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音楽素人のライブ後記 vol.10

『全感情に告ぐ』
toitoitoi
shibuya WWW ワンマンライブ
~未だ見ぬ獣道~
2019.3.19
(1日ぶり15回目)


前回に引き続き、
toitoitoiのワンマン。
2日目。

( ↓ 1日目のライブ後記はこちら )

1日目のバンド編成から、
2日目は2人編成へ。

人数を減らすなんて、
強気の日程組みだ。

でも2人にとっては、
強気でも何でもない。

toitoitoiにとって、
バンド編成は、
ただの前フリ。

それだけの時間と、
想いと、
経験を、
2人は共有している。

1日目のお客さんの前で、
「明日の方が凄い」と、
図太く言い放つほどに。






本当は、
「ライブを観て」
としか言えないけれど、
言葉で伝える大切さもあると信じて、
書きます。






SEはなかった。
ゆっくりと2人が入ってきて、
いつもの定位置に着く。

センターにまきさん。
少し上手に腰掛ける村越さん。
ほんのりと空気が重くなる。

まきさんがおもむろに、
マイクを口に近付け、
すぅーっと、
息を吸った。

意外な選曲だった。

初日レポにも登場したサウンドプログラマー、
クロダさんがプロデュースした、
「さいなら」。

クロダさんは、
唯一無二な2人の世界観を崩すことなく、
無限に音を重ねていくことができる革命家。

昨夜の数奇なバンドサウンドは、
彼なくして達成し得なかった。

そんな曲を、
あえて逆輸入するように、
2人でやるなんて。
それも1曲目に。

でも2人は
原曲に挑むのではなく、
2人なりの新しい解釈で、
披露していた。

昔なら、
ガシガシやって、
意地でもバンドを超えるぞ、
みたいなところがあったと思う。

ただこの日は、
表向きはそういう姿勢も見せつつ、
しっかりと表現の部分では、
2人の音楽を追求していた。

いつの間にか、
バンドとの棲み分けが、
自然とできるようになっている。

「バンドとの対決」
という想いで待ちわびていた観客は、
早速裏切られた気分だったろう。

もちろん、
良い意味である。

そういえば今日は、
「過ぎし」獣道ではない。
「未だ見ぬ」獣道だ。

昨日と比べるのではなく、
2人の音楽を純粋に楽しみ、
未来に想いを馳せるべきなのかもしれない。

なんて、
1曲目でライブの方向性を仄めかすあたり、
さすがである。






そのまま序盤は、
しっとりとした空気のまま、
2曲目の「サスペンダーガール」、
3曲目の「ベイビ」と、
丁寧に聴かせていく。

古い曲で、
懐かしさもあり、
どんどん穏やかな心持ちに。

と思ったら、
それを一気に壊しにかかる4曲目、
「ひろがれ・ザ・ワールド」。

面白い。
が、
さすがにこの流れは、
少し乱暴すぎたかも(笑)

とはいえ、
この曲の持つエネルギーは、
凄まじい。
多少乱暴でも、
引っ張っていく力がある。

でもやっぱり、
飛び道具っぽくなっちゃったかな。






その後、
また少し趣向を戻して、
「ブルーチリ」「oz」
と澄んだ楽曲が続く。

好きな曲たちだ。
とても綺麗なメロディの曲なので、
まきさんの歌声が映える。

初日も感じたけれど、
前回観た時より、
明らかに無駄な力が抜けていて、
声は伸びやかになり、
ファルセットも深みが増している。

昨日よりも、
声をじっくりと聴くことができて、
鳥肌モノだった。






次の「ペネロポ」は、
なんとボサノバ風。
いつもの野蛮さは影を潜めて、
高貴なステージに。

ライブの定番曲に対して、
このアプローチは、
かなり挑戦的である。

もちろん、
明確な狙いがあってのことだろう。

言葉にならない歌詞を、
緩やかに聴かせながら、
コンテンポラリーな表象を振りまく、
まきさん。

私には、
ライブを音楽表現から、
舞台芸術へと昇華させているように、
感じ取れた。

2015年6月、
ある意味実験的に行われた、
ゴールデン街劇場での5回公演。

舞台芸術としてのライブは、
そこから始まったと思っている。

その延長に、
今日の「ペネロポ」があった。

そしてこの先も、
さらに優れた芸術が、
創られていくのだろう。

そんな期待を抱かせる、
一幕となった。






次の曲は、
新曲「種火」。

タイトルの通り、
儚さと、
力強さが共存していて、
愛おしくさせる曲だ。

その流れから、
最高に愛おしい、
「キスキスバンバン」へ。

繋げ方が、
とても綺麗。

「種火」の余韻を纏った、
村越さんのギターイントロは、
胸を打つものがあった。

そこから「エンディング」に流れるのも、
良き。

この「種火」からの3曲は、
構成とサウンドが特に美しく、
一つのハイライトになったと思う。






そこから一旦、
牧歌的な「オー・マイ・大地」を挟み、
再びしっとりと「蒔く人」を聴かせながら、
終盤のMCへ。

ここでひとつ、
印象に残っているMCがある。

自分たちが歌うのに理由が必要ですか?と聞かれたら、
「ノー」と答えて、
「私のために歌っています」と言っていた時期がありました。
でも今は確実に違います。
<中略>
カッコイイとかカワイイとか大事ですけど、
私はそう言う事では無くて、
みんなに伝えたい事があって、
いまステージに立っています。

普通に読んでも素敵だけど、
2日間を通して、
久しぶりにtoitoitoiを観て、
大きく成長したなと思う部分が、
このMCに詰まっている気がしていて。

アーティストにとって、
自分たち自身と、
自分たちとお客さんの関係を、
ちゃんと客観視できるかどうかは、
大事なスキルだ。

たとえプロデューサーがいたとしても、
舞台に立つのはアーティストである以上、
セルフプロデュースが出来なければ、
お客さんに感動を与えるのは難しい。

その感覚が、
ここ数年で自然と、
良い方向に変わってきているのだ。

だからこそ、
あのMCも、
ストンと腹に落ちた。

今のtoitoitoiだからこそ言える、
生の言葉だった。






そんなMCから、
「アンセム」のシンガロングが始まる、
美しさといったら。

昨夜を体験した私たちにとって、
「アンセム」の全能感たるや、
もう語るまでもなかった。

この曲があれば、
どんな未来も、
どんな獣道も、
乗り越えて行ける。

そんな気持ちにさせてくれる曲は、
人生でそう何度も出会えないから、
ただただ、
幸せな時間だった。






昨日は「アンセム」が最後だったけれど、
この日はもう1曲、
「日常」。

「アンセム」によって消失した、
観客と舞台の境目で、

ありふれた毎日の中で
君はいつも
笑っているから
つらい時も
笑っているから
僕も君の希望になりたい

と歌う。

こんな歌詞がある曲を、
2日間の本編ラストに選んでくれて、
良かったと思う。

どう良かったかは、
もう想像してください笑






でも…あれ?
いつもの激しく、
理性をかなぐり捨てるような、
血潮が滾るような、
ロックなパフォーマンスが、
あんまり無かったな。

あの曲も、
あの曲も、
やってないな。

ということは、
昨日は無かったアンコールに、
期待するわけで。

2人が、
ステージに戻ってくる。

披露されたのは、
古参ファンにはたまらない、
初期の名曲かつ、
滾る曲!

「小動物」。
「熊本さん」。

スタートから、
一気に熱を帯びる2人の挙動に、
目が離せなくなる。

様々な声色、
口笛、
手拍子足拍子。
裸一貫でも、
出せる音は全て使い、
隣の村越君に、
身体ごと挑みかかるまきさん。

テクニカルな音色を響かせながら、
アコギのボディを叩き、
マイクオフで叫び歌い、
凭れかかるまきさんに目もくれず、
ヘッドバングをする村越さん。

計算しつくされた演出も良いけれど、
理性を越えた表現も、
また芸術だなと。

これだけの振れ幅を、
もっと自在に操れるようになったら、
無敵になれる。

その期待があるから、
また観たくなる。

やっぱりいいな。
toitoitoi。
最高だ。






全てが終わって、
鳴り止まない拍手の中、
まきさんが高らかに宣言する。

この先なにがあるかわからないけれど、
歌い続けることを誓います。

ならばこっちだって、
同じ分だけ、
見届け続けることを、
誓うしかない。

2人組ロックバンドが、
どこまで世界を巻き込んでいくのか。

読者のみなさんも、
ぜひ一緒に見届けましょう。

ライブハウスという名の宝箱に、
2人が待っていますよ。


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