言葉で・・・」
 ユラリ。と土煙の向うで影が動いた。そして、ズン!と太い腕が立ち上る煙の向うから現れる。
「痛い・・・じゃなぁぁぁい? 」
 女は生きていた。しかも、速度を増し、威力を倍加させたはずの攻撃を直撃で受けておきながら「無傷」だった。
「まじ・・・かよ・・・」
意図せず、サンタナはつぶやいていた。そして、マルリスがつぶやく。
「フラグって、大体悪いことが起こる前触れをいうの」


 闘技場の観客席は混乱していた。突然現れた異様な姿の魔術師。そして、巻き起こる戦闘。絶対に巻き込まれてたまるかとした、ヘブリニッジに住まう魔族たちが持つ「危機回避能力」が混乱を招いていた。
「諸君!落ち着け!避難経路は確保されている!ゆっくり進むんだ!慌てる必要はない!」
 取り乱す者が多い中、アルマは凛として、そして落ち着いてこの混乱に対処していた。即座に避難経路を部下に確保させ、さらに、ブロックごとに観客を掌握し、近い場所から外へと誘導していた。
 (しかし、これではいつまでたっても・・・)
 アルマの気持ちは逸っていた。あの場に現れた魔術師。マルリスが即座に飛び出し迎撃に当たり、自分が避難誘導に当たれるよう動いたのに気付いていたからだ。
 (マルリス嬢なら、問題はないだろうが・・・しかし、あの魔力量は尋常ではない・・・)
 それなりに魔術師と死闘を繰り広げ、今まで生き延びてきたアルマだが、それにしても感じたことのない魔力の放出を見た。ともすれば、普通の人間なら死んでもおかしくない量の魔力をあの不気味な魔術師は垂れ流したのだ。
 (早く、なんとかせねば・・・)
そう思っていると、頭の中に、自分を呼びかける声が響いた。その主は自分が副官として置いているジニーのものであった。自分の意識を単純な思考から念話に切り替える。
『ボス。東側、誘導完了しました。西と南は3割が終了。後はそちらの北側ですが・・・』
「ジニー。すまない。こっちはまだ1割いったかどうかだ。皆集中的にこちらへ流れて来ていたようでな」
『わかりました。では私含めた東の人員はそちらの増援に』
「ああ、たのむ!そして、ジニー申し訳ないが・・・」
『ボスの引継ぎですね。了解。すぐそっちに向かいます!』
 ブツンと念話が切れる。と、同時に自分の位置からは見えないが先ほどまで喋っていた副官が大声で誘導指示を飛ばしているのが聞こえ始めた。どうやら、自分が言うことを先回りして動いていたようだ。
 (まったく、やるようになった)
 自分が世話をし始めたばかりの時はドジばかりして泣きべそをかいていたジニーが今となっては陣頭指揮を買って出るまでに成長した。その事実に思わず感動を覚えるが、悠長にそんなことに浸っている時間もないことはわかっていた。
 いざ、動こう。そう思ったとき、声が掛かった。
「何があった。アルマ」
「夜巳のか!魔術師が中で暴れてる。囚人の中に紛れ込んでいた」
 帰ったはずの鎮が戻ってきていた。どうやら、騒ぎを聞きつけ戻ってきたらしい。
「数は」
「1.しかし、なかなか厄介そうだ。サンタナの騒音が大して効かなかった」
 簡潔に事実だけを伝えていく。こういうときの鎮はとても話が分かりやすく、こちらの意図を汲んで会話をするので、とても助かっている。
「なに?今、相手は誰がしてる?」
「マルリス嬢とサンタナだ。だが、どこまで持つか」
 鎮の表情に影が見えた。ひっ迫した状況というのが分かったのだろう。すぐに人の流れに逆らうように動こうとする。
「まて!私も行こう!」
「アルマは避難誘導を先に終わらせろ」
「指示はすでに部下に出している。後は彼らがやってくれる」
「陣頭指揮は?」
「ジニーが引き継いだ。奴なら心配ないだろう?」
 すこし考えるようにしたが、鎮はうなずく。
「わかった。じゃあ、掴まれ」
 手を出してきた鎮の行動が理解できず、アルマは少し面食らう。
「ん?なにを・・・」
「まさか、歩いて戻る訳じゃないんだろう?跳ぶんだ」
 鎮はアルマの腕をひったくるようにして掴むと、魔力を即座に練り上げる。その瞬間アルマは気づく。鎮がしようとしていることに。
「跳ぶ・・・?まさか、跳ぶって転そ・・・」
 全てを言い切る前に鎮が練り上げた魔術を開放する。すると、自分の体が宙に浮く感覚に包まれ、次の瞬間には移動が始まっていた。
「その・・・まさかだっ!」
 シュンという音と共に、アルマと鎮は姿を消す。鎮が練り上げていた魔術。それは転送術式であった。


 ギュインギュインと鳴るごとに、ギターの衝撃波が走る。不可視の衝撃に女はたたらを踏む。
「うるさいっ!邪魔っ!」
 乱暴に振り回される腕。目測よりも長く伸びた腕に当たり、サンタナは吹っ飛ばされる。
「ぐあっ!?」
「サンタナっ!」
 フォローに回ろうとするマルリス。だが、そのすぐそばに女が近づいていた。
「コウモリも邪魔ァっ!」
 すんでのところで身体を低くし、腕の振り回しから回避し、転がるようにしてサンタナの元へと駆け寄る。
「痛ってて・・・。なぁ、俺死んでるか?」
 冗談としてサンタナはそんなことを言うが、ダメージは大分来ているようだった。サンタナが憑りついている死体のあちこちが徐々に崩れかけ始めていた。
「元から死んでるだろ。というか、サンタナ。さっさとその身体捨てやがれ」
 騒霊であるサンタナに実体としての身体はない。あくまで出歩くための殻であり、それを捨てた瞬間、彼は即座に自分の本拠地であるバー「ファンタズム」へ強制的に転移することになる。だが。
「捨てられるもんなら捨ててるっての!あー、見栄張って新しい身体にするんじゃなかったぜ」
 どうやら、出来て真新しい死体に憑りついてしまったらしく、抜けようと思っても、なぜだが抜け出せない状態になっていた。おそらく、肉体が新たな魂の喪失を拒んでいるようだった。
「Twinkle,twinkle,little star・・・」
 女が再び口ずさむ。これで五度か六度か、闘いながらこの女は繰り返し同じフレーズを口ずさんでいる。
「さっきから何歌ってやがんだ?あいつ」
 歌うくらいならせめてロックンロールにしてくれとぼやきながらサンタナは立ち上がる。
「きらきら星・・・だったか?前時代の童謡だったはず」
 マルリスが言う前時代とは、彼ら魔族が移住する前、まだこの世界に魔術という概念が存在しなかった時分のことである。なぜ、マルリスがそんなときの歌を知っているのかは、自分自身でもわかっていなかった。もしかして、誰かから教えられたか?なんてことを頭の隅で考えつつ、視線はずっと外さず女を見据えている。
「ハッハァ、そりゃあいい。これがほんとのキラーキラー星ってな」
 やけっぱちのごとくサンタナは言う。その冗談が本気で言っている物とは思わないが、よほど余裕がないのかマルリスはこんなことでさえ、イラっと来ている自分に気付く。
「うまいこと言ったつもりかもしれないけどな。笑えねぇんだよ、サンタナ」
 いや、余裕がないどころの話じゃなかった。本格的にいっぱいいっぱいだ。と、マルリスは自分の口調が荒くなっていることで自分の精神状態に気づく。『お淑やかに、お嬢様らしく』を装うために無理やりお嬢様言葉を使っているが、どうにも余裕やゆとりがなくなると地が出てしまう。荒っぽい、直ぐに怒りの感情が湧き上がる『本当のジブン』になってしまっている。
「・・・時間がない」
 こっちの焦りを知ってか知らずか、女は先ほどまでの荒ぶり様が鳴りを潜め、再びぼんやりと宙を見つめている。そして、繰り返し「時間がない」を繰り返しつぶやくばかりだ。
「とりあえず、避難の時間を稼ぎきるぞ。」
 横目で観客席を盗み見る。まだゾロゾロと退避が続いている。女の注意がこっちを向いているから被害は出ていないものの、このままずっとこちらを攻撃目標として見ているかは怪しいところだ。なんとしてでも、注意は引いておかねばならない。が、隣ではサンタナが息を切らし、ぼやく。
「もう、だいぶ稼いだろ?俺はもう疲れたぞ」
 分かってる!と説教したくなるが、それどころじゃないので口から出そうなそれを何とか飲み込む。そして、発破をかけるために口を開く。
「まだ足りないんだっつの。わかったらさっさと・・・」
 次の攻撃に出るぞ。と言おうとした矢先。ゾクンと嫌な感覚が背筋を走った。背骨の中をミミズが一瞬で走ったような、えも言われる悪寒。それはこれまでに何度も経験してきた寒さだった。そう、死が目の前に近づいてきていることを示す怖気。
「壊す。限定解除。ブレイク」
 スッと醒めた表情でこちらを見つめる女。伸びた腕を伸ばし、こちらに掌を見せるようにしてつぶやく。
「はぁ?さっさとなんだっ・・・て・・・?」
 何が起こったのか二人にはわからなかった。ただの一瞬。1,2秒あったかないかくらいの間隔の間で、マルリスの左腕が消し飛んでいた。
「あっがぁぁぁっ・・・・う、腕・・・っ!」
 声にならない悲鳴がマルリスの口から洩れる。遅れてきた意識を持っていきそうなほどの激痛が体中を走り回る。このままでは、ショック死する。そう判断して攻撃に回そうとしていた魔力を急きょ、魔術的な麻酔と自己修復に回す。修復とはいえど、あくまで応急処置程度で、消えた腕がつながっていた切断面を無理やり追加生成した肉で覆い、出血を無理やり止めるという荒業だった。
「・・・あれ?ズレた?ま、いっか。次ぃ」
 歌うように、そして嬉しそうにいう女に言いようのない恐怖と嫌悪を感じるマルリス。もう、自分の冷静な思考がままならないことが、自分自身の俯瞰した部分によって見せつけられる。
「おい、マルリス!おいって!」
「サンタナ・・・逃げろ・・・」
 自分の思考がぼやけていることに気付いたようで、サンタナが身体を揺さぶってくる。だが、唯一できた反応はその言葉が限界だった。
「逃げろって、そんな」
 なにを言ってると言わんばかりのサンタナの口調に、マルリスは思わず声を荒げてしまう。
「テメェ一人じゃ何にも出来ねぇだろうがっ!」
 そう言ってサンタナの方を見た瞬間。目に映ったのは、胸の中心にぽかりと穴が開き、今仰向けに倒れ込もうとしているサンタナの姿だった。
「が、・・・く、そ・・・」
 血を吐くこともなく、倒れ込むサンタナ。ただ、目を見開いた状態で、胸に大穴を空けて倒れ込んでいた。
「サンタナっ!ちっ!!」
 一気に脳内が醒めてゆく。すぐに動かないと次は自分に来る。そう考えたマルリスは瞬間的に飛びのき、距離を取る。
「よかった。今度は当たった」
 明確に喜びの表情を浮かべる女。その見ようによっては純粋な顔にどことない違和感をマルリスは覚える。
「なにを・・・しやがった。てめぇっ!」
 震えそうになる足を踏ん張り、虚勢の声をあげる。こうでもしないと、自分の中に走る恐怖に負けてしまいそうだった。
「なに?なにって、壊したんだけど?」
 さも、世の道理であるという風に女は語る。だが、マルリスの頭ではさっきの攻撃が理解できていなかった。
(なにをされた?なにが起こった?掌を向けただけで、腕を飛ばされ、サンタナに至っては殻の心臓を壊されていた。一体、なんの魔術を・・・)
 考えを超スピードで回すが、理解に追いつかない。そもそもおかしいのだ。『人類が』『触媒もなしに』『呪文などのスペルを持たないまま』『魔術を行使している」こと自体が。
「・・・ハッ、私たち以上に化け物じゃねぇか」
 自嘲するように言葉が漏れ出る。「化け物」さんざん人類から言われてきている言葉だが、そんな私たち自身が霞むレベルの「化け物」が今目の前にいるのだ。
「んー、うるさいのも居なくなったし、じゃあ続き。やろっか」
 ニコっと笑顔を振りまく。その笑みは例えるなら友に投げかける笑みだ。「同意・同調を求める笑み」
「続き・・・ねぇ?遊ぶタイプか。お前も」
 マルリスにとって魔術師、特に封滅騎士団は二種類の人間しかいないと考えている。1つは自分のエゴを人に押し付けて満足する偽善者。そして、もう1つが魔族の死を一種の娯楽とする狂人的な異常者。どう考えたって目の前にいるこの女は後者でしかない。そうとしか考ええなかった。
「遊ぶ?ううん、これは仕事だけど?」
 小首をかしげる女。その姿はどうにも幼子が会話を理解できず困惑する姿に似ていた。
「会話にならねぇな。もういい。さっさと来い」
 さらなる虚勢。こうでも言わないとすぐさま背を向けて逃げ出してしまいそうだった。なけなしの勇気を言葉にしないと、ただの「ひ弱なマルリス」になりそうだったから。
「じゃあ、いくよっ!」
 じゃれ合う子供の掛け声よろしく女は駆け出してくる。それだけでも怖い。なにが来るかわからない。その一瞬の恐怖による遅れが判断を鈍らせた。
「っ!ブラッド・エッジ!」
 地面に落ちた自身の血だまりに魔力を通し、剣を作り出し、射出。至近距離で放ったため、女の巨大化した腕に突き刺さる。が、
「効かなぁい!」
 不気味なほどに歪んだ笑みを見せる女。だが、マルリスには裏の手があった。
「刺さったら十分!爆ぜろ!エクスプロージオ!」
 刺さった血の剣が一斉に爆発する。剣に通していた魔力を暴走させるマルリス独自の技である。
「がぁっ!?」
 始めて苦痛の声をあげる女。ダメージが通った感覚にすこし、安堵する。
「少しは効いたかっ!?」
 続けざまにブラッド・エッジを放とうと魔力を練る。が、その瞬間。怯んでいた女が無理やりといったように突進してきた。
「うあぁぁぁっ!」
「しまっ・・・がはっ!?」
 ブラッド・エッジのダメージを受けていなかった右腕で首を掴まれ、そのまま地面に組み伏せられる。
「痛い・・・痛い痛い痛いっ!」
 苦痛と怒りの表情をないまぜにした顔で女はぎりぎりと首を絞めてくる。
「くそっ、離せっ!」
 右手に魔力を通し、マルリスは首を締め上げる女の腕を殴る。が、分厚い強化コンクリートを殴っているようにびくともしない。
「・・・怒った。引きちぎってやる」
 そう言って、女はマルリスの首を押さえつけたまま、傷を負った左手で、マルリスの残っている右腕を掴む。
「何を・・・ぐっ、アァァァァっ!」
 激痛。神経と筋肉が引きちぎられる感覚。ブチブチと自身を形成する組織が乱暴にちぎられていくのが分かった。
「まずは、腕」
 女は、力任せにちぎったマルリスの腕を後ろに放り投げた。そして、今度は、
「右足」
「や、やめっ・・・がっ、ぐぅぅぅぅっ!」
 再びの激痛。最早、ろくに言葉も思考もできない。頭には痛みの信号だけがひしめきあい、自己修復だのなんだのといったことすら、マルリスにはできなくなっていた。
「ふざけっ・・・あぁぁぁぁぁっ!」
 罵声を浴びせようにも、もはや限界だった。女の怒りに燃える目がマルリスの恐怖心をさらに呼び起こした。
「次は左足」
「あぁ・・・あぁぁっ・・・」
 ついに、声すらも出なくなった。脳が全てをシャットダウンしているようだった。許容値を超えた痛み、恐怖。さまざまな感情が巻き起こり過ぎて、もう何もできなくなっていた。
「最後、頭を・・・潰すっ!」
(あぁ、死ぬんだ・・・)
 もう、ぼんやりとしか理解できないマルリスの頭の中で唯一残った思考は寂しさだった。
(本当の気持ち、伝えられないまま私は、死ぬんだ。鎮様、ごめんなさい)
 後悔の気持ちと共に、引導の一振りを覚悟した瞬間だった。聞き覚えのある凛とした声が自分の正面―つまり空から聞こえた気がした。
「そこまでだ!下郎!来い!ブラッドエッジ! 」



 鎮の転移魔術で、アルマが飛ばされた先は闘技場の空中だった。
 そして、真下には腕と足を引きちぎられ血だまりに沈むマルリスと、今や頭を潰そうと拳を構える女の姿があった。アルマは、思わず叫んでいた。
「そこまでだ!下郎!来い!ブラッドエッジ! 」
 自分の声に反応し、体内の血が手のひらから飛び出し、形作る。それは、剣ではなく盾。本来、刃物を形作る魔術であるはずなのに。理由はわからない。ずっと前からそうだった。子供のころはこれでいじめられたこともあった。しかし、今となっては自分を象徴する誇り高き得物。他者を守る崇高なる騎士の象徴。アルマはそれを構え、今や、腕を振り下ろさんとする女の頭上に振り下ろすように降下した。
「っ!?上っ!?がはぁっ!?」
 女はすんでのところで避けたが、急降下の余波で転げ飛ぶ。
「夜巳の!マルリス嬢を!」
 アルマはマルリスを庇うように女との間に入り、攻撃をうける態勢をとる。そして、その背後では、鎮が血に沈むマルリスを抱え戦線を離脱していた。
「違う・・・吸血鬼?」
 ゆらりと幽鬼のように起き上がる女に対し、鋭い目線を向けるアルマ。
「貴様。よくもやってくれたな」
 ――我が同胞を。我が友を。我が好敵手を。自分でも珍しいと思うくらいに怒っていた。この不倶戴天の仇を許さぬ。その思いでアルマは立ちはだかる。
「マルリス嬢をあそこまで傷つけた借りを返させてもらおう!」
「あぁぁっ!」
 半狂乱のように、女は巨大な拳を振り上げ、殴りかかってくる。それを携える盾で防ぐ。尋常でない衝撃が構える腕にびりびりと響いてくる。
「ぐぅっ!なかなか重いパンチだな・・・!だがっ!」
 腰を入れ、思いっきり盾を前に突き出す。拳の一撃を受け流す形となり、女はバランスを崩し、たたらを踏む。
「それだけで通用すると思うな!」
 ひっそりと、盾の陰で作っていた攻撃用の血、「ブラッド・ランス」を突き出す!死角から突き出されたランスに女は反応できない、はずだった。
「ちぃっ!」
 女は、むりやり身体をひねり、両手で突き出されるランスの穂先を受け止めた。力比べの様相となる両者。ぎりぎりと押し合いになる。
「ふふっ・・・全く、老いたかな。最近、受け止められてばかりだ」
 数日前、鬼との戦闘で似たように受け止められたことを思い出す。どうにも、世の中には自分以上の力自慢がいるようだ。
「邪魔を・・・しないで・・・っ!」
 イラつきを隠そうとしない女は押し返そうと力を込めてくる。それを、アルマはさらに上回る力で押さえつける。
「邪魔立てしているのは貴様だろう、化け物。」
「化け物はお前だぁぁっ!」
 女が叫んだと同時にランスが「バキン」という音を立てて砕けた。魔力で結合し、結晶化させた血とはいえ、やはり強度が出ないのである。
「ちぃっ!」
 あらためて、アルマはランスを生成しようとこころみる。しかし、女もそれを許そうとはしない。
「ブレイクッ!」
 手のひらをかざす。その瞬間、アルマは咄嗟に身を地面に倒し、そのまま転がり、距離をとった。
「よけた!?」
 驚いたのは女の方だった。今まで回避されてこなかった自分の魔術が今、この時初めて回避されたのだから。
「奇怪な技を・・・魔術とは違うな」
「 だめ・・・ダメダメダメっ!壊れて!壊れて!壊れろよ!」
 もはや、女は自らの感情を制御できていなかった。錯乱したようにあたりかまわず手をかざしそして、穴をつくっていく。
「ちぃっ!こう、乱射、されてはっ!どうにもできんな! 」
 よくわからないが、アルマは自身の直感にしたがって回避をしていた。掌が自分に向く寸前に掌が来た方向へ回避、来た方へ来た方へと繰り返し回避していく。それはすべて自分のぎりぎりのところを通って後ろへ逸れている。不可視の魔術弾は何とかよけられている。
「このっ!邪魔っ!邪魔っ!邪魔ぁぁっ! 」
 よほどいらだったのか、片手だった攻撃が両手へと変化、その瞬間、左手は避けられたものの、追ってきた右手を回避することができず。思わず盾で防いだ。パキン!と小気味いい音をたてて、盾はその形を崩壊させる。
「ぐっ!?しまった!盾がっ! 」
「もらったぁぁぁっ! 」
 迫りくる拳、一発貰うことを覚悟したが、その瞬間、女の後ろに一人の影を視認した。
「喚くな。耳障りだ」
 冷酷で容赦のない一撃。背面から内臓をえぐる1突きが女の体に刺さっていた。
「こふっ・・・な、なに・・・?」
 女は口の端から血を流しながら、まだ立っている。しかし、いまの一撃はわりと効いたようだった。
「アルマ。問題ないか」
「ああ、一応ね。防戦しかしてないから、損耗はない」
 正しく言えば、損耗する寸前だった。わけだが、ちょうどいいタイミングに戻ってきたものだと感心する。それより、アルマには気がかりなことがあった。
「マルリスは家に送り届けた。今は処置を受けているだろう」
 質問を投げかけようとした瞬間に、鎮に先手を打たれた。そう、マルリスの現状について知りたかった。
「そうか。全く、兄(けい)は私の聞こうとすることを見透かすようだな」
 全く敵わないといった風におどけて見せるアルマ。それをわかって、フンと鎮は鼻で笑って見せる。
「これくらいわかる。それにしても、これはなんだ。 」
 目の前には、大方誰しもが見ても「人間を辞めた」というであろう姿の女がブラッドエッジに刺されてうずくまっていた。本来なら、息絶えてもおかしくないのに呻いているだけのところを見ると、致命傷に至らなかったようだ。
「血・・・血がぁ・・・」
 自らから流れる血を止める為、魔術を走らせているようで、傷口に小さくバリバリと魔術の閃光が走る。
「さぁ?さっぱりだ。しかし、ここで止めを刺さねば今後に憂うな。夜巳の」
「同感だ。というわけだ。潔く死ね」
 鎮は、もう一本ブラッドエッジを呼び出し、貫こうと振りかぶる。その時、女に動きがあった。
「夜巳・・・夜の・・・王・・・。ローランドの・・・敵っ! 」
 がばっと起き上がった女は乱暴に腕を振るった。アルマと鎮は同時に後ろへステップを踏み、回避する。
「なに?今、何を・・・」
「貴様だけは殺すっ!」
 わしづかみにしようと女が鎮に向かって手を伸ばす。咄嗟に下がろうとした瞬間、がれきに足を取られ、鎮はすこし出遅れてしまった。
「くっ!?」
「夜巳のっ!」
 女と鎮の間に割って入り、改めて呼び出したブラッドエッジの盾で防ぐ。
「アンタは邪魔ぁッ!」
 力任せに女は片手で盾をわしづかむと、盾ごとアルマをなげとばした。
「ぐぅっ!?」
 反対側へ吹き飛ぶアルマ。それを見て鎮は女の正体に気づく。
「なるほど。いじられた人間か!」
 噂では聞いていた。魔術の適正を目標に人体改造を施された魔術師がいるということを。それが、いま目の前にいる女であることを悟る。
「ブレイクダウン!潰れてしまえっ! 」
「シャドウ・ウォール!・・・っ!一発で壊すだと!?」
 女の手のひらのたたきつけを防ぐために高濃度の闇属性魔術で防御する鎮。人間のつかう魔術では四節以上の詠唱がないと破壊されないその防御魔術だったが、なぜか一撃で破壊されてしまった。
「こんのぉぉぉ!」
 迫る女の右手。切り伏せるためにブラッドエッジを呼び寄せる。
「来い!ブラッドエッジ!」
「これもっ!壊れろっ!」
 ブラッドエッジが女の手のひらに触れた瞬間。一瞬にして壊れた。そして、悟る。この女が使っている魔術の正体に。
「なにっ!?この術はっ!」
 あってはならないはず。そう、禁忌とされた魔術の内の1つをこの女は使っている。その事実に鎮は気づく。
「つぶれろぉぉっ!」
 避けるにも、防御するにも遅いタイミング。だが、鎮には余裕があった。
「ゆけっ!ブラッドランス!」
 反対側の壁まで吹き飛ばされていたアルマからの投擲。それが、吸い込まれるように女の背中に突き刺さる。
「ぐあぁぁぁっ!?」
 膝から崩れ落ちる女。先ほどダメージを負った部分に同じくしてランスが突き刺さっている。
「いいタイミングだった。アルマ。助かった」
「全く、ひやひやしたぞ。夜巳の」
 近寄ってくるアルマに対し、軽くだが感謝を述べる鎮。それに手をヒラっと躍らせかまわないというアピールをアルマは返す。
「壊さないと・・・いけないのに・・・」
 ぶつぶつと女はうわごとのようにつぶやき、動きを止めている。二人は警戒をし、得物を手に携えたまま膝をつく女を見下ろす。
「しかし、これはどうしたものかな。夜巳の」
 刺さったままのランスが徐々に抜けてきている。魔術による回復で内側から押し出されてきているのだ。
「・・・帰らなきゃ」
 ふっと我に返ったように、女は立ち上がる。そして、二人に目もくれず歩いてゆく。
「帰るだと?」
「ここまでしておいて行かせるとでも?」
 二人が得物を女の首筋に当てても、女は気にも留めず歩く。刃先が触れたところがざっくりと切られてゆくが、切れた先からすぐに治癒してゆく。
「高速回復・・・本当に人を辞めたようだな。」
「うん、わかった。・・・あの、ごめんね。言う通りにできなくて。」
 うわごとをぶつぶつとつぶやく女。まるで誰かに話しかけているように言葉を紡いでいく。
「一体、誰と喋っているっ!」
 アルマが胴へ一撃を入れるために振りかぶり、突き入れる。しかし、それを女は再び素手で掴むと割砕く。
「わかった。すぐに帰るね」
 女を中心に再び高い魔力が練り上げられていく。それに気づいた鎮は止める為にブラッドエッジを呼び出す。
「行かせん。行け、ブラッドエッジ!!」
 放った深紅の刃は女を貫こうとした瞬間。見えない壁に阻まれる。
「転移。・・・またね。吸血鬼」
 一切の興味を失ったように、女は転移魔術の方陣の中に消え、一瞬にしてこの場から消えうせてしまった。
「転移魔術まで・・・。なにからなにまで何でもありだな」
 アルマがため息交じりに話す。高位の魔族でも容易に扱えない『転移』の魔術。人間が扱うには三人の高位魔術師が方陣と半日の呪詛詠唱をかけてようやく起動できるそれを、あの女は己の身一つで起動して見せた。本当に、文字通りのなんでもありであった。
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あとがきのようなもの。

 どうも、私です。
 なんとなく興がのったので、自作の声劇台本『Night/Knight』の第27話を小説っぽく書いてみました。
 声劇ではあまり伝わりづらいシーンを自分なりに描いてみたつもりなのですがどうでしょう・・・?ちゃんとつたわっているかしら・・・?なんて。
 さて、ちょっとだけ小ネタといいますか、小解説といいますか。
 N/Kの中で出てくる技、ブラッドエッジなのですが。これ、実は細かい設定があったりします。それをちょこっと解説。
 ブラッドエッジは吸血鬼のみが使える技で、自身の血、もしくは周囲にある魔力を通せる血(魔術師とか、同族の血とかそう言った感じですね)を魔力によって凝固、成形して剣の形にするのが「ブラッドエッジ」という技です。
 この剣なのですが、各々によって形が異なり、鎮だったら「大剣」マルリスだったら「レイピア」アルマだったら「盾」になります。
 え、アルマだけ剣じゃないじゃんって?これにはまた理由が有るんですが・・・まぁ、それはのちのちということで。とりあえず、今は「アルマはちょっとした理由で、剣が作れず盾しか作れない」って思っておいてください。だから、ブラッドランスっていう別の技を作り出してるくらいですから。

 あと、このブラッドエッジ。使い方にも種類があって。
 「行け!ブラッドエッジ」と「来い!ブラッドエッジ」の二種類があります。何がどう違うかはこれまた単純で。
 行け!は「射出」来い!は「手に持って剣として使う」たったこれだけです。つまり、飛び道具にしてるか、近接武器にしてるかってだけなんですよね。
 ちょこちょこ演者さんたちから質問としてこの話題があがるのでもののついでとして説明させていただきました。
 これで、すこしでもN/Kの世界がわかれば幸いだなァと思いつつ。長くなった筆をここらで置かせてもらおうと思います。

 稚拙乱文な文章をここまで読んでくださった人はありがとうございます。
 一話から読みたいって人は、ぜひ私に直接ラブコールしてみてください。もしかしたら頑張るかもしれない。
 そして、初めてNight/Knight知ったって人は良ければ、こちら にて声劇台本としてですがアップしてますので読んでみてください。地の文はないですが、物語として読めるよう書いていますので、暇なときにでも読んでいただけると幸い。

――  福山 漱流




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