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ミュンヘン映画祭(5) SULTRY:オリンピック直前のリオに溢れ出す蒸し暑さと恐怖と怒り

原題はポルトガル語でMORMAÇO、湿度の高い蒸し暑さを表現する独特の言葉だそうだ。とりあえず英題はSULTRYとしたものの、ぴったりした翻訳は無理、とまだ若い女性監督が話していた。日本の梅雨の暑さに通じるのではないか。この映画の主役の一つはまさにこの息苦しい湿気であり、それが引き起こす黴である。

彼女はこの映画をリオ・デジャネイロ オリンピックの開かれる2年前の2014年に撮り始めた。オリンピック開催の美名のもとに、強引な都市再開発が進められ、古くからの地縁共同体が破壊され、建設がらみの汚職が横行する現実に触発されてのことだった。作品中に登場する強制立ち退きや住居解体のシーンは実際の映像で、武装した警察官らに取り囲まれ、抵抗する住人達と共に身の危険を感じながら撮ったものだという。

だがただの政治的なプロテストの映画だと思ったら大間違い。主人公の若い弁護士(彼女は暴力沙汰で立ち退きを強制される住民のための法廷闘争を担っているが、彼女自身が暮らすマンションも取り壊しの定めにあり、ぽつりぽつりと歯が抜け落ちるように住民の数が減ってゆく)の背中に、原因不明の湿疹(これも黴の一種である)が現れたあたりから、幻想怪奇譚の様相を深めてゆく。

一昔前の言い方をするならラテンアメリカ特有のマジック・リアリズムということになるだろうか、幻想と現実が虚々実々、渾然と絡み合いながら現代の社会とそこに生きる個々の人間の内側を描きだす。

上映には監督と一緒に主演女優も来ていたが、Q&Aにおける受け答えのシャープなこと。鋭い知性を感じさせて、どっちが監督なのか分らないくらい。オリンピックの後のリオは危惧した通り、物価が高騰し、商業主義がはびこって、貧富の差が深まるばかりだと嘆いていたが、こういう人がいる限り希望が持てると思った。翻って2年後の東京はどうなるのだろう?ジリジリとMORMAÇOが耐えがたくなってゆく予感……。




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