見出し画像

0528:(GaWatch書評編012)斗鬼正一『頭が良くなる文化人類学~「人・社会・自分」――人類最大の謎を探検する~』

 執筆中の『やくみん! お役所民族誌』は、その題名が示すとおり公務組織の民族誌的観察記録に準えた小説だ。主人公は文化人類学専攻の大学生、県庁消費生活センターの嘱託職員として半年間潜り込み参与観察して卒論の民族誌を書き上げる──というのが物語全体の枠になる。

 とまあ思いつきで設定したものの、私は文化人類学の専攻者ではない。若い頃に近い分野にはいたし、社会人入学した修士課程で専攻外の文化人類学のゼミに潜り込んで1年間学んだのが唯一の経験だ。作中で参与観察を開始する第二話から卒論の口頭試問を受ける最終話まで、なんとかうまく文化人類学の(「っぽい」でいいから)特徴を盛り込みたい。そのためには、勉強しなければならない。

 というわけで何冊かテキストを購入して手元にあるが、他のこともあって分厚い本はなかなか手が出ない。そんなとき、KindleUnlimitedで見つけたのが本書だ。

頭が良くなる文化人類学~「人・社会・自分」――人類最大の謎を探検する~
著:斗鬼正一
発行:光文社(光文社新書)

 kindleのいいところは、どこにでも持ち運べること。本書は専ら防水端末を風呂場に持ち込んで浴槽でゆったりしながらさらさらと読み進めた。

 ひと言でいえば、本書は良くも悪くも、癖が強い。それは目次から既に現れている。「はじめに」と「おわりに」に挟まれた全22講は、全て「実は、人は○○が大嫌いなのだ」というフレーズで統一され、○○の中身だけが違うのだ。アライさんみたいなのだ。

はじめに
第1講 実は、人は植物が大嫌いなのだ
第2講 実は、人は生き物が大嫌いなのだ
第3講 実は、人は自分のウンコが大嫌いなのだ
第4講 実は、人は裸が大嫌いなのだ
第5講 実は、人はエッチが大嫌いなのだ
第6講 実は、人はオス、メスが大嫌いなのだ
第7講 実は、人は食べることが大嫌いなのだ
第8講 実は、人は肉食が大嫌いなのだ
第9講 実は、人は自然食が大嫌いなのだ
第10講 実は、人は寝る、歩くが大嫌いなのだ
第11講 実は、人は自然な感情が大嫌いなのだ
第12講 実は、人はスポーツが大嫌いなのだ
第13講 実は、人は自分の顔が大嫌いなのだ
第14講 実は、人は素顔美人が大嫌いなのだ
第15講 実は、人は自分のカラダが大嫌いなのだ
第16講 実は、人は子どもの誕生が大嫌いなのだ
第17講 実は、人は人生が大嫌いなのだ
第18講 実は、人は時の流れが大嫌いなのだ
第19講 実は、人は大地が大嫌いなのだ
第20講 実は、人はあるがままに見るのが大嫌いなのだ
第21講 実は、人は自然の音が大嫌いなのだ
第22講 実は、人は自分の出す音が大嫌いなのだ
おわりに

 どうだろう、この目次。誰もが興味をそそられる章題ではないか。ウンコなど一部を除いて、普通は社会的好感度が高い筈の単語が悉く「実は大嫌いなのだ」と断言されている。一体どういうことなのか。

 実際に本文をめくってみると、章題に偽りなし。徹底してそれを説明する内容になっている。そしてそれは、確かに文化人類学らしく様々な文化の「比較」によって綴られている。例えば「第5講 実は、人はエッチが大嫌いなのだ」では、痴漢、自分と他人の区分、猥褻、結婚という人間特有の制度(熊は結婚式をしないしカモシカの新婚旅行はあり得ない)、韓国の同姓同本不婚、近親相姦タブー、マリノフスキー等々、ワンテーマの中で次々と話題が移り変わっていく。全ての章がこのような感じだ。語り口が軽妙なので基礎知識がなくてもエッセイとして愉しめるが、実は膨大な裏付けがあることは巻末の参考文献を見れば分かる。

 本書はこうした具体的事例の比較をひたすら積み重ねた読本だ。文化人類学の理論を体系的に概説するパートはなく、具体的事例を説明する際に断片的に織り交ぜられる程度だ。だから、そもそも文化人類学なんて全然興味のない人でも、暇つぶしのエッセイとして手に取り1章だけ読む、という読み方も可能だ。

 しかし残念ながら標題はそのような門外読者を惹き付けるものにはなっていない。私のように何かしら文化人類学に関心を持って手に取る人が大半だろう。そして、そのような読者に対して、「文化人類学はこのような物事の見方をするのだよ」とは一切解説せずに、文化人類学の物事の見方の実例を流れる水の如く提示してみせる。その点で、刺激的かつ面白い読書体験だった。

 ただ、難点も感じた。まず今指摘したばかりの「視点の枠組みを解説せずに実例を提示する」のは、少し勿体ないのではないか、ということ。もちろんエッセイ体裁に全振りすることで本書のハードルを下げることとのトレードオフではあるのだが、私は著者の意図(「はじめに」に軽妙に記されてはいるが)を筋立てて読みたかったと思う。もうひとつは、「○○が大嫌い」というテーゼを本文において徹底するために、いささか不穏当な挑発的表現が散見され、誤解を招くのじゃないかしらんと幾度も感じた。この「言い過ぎ」は本書のコンセプトなのかも知れない、この表現を好む人にも知見を届けるという意図があるのかも知れない。でも、私は幾度か引っかかった。あと、前述のとおり標題が内容といささかマッチしない(逆に著者の意図が下手に出てしまっている)のも残念かな。もっとキャッチーな売れるタイトルがありそう。

 というわけで、「全力でお勧め!」とは言わない。けれども、まったく素養のない人でも時間潰しに愉しめ、素養や問題意識のある人には知的刺激の詰まった一冊であるのも確かだ。Kindle Unlimitedの貸出冊数がいつの間にか10冊から20冊に拡大していることもあり、ユーザーは機会があれば読んでみたら? くらいに軽くお勧めしたい。

--------(以下noteの平常日記要素)

■本日の司法書士試験勉強ラーニングログ
【累積217h38m/合格目安3,000時間まであと2,783時間】
変則家業デーで昼間バタバタしてお疲れモード、開き直ってノー勉強デー。

■本日摂取したオタク成分(オタキングログ)
『僕は友達が少ないnext』第5~6話、リカちゃんから眼鏡取ったのは、なんか理由あんの? 眼鏡っ娘は眼鏡がいいのに。『ジャヒー様はくじけない!』第14話、魔法少女が仲間になり魔王様が復活してますます混迷を深める。おもろい。『冴えない彼女の育て方♭』第0話、完全にサービス回だなと思ったらサブタイトルに自らサービス回とかいてあった。『攻撃は止められるのか』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?