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大自然に触れた人の脳が驚くほど活性化する訳

ちっぽけな自分を感じ利他的に動きたくなる(Awe(オウ)体験)


引用元: 「東洋経済ONLINE」2020年11月5日
著者: 岩崎 一郎氏:   脳科学者、医学博士


大草原や大海原、あるいは星空など、自然を前にして圧倒される経験を『Awe(オウ)体験』という。

脳科学者で『科学的に幸せになれる脳磨き』の著者が、Awe体験が脳にもたらす効果、そしてAwe体験の実践方法を解説する。

〈目次〉
1.ちっぽけな自分を感じるとき、脳は活性化する
2.未来の社会や人のために行動できるようになる
3.大自然の中でなくてもAwe体験はできる


1.ちっぽけな自分を感じるとき、脳は活性化する
果てしなく広がる空の下で「この広大な宇宙に比べたら自分はなんて小さな存在なのだろう」と思う。

あるいは、登山をして頂に立ち、360度に広がる空の下で他の山々の連なりや雲海を見渡し、「ちっぽけな自分」を感じる。

このような、大自然や大宇宙の悠久さや広大さを前に、自分の存在の小ささを感じる体験を、脳科学ではAwe(オウ)体験といいます。

このAwe体験をしているとき、その人の脳はとても活性化していることが多くの研究から明らかになってきています。

カナダ・トロント大学のステラー博士らの研究では、「Awe体験は自分を最小化し、それが謙虚になることにつながる」という仮説を立て、それを延べ977人の被験者の協力のもとに検証しています。

その結果、被験者が「Awe体験によって世界が違って見えた」「Awe体験によって生かされている感じがした」と答えるなど、Awe体験をすると自分の自我(エゴ)を少なくし、謙虚な気持ちを起こすことがわかりました。

大宇宙の悠久さや自然の広大さを前に「自分を小さい」と感じるとき、人は非常に謙虚な気持ちになり、そして素直に感謝の気持ちを持ちます。

その結果、前向きにもなり「世の中のため、誰かのために役立ちたい」という思いを強くするのです。このとき、脳は通常の何十倍、ときには何百倍も活性化するのです。

Awe体験についての研究では、心身ともにさまざまな素晴らしい効果が実証されています。

前述のカナダ・トロント大学のステラー博士らの研究では、Awe体験を頻繁にしている人はインターロイキン6※の濃度が低く保たれているという結果が出ています。

※ インターロイキン6は、多彩な生理作用を有するサイトカインと呼ばれる物質の一種で、免疫応答や炎症反応の調節において重要な役割を果たしています。


インターロイキン6は、身体が慢性的な炎症を起こしているときに出るもので、慢性的な炎症は人の寿命を縮めます。

逆にいうと、インターロイキン6が下がっている状態というのは身体には良く、寿命を延ばすことにつながるのです。

アメリカのジョン・テンプルトン財団の研究によれば、Awe体験をしている人は、見破る力、騙されない思考力を持つようになるのだそうです。

Awe体験をしていないと、情熱のある人の話やおもしろい話には弱く、議論でも説得されやすくなります。

たとえそれが詐欺師だったとしても、ものすごく情熱的に話されると信じてしまいます。

それに対してAwe体験をしている人は、見破る力があるのだそうです。

Awe体験の特徴として、アメリカ・アリゾナ州立大学のシオタ博士は次のようなことを挙げています。

①マインドフルネスを行ったように、何ごともありのままに受け取ることができるようになる
②心と身体をリラックスさせる
③好奇心を引き出す
④人と心のつながりを作る
⑤利他の心を引き出す
⑥身体を健康にする
⑦創造性を引き出す
⑧希望に満ちた状態になる
⑨幸福感が高まる
⑩嫉妬心など、ネガティブな感情が少なくなる

このように、広大な大自然や大宇宙の悠久さを体験することは、単に心が洗われるだとか、気分転換になるだけでなく、具体的に心身ともに良い影響があるのです。

2.未来の社会や人のために行動できるようになる中国・広州大学のリー博士らの研究は、Awe体験が「社会性行動」にどのような影響があるかを調べています。

そしてこの研究では、Awe体験で未来の時間の感覚を持てるようになり、社会性のある行動が取れるようになるという結果を出しています。

「未来の時間の感覚を持てる」というのは、未来を単なる時間経過した先にあるものと捉えるのではなく、自分が生きている「いま」と同じような感覚で捉えること。

たとえば、いまから100年後の未来は、多くの人にとって自分が死んだ後の世界です。その時間を「自分が生きていないのだから関係ない」と他人事のように捉えるのではなく、「いま」と同じ感覚で捉えることです。

それは、未来もいまと同じように価値があると実感することができるからです。

この感覚を持てるかどうかは、その人が社会性のある行動を取れるかどうかに大きく関わります。

たとえば、未来に思いが至らない人は、どうしてもいまの自分たちがより良く生きることだけを考えてしまう傾向があります。いまが良ければいい、いますぐメリットがあることをやろうなどという考えにいたってしまうのです。

しかし、地球の未来にきちんと思いをはせられる人は、温暖化による地球の環境悪化を少しでも食い止めようと「温暖化しないような生活に改めよう、なんとか対策を練ろう」などと考えます。

それは、単に「自粛」することだけを考えるのではなく、「温暖化防止」によって、逆にいままで以上に社会を活性化できないか、あらゆる創意工夫を凝らそうというところにまで思いをはせられるようになるといいます。

つまり、人はAwe体験をすることによって、いまの社会はもちろんのこと、未来の社会や人のために役立つことをしようと考えるようになるというわけです。

3.大自然の中でなくてもAwe体験はできる
さて、ここまでAwe体験がもたらすメリットを紹介してきましたが、なかにはAwe体験ができるような大自然に触れる機会をなかなか持てない、という方もいるかもしれません。

でもじつは、普段からでも、小さなAwe体験を積み重ねることはできます。

オランダ・アムステルダム大学のフォンエルク博士らは、大自然の広大さ・美しさが感じられる動画を見ることでも、軽微なAwe体験ができるとしています。

大自然の美しさ、広大さ、悠久さを少しでも感じられたら、それも一種のAwe体験です。このような動画を大画面にして見てもいいかもしれません。

ただ、このような軽微なAwe体験では、「時間の感覚を変えてしまうことはない」と、オランダ・アムステルダム大学の研究が明らかにしています。

たとえば、強いAwe体験の特徴の1つとして時間の感覚の変容があります。

世界がスローモーションのようにゆっくり動いているように見えたり、あるいは逆に、何かに集中しすぎて、ほんの一瞬だと思ったら、意外にも長い時間が過ぎていたりというようなことが起こるのだそうです。

これは、Awe体験がフロー状態(ゾーン)を引き起こすからだと考えられています。

ちなみに、きれいな街のネオンや夜景などでは、このようなAwe体験は起こらないようで、何か人智を超える感覚で、脳はAwe体験を引き起こすようです。

大事なのはAwe体験をして、謙虚な気持ちになったり、世の中のため、人のためという利他の気持ちが強くなったりすることです。

豊かで幸せに生きるためには、そのように脳が活性化することが重要なのです。


〈著者 プロフィール〉
著者: 岩崎 一郎氏
いわさき いちろう / Ichiro Iwasaki
京都大学卒。京都大学大学院修士課程修了後、米国・ウィスコンシン大学大学院で医学博士号(Ph.D.)取得。旧通産省の主任研究官、米国・ノースウェスタン大学医学部脳神経科学研究所の准教授を歴任。脳科学を活用し、普通の知性の人たちが天才知性を超えるパフォーマンスを発揮できる組織づくりの企業研修を提供する会社「国際コミュニケーション・トレーニング株式会社」を創業。著書に、『科学的に幸せになれる脳磨き』(サンマーク出版)、『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。


以上

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