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百人組手 七尾旅人vs小林幸子

デビュー当時こそ「第二の(美空)ひばり」と呼ばれていた小林幸子も、長い低迷期~「おもいで酒」の大ヒット~紅白歌合戦での美川憲一との名勝負数え唄~和田アキ子との舌戦~被災地の復興支援などを経て、下北沢富士見丘教会にたどり着く頃には「ラスボス」と称されるようになっていた。豪華。派手。美白。とにかくデカイ。自分を含めて多くの観客がもっていた彼女に対するイメージはこのような感じだったのではないだろうか。

18時過ぎ。七尾旅人の紹介をうけてついに小林幸子降臨。

会場の制限で身長こそ原寸大ではあったものの、なんかギラギラしたストーンだかラメだかわかんねえ鬼派手なマーメイドドレスに何かの動物の羽を大量に毟って作られた殺戮マラボーを巻いて姿をあらわした彼女は俺もみんなも知っている小林幸子だった。(会場入りの際、ロールスロイスに乗ってきたという目撃情報もあわせて)

割れんばかりの大歓声をねじ伏せるかのような荘厳なイントロのカラオケが教会の空気を一変させた。一曲目は『雪椿』。百人組手という即興表現の場において、今までに何千回と唄ってきたことで培われてきた技術と表現力を余すことなく使い切って構築される小林幸子の巨大な世界観。概念が激しくぶつかり合う展開に身がよじれる。

この曲のなかに、

「つらくても がまんをすれば きっときますよ 春の日が」

という一節がある。今にして思えばこの歌詞は、メジャーからはキチガイ扱いされて、インディーからは『Rollin' Rollin'』みたいなポップなことしやがってと揶揄されることもありつつ、自分の信念だけで独自の存在感を確立した七尾旅人に向けられた大先輩からのエールだったのではないかと勝手に妄想している。

その後は、教会備え付けのピアノをバックにシャンソン『愛の賛歌』、ジャズ『嘘は罪よ』を披露。場所に合わせた歌をチョイスする感性と引き出しの多さを残酷なまでに見せ付ける幸子。幸子すげえいい匂いするな幸子…と最前列でフガフガ嗅ぐ俺。で、そんな間抜け面が視界に入ったのかどうかは知らんけど、ジャズのターンの時に幸子が俺にまさかの投げキッス一閃!!!これが爆レスか……(しばし戦意喪失、鬼の萌えキュンモード突入)

私こんなこともできるんですよ的な他ジャンルの乗りこなしスキルの高さ。一曲終わるごとに曲の説明をする。作詞家先生に対する敬意と尊敬(なかにし礼さんリスペクト!)客いじり、自虐ネタを交えながら自らの勝ちパターンを積み上げていく感じ。この辺は演歌歌手あるあるとして覚えておきましょうね。あと、茶化すつもりは全然ないんだけど、震災や戦争の話になると必ず目が潤んでいるというのもすごい説得力だなと思った。

転換という名の衣装替えから第二部スタート。七尾旅人と小林幸子の曲を互いに競演する流れに。これがまた悶絶につぐ悶絶っていうか。感動と興奮と爆笑と萌えが次々に襲い掛かる展開に顔面の筋肉が感情に追いついていかなくなってしまった。

ポケモンの映画主題歌としても有名な『風といっしょに』のヤバさ。幸子の歌唱力がひろげる緑の大地に七尾旅人が心地よい風を吹かせる。私は誰だ…此処は何処だ… 誰が生めと頼んだ! 誰が造ってくれと願った…! 私は私を生んだ全てを恨む…!といじけていた俺の脳内ミュウツーが本物でもコピーでも今こうして存在しているんだからまあいいかとあっさり開き直った瞬間だった。

『もしかしてPART2』でのデュエット。(不純な理由で)唄ってみたい、でもキーが低い、とか言いながら唄っていた旅人はきちんとひどかったんだけど、すごいのはそれまで圧倒的歌唱力を披露していた幸子も酔っ払ったおっさんに物腰柔らかく付き合う感じで唄っていたことだった。その自在性の高さに脱帽。

『サーカスナイト』昨日この曲で見えた景色はずっと忘れないと思う。

「ここは楽園じゃない だけど描ける限りの夢の中 

目の前で魔法が解けてゆく 焦る気持ちだけが言葉つなげ

君を抱きしめるたびに 綱の上で揺れる サーカスナイト」

どんなにそれが絵空事でも 飛ぶしかない夜に、七尾旅人は音楽の魔法を使って空を飛んだ。椅子の上にのぼって、出窓によじ登って、スタッフにリフトされてとかじゃねえんだよ。空を飛んだの!幸子の前で!魔法が解けて幸子に抱かれる旅人を見たときとかもう目の幅で涙ダダ漏れ。幸子の菩薩感が異常すぎる。

幸子が去った後、最後に披露された『Rollin' Rollin'』背後に出現したテラ旅人に度肝ぬかされて詳細な感じは覚えてないんだけど、たしかこの曲を大事に大切に50年後も100年後も唄い続けるみたいなことを旅人だかゲストのやけのはらが言っていたような気がするんだけど。それってすごくいいなと思ったんだ。これも妄想だったらどうしよう…まあいいか。

下北沢サウンドクルージングというライブハウス周遊型のイベントで、他のところに一切行くこともなく目撃した百人組手はまごうことなく教会の中だけでサウンドをクルージングできた極上の体験であった。客席を死守すべく開場時間の相当前から教会に行くも、住宅地だからこの付近に立ち止まらないでくださいねとスタッフさんに何百回も言われながらひたすら付近をぐるぐる歩くことで下北沢をクルージングしたし、どさくさに紛れて夜の部の当日券も買って結局オールナイトでライブハウスをハシゴしたりして満喫しきった一日。

俺の知ってる小林幸子もすごかったけれど、俺の知らない小林幸子もやっぱりすごかったので余韻がエグい。こうなったら11月に開催される自身初の武道館公演(幸子なりの武道館)に行くことも念頭においておかねば…

ちなみにこのnoteのひとつ前の投稿に、2012年に石川さゆりのライブに行った時にTwitterに投稿した感想文を再掲してあるので、演歌に興味のある方はそちらも合わせて読んでいただけたら幸いです。

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