俺が歳を取ったという話

先日、syrup16gのライブを見に行った。

syrup16gはのめり込むか全く良さがわからないかのどちらかに分かれるらしい。
俺は前者だった。特に「coup d'Etat」と「HELL-SEE」は多分墓場まで持っていく二枚になると思う。
大学の延長戦をしている時に誰も居ない深夜の大学構内で爆音で聞いた。「空をなくす」
中々就職が決まらず、深夜に一人で部屋で聞いていた「不眠症」
少ないバイト代でコンプリートアルバムを買い、なんとかそれで切れそうだった緊張の糸を保った。
そんな思い入れが強いバンドの一つ。「syrup16g」
生で聞いたら絶対泣くだろうなと思ってた。結論から書くと泣かなかったけど。

syrup16gとして1年半ぶりのライブ。俺にとっては初めてのsyrup16g
恵比寿ガーデンプレイスは満員で、遠くから3人の姿を眺める形になった。
SEの「virgin suicide」が終わり、掻き鳴らされたフレーズは
「天才」。上がる歓声。叫ぶ五十嵐。
五十嵐の相変わらずのギターソロ。
続けざまの「ソドシラソ」

この曲は二番の歌詞が特に好きで、

俺は期待はずれで
まとはずれ
バカは並はずれ
寝て忘れ

誰か何か言ってるぜ
聞き流す
振りして真に受ける

行く場所なんて別にねえ
今さら何もする気ねえ
生きてるなんて感じねえぜ
しねえ

とにかく身に沁みる。相変わらずのギターソロだったけど。

ところで、このライブ以降仕事に力が入らない。
会場で泣くことがなかった分、パンチが後々効いてきている。
ボディーブローのようだ。本気で仕事の進退すら考えてる位だ。

まあ、それはどうでもよくて、じゃあ、最近泣いたことあるかということで
記憶を辿っていけば、新海誠作品の「天気の子」を観にいったときに涙が出てきた。ただ、それは俺の隣のお姉さんが終盤に流した涙とは性質が違い、
「もう、この感性が分からなくなってしまった」
という諦めにも似た感情の高ぶりで涙が出てしまった。悲しいほど。

以下、ネタバレ含み


初めに言っておくと、「天気の子」という作品に関して、俺の中では決して悪い評価ではない。
なんなら、お金と余裕があればもう一度劇場で見たいくらいだ。
背景は綺麗だし、人物も初期に比べれば他のアニメに遜色ないようになっている。東京に住んでいればわかるが、かなり細部まで再現している。

ただ、それだけなのだ。肝心のストーリーは2000年代に流行った所謂「セカイ系」の枠組みで俺の中の棚に並んでしまった作品だった。
愛する彼女の為だったら、犯罪どころか世界ですら天秤にかからない。
日本が雨で覆われても僕の気持ちは変わらない。

高橋しんの「最終兵器彼女」を読んだ高校時代、
性描写よりちせの体の機械よりなにより最終回に驚いた。
なんやかんやハッピーエンドといえばハッピーエンドなんだろうが、
世界がめちゃくちゃになってでも二人が生きることを選ぶ選択肢の
意味を考えてたら3年間彼女出来なかったし、いいことなんて一つもなかった。

ウィキペディアの東浩紀の定義でいけば、新海誠のデビュー作「ほしのこえ」もセカイ系の分類らしい。
その分類で行くと新海誠は原点に戻ってきたと考えられる。
ただ、広い分類で行くと正しいかもしれないが、同じセカイ系で分類するのは違うのではないかと思う。

「ほしのこえ」は、宇宙に旅立った少女と地球に残った少年の遠距離恋愛であり、何かを犠牲にして成り立ってしまう男女のすれ違いという意味では、その後の新海作品である「雲の向こう、約束の場所」、「秒速5センチメートル」と「遠距離恋愛の美しさ」の系譜が続く。以前にも言及したが、(http://hantankyou.blog.fc2.com/blog-entry-8.html)
「男は泣くほど感動して、女は絵が綺麗だったと感想を残す」
所謂「思春期の男に都合がいい」作品であり、物語後でも続く恋愛という話ではない。共通しているのは、ストーリーの起伏が少なく、全体として「静」が続き、ハッピーエンドではないという点だ。

それでいくとどうだろうか。前作「君の名は」以降、
新海作品は明らかに「動」である。言い換えれば、老若男女誰もが見れる
「エンターテイメント」となっている。広義の意味でいけば
確かに前述3作同様の「遠距離恋愛の話」であるが
目まぐるしく変わるカット、アニメーションらしい喜怒哀楽、メリハリ、音楽文句を付けるのが馬鹿らしくなるくらいの面白い作品となっている。

ただ、面白いのである。それだけしか残らないのである。

同じ題材を使った180度違う内容の作品は、確かに面白かった。
ただ、隣で泣いていた女性の気持ちは分からなかった。
彼女のために気候を変えて、犯罪起こした自己中野郎の物語のどこに共感できるのだろう。
高校生の頃の「最終兵器彼女」を見ていた俺なら共感できたのだろうか。
そんな感性が日々無くなって行くんだろうなと思ったとき涙が出てしまった。映画が終わり、明るくなる場内。

ただただ、絵が綺麗だなという感想だけが残ってしまった。
多分、映画館を出た俺の顔は「秒速5センチメートル」の
最後の踏み切りのシーンの遠野のような顔をしていたと思う。


それはただ時が経ちゃ忘れてく問題だろうか
それは無いな今もまだ空っぽのままで生きてるよ

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