0391:やくみん覚え書き/医療費Gメンという仕事
週ナカ家業デーのため実家で一人夕食を食べていたら、フジテレビ系のニュースで詐欺容疑で沖縄の産婦人科医が逮捕されたとの報に接した。自然分娩をした患者について帝王切開したと偽り診療報酬を請求していた、というものだ。
まだ速報段階なので、おって詳しい報道が出てくるだろう。医療機関を舞台にした診療報酬詐欺は、実は小説「やくみん! お役所民族誌」とも関わるので、少し丁寧に解説してみたい。
■1.医療費の仕組み
私たちは医療機関を受診する際、保険証(と一般にいっているが正式には「被保険者証」)を窓口に提示している。これにより窓口で払うのは医療費の3割(代表例、以下同じ)で済む、というのは多くの人が知っているだろう。しかし、残りの7割がどうなっているのか、そもそもどうしてこういう仕組みになっているのか、実は知る人は少ない。
日本の国民皆保険制度の下、私たちは誰もが何かしらの公的医療保険に加入している。公務員を含むサラリーマンは職域保険(協会けんぽ、地方公務員共済組合など)、自営業などは地域保険(市町村国民健康保険)で、決して安くはない保険料を毎月払っている筈だ。この保険料と一定の税金拠出によって保険財政を構成し、上記でいう7割の医療費がそこから支出されているわけだ。
医療機関では、一ヶ月毎に診療報酬請求書(レセプト)を審査支払機関と呼ばれる機関(職域保険は診療報酬支払基金、地域保険は国民健康保険団体連合会)に提出し、審査を経て7割が入金される。もちろんどんぶり勘定でいくらでも請求できるわけではなく、様々な医療行為が診療報酬点数に換算されて、点数も医療行為の要件も細かくルール化をされている。そのルールに外れるものは、保険診療の枠内では患者からも審査支払機関からも医療費を取ることはできない。
■2.診療報酬の不正請求とは
審査支払機関に提出するレセプトを患者自身が見ることはほとんどないだろう。保険者に対して開示請求を行えば閲覧可能だが、それをする人はよほどの事情がある場合だろう。ほとんどの人はそんな面倒なことはしない。敢えて言えば数ヶ月に一度保険者から医療費通知が送られてくる筈だが、それを真面目に手元の領収書(診療報酬明細書)と照合する人は、まずいない。つまり、医療機関が「7割」をどのように請求しているのか、患者にとっては事実上のブラックボックスなのだ。
治療の事実は医療機関と患者しか知らない。患者が7割部分の請求の内容を知らずにいるとすれば、医療機関は実際のそれより多額の請求をすることも可能だ。ここが不正の温床となる。
例えば、実際には治療していないのに治療したと申告する架空請求や、実際の治療行為に合わせて別の治療もしたと申告する付増請求。世の中には、良い人も悪い人もいる。医師も同じだ。誠実な運営をする多くの医師が確かに存在し、同じくらい確かに、バレないだろうと不正請求をする医師もいる。
厚生労働省は毎年12~1月に、不正・不当請求(不当請求は悪意なくルール違反になったもの)の状況を報道発表している。これによれば、令和元年度に明らかになった不正・不当請求は全部で108億7355万円にのぼる。
※ヘッダ画像はこの資料の「用語解説」
■3.診療報酬の不正・不当を監視する「医療費Gメン」
こうした不正は間違いなく常に存在するから、それを摘発すると共に不正の起きないよう予防的指導を行うことが、行政の役割となる。
それが俗称「医療費Gメン」だ。正式には「医療指導」といい、厚生労働省とその地方機関である地方厚生局、そして都道府県が共同で担当している。「Gメン」というと不正捜査のイメージが強いため、必ずしも業務内容全般の象徴としては適切でなく、内部の担当者がそう自称することはない。ただ、今回の詐欺事件のような不正を暴く重要な役割を果たすことは間違いなく、外からのイメージ語として用いられていることから、本稿ではそれに沿うこととする。
医療費Gメンの仕事は、単純化していえば大きくふたつ。ひとつは、定期的・機械的に医療機関に対して検査や指導を行うこと。これは別に大事ではなく定例業務だ。そしてもうひとつは、診療報酬の不正・不当請求の疑いのある医療機関に対して監査を行い、明らかになった不正不当金額を返還させること。前記の定例の検査指導の中で不正が見つかれば監査に移行することもある。そして故意・重過失の不正請求がしばしば行われていれば、保険医療機関の指定取消となる。指定取消になると保険診療が行えず、患者は10割を負担しなければならない。患者がその医療機関を見限って他所へ行くか、医療機関が3割だけで診療を続けるか、いずれにせよ医療機関にとって致命的に近しい処分だ。
どのGメンも同じだが、医療費Gメンの仕事もまた、世間に対して秘密裏に行われる。仮に不正・不当請求があったとしても、当面は診療報酬返還指示(自主返還の位置づけで行政処分ではない)にとどまり、最終的に保険医療機関指定取消の行政処分に至った場合に初めて報道発表される。だから多くの人はこの仕事のことを知らない。
定例指導以外でマークされるのは、何らかの情報提供のあった場合だ。例えば患者が医療費通知を見て「この月に受診してない医療機関から請求されている、おかしい」という連絡を保険者に入れる。その情報は保険者からGメンに回ってくる。時には直接Gメンに情報が寄せられることもある。その情報を受けて、内偵が始まる。そこから先の機微は守秘義務マターと思われるので書かない(つまり私は元医療費Gメンだ)。
ともあれ、一般の患者にとって診療報酬不正請求の可能性を察するきっかけは、医療費通知だ。「7割」部分で起こる診療報酬不正請求は、患者の懐は直接は傷まない。しかし、不正請求で水増しされた医療費は今後の保険財政全体の算定基礎となり、保険料に跳ね返るため最終的に全ての被保険者が損をする。医師と患者は信頼関係が大切だから、なんでもかんでも疑ってかかるのが良いわけでは決してない。ただ、せめて、医療費通知はたまにチェックをして欲しいと思う。それは信頼を損なう行為ではなく、社会を公正に運営するための当たり前の行動なのだから。
■4.今回のケース
最初に述べたとおり、詳細は現時点で分かっていない。そのため一般論として述べておく。
産科は一般の医療機関に比べて特殊だ。それは、お産は病気ではなく、保険診療の対象外だからだ。これを自由診療といい、料金を自由に設定できる。保険者から後日支払われる出産育児一時金と医療機関の請求金額との差額が自腹になるので、価格とサービスから医療機関を選ぶという点で、通常の買い物と同じような選択になる。
今回の事件は、自然分娩であれば自由診療であり、診療報酬は発生しない筈だった。帝王切開を必要とする状況が発生した場合、それは疾病とみなされ、保険適用となる。つまり、本来なら請求できないものを架空請求したということで、刑事事件となったわけだ。
診療報酬不正請求で詐欺事件として警察の捜査が入る場合、行政処分が先にあるケースと、逮捕より後になるケースがある。今回検索した範囲ではこの医療機関に対する行政処分はヒットしなかったので、まだ行われていないのだろう。警察の捜査と並行してどこまで行政の手続が進んでいたのか、気になるところだ。今後の続報を見守りたい。
■5.おわりに──やくみんとの関係
医療機関を受診して負担金を払うことは、民法上の契約であり、医療機関と患者は事業者と消費者の関係にある。その意味で、医療費を巡る問題は消費者問題といえる。
小説「やくみん! お役所民族誌」の舞台は消費者行政で、医療費Gメンとは直接は関わらない。しかし、実はメインストーリーと並行して描かれるサブストーリーに、元医療費Gメンが重要なキャラクターとして登場する。そのキャラがみなもの、香守家の、澄舞県消費生活センターの、澄舞県庁の物語にどのようなインパクトを与えるのか。それは今後のお楽しみ。
--------(以下noteの平常日記要素)
■本日の司法書士試験勉強ラーニングログ
【累積133h50m/合格目安3,000時間まであと2,867時間】
実績60分、タイマーかけて内田民法をきっちり1時間読む。コーヒーブレイク期間ということで敢えて実家に伊藤塾テキストは持って来なかった。
■本日摂取したオタク成分(オタキングログ)
『このすば!2』第10~最終話、まさかアクシズ教団の話でここまで盛り上げてくるとは。
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