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ミュンヘン映画祭(8) THE APPARITION: 聖母出現の「奇跡」を巡って、報道写真家が覗きこんだ不可視の世界


事実に基づく客観的で公平な取材で知られるジャーナリストのもとへ、ヴァチカンからある依頼が舞い込んでくる。フランスの田舎町で聖母マリアを目撃したと主張する少女が現れた。村の司祭はすっかり舞い上がって新しい教会を建てると言い出し、噂を聞いた人々がヨーロッパ各地から訪れて、村は大変な騒ぎになっている。ローマ教皇庁としては、オカルト的な土俗信仰に育つことを懸念している。ついては貴殿に調査委員会に参加して、マリア出現の真偽を明らかにしていただきたい。

イエスやマリアが出現したという証言は過去にいくつもあるそうだ。ローマ教皇庁は厳正な調査を行ったののち、奇跡として認められるかどうかの判定を下す。今でも多くの巡礼者を集めるポルトガルのファティマはその代表的なものだろう。もっともこの映画の中では、調査委員会のカトリック司祭たちは、目撃を主張する少女にも、その少女を聖女して祀りあげる村の司祭に対しても懐疑的だ。少女は彼らを恐れ、むしろ無神論者であるジャーナリストの真摯な態度に心を開いてゆく。

ジャーナリストは目に見える世界を代表する存在である。映画の冒頭、彼は中近東の内戦を取材していて、相棒のカメラマン(まさしく「見る人」である)が命を失うのを目の当たりにする。フランスの自宅に戻った後、激しい耳鳴りに襲われ、光を恐れて窓を段ボール紙で遮蔽するように。ヴァチカンからの依頼が届いたのはその苦しみの最中だった。

聖母が現れたと主張する少女は、目に見えない世界の代表者である。彼女には有名になりたいとか、これで金を稼ぎたいといった気配がまったくない。むしろ自分を一目見たいと集まってくる群衆を恐れ、一人で祈る時間を求めている。調査委員会の前にも自ら進んで現れる。だが彼女はやはり何かを隠している。

目に見えない世界の真偽を、目に見える世界が暴きだそうとする時、目に見える世界の中に目に見えない世界が侵入してゆく。ジャーナリストは自らの存在の足場を揺るがされ、少女は自らの命と引き換えに奇跡を証明しようとする。だがその奇跡とは、彼女自身が語ったものではなく、その陰に秘められたものだった……。

映画の後半は良質な謎解きである。だが最後のシーンで全ての事実が明らかにされた時、観客はそれと引き換えにもっと大きく、深い謎を携えて映画館を後にすることになるだろう。

https://www.filmfest-muenchen.de/en/programm/filme/film/?id=5757

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