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ミュンヘン映画祭(6) Ana's War:ナチス占領下のロシアに取り残された6歳の少女の怪奇な美に溢れた生存


第二次大戦下のロシアでユダヤ系住民がドイツ軍に虐殺される。畑の土に折り重なった死体の山。その中から、素裸の少女がひとり這い出してくる。母親の死骸から引き剥がした毛布を体に巻きつけると、彼女は無言のまま画面の外へ歩いてゆく。それがこの映画の主人公、6歳のアナである。

アナは村人によってドイツ軍将校が占拠して使っている建物へ連れてゆかれる。だが一瞬の隙をみて建物の奥へ逃げ込み、暖炉の裏側のわずかな空間に身を隠す。暖炉の壁には鏡がはめ込まれていて、裏側から室内の様子を垣間見ることができる。そこが彼女の生存の場所であり、その鏡が外界との窓となる。

占領軍本部として使われている建物は、元々は美術学校だった。日が暮れて誰もいなくなると、アナはこっそり暖炉から這い出して、建物の中をうろつきまわる。絵筆を洗った後の古い水で渇きを癒し、戸棚の下に仕掛けられたネズミ捕りに挟まって干からびている鼠の肉で飢えをしのぐ。教室の机の引き出しにナイフを見つけ、デッサン用の狼の剥製を切り裂いて、毛皮を身にまとう。

だが昼間は、ひたすら暖炉の裏で息を潜めていなければならない。鏡の裏側から彼女は部屋の中で繰り広げられる一部始終を見守る。ドイツ兵士らの乱痴気騒ぎを、逢引する若い男女を、大人に連れられて遊びに来る子供達の遊ぶ姿を、表情一つ変えず、ただ大きく目を見開いて……

想像を絶する過酷な状況だが、彼女はそこで成長してゆく。野良猫と心を通わし、生徒たちが描き残した絵に眺め入り、書物をひもとく。ここが彼女にとっての世界の全てなのだ。そして精神は知性の光と自由の風を求めずにはいられない。

映画を観て一週間以上たった今でも、あの少女の目が忘れらない。地上の悲喜劇の一切合切を、黙って見つめるだけのあの冷徹な眼差し。神や仏は信じられなくても、あの目なら信じることができる。今この瞬間も、自分を観ているに違いない。次の瞬間自分が死んだとしても、瞬き一つしないだろうが。その眼差しから逃れることはできないと思う。



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