残したノートのはじっこで。(2/3)
それから僕ら2人の創作活動が始まった。……と言っても、書いているのは上野で。僕は感想や、ちょこちょこ疑問を挟む程度だが。
上野がB5のノートに設定をしたためてくる。僕がそれを赤鉛筆で感想や指摘を行っていくスタイル。あくまでも、設定や下書きとのことで、完成したものをネットにあげる予定らしい。
今時、ノートに鉛筆書きなんて……と思ったけど。
「気持ちが熱いうちに書きたいんだ。スマホやパソコンは便利だけど、ハードへアクセスしないと使えないじゃないか? ノートは持っていれば、いつでも開ける。思いついた時に書きつづって行きたいんだ」
そう言われたら、「そうですか」としか返せない。
で上野の書いた設定が以下の通り。
世界征服を目論む魔王を討伐した勇者。凱旋後は歓待され、褒章を得た。
時間の経過につれ、民の心は移ろっていく。力をもちすぎた『正義』は、弱者から見れば居心地を悪くさせ、疎ましく感じてしまう……そんな人の弱さが勇者の孤立へと導いていく。
優しかった勇者は自身の孤立を人類のためと甘受していた。
しかし、人との関りがない僻地で、以前のような魔王討伐という目的もない生活。
孤独なものが膨大な時間を与えられると、それは適切なストレスが与えられないことによって、ネガティブな思考のささやきにかわっていく。ささやきは段々と声が大きくなる。やがて、怒声に変わる。
「自分を追い詰めた人類を支配するのだ」と。人類のために命がけでたかった自分への仕打ちに対する不条理さと、自分を追い詰めた人間たちを許せなくなった勇者。
自身の軍事力による恐怖政治を行おうと画策することになる。聖槍だった武具は、勇者の心に呼応するように闇の力を纏っていく……。
赤ペンで僕は「なんで槍? 普通、勇者って剣じゃない?」と書いた。
次の日、上野がそのページの指摘を見ると、
「槍はね、機能的なんだ。昔、足軽……農民は槍を使っていた。それは何故か?まずはリーチだ。次に突くという単純な戦法に限られる。そして、扱いも体重をかける作りになっている。
つまり、特別な訓練を積まなくても、使える武器として槍は機能的なんだ。今のファンタジーは特別な能力で活躍したりするけど、そんなの好きじゃないね。リアリティがない。
特別な訓練もをしないで、異世界に召喚された人間が剣とか扱いにくいだろ?
勇者は大体、少年だ。世界の平和を救うために命のやり取りをするのに『格好いいから』だとか『定番だから』だとかで剣とかおかしいだろ?
だから、槍以外に僕は考えられない」と熱弁される。
「じゃあ、なんでお前ファンタジーなんて書くことにしたんだよ?」
ツッコミたかったが、書いているのは上野だし。僕は黙っておくことにした。
ファンタジーだから、夢があって格好良ければいいと思うのだけど……。
その通りなのかもしれない理屈をこねながら、どこかズレている上野をみて、僕の中で印象が変って行った。
そう、こいつは澄ました顔した優等生なんかじゃなかった。
真面目なバカだった。
裕一が続きの設定をつづっていく。
それに対して、討伐された魔王は討伐される前に世継ぎがいた。娘である魔女。
魔女は親である魔王による教育を受けていなかった。モンスターたちに囲まれ、愛情が育まれていった。モンスターにも様々な立場がある。そのどちらの言い分も聞いた上で、愛情に育まれ育った彼女は人間との共存したい立場を選ぶこととなる。
皮肉にも勇者と魔王の子孫は立場が逆転することとなる。
面白いと思います。続きをお願いします、と。
勇者視点で物語は進められていく。勇者は魔女の噂を耳にする。
人類を支配する。その障害となりうる魔女。自分の『勇者』という立場を断つ象徴的な存在。
勇者としての運命を否定し支配者になるため。彼は魔女を討つ旅に出る。
旅の途中で様々な人やモンスターと会う。勇者を拒む街。勇者を神として受け入れる街。人間になりたいロボット。空を飛びたい陸上のモンスター。優しい心をもった悪魔。冷徹な天使。モンスターと心を通わせる人間。一番弱いモンスターなのに尊敬されるモンスター。
そして、様々な仲間たち。犠牲になる仲間もいた。種族を越えて、手をとりあっていく。
ドワーフ、エルフ、人魚、人間、動物と。それぞれの種族で問題を抱え、それぞれ善も悪もあることを知っていく。
それだけ、ストーリーが進められていく中で、裕一と色々話す機会が増えた。他の友達ともうまくやっているけど、彼らより裕一と話す機会が多くなった。
「お前たち、そんなに仲良かったっけ?」と首を傾げられていたが。
ここまでのストーリーは、それ相応の時間も経過していたけど、お互いにスムーズだった。僕もアイディアを裕一に提供できたし、裕一も1日に数ページはビッシリ書いてきていた。共有するノートも冊数は1冊に留まらず、冊数を重ねることになった。
この物語の果てについて裕一に尋ねたことがあった。その時のやりとりは不思議と記憶に残っていた。
「ところで、裕一はこの話をどう締めくくりたいと思っているの?」
「そりゃ、もちろんハッピーエンドだよ。読んでいる人の生きる希望になるストーリーはハッピーエンド以外に考えられない」
「ハッピーエンドってどんな風なの? この話だと魔女と結婚してみたいな?」
「うん。まぁ、それも良いけどね。物語の後も幸せな夢を見られる話がいい。
確かに読者に委ねるエンディングも有りだとは思う。読了後の余韻や空白が残されるからね。でも、最初の作品でそれはしたくない。
最高のハッピーエンドを書きたいんだ。勇者と魔女がいつまでも幸せなハッピーエンドを」
物語は起承転結の転の部分を迎える。
勇者は自身の凝り固まった価値観に疑問を感じるようになっていく。そして、魔女との出会い。
暴かれる真相。勇者を孤立に陥らせた国王の策略と、それに暗躍していた存在を。
勇者と魔女は手を取り合い、黒幕を倒しに行く。本当の人間とモンスターの共存を目指すため。
裕一のペンはそこで止まってしまい、ノートのページは進まなかった。
その『共存』の答えは二人の間で出ていなかったためだ。
現実に置き換えて考えてみる。つまり、リアリティ側の意見。
人と人との問題ですら、国同士なら戦争の繰り返しだった。個人なら争いの繰り返しだった。犯罪も薄氷の上のことで一歩間違えれば、自分も加害者にも被害者にもなりうる。
平和は当たり前のようで当たり前ではない。
そのような人間同士ですら様々な問題を抱える中、他の種族と関わりあって、共存できうるのだろうか?
ルールによる縛り?
種族ならではの暗黙の定めを否定することは彼らのアイデンティティを奪うことになりはしないか?
それは文明として正しい姿なのか?
平和を目指すとか、種族を越えた共存は、お互いに対する理解と尊重あってこそ。
その正論は分かる。
言葉にするのは簡単だが、歩んできた歴史、種族としての特長、言語の違いなどがあって、その上で、その種族の中で生きやすいようになるよう定めや文化、文明は存在する。
それらを越えて、おたがいが歩み寄り、共存する世界を自身の能力で描けるのだろうか?
人間同士ですら歩み寄りの姿勢を誤解している人間が多いのに。
そこまでは、僕も、裕一も同じ意見だった。
さらに裕一は続ける。
例え、それらが可能になった行政、司法、立法の体制の想像がつかない。
勇者が孤立に追い込まれた要因の一つである『軍事力』の是非一つおいても答えは出ない。
「物語の作り手にとってハッピーエンドは難しい。」という意見がある。
ハッピーエンドに導く論理的な虚構を築かなくてはならない。それは真実でなくてもいい。必要なのはリアリティがあると感じさせる説得力だ。
この場合は種族を越えた「恒久的」な平和と共存のシステムの構築。
一時的な平和ならば、エピローグで「また別のお話」とか「いろんな問題もありますが二人なら乗り越えられるでしょう」と告げればそれで良い。ということだった。
実際にそんなシステムなどあり得ないのだから、裕一自身の折り合いの問題となると思う。
裕一はそんなドツボにはまっていた。二人の作る物語は一向に進まないまま時間は過ぎていく。ノートの空白は埋まらないまま。
僕からも、それを打破するアイディアを出せれば、良かったのだろう。だけれど、その答えは僕にも出なかった。
そして、僕も本音を裕一に出すことはしなかった。一番、苦しいのは書けない裕一のはずだから。
僕らは「平和」とか「共存」とかを考えるには、まだ知識も経験も足りない……子ども過ぎたのかもしれない。実際の僕も裕一と意見が違っても、折れることが多かった。
また、裕一に上記の折り合いを提案したりすることもできなかった。当時はここに記している程には、僕が裕一の気持ちに寄り添うことは出来ていなかったというのがあるだろう。
つきつめれば、自分たちの作った設定の大風呂敷を広げたのはいいけれど、それをおさめていくことができなかっただけの話なのだけど。
自然と、僕らが会話する時間は減っていった。
「無駄に考えていても仕方ない。切り替えて、他のことをしている内にいいアイディアがどっかに降ってわいてくるかもしれない」
裕一はアッサリした風に告げて、以降二人の間で会話が途絶えた。
ノートは、続きを書けない裕一のところにあったままだった。
時間は過ぎていき、季節は移ろう。裕一が親の都合で転校することになった話を担任からクラスメート全員に告げられることになった。二人に残された時間は少なくなった。
アイディアを出せない自分にも、澄ました顔をしている裕一にも焦れったい気持ちになっていく。
僕は裕一の作る物語が、きっと作り手以上に好きだったのだろう。
だからこそ、僕は引っ越しを数日に控えたある日、裕一を公園に呼び出した。
最後だからこそ、裕一に言わないといけないことがあったんだ。
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