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残したノートのはじっこで。(3/3)

僕がベンチに腰掛け待っていると、裕一が遅れてやってきて片手をあげる。
裕一に隣に座るよう促す仕草をする。
「珍しいね。浩平から呼ぶなんて」横に並び、顔を向き合わないまま話し始める裕一。
「ああ。裕一が書いていた小説の続きがどうしても気になってね。あれ、どう考えてる?」
「サッパリだよ。全部の種族がお互いの歴史を越えて、お互いを尊重しあい共存できるシステムなんて全く見当がつかない。綺麗ごとのように思える。それが今の正直な答えだ」
疲労をにじませる表情。澄ましていたように見えて、途中で放り出すのも……だから、頭の片隅にはあった。魚の骨が喉に刺さったままのような痛みを残している。
裕一がそういう奴だというのは、もう知っていた。
「うん。そうだね。そんなシステムはないんじゃないかな」肯定のメッセージの後に続ける。
「でもね、僕はこうも思う。勇者は『システム』を作る人じゃないんだよ」
裕一はこちらに首を動かす。僕は続ける。
「システムを作るのは、現実でいれば、政治家とか、官僚とか、そういった人たちじゃないかな? 勇者ではないと思う」
「浩平の考えている勇者っていうのは?」
「言葉のまま素直に読むと『勇ましき者』なのかもしれない。自分に勇気をもった者。
でも、僕はその答えはファンタジーの勇者としては違うと思う。そして、君の書く物語の勇者としても」読者に生きる希望を与える勇者はきっと……。
「自分だけじゃなくて、人に勇気を与えられる存在が勇者なんだと思う。物語いきざまをもって勇気を示して、人に感動と勇気を与える。それが勇者なんだと思う」
お前が書きたかった人に希望を与える勇者もそうじゃなかったのか?
「裕一が今まで書いていた勇者は、人間のために魔王を倒したのに人間に裏切られた。
だから、人間不信になった。それでも、再び人間のために戦うことを選んだ……そんな勇者だったはずだよね?」
裕一は無言でうつむく。普段は多弁でリアリティについて語っていた裕一。
悪いが、今日は僕がファンタジーを語る番だ。最後の最後だからこそ、君に伝えたい。
「勇者は孤独だったかもしれないけれど、仲間もいるし、魔女もいる。人間に見放された勇者だったけど。見放していない人間もいたし、勇者といたい仲間もいる。
それは彼なりに勇気を、希望を与えてきた結果なんだと思う。最初はどうであれ」
これからが僕の本音だ。君に聞いてほしい。
「僕はこの話を読んでいて楽しかった。続きが読みたい。勇者が作るシステムより、勇者が作る物語を見たい」
黙っている裕一に続ける。届けばいい。
「粗削りでも、無様でも、泥まみれでも……物語があれば、勇者たちは幸せだったはずなんだと信じられる。与えられる希望はきっとそういうことなんだと思う」
読者おれは誰よりも君の物語を。今の君に書ける最高を見たがっている読者なんだ。
「スマートなリアリティを放り投げた裕一の全力のファンタジーを読みたい。続きを見せてくれるか?」
ここまで、裕一に意見をぶつけたのは初めてだったと思う。ファンからのメッセージだけど。
「……約束はできない」
「今すぐじゃなくていい。ネットに投稿したいって言っていたよね?
その形でもいい。いつか、この作品にちゃんとピリオドを打ってほしい。
放り投げられた物語は作者もそうだし、作られたキャラクターも、読者も残念に思う」
結局、転校までに残された時間の中で、これが裕一とこの物語における最後の会話となった。

親の都合により転校。そんなイベントに僕たち子どもは無力だから、粛々と時間が流れるままにしていくしかなかった。
寄せ書きには「体に気をつけて」と定番な文句を書いた。
お互いに特に小説に触れることもなく、見送り、見送られる。
裕一は引っ越しの準備があるからと、最後の日なのに余韻を与えることなく早々に帰って行った。
明日から裕一がいなくなる……。それを思うと、心が一つぽかんと置き去りにされたような感じがした。
放課後、そんな心境でなんとなくまっすぐ帰るつもりになれず、ぼんやりと教室で過ごしていた。炭酸が抜けたサイダーのような活気のなさに包まれていた。
窓から夕焼けが差し込むのが見えて、ぼんやりしながら「さすがに帰らないと……」そう思って、机の中を片付け始める。手にしたのは見覚えがあるノート。
2人で小説の設定や、裕一の小説の草稿をつづってきたノートがすべて入っていた。いつの間にか裕一が入れていたに違いない。でも、なぜ、これを僕の机の中に?
そう思いながら最初のノートからペラペラめくり始める。見覚えのある字。見覚えのある内容に。めくる度によみがえってくる思い出。
最後のノート。最後の決戦に挑む前から空白が続いたノート。
もしかしたら、僕の知らない続きがあるのか……。そう期待した。
結局、続きはなかった。小説の内容自体は、僕が最後まで確認した状態で終わっていた。
追記されていたのは一言だけ。
途中で止まった部分。その次のページの隅っこに。
「ごめん。ありがとう。続きは考えてみる。」とだけあった。
残したノートのはじっこに、その文字だけの孤独が寂しく思えて。
ピリオドが打たれなかった未完成だけが残って、
それでも、続きを期待させる言葉に。
僕は目が熱くなるのを感じた。

僕たちはお互いにLINEを交換していたけれど、特にやり取りもしなかった。
きっと、裕一から送られるのは続きが書けたときで。
僕はそれを待っているからだ。
それでも、時間は流れて、僕らの間には空白のまま数年が経った。
この時の経験もあるし、ファンタジーが好きなので、
僕は自分で小説を書くことにした。
初めてなので、正直粗削りもいいところだ。
自分の勘定乗せまくっていて、まとまりのない文章だし、
設定を詰め込みすぎているし、とにかく酷い出来だった。
それでも、最後まで書くことに意義があると思う。
内容は剣と魔法の王道ファンタジー。勧善懲悪のシンプルな内容だった。
ネット小説を載せるサイトに投稿する。
閲覧者は乏しかった。ありきたりの設定に見向きもされなかったのだろう。
それでも、小説を書き続けた。いつか裕一の小説に、自分がピリオドを打つために。そのためには表現とかをもっと突き詰めていきたい。
最初に自分が書いた小説について、自分も忘れかけていた頃に、
その小説に「いいね」とコメントがついていた。
僕は驚いて、コメントに飛びついた。

『HN:U1
はじめまして。拝読させていただきました。私も昔ファンタジーを書いていたのですが、その時は最後まで書けませんでした。その時、私に付き添ってくれた親友がいたのですが、きっと彼が小説を書いたら、こんな風になるのかな?と思うファンタジーに対する愛情が感じられる作品だと思いました。創作活動頑張ってください。』

僕は裕一に連絡をとろうと思った。
あのノートはまだ捨ててない。続きはいつでも書ける状態だぞ。と.

【後書き】
お題は、関口理恵著ですが、都合のため、作者を野田浩平にさせていただきました。
まぁ、乙一の山白朝子と中田永一みたいなものだと思って流していただければ幸いです。
状況描写にとぼしかったり、最後に裕一に本音を語るシーンで裕一が大人しすぎるとか、色々と課題が感じられる作品ですが、タイトルだけは回収できたと思います。

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