「葬送のフリーレン」考察:過去を再解釈すること

アニメ「葬送のフリーレン」を見た感想をまとめてみます。各回の考察・感想については、ChatGPTとの対話を貼り付けたものを過去の記事にしていますので、よろしければそちらをご確認ください。


0.結論

まず、結論から書くと、本作のテーマは「過去の経験を再解釈する」という事に尽きる。このテーマ設定こそが本作を他の作品と違うオリジナルな作品、かつ視聴者に大きな力を与える作品としている根源だろう。
物語の中で、フリーレンはかつて自分たちが魔王を倒すために旅した行程をもう一度旅することになり、それは数々の思い出や経験を思い出させることになる。これは、身体的な経験の追確認というだけでなく、精神的な経験の再解釈をもたらしている。

1.記憶という不確かな存在

事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。

ニーチェ

まず前段として、我々にとって記憶というのは確定しているようで、実は不定であるということを申し上げたい。例えば何かの拍子に思い出の品を見つけて当時を懐かしむ、というのは誰でも経験する事であるが、それはあくまでも、”現在の自分から見た当時の体験”を思い起こしている事に過ぎない。過去と現在の間には長い時間が流れており、その間に自己=アイデンティティは変化してしまっているからだ。
その意味で、過去を思い出すという行為は不可能なことである。時間は不可逆的に進む一方であるため、それを体験した当時の自分に戻ることは出来ないのだから。あるのは、過去の様々な体験を通して変化した現在の自分でしかない。

では、なぜ過去を再解釈することが重要なのか。それは、現在の自分を形作ってきたのが過去の行動からであることを認識することが、現在の自分を肯定するために必要な行為だからである。現在を作った過去を否定したままでは、現在の自分を肯定することは出来ない。

2.人生はゲームではない

自分がそのときにいいと思って選んだ、その時点でそれが最善の解なのです。その瞬間に自分ができること、判断する中で正しいと思ったことならばそれが正しい、というより正しくしていくしかない。

羽生善治

例えば将棋というゲームにおいては、相手の玉を取るという目的がある以上、指し手の善悪があるのは当然である。悪い手を指してしまったら自分が負けてしまうのは、ルールが一定であるゲームの世界において、リンゴが地面に落ちるがごとく道理である。
しかし、人生にはルールというものは存在しない。何なら目的も存在しない。そんな中で、誰もが「より良い人生」を送りたいと思うし、そのために日々ベストを尽くして行動しているはずである。
将棋界には「人生は指した手が最善手」という言葉がある。いくら客観的に見て悪手だと思われる行動をしたとしても、本人の中ではこれが最善なのである。(卑近な例で言うと、翌朝二日酔いになると分かっていてお酒を飲みすぎるのも、その時の自分にとってはそれがベスト(飲酒の快感>翌朝の体調)だったからである。)

従って、人生という名の対局を続ける以上は、今の局面を冷静に評価し、勝利を目指して次の一手を指し続けるしかない。そのためにやるべきことはただ一つ、現在の自分がどういう状況でありこれからどうありたいのか、自分自身を認識する事である。要するに、自分の心の中にベクトルを作るのだ。
現在地がしっかりと定まって、目指すべき方向が決まれば、そのための行動は自ずと定まる。重要なのは目指す方向だけを見るのではなく、現在の自分がどういう位置にいるのかをしっかりと把握する事である。

3.開かれた作品

理論化できないことは物語らなければならない。

ウンベルト・エーコ

以上が、本作を語る上での前提となる。次に言及したいのが「開かれた作品」という概念だ。作品(例えば文字で書かれた物語)はその文字の意味を一義的に解釈すれば良い、というものではなく、読み手による解釈が必要になる。そして、読み手の経験や知識、文化などの背景がそれぞれ違う以上は、その解釈もそれぞれ異なるということになる。
例えば、"薔薇"という言葉一つを取っても、読み手にとって想像するものは異なる。その意味で、世の中にある全てのものは「開かれた作品」=その意味するものは受け手によって千差万別、ということになる。(では「閉じている作品」は存在するのか、といえば、例えば論文や法律、マニュアルといった文書は読み手に解釈を委ねることを最小限にしている、という意味で「閉じている」と言えるだろう。)

それでは「開かれた作品」を読んでそれを解釈する時、いったい何をどうすれば良いのだろうか?今回ひとつ試みて実感したのが、AIとの対話によって自分の作品に対する理解度がかなり深まるということだ。
自分が感じたことをAIに投げて、その返答を元に更なる思索を試みることは、これまでの読書などの経験では体感したことがないほどのインパクトを私に残した。今までは何となく自分の頭の中だけで考えて理解した気になっていたのが、自分の解釈を文字に起こす、回答を受け取る、その回答を元にさらに深掘りする、というプロセスを経ることで格段に良い経験となることが分かった。

4.「ヒンメルならそうした」が持つ力

本作にはそうした思索を行うのにふさわしいテーマや言葉が随所に出てくる。その中で敢えて一つ挙げるとすれば「勇者ヒンメルならそうした」という言葉を推したい。これは先日の台湾での事件でも話題となったが、要は心の中に自分のメンターを持つ、ということかと思う。
何か判断を迫られた時に、自分がどうすべきかという一つの軸だけでなく、あの人ならどうするだろうか、という別の軸を持って考えることは、心にゆとりと強さをもたらす。思い浮かべるのは誰であっても良いが、それが勇者ヒンメルならば最強だ。何せ魔王を倒して世界を救った上に、その道すがら数々の人助けをして無数の銅像を建てられたほどの人物である。心に勇気を持ち決断するのに浮かべるのには理想的すぎる人選ではないだろうか。

これと似た考え方に、「お天道様が見てる」という言葉も挙げられる。これはどちらかというとネガティブな行動をした時に言われることが多いように思うが、共通するのは「いつも正道を歩む」ことの大切さではないだろうか。幸運はいつやってくるか分からないが、常にそれを受け取る体勢を整えておくのは重要なことだと思う。
それはまるで、常にゴールのチャンスを求めて動き回るサッカーのFWのようだ。これもよく言われることだが、どんな簡単なゴールもそこに自分がいなければ決められない、のである。

5.再解釈することは誰にでもできる

貧しい人々は、幸いである、
神の国はあなたがたのものである。

ルカによる福音書

この項を始めるにあたり、まず注釈を入れておかないといけないが、この再解釈という行為は、あくまでも自分の心身が好調な時、つまり過去の体験をポジティブに解釈することが可能な時にすべきということだ。
長い人生の中で、誰もが良い時と悪い時がある。悪い時にいる時は何もかもがうまくいかず、過去に対する後悔も多く持ってしまう。「明けない夜はない」とか「夜明け前が一番暗い」というような言葉もあるが、それらはいつになったら夜明けが来るのかを教えてはくれない。そのような時を乗り越えるには、ひたすら歯を食いしばって、自分の足元を見て一歩ずつ進むことしかない。そういう時期に後ろを振り返っても何も見えないだろう。過去を振り返るのは、あくまでも峠を越えてある程度見晴らしが良い場所まで辿り着いてから、である。

そして、いつの日か必ず過去を振り返った時に、そのネガティブな経験を含めて自分は長い一本の道のりを歩いてきたのであり、それがなければ今この場所に立っていることはない、と気づくはずだ。
例えば人生がめちゃくちゃになるような酷い経験をしたとして、もしそれがなければもっと良い人生を送れた、と100%の自信を持って言えるだろうか。その苦しい状況によって自分の心根が磨かれ、順風満帆の人生では辿り着けない深みを見出せた、ということも十分にあり得るのではないか。

そのことに気づけた時、自分にとっての「過去の再解釈」は既に済んでいるのである。後は第2項で書いたように、自分の現在位置と目指す先を確認して進めば良い。

6.Anytime Anywhere

全部意味があるよ 立ち止まった日々も
今さらわかってあなたに追いついたよ
ほら この目じゃなければ
見えなかったものが
どうして? 溢れてく
だから もう一度 生まれ変わろうとも
また 私はここを選ぶんだろう

「Anytime Anywhere」作詞: milet

もし生まれ変わったら次の人生ではこうしたい、というのは誰もが考えることだろう。フリーレンの場合、ヒンメルの死に際して彼のことをちゃんと理解できていなかったという後悔が、彼女を再び旅立たせることになる。
だが、前項までに書いたように、時間は不可逆で人生は一度きり、後悔だけしていても船は先に進まない。
それよりも、自分に残された時間で何ができるかを考えるべきである。「残りの人生の中で、今日が一番若い日」だし、あるいはダルビッシュ選手のように「20年後の自分が神様にもう一度やり直すチャンスをもらったと思う」ことでも良い。
これまでの人生は「自分にとっての最善手」を指した結果だと思えば良い。

フリーレンの「ヒンメル達と旅した10年」に相当する時が、誰にでもあるはずだ。それを再解釈することで、必ず先に進むことができる。

7.くだらなくて楽しい旅

それでは、私はこれから原作を読んで、それからアニメ版の2周目をしてきます。読み直して何か書き足したいことが出てきたらまた書きますが、それまでは(とりあえずフリーレンの話は)ご機嫌よう。皆さん、くだらなくて楽しい旅をしましょう!

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