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ミュンヘン映画祭(4) THE BRASCH FAMILY:三世代に渡る戦後(東西)ドイツの家族の肖像

ナチスの迫害を生き延びて、東ドイツにユートピアを夢見たホルスト・ブラッシュ。作家となった長男トーマス、弟で同じく作家のペーター、俳優のクラウス、そして末娘でやはり作家となったマリオン。彼らの家族の歴史は分裂と統合の戦後ドイツの歴史に重なる。

父親のホルストは社会主義に理想を託しただけに、その現実に失望し、自殺を試みたりもする。「私は党に見捨てられた」という遺書を残して。一方長男のトーマスはあくまでも精神的な自由を追求する小説を書き続けて、東ドイツの売れっ子作家となるが、父親をその中核の一人とする党によって(統一前の)西ドイツへ追放される。トーマス、ペーター、クラウスの三兄弟はいずれも長寿を全うすることなく世を去っている。末娘のマリオンだけが生き残り、その家族の苦悩と葛藤の語り部となる。

強力な父親と、その圧倒的な影響力の下で有り余る芸術的な才能を持て余す息子たちという構図は、トーマス・マンの一族を彷彿とさせる。東ドイツという社会主義の理想とその一党独裁の現実との残酷な乖離、東西ドイツ統一の喜びとそのあとに訪れる鈍い失望。見終わったあと、その延長線上に自分も生きていると気づいてハッとする。

脚本が映画化され、カンヌで賞をとったトーマス・ブラッシュが、この映画の発表された場でもあるミュンヘン映画祭に招待されてスピーチをする場面が登場する。彼はそこで東ドイツ映画学校で学んだことが今日の自分の礎になっていると述べて、観客からブーイングを受ける。西ドイツの人々にとって東ドイツを褒めることは、なんであれ我慢できないという時代だったのだ。そのエピソードを伝え聞いたトーマスの古い友達たちは、苦笑しながら打ち明ける。「たしかに奴は東ドイツ映画学校に席は置いていたけど、いつもサボってばかりで、授業なんか出ていたなかった」と。歴史が白黒でも、一本道でもなく、限りない灰色の階調と屈折のうちに存在するということを思い知らされる作品である。



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