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風散布

 北海道という土地が本当に好きじゃなかった。閉鎖的だし、遊ぶところないし、イベント全然やってくれないし、学校行くのに一時間半とかかかるし電車一時間に一本あればいい方だし、好きなバンドの全国ツアーで省かれたし、東京遠いし、最低賃金安いし。本当に地元への愛がなかった。別に北海道という地域に住んでいることに全くアイデンティティを感じていなかった。こんなHN使ってるのに。

 北海道を離れて多分6年目くらいの今日、ついに住民票を北海道から今住んでるところにうつした。めんどくさくて移してなかったんだけど、必要だったから、うつした。親に送ってもらった転出届が手元に来た時、うまれて初めて郷愁を感じた。大嫌いな北海道を離れて、二度と戻らんという気持ちでウキウキしながら上京してからこれまでずっとそんなものを感じてこなかったのに、こうやって手元に物理的な紙として、道民をやめますという書類が回ってきて初めて郷愁を感じた。一緒に入っていた説明書にかかれた自治体のゆるキャラがものすごくいとおしく思えた。この一枚のかみっぺらをもって役所に行けば、ついにほんとうにこれで全くもって完全に北海道の人間ではなくなる、そういう気持ちがあふれてきて、何故か北海道にいた時の思い出とかがどぱぁっと流れ出てきて、なんだか変な感じだった。

 市役所で手続きをするというのも初めてだった。用紙に記入して、窓口に行き話をきく。住民票を移すとき、世帯主としてチェックをつける。こういったことを自分でまったくやってこなかったからなんとなく大人になってしまったように錯覚する(実際はそんなことないのに)。転入届を受理してもらった帰り道、私はラーメンをすすりながら大きな喪失感に包まれていた。自分がなにか大きなものからすっぱりと切り離されてしまったような、そんな感じがした。多分、自分でも気づいてなかった自己の拠り所の一つを、失ってしまったからだ。なんだか自分が宙ぶらりんになってしまったようにさえ錯覚する。

 流された先で、果たして定着することはできるのか、そこは地面じゃないのかもしれないし、地面だったとしてもそこに根をはり、新しい歴史を積み上げて自分をつくっていける保証はない。先行きは本当に不透明で、今日の寒さは道民らしさを既に喪っている私の身体にはこたえる。

 さようなら、憎き愛しき我が故郷よ。

(977文字)

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