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銭湯

先日、バイト先の上司に連れられて、他のバイトと合わせて5人で銭湯に行った。


ひと通り身体を洗い、露天風呂に入る。

以前まで露天風呂は、常連の人がいっぱいいるイメージがあり、なんとなく怖いと思ってしまうことがあった。


しかし、今年の8月に山奥の銭湯で、祭りのときはゴリゴリ露出するんだろうなあという和彫りのミリヤクザ(ほとんどヤクザの意)たちの中で1時間過ごしたことがあるので耐性がついていた。



据えられたでっかいテレビでは、無音で「細かすぎて伝わらないモノマネ」が流されていた。


音無しで「細かすぎて」を観たのは初めてだが、無音でキンタロー。が落ちていくのが面白すぎて笑いを堪えるのに必死だった。


そんな感じで適当に会話をしながら露天風呂の端に座っていたのだが、突如、向こう岸から何かがこちらに迫ってきた。



バシャ!バシャバシャ!


バタ足で子供がこちらに泳いできた。


「ねーねー、これ知ってる?」

バシャ!バシャシャ!!!

彼の指は器用にキツネを作り出していた。



それは、いきなり摂取できる情報量を超過していた。



「どうしたの?」

聞くと、

「キツネできる?」

「どうやってやるの?」

「まず、人差し指こうして?親指こっち。で、ここクロス…」

おそらく一生思い出せないだろうな、という手順を踏むと、あれよという間に僕の指がキツネになっていた。

彼は小学生ぐらいに見えたので、
「まあ小学生ぐらいならこういう遊びで盛り上がるのか」
程度に考え、少し付き合うことにした。


「じゃこれできる?」

「何これ?」

「サメ!」

「どうやんの?」

「まずキツネ作るじゃん?」

詰んだ。

「ごめん、作り方忘れた」

「えぇ〜?まず人差し指!」

「うん…」

サメができると、今度はカエル、犬と彼の指が形を変えていった。
「学校でいっつもそんなことしてんの?」

の問いには、「うん!」と元気な返事が返ってきた。



突如、彼はゾーンに入ったかのように我々に水をかけ始めた。

「ちょちょ、やめて〜!」


「ギャハハハハ!!」


怖〜!

バッシャンバッシャン、と水をかけ続ける彼には当然周りの目など気にならず、ひたすら暴れていた。


「水だったらほら、サメが泳」

バシャ!!!

喋り出したのも束の間、水をかけてくる。


「他に何」

バシャバシャ!

バッシャ!!!

その後もリスキルを喰らい続けると、見かねた上司が

「壺入ってきたら?」

と言ってきた。

壺とは、露天風呂の脇にある壺型の風呂で、本来1人で入るものだが小学生くらいなら一緒に入れる。

「あっち、行こ!!」

小学生を誘導すると、壺風呂に入る。
変わらず彼は、暴れていた。


バシャバシャと水をかけられ続けながら、どうすればこの状況を抜け出せるのか考える。


「チ、チェンソーマン!」


「知ってんの!?」


水をかける手が止まった。
私は天才かもしれない。


「じゃあさじゃあさ、えっと、問題です!
チェンソーマンの相棒の…」


チェンソーマンクイズが始まったのだった。




風呂を出た頃には彼とすっかり仲良くなっていた。
バイバイ、と別れを告げ、着替えると、上司が待っていた。


「あの子、まだいるの?」


私は彼を探したが、逡巡の末、あることに気がついた。


「顔、覚えてないです……」



「え?何で??じゃああの子の名前は?」



「分かりません……」

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