石原吉郎

三つの石原吉郎像:細見和之、野村喜和夫、三宅勇介(その2)

細見和之の『石原吉郎――シベリア抑留詩人の生と詩』と野村喜和夫の『証言と抒情――詩人石原吉郎と私たち』について、前項ではその概観とアプローチを比較したが、ここではもう少し踏み込んで、具体的な詩作品に即しながら細見と野村の読み方を比べてみよう。いわば比較対照試験だが、被験者には「位置」という作品を選びたい。石原吉郎の代表作のひとつであり、第一詩集『サンチョ・パンサの帰郷』の巻頭に置かれている。

   位置

しずかな肩には
声だけがならぶのではない
声よりも近く
敵がならぶのだ
勇敢な男たちが目指す位置は
その右でも おそらく
そのひだりでもない
無防備の空がついに撓み
正午の弓となる位置で
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
君の位置からの それが
最もすぐれた姿勢である

この詩を読んで、あなたはなにを感じるだろう。あなたの心から、この詩はどんな言葉を引き出すだろうか。詩人生命を賭してその問いに答えようとしたふたりの読みを見る前に、まずはしばしあなた自身の心に耳を傾けてほしい。

・・・・・・

はい、よろしいですか。では今回は野村喜和夫から初めてみよう。

以下『証言と抒情――詩人石原吉郎と私たち』からの引用:読まれる通り、隠喩的表現が多様されており(「声だけがならぶ」「無防備の空」「正午の弓」)、「葬式列車」(四元注:石原吉郎の別の代表作)と比べてかなり晦渋である。それだけに多様な解釈も生むようで、銃殺刑の場面として捉える者もいれば、作業現場への行き帰りに囚人たちが組まされた隊伍のイメージがあるのではないかという者もいる。さらに驚くべきことに、これはキリストの磔刑を暗示しているのだという解釈もある。
 しかし、「正午の弓」というイメージには、なおそういう具体的事実への還元を超えてゆくようなインパクトがあるように思える。私の読み解きはこうだ。「勇敢な男たち」は、「葬式列車」の「俺たち」と別の者ではない。ただ、これもレヴィナス流にいえば、存在の夜の体験をくぐり、ひとりの存在者へと「実詞化」を遂げつつある「俺たち」ではあるだろう。「実詞化」とは、簡単にいえば「存在」の底なき底から、その「本質的な無名性」から存在者が立ち現れることであり、いわば「存在を引き受けるだれかがいる。そしてこの存在はいまやそのだれかの存在なのだ」(レヴィナス)ということだが、それでも分割の線は、「無防備の空がついに撓み/正午の弓となる位置」に彼らを置くのである。
 つまりこうして、「正午の弓」とは、子午線のメタファーでもあろう。

うーん、野村喜和夫は「簡単にいえば」というけれど、これだけだとまだかなり難解だ。それでも野村の読みが、この作品を石原の体験した具体的な事実の「証言」として「還元」することを拒絶し、むしろそこに人間存在のある普遍的な姿を見出そうとしていることは明らかだろう。ではそれがどんな普遍性なのかについては、本書を読み通すほかないのだが、ここではまず「底から」「立ち上がる」男の姿だけを押さえておこう。

では次に同じこの「位置」という詩を、細見和之はどう読み解いたのか。

以下『石原吉郎――シベリア抑留詩人の生と詩』からの引用:しばしば指摘されることだが、難解な石原の作品でも、個々の言葉それ自体はけっして難解ではない。作品「位置」にしてもそうである。難解なのは言葉と言葉の関係である。石原の詩においては、既知の語彙が未知の関係のなかに投げこまれる。その未知の関係を既知の関係(場面)に置きなおそうとするとき、「誤読」がはじまるのは避けようもない。その言葉と言葉の関係は、その詩のなかで一回かぎり生起するものだからである。石原の作品においては、言葉は通常の意味の束縛から身をふりほどく。そのことのよって、たとえば「位置」という語は「敵」という語を、「姿勢」という語を、「声」という語を、「挨拶」という語を、自らのまわりに引き寄せる。

この詩を具体的で個別の事実に引き寄せて解釈するべきではないという点においては、細見も野村も一致している。だが野村が哲学的な方向へ普遍化を図るのに対して、細見は言葉の持つ表現上の自律性に重きをおいているようだ。もっとも彼は次のように付け加えることを忘れないのだが。

再び引用:しかもそのこと(四元注:ある言葉が自律的に別の語を引き寄せてゆくこと)は、たとえば「位置」という語のうちへと錐揉みするようにして内在してゆく主観の介入なくしては、起こりえないことである。正しい語の意味をもとめて、ということはつまり、正しい語と語の布置をもとめて、石原という詩人の主観は、思惟と想像力を激烈に働かせる。あたかも一昔まえの熟練した金庫破りが、複雑に組み合わされた金庫のダイヤルを、繊細な指先の感覚とかすかな音感をたよりに開いたように、詩人は言葉とその布置を、カチッという音がするまでためすのである。

ふたりの詩人がひとつの詩作品に対して繰り広げる読みが、微妙に重なりながら微妙にずれている。それはそのふたりの詩人が<詩>という謎に対して抱いている仮説の、最小公倍数と最大公約数の関係にあるかのようだ。同時にそのふたつは、石原吉郎というひとりの詩人の姿を闇夜に浮かび上がらせる二本のサーチライトのようでもある。

ところで晩年の石原は少なからぬ数の短歌や俳句を残しているらしい。にも関わらず細見も野村もそれらの定型詩にはさほど言及していない。ふたりとも口を揃えて「限られた紙面」を理由にしているが、私にしてみればそれは見え透いた口実に過ぎない。だってふたりは口語自由詩の詩人なのだから。そして日本語の口語自由詩によって書かれた最高の作品のひとつとして、石原詩の謎に迫ろうとしているのだから。いわばふたりは口語自由詩の錬金術を盗み取ろうとして石原詩という家に忍び込んだ泥棒のようなものだ。目当ての品を手にいれるまでは、他の財貨は後回しにするのが当然なのだ。

ところがここに、その短歌の世界から石原詩の内部へと忍び込んだ者が現れた。現代短歌の鬼才、三宅勇介である。次号(その3)では三宅による石原短歌の読みを紹介する。(この項続く)

細見和之『石原吉郎ーーシベリア抑留詩人の生と詩』http://www.chuko.co.jp/tanko/2015/08/004750.html

野村喜和夫『証言と抒情ーー詩人石原吉郎と私たち』http://www.hakusuisha.co.jp/book/b210720.html

三宅勇介『歌論』(詩集『亀霊』とのセットとして)
http://shirobeeshobo.wixsite.com/home1/hon


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