見出し画像

尾瀬至仏山に学ぶ、登山道荒廃メカニズム

尾瀬あ.002

まず、尾瀬の至仏山の特異な点をいつもの「人為要因」「環境要因」「気象要因」に当てはめてみました。ここから、まずは環境要因要因について見ていきたいと思います。


蛇紋岩と植生

尾瀬あ.003

至仏山は、主に「蛇紋岩」という岩石を基盤とした山です。蛇紋岩は鉄とマグネシウムイオンという有毒な重金属を含んでいるため、本来植物の生育に適さない環境です。そのため、至仏山では特異な生態系が築かれていて、希少な植物を見ることができ、特に高山植物開花の時期には多くの人が訪れます。その一方で、土壌が貧弱で雨水や融雪水に侵食されやすい環境となっています。また、一度侵食されると回復には気が遠くなるほどの時間が必要となります。

至仏山の植生を分けると大まかに3つに分けられます。「雪田植生」「風衝植生」「ササ・低木林」です。この中で最も侵食を受けやすいのが雪田植生です。雪田植生は湿潤で柔らかい泥炭質の土壌で覆われています。泥炭は水の透水性が低いので、踏圧よって表面に凹みができると流水が集まり、土壌が流出し侵食が始まります。また、侵食によって周りの土壌の乾燥化が進むと、植物が枯れてしまう恐れもあります。


人為対策

尾瀬あ.004

至仏山では入山者による影響を減らす為、次のような対策が取られています。

残雪期(4月下旬〜5月6日):この時期、発芽したばかりの植生は踏圧にも弱いため、山スキー等による踏み荒らし防止のため立ち入り禁止となっています。

融雪期(5月7日〜6月30日):融雪水によって土壌は弱くなります。またぬかるみを避けて植生を踏み荒らす恐れもあるため、至仏山の全登山道が封鎖されます。

グリーンシーズン(7月1日〜11月上旬):入山の規制はありませんが、立ち入り防止柵の設置、残雪区間の除雪、一部斜面を登り専用にするなどの対策が取られます。

しかしこれらの対策を行っても、高山植物が咲く7月の休日に登山者が集中し、すれ違い時に登山道を外れて植生を踏み荒らすなどの問題が生じます。


豪雪地帯

尾瀬あ.005

「気象要因」で豪雪地帯であることに注目してみます。至仏山は水分を多く含む季節風によって大雪が降ります。また風下側の斜面は吹き溜まりができることによって10mもの積雪になります。雪が大量にあることによって大きく2つの影響があります。

一つは融雪水です。雨は常に降り続くというわけではありませんが、融雪水は雪が溶け切るまでは永続的に水を供給し続けます。それが土壌流出と植生破壊の要因となります。

もう一つは積雪グライドです。雪田植生や湿原地帯では踏圧を防ぐために木道を設置するのが一般的ですが、その木道が積雪によって破壊されてしまうことがあります。特に、斜面や窪地に木道を設置するのは注意が必要です。積雪による設置物に加わる力は「圧縮力と引張力」「沈降力」「回転力」の3タイプに分けられます。


対処方針

これらの問題に対して、至仏山保全緊急対策会議では4つの対処方法を検討されています。

尾瀬あ.006

①登山ルートの見直し
そもそも、雪田植生などの脆弱な環境に登山道を設置したことに根本的な問題があり、対処療法のみでは改善は期待できません。そのため、このような場所では登山道の付け替えも検討する必要があります。

②荒廃地の修復
・既設工作物の効果の再検討
植生保護や侵食防止のために設置した工作物が原因で侵食おこる二次侵食が起きている場合もあります。
・修復方法の設定
植生が侵食された部分を、元の植生に戻すことが極めて難しい場合は、まずは別の回復の早い植物(代償植生)にて緑化を目指すことも有効な場合があります。
・水流管理方法の見直し
雨水などは一つの方向に集めて排水する方法が多く行われてきましたが、それにより植生の改変や、排水箇所での荒廃が起きてしまっている場合があります。

③登山道の改善
・登山道の確定と明示
登山道と植生の境界線が曖昧な箇所では植生への踏み込みが起きやすく、また危険箇所への迷い込んでしまう可能性もあります。
・安全対策
危険箇所については安全に歩行できるよう対策を取る必要があります。ただし、過剰な整備は環境の価値を損なう恐れもあるため注意が必要です。

④適正利用のためのルールづくりと管理
・入山者の入り込み管理
特定の期間や時間に登山者が集中すると、すれ違いが困難な箇所では登山道を外れやすくなります。知床五湖などで行われている、自然公園方に基づく「利用調整地区制度」の導入の検討もする必要があるかもしれません。
・ガイドの活用
危機管理や適切な利用方法の周知だけでなく、自然の特性を伝えるためにも有効な方法となります。
・登山口における情報提供
ビジターセンターなどの情報発信施設がない登山口では安易な入山による事故が起きやすくなります。
・残雪期の入山管理
植物が芽生える時期の踏み付けは、荒廃の直接的な原因となります。
・東面登山道の「上り専用」化
斜面が急峻で滑りやすい箇所は、転倒事故が起きやすく、歩きやすさを優先し登山道を外れる可能性があります。
・トイレ対策
行程が長く、登山道上にトイレ施設がない場合、トイレの問題が出てきます。トイレの設置は維持管理や環境保全から見ても困難な場合がほとんどです。最近では携帯トイレの普及が効果的とされています。


参考

尾瀬至仏山における原植生からみた登山道荒廃地の植生と立地環境について
著者:水崎 進介 発行日:2006年

至仏山保全基本計画
著者:財団法人尾瀬保護財団 発行日:2007年

至仏山保全対策に向けた登山者意識に関する属性比較分析
著者:栗原 雅博, 古谷 勝則, 一場 博幸, 中島 敏博, 加藤 峰夫 発行日:2009年

面接調査を用いた至仏山の保全と利用に関する施策の方向性について
著者:中島 敏博, 一場 博幸, 古谷 勝則, 栗原 雅博, 加藤 峰夫 発行日:2009年

登山道荒廃のメカニズムと積雪の役割 -尾瀬至仏山のケース・スタディ-
著者:松田益義, 清水孝彰 発行日:2013年


LINK








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?